第9話〈2〉【サマーリゾートですが、何か?】


『──……全く、本当に油断も隙もありませんわね』


 路上脇にひっそりと停車している一台のリムジン。


 その助手席にて膝を組み。

 終始、外の景色に膨れっ面を向けていたのは……。

 同僚の銀髪メイド──アメリアであった。


「しかも、私に隠れてこんなモノまでコソコソと開発していただなんて……。許せませんわ」


 一見、独り言のように見えなくもないが……。

 おそらく、これらは黙々とタイヤ交換に勤しんでいる最中である僕に向けられている言葉なのだろう。


 真上から延々と文句を垂れ続けてくる。

 実に不機嫌そうな、彼女。


 そんな彼女に対して。

 とうとう、僕は大きな舌打ちを返してしまう。


「……っるーせな。つーか、誰の許可を得て乗ってんだ? 降りろ、テメェ」


 丸コゲとなった前方タイヤに差し込まれしクロスレンチを床に叩きつけて、その様な強い言葉をぶつける、僕。


 すると、そんな険悪ムードの僕達を宥めるかのように。

 隣から工具箱を持った華殿が、慌てて言葉を挟んできた。


「ま、まぁまぁ! せっかくのお出かけ日和なんですし! お二人とも仲良くしましょうよ、ねっ?」


 ……そう。

 先程まで繰り広げられていた『リムジン対アメリア』による怒涛の公道チェイスは……。

 途中でタイヤをバーストさせてしまった『リムジン側の敗北』という形で幕を閉じていたのだ。


 結果。

 今は無理やり合流してきたアメリアによる絶え間ない小言の中で、リムジンのタイヤ交換をさせられているという何とも不愉快すぎる状況へと突入。


 無駄な足止めを喰らわされているだけでなく。

 粘着質なお邪魔メイドの同行まで許してしまう事態へと陥っている訳である。


 ……はぁ。

 どうせ後から追いかけてくるんだろうな、とは予想していたが……。

 まさか、普通に走って追跡してくるとはな……。


 そして、ようやく全てのタイヤ交換を終わらせた僕は、再び華殿を後部座席に乗せてから元いた運転席の方へと移動。


 助手席で偉そうに足を組んでソッポを向いているアメリアを睨みつつ、気を取り直してリムジンを走らせるのであった。


 ……。


 暫しの無言が続く中。

 隣に座るアメリアから、次第にこの様な質問が繰り出される。


「それで? 一体、どこへ向かおうとしてましたの?」


 それに対して。

 僕は無愛想に顎だけで回答を差し示してみせた。


「もしかして、海ですの……?」


 そう、リムジンが走っていた場所は。

 海沿いに敷かれる沿岸部付近の道路。


 つまり、隣は一面の海なのである。


「ああ。……どうやら、カノン様が水泳に興味をお持ちになられたようでな。急遽、僕の友人が保有するホテルのプライベートビーチへ向かうこととなった」


 すると、その瞬間。


 僕の言葉を耳にしたアメリアは。

 不機嫌そうにしていた表情を一変。

 

 その場で嬉しそうに。

 手をパチンと鳴らしてくる。


「あら、それは素敵ですわね! 水練でしたら、私にお任せくださいな!」 


 ……ちっ。

 だから、コイツを連れていきたくなかったんだ。

 いつも事あるごとに、僕の役目を横取りしようとしてきやがって……。


 なので、僕は先んじて釘を指すかのように。

 アメリアに忠告を放ってみせた。


「ふざけるな。今日の家令は僕だぞ? 例え外出中であろうと、カノン様に関する身の回りの世話は全てこの僕が……──」


 ……のだが。

 どうやら、いつの間にかそこは。

 既にモヌケのカラ。


「──……はっ?」


 まさかと思い。

 ふと後頭部付近に存在する背後の小窓をスライドさせてみると……。


 なんと、そこには。

 カノン様を膝に乗せてガールズトークに勤んでいるアメリアの姿があるではないか。


 まさか、走行中であると言うにも関わらず。

 車窓を伝って後方部に移動したのか……?


「ちっ、楽しくない旅行になりそうだな……」


 僕は目的地へと到着するまでの間。

 終始、無言の運転を決め込むのであった。


 ──────


 ────


 ──……。


 それから約一時間後。

 ようやく、カノン様を乗せたリムジンは僕が目指していた目的地付近へと到着。


「……ふむ、ここか?」


 僕がフロントガラス越しに見上げたのは……。

 透き通る美しい海を広い範囲で占領している、巨大なリゾートホテルだった。


 その名も──【Hotelホテル Riddleリドル Resort リゾート】……。

 かの有名な【Riddleリドル】グループが展開している四つ目の大型宿泊施設であり、テレビで活躍する有名スポーツ選手や人気俳優などもお忍びで訪れるような高級リゾート地である。


