第8話〈5〉【無銭LANを導入しますが、何か?】



「──うーん、駄目ですわね……」


 ここ、店内エリアに存在するワンコーナー。

 通称──『アクセサリーコーナー』では……。

 現在、二人の若い少女達がショッピングへと訪れていた。

 

 一人は、アクセサリーコーナーの一角でしゃがみ込みつつ、ただひたすら苦笑いを浮かべている私。

 アメリア。


 そして、もう一人は……。


「ひぇぇぇ……、あめりあ、どこ〜!?」


 頭部用の付け替えアクセサリーである『ホッケーマスク』を持ち前の長い口顎で見事に穿ちながら、目の前であたふたと狼狽え続けている、我が主。

 カノン様である。


 そう、あれから私は。

 店内のありとあらゆるアクセサリーアイテムを駆使し、どうにかカノン様の身に起きているバグを解消することが出来ないかと様々な試行錯誤を重ねていたのだ。


 しかし、残念ながら……。

 結果は、ご覧の有様。


 人にあるはずのない彼女の『前方に突出しているワニ特有の口顎部分』が、頭部アクセサリー周りに発生している物理判定と内部的な喧嘩を起こしているせいなのか。

 そもそも、綺麗に装備できないという状況が続いていたのである。


 ……おそらく。

 これ以上は、時間の浪費となる可能性が高いだろう。


「……はぁ。やはり、運営側の対処を待つしかありませんか」


 そう判断した私は……。

 ようやく、諦めてアクセサリーコーナーから離れることを決意。


 彼女の口に貫かれしスタック中の『ホッケーマスク』を無理やり引っこ抜きつつ、静かにその場から立ち去るのであった。


 カノン様を抱きかかえながら。

 暫く、店内エリアの長い通路を彷徨う私。


 すると、しょぼくれた顔をするカノン様から。

 この様な言葉がポツリと漏れ出した。


「……カノン、いっしょうこのまま」


 どうやら、一縷の希望を断たれたことによほどショックを感じているのか。

 口からスルリと己が魂を抜かしているらしい。


 ……ま、不味いですわね。

 このままだと、無意識に『私よりルーヴェインといる方が楽しい』という印象を持たれてしまいますわ。

 

 早く、どうにかしなければ……。


 ……しかし、そうは言ったモノの。

 今は、私自身もプログラム世界に身を預けている真っ最中……。

 そもそも、危なっかしい彼女から目を離すことも出来ないので、そこまで自由に動けるという状況でもない。


 アカウントを一から作り直す?


 ……いや、ダメだ。

 確かに、その手法だとすぐにこの場でバグを解消することは出来るだろうが……。

 同時に、運営から授かった【有償チケット】も喪失してしまう。


 有償チケットが無ければ、カノン様だけが有料コンテンツに興じられないという由々しき事態に陥ってしまうだろう。


 ならば、裏方のルーヴェインを使う?


 ……いや、ダメだ。

 確かに、彼を臨時の助っ人プログラマーとして直接クレセント社に接触させれば、今日中にバグを直せるかもしれないが……。

 同時に、カノン様の身に起きている現状が彼の耳にも入ってしまう。


 そんな事になってしまえば、最期。

 カノン様を崇拝せし彼は、間違いなくクレセント社で働く人間達を根絶やしにするだろう。


「……ふむ、どうしたものやら」


 そして、そんな風に様々な解決策を練りつつ。

 店内エリアの中を彷徨っている……。


 まさに、その時だった。


「──あーーーーーーっ!!??」


 そう、私の腕の中にいたカノン様が。

 突然、その様に大きな声をお上げになられたのである。


 ……何やら。

 丁度、私が立っている右側方面に向かって。

 何やら必死に指を差し示している様子だが……。

 何か興味を惹かれるモノでも発見されたのだろうか?


