第9話〈3〉【サマーリゾートですが、何か?】


 

 頭には、麦わら帽子とサングラス。

 手には、サーフボード。


 その様な格好をした謎の男がロビー内に備えられしエレベーターから姿を現すや否や。

 ロビー全体に大きな声を響かせてくる。


〈し、しかし! 報告によれば、確かに【使用人ライセンス】を所持していたらしく……〉


『だーかーら! いくらウチが有名だからって、そんなポンポンと伝説の超級使用人様が来るわけ無いって言っての〜。わかる〜? どうせ、また偽物に決まってんだから、さっさと追い返しちゃいなさいよ〜』


 ……身なりだけを見れば。

 単なるここの利用客にも見えるが……。


 どうやら、直前に発せられた彼の発言や周りのホテルマン達の反応から察するに。

 彼が、このホテルを管理している人物であるらしい。


 つまり、早い話……。

 彼こそが、僕が最もアテにしている『例の旧友』という訳だ。


『そんじゃま! オレっちは予定通りにレディ達とビーチで戯れてくるから、後のことは適当に頼んだよ〜ん!!』


 ホテルマン達の静止を振り切り。

 意気揚々と出入り口に足を向かわせる、支配人と思しき麦わら帽子のサーファー男。


 なので、そんな彼が隣を通り過ぎてゆく直前に。

 僕はボソッとこの様な声を放ってみせる──



「──部下に仕事を押し付けて遊び回っているのは相変わらずか、アルビー」 


 

 ──すると、その声をキッカケに。

 僕たち四人の真横をスキップで通り過ぎしその男は、ピタッと跳ねさせていた足を緊急停止。


 加えて、石のように固まりながら。

 次第にダラダラと、その場で汗を流し始めたようだ。


「……いやいやいや、有り得ない有り得ない。アイツがこんな所にいる訳がねーもん、うん。今のは幻聴だわ……」


 コチラに背を見せたまま。

 ボソボソとそう呟いて何度も首を振っている、彼。


 なので、僕はそんな彼の背中に向かって。

 再び、声をかけてみることに。


「おい、聞いているのか?」


「……っ!?」


 すると、次の瞬間。


 その麦わら帽子を被った男。

 もとい、旧友のアルビーは……。


 突然、ロビーの出入り口に向かって。

 一目散に走り出した。


 手にしていた大切な私物であろうサーフボードをその場に叩きつけてまで行われる……。

 全身全霊の逃亡である。


 ……が、そのような抵抗は。

 残念ながら、僕の前では無意味も同然。


 僕は装備である腰のフックワイヤーに手を回して、迅速に目標の足を狙って射出してみせるのであった。


「冷たいヤツだな。……こうして、わざわざ旧友が会いにきてやったと言うのに、逃げることはないだろう」


 そして、目標の足首に絡ませたワイヤーの働きによって彼を転倒させることに成功した僕は、そのままズルズルとコチラ側に引き寄せてゆくと……。

 捕縛された側である彼は、まるで死神でもみたかのように悲鳴を上げてきた模様。


「うわぁー!? や、やめろー! オレはもう完全に足を洗って、今は真面目に働いてんだぞー!? 頼むから命だけは勘弁してくれぇーーー!!!」


 仕事中にサーフィンへでかけようとしていたクセに……。

 何が真面目だ。


 そう口をついてしまいそうになったが、ここには人目もあるのでとりあえずスルー。

 彼の足に絡ませていたワイヤーを逃しつつ、僕はため息混じりの言葉を真上から浴びせるのであった。


「……安心するといい、今日の僕はただのゲストだ」


「は? ゲ、ゲスト?」


 その発言に対して。

 心底意外そうな顔を見せてくる、アルビー。


 そんな彼に。

 僕は小さく頷き返す。


「ああ、そうだ。希望は最上階のスイート、貸し出し以外のルームサービスは不要、チェックアウトは明後日。……以上だ。すぐに用意してくれ」


 そう。

 僕が狙うのは、彼が管理しているホテルの最上階に君臨する極上の贅沢空間──『スイートルーム』だ。


 実はこのホテル。

 事前に仕入れた情報によると、最上階にはその階層の半分を独占して作られた桁違いに豪華なスイートルームが二部屋ほど完備されており……。

 毎年、名のあるセレブ達による熾烈な予約合戦が繰り広げられているのである。


 しかし、それを聞いた旧友は。

 一人、「はぁ!?」と大きな声をロビー内に響かせてきた様子。

 