 ……正直、一般人が気軽に利用できたり、飛び込みで予約を受け入れてくれたりするような場所でもないのは、見ていて明らかなのだが……。

 おそらく、そこは僕の腕次第となるだろう。


 ……という訳で。

 僕は一切の躊躇を見せることもなく。

 強引に敷地内へとハンドルを切ってみることに。


 すると……。

 すぐさま、入り口付近に立っていた一人の警備員がコチラの存在に気づいたのか。

 案の定、小走りで僕のいる運転席側へと接近してきた模様──



〈──失礼ですが、こちらはVIP専用の出入り口となっております。今すぐお引き取り願えますでしょうか?〉



 警備員が話しかけてくる直前に起こした、さり気ないアクションである目線の動き……。

 

 ……なるほど。

 車のナンバープレートで、予約客かどうかを判別しているのか。


 とりあえず、僕は車窓をゆっくりと下げて。

 彼の接触に笑顔の対応。

 

「……あー、ここの支配人に繋げて貰えませんかね? 彼とは古くからの旧友なんですよ」


 無論。

 身元不明の飛び込み客がこの様な真似をしても普通に門前払いを食らうだけなので、例の【使用人ライセンス】を顔の横に掲げながらの返答である。


 すると、それを視界に入れた途端。

 警備員はその場でギョッと目を見開かせてきた様子。


〈……しょ、少々お待ち下さいませ〉


「ええ、助かります」


 懐から取り出したトランシーバーを構えつつ。

 ボソボソと話し込んでいる、警備員。


 そして、そんな警備員が通話を終えると。

 再び、緊張した面持ちで僕に話しかけてきたようだ。


〈お待たせ致しました。……只今、オーナーは取り込み中のようです。すぐに一階ロビーの方へお通し致しますので、恐れ入りますがそちらで暫しお待ち頂けますでしょうか?〉


 僕はその回答を受け取るや否や。

 再び、対応してくれた警備員に軽く手を上げてリムジンを発進。


 敷地内に長い車体をゆっくりと侵入させて。

 ホテルの顔であるロビー前の玄関付近へと車をつける。


 ……はぁ。

 やっと着いたな。


 すると、後部座席に控えていたアメリアも到着を察したのか。

 彼女も後部座席にて、すぐさま降車の準備。


 カノン様や華殿を順番にリムジンから降ろして、煌びやかな高層ホテルの様子を揃ってその場から見上げ始めるのであった。


「ふーん……。まぁ、悪くはなさそうですわね」


「すご〜い! カノンたちのおやしきよりおっきいねっ!」


「ド、ドレスコードとか無いよね……? 本当にこのお洋服で大丈夫だったかな……」


 高級感溢れる周りの外観や出入りする優雅な客層達を見渡しながら、そのように三者三様の反応を見せる女性陣達。


 そんな彼女達に対して。

 僕はロビー前で待機している適当なホテルマンにリムジンの鍵を預けつつ、そっと背後から声をかけてみせる。


「とりあえず、チェックインを済ませるまでロビー内にて休憩させて貰いましょうか。……さぁ、どうぞコチラへ」


 彼女達をエスコートするかの様に。

 率先してホテル入り口の自動ドアを潜り抜ける、僕。


 すると、そこには……。

 非常に美しいエントランス風景が広がっていた。


 全面に大理石を使用したフロア。

 天井から伸びている籠の様な吊り下げ式チェア。

 所々にいる白鳥を模したガラス細工のオブジェ。

 

 ヒンヤリと適切な温度調整で出迎えてくれたロビー内には、かなり独創的な作りをした観葉植物やソファといったインテリア達で溢れかえっている。

 

 加えて、うっすらと耳に入ってくるこのクラシックサウンドの館内BGMも非常に心地のよいモノだ。

 ……聞いた事はないが、オリジナルだろうか?


 向こう側に見える宿泊者専用ラウンジも、確信を持って美麗だと言えるだろう。

 早めの昼食に訪れているであろうゲスト達が、存分に優雅なひとときへと浸れているのも頷ける。


「うわぁ、やっぱり中も豪華だなぁ……! 一泊するのに、どれくらいお金が必要なんだろう……?」


 そして、そんな館内をキョロキョロと見渡していた隣の華殿が、この光景にふとその様な疑問を募らせたようだ。


「ふむ、そうですね。……部屋のランクにもよりけりですが、日本円だと約百万程度は必要になるかと」


「ひゃ、ひゃく……!? 一泊で……!?」


 途端に顔を青くさせて。

 その場でガタガタと身体を震わせ始める、華殿。

 ……車酔いでもしたのだろうか?


 すると、丁度そのタイミングで。

 僕達の立っている前方方面……。


 すなわち、エレベーターが設置されている方面から『チン』と一つのベル音が短く鳴り響いた模様。



『──超級使用人? ……おいおい、そんな古典的な嘘に引っかかってんじゃないよ〜』


「……?」


 そう、そのエレベーターから姿を現したのは。


 数人のホテルマン達を従えている……。

 サーフボードを持った謎の男であった。


 そして、その男はまさに。


 ……僕にとっては。

 懐かしさを感じさせる人物だったのである。


 

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