「ど、どうなさいましたか?」


「あめりあ、アレっ! ……カノン、あっちいくー!」


 私は戸惑いを見せながらも。

 カノン様の指先を追いかけてみると、そこには……。

 店内エリアの中でも、屈指の派手さを兼ね備えている大きな特設コーナーが、その場に堂々と存在していたのであった。


 その範囲。

 店内エリアの中でも。

 最上位を誇る保有面積かもしれない。


 私は、キラキラと目を輝かせている彼女の期待に応えるべく。

 とりあえず、異彩を放つそのコーナーへと足を運んでみることに。


 すると、そんな特設コーナーの入り口付近にて。

 デカデカと以下のような看板が掲げられていた事に気がつく。


 『期間限定! コラボ商品、販売中!』──。


 ……なるほど。

 どうやら、ここは他企業との提携商品……。

 つまり、コラボ商品が取り扱われている期間限定コーナーであるようだ。


 加えて、その看板の近くには。

 私の背丈とほぼ同じ高さのショーケースに入れられた、【コラボ衣装】を身に纏む一体のマネキンも存在していた模様……。


 強気な宣伝文句を謳う、数多のポップ書き。

 その商品棚の周りにのみ流れている、特殊BGM。

 コラボ商品に関するPV映像をループ再生させている、専用の小型モニター。


 まるで、このエリアを受け持つ担当店員から。

 直接、『これが今、最も売れ筋の目玉商品です』と訴えかけられているかの様である。


 ……そして。

 肝心のコラボ衣装についてなのだが……。

 

「……な、なんですの。この派手な衣装……」


 私はそれを視界に入れた瞬間。

 その場で大きく顔を歪ませてしまった。


 そう、目の前に立っていたのは。

 例のコラボ衣装に身を纏う……。

 一体のマネキン人形。


 その手には。

 実用性がまるで感じられない、不思議な曲線を描く長剣。


 その身体には。

 鎧の役割を真っ向から拒否しているかのような、現代のカジュアル洋服要素をふんだんに織り交ぜている斬新的な甲冑。


 その足には。

 もはや、ハンデを背負ってきたのではないかと言わんばかりのハイヒール型ロングブーツ。

 

 簡単に、まとめ上げるなら。

 ──ファッション重視の『見栄え全振り』衣装。

 所謂、二次元的要素がてんこ盛りに詰め込まれた、アニメ調のコスプレ衣装というヤツである。


「ふわぁぁ……!」


 しかし、カノン様の方は……。

 私とは全く対照的。


 まるで、ヒーローを見ているかの様な純粋すぎる眼で、目の前にあるマネキンをキラキラと見つめている。


 ……この衣装のどこに。

 彼女の心を掴む要素が存在しているのだろうか……?