「いやいや、無理に決まってんでしょ!? ウチは完全予約制の超人気リゾートホテルなんだよ!? スイートどころか、普通の部屋も再来月までずっと満室だわ!」


「……僕の記憶が正しければ、お前は僕にとてつもなく大きな借りがあったハズだぞ。ここで清算させてやるから、さっさと鍵をよこせ」


 カウンターのように放たれる淡々とした僕の返答に対し「うぐっ!?」と酷い動揺を見せる、彼。


「シ、シーズンを考えてくれよ〜! 昔のよしみに応えたい気持ちは山々だけど、流石に今年は予約客でもう埋まってんだってば!!」


「どうせ、お前のことだ。その辺で引っ掛けた女を招待している部屋が幾つかあるだろう? ……代わりにそいつらをキャンセルさせて、そのスイートの予約客をそこにぶち込め」


「できるかぁ、そんなこと!? 女の子達の方はともかく、スイート客の方はウチのお得意様だってのっ!」


 ふむ……。

 やはり、飛び込みでの予約は少し厳しいか。


 仕方がない。

 

 すると、暫く顎に手を当てて考えを見せた僕は、次第にこのような代替案を彼に提示してみせた。


「……ならば、その客には代わりに【超級使用人】による【Butlerバトラー  Serviceサービス】を無償でつけてやる。それで文句はあるまい」


「は? 【超級使用人】〜? そんなの何処にいんのさ?」


 目の前で呆れた顔をする、旧友のアルビー。


 そして、そんな彼に。

 僕は自らの装いである燕尾服の尾を摘んで、ヒラヒラと見せつけてみせる。


「ん……? 何ソレ、執事服? てゆーか、なんでお前がそんな柄じゃない格好して……──」


 しかし、僕の全体像を視界に入れた瞬間。


 目の前の彼は……。

 ようやく、気がついたようだ。


 数年越しに遅れて知らされた。

 旧友の著しい変化と現状に……。


「──ま、まさか……! オレを呼び出してる変な客って奴は……!?」


「ああ、僕のことだ」


 すると、その事実に対して。

 彼は驚きを隠せなかったのだろう。


 またもや、大きな絶叫に近しい声を。

 ロビー内に響かせてくる。


「はぁぁ〜っ!!? マ、マジ……!? この前、テレビに出てた今年の【超級使用人】って……! お前だったのかよっ!?」


 そして、その事実と同時に。

 腰を抜かしている彼は。


 僕の足元に立っている、もう一人の小さな存在にも気がついた様子。


「ん……?」


 そう、床に尻餅を付いている彼の目の前……。

 そこには、彼と同様に麦わら帽子を被っているカノン様が立っていらしたのだ。


「……だ、誰? このちっちゃい子」


「特別に挨拶をさせてやろう。彼女こそが、僕を雇って下さっているご主人様だ」


 旧友を同じ目線からジーッと見つめて。

 楽しそうにニコニコと無垢なる笑顔を浮かべている、カノン様。


 ……もしや、同じアイテムを装備している彼に。

 謎の仲間意識でも感じていらっしゃるのだろうか?


 すると、足元にいたカノン様は。

 その場でビシッと手を上げて、元気よく目の前の彼に挨拶を交わし始めた模様。


「どうも、カノンです!」


 加えて、そんな彼女と同調するかのように。

 彼女の頭の上に身を置いている赤ちゃんワニのクロダも一鳴き。


〈グゥ……!〉


 しかし、目の前にいた彼は。

 非常に微妙な反応しか示さなかったらしい。


 ポリポリと自らの頭を掻きながら、申し訳なさそうな表情を見せてくるばかりである。


 その理由は……。


「……あー、お嬢さん? 申し訳ないんだけども、ウチのホテルはペット禁止なんだよねぇ……。 トカゲみたいな小さいのでも駄目なんだ……」


「へっ!? クロダ、はいれないの!?」


 ……まぁ。

 ここは扱いに困る偉そうな金持ち共が一堂に集う場所だし。

 当然と言えば当然か……。


 動物嫌いであるゲストや、アレルギー体質の利用者達。

 そういった客層への配慮だろう。


 その事実を知ったせいか。


 カノン様は頭の上にいたクロダと共に……。

 その場で、ガビーンと大きく口を開けて絶望していらっしゃる様子。


「……じゃあ、カノンたちはおそとでねるので、だんぼーるだけかしてください……」


「いや、ウチはそんな貸し出ししてないけども……」


 すると、そんな騒がしい僕達の元に。

 ジュースの入ったグラスを手にするアメリアがやってきたようだ──


「──あらあら、何の騒ぎですの?」


 おそらく、近くのホテルスタッフからカノン様に差し出すウェルカムドリンクを受け取りに行っていたのだろう。


 アメリアはズーンと沈み込んでいるカノン様を不思議そうに覗き込みつつも、ストローを突き刺したグラスをそっと主人の口元へ運んでいる。


「あれっ!? もしかして、君もあの時の放送に映っていたもう一人の……!?」


 そして、驚く支配人の言葉を耳にしたアメリアは、丁寧に挨拶を返した。


「初めまして、【超級使用人】のアメリアと申しますわ。同僚がいつもお世話になっております」


 落ち込んでいるカノン様にそのジュースを差し出した後に、床に腰を抜かしている支配人に手を差し伸べてニコッと笑顔を向ける、アメリア。


「この度は、予約も無しにいきなり訪問してしまって申し訳ございません。もし難しいようでしたら、遠慮せずに仰って下さいね」


「……っ!!!」


 すると。

 そんなアメリアを目の当たりにした瞬間……。

 彼は表情を一変。


 自らの身なりを素早く整えるや否や。

 あからさまな営業スマイルで謎の爽やかさを演出しだした様子。


 ゆっくり立ち上がりながら、頭にのせている麦わら帽子を外して……。

 無意味に髪を掻き上げ始める──


「──いやぁ、最初から君の為に用意しておいたスイートさ。存分に安らいでくれたまえよ、白銀の美しい姫君ちゃん」


「まぁ! 宜しいのですか?」


 ロビーの受付から一枚のカードキーを取り出して、それをドヤ顔でアメリアに手渡した、支配人。


「フッ、当たり前じゃないか。……あと連絡先教えて、ガチ目に」


 ……はぁ。

 この単細胞め。


 その軟派さが原因で僕に助けられた事をもう忘れたのか?

 呆れてモノも言えんな。


 まぁ、しかし……。

 今回ばかりは都合がいいか。


 おかげで。

 何処にカードキーを保管しているのか把握する事ができたしな。


 ……という訳で。

 僕は、いとも簡単にスイートルームのカードキーを入手したアメリアを他所に。

 ギロリとフロントの方へ鋭い視線を向けた。


「ふっ!」


 加えて。

 そこに手にしていたワイヤーを飛ばし……。


 たった今、彼が取り出してきた受付の引き出しから、対応するもう一枚の同じカードキーを器用に奪取。


「……さぁ、時間も惜しいですし。さっそく荷物を置いてビーチに参りましょうか」


 その後。

 足元でジュースを啜っている涙目のカノン様と、未だに背後で放心している華殿をそっと近くのエレベーターに誘導する。


 すると、その様子を見ていたオーナーが。

 二度見……。


 いや、三度見する勢いで。

 慌てて、僕達を背後から呼び止めてきた。


「……え!? ちょいちょい!! 何勝手に持ってってんの!? 一部屋だけに決まってんでしょ!?」


 ……が、僕は清々しいほどの無視。


 彼が追いかけてくる前にカノン様達とエレベーターに乗り込んで、中から操作盤の『閉まるボタン』をこれでもかと連打してみせる──



「あ、ちょっと待って!! ちょっとぉぉぉー!!???」


 

 ──閉まる直前に。

 支配人を追い越してギリギリ滑り込んでくる、もう一つのカードを持ったアメリア。


 最後に隙間から見えた光景には。

 コチラに必死で手を伸ばしている旧友の姿であった……。


 それ以降は。

 僕もどうなったか知らない。


 後からホテルマンに聞いた所によると。

 あれだけ慌ただしかったロビー内は、僕達の姿が消えた瞬間にいつもの静けさを取り戻したのだとか……。


「うぉぉぉぉーー!? スイート全部持ってかれたぁぁぁー!!」


 その場に残されたのは。

 気まずそうにザワザワと話す部下のホテルマン達と、大声で嘆く支配人のアルビー。


〈ど、どうしましょう……。追いかけますか?〉


「……はぁ、もういいさ。……悪いけど、VIP達に連絡だけ入れといてくんない? あの【超級使用人】のオモテナシを受けられるなら、きっと喜んで承諾してくれるだろうしね……」


 エレベーター前に残された従業員である彼らは……。

 一体、どんな会話を繰り広げていたのだろうか?



「いやぁ、それにしてもホントに驚いちゃったなぁ〜……──」


 


 冷や汗混じりに発せられた。

 旧友、アルビーの発言は……。




「──まさか、あの超級使用人が『三人』も同時にウチのホテルにやってくる日が来るだなんてさ」



 既に遥か上空へと昇りつめていた僕達の耳に届くことは無かった。



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