 私は首を傾げながらも。

 ふと、マネキンの真横に配置されている展示用の小型モニターに視線を送ってみる。


 すると、そこには……。

 とある3Dゲームのプレイ映像らしきモノが映し出されていたようだ──



〈私は雷鳴の騎士、【サンダー】……。この聖なる剣で、敵を焼き払おう〉



 ──画面内でそう呟いていたのは。

 コラボ衣装と全く同じ格好をしたクールな銀髪女性。

 次々と現れる異形の魔物を相手に。

 スタイリッシュな剣術と華麗なアクロバットをお披露目している様子である。


 そして、そんなキャラクターの活躍に対し。

 カノン様が感嘆の声をお上げになられた模様。


「わー! やっぱり、カッコいい〜っ!!!」


「あら? カノン様は、コチラの女性をご存知ですの?」


 私が意外そうに尋ねてみると。

 カノン様は、目を煌めかせながらその首を何度もコクコクと動かしてくる。


「うんっ! あのねー、『サンダー』ちゃんだよ!」


「サ、サンダーちゃん?」


 ……サンダーちゃん。

 どこかで聞いたことのある名ですわね……。


「ああ。……そういえば先日、カノン様から拝見させて頂いた雑誌の中に、そのようなキャラクターが掲載されていたような?」


 そう、実はこのゲームキャラクター。

 私の記憶が正しければ、カノン様の所持していた私物のボロ雑誌の中で面識があったのだ。


 確か、日本で有名なシリーズモノのRPGゲームに出てくる人気主人公らしく……。

 なんでも、カノン様がこの世で憧れを抱いている人物の一人なんだとか。


「カノン、うごいてる『サンダーちゃん』はじめてみた! かっこいいねー! すごいねー!」


 ……ちなみに。

 カノン様自身は、そのRPGゲームをプレイした経験があるどころか。

 雑誌に映る立ち絵イラストや、たった数枚のスクリーンショットくらいでしか彼女のことを知らない為……。


 未だに。

 サンダーちゃんが『この世に実在している有名人』なのだと、本気で思い込んでいるらしい。


「なるほど。……この方が、例の『サンダーちゃん様』でしたか」


 ……それはさておき。

 これは又とないチャンスだ。


 この機会を上手く利用すれば。

 彼女の機嫌も取り戻せるかもしれない。


 そう考えた私は。

 その場でニコッと微笑みつつ……。

 抱っこしているカノン様を。

 そのマネキンの前で、ストンと下ろしてみせる。


「せっかくですし、カノン様もサンダーちゃんになっては見ませんか? この衣装のデータが入った商品カードに手をかざせば、すぐに試着が出来るみたいですわよ」


 そう、この世界の衣装スキンには。

 サイズ選択という概念がなく。

 利用者の体格に合わせて、自動で衣装が精製される仕組みとなっているのだ。


 つまり、比較的に小柄な体格の彼女でも。

 問題なく、このコラボ衣装を着用できるはずだろう。


「へっ!? ほんと!?」


「ええ、お手を拝借致しますね」


 そして、私の教えに従うように。

 カノン様は、早速。

 そのマネキンの横にストックしてあった【商品カード】を手に取り始めた模様。


 すると、次の瞬間。


 彼女の小さな身体に沿って。

 美しい光の粒子がキラキラと纏い始める。


「わぁー! きらきらー!」


 彼女の全身に合わせて形成されし。

 虹色の光り輝くシルエット。


 徐々に具現化されゆく。

 武具と装備アイテム。


 やがて、あっという間に。


 彼女はコラボ衣装──『雷の聖騎士』の装いを着飾った後の姿で。

 その場に、再び現れ直すのであった。


 ……。


 しかし、そこに立っていたのは……。

 悲しきかな。


 非常に豪華で。

 派手で。見栄えの良い。

 美麗な衣装に身を包みし……。


 二足歩行の小さなワニ顔戦士……。


「……うっ!?」


 どちらかといえば、主人公と言うより。

 PV上で主人公に薙ぎ払われていた……。

 当て馬のモンスターサイドである。


「どうっ? カノン、かっこいい? サンダーちゃんみたいっ?」


「え!? ……えーっと。……そ、そうですわねぇ……?」


 すると、私の微妙そうな反応を見た彼女は。

 少し不審に思ったのか。


 小首を傾げながら、とてとてと近くに設置されていたスタンドミラーの前へと移動。


「……」


 そして、姿見を見てしまった本人も。

 おそらく、私と全く同じ感想を抱いていてしまったのだろう。

 

 鏡に反射した自分の姿を視界に収めた瞬間。

 その場で静かに……。


 ……さ、三角座り。


「……ずーん」


 無理もない。

 ようやく憧れていたヒーローの姿になれたと言うにも関わらず……。


 頭だけがワニという。

 この世に前例のない特殊すぎる仕打ち。


 ……さ、流石に。

 そろそろ気の毒になってきましたわ。


「まぁまぁ、バグの方はそのうち運営様が直してくださるでしょうし、今回はそちらの期間限定商品を購入しておきましょうか!」


 そして、私がそう宥めながらも。

 マネキンの隣にある商品カードを一枚だけ回収した丁度、そのタイミング。


 私達の背後から。

 聞き馴染みのある声が聞こえてくる。


『──おーい、アメリアさーん!』


 その声の主は。

 別行動をしていた、華様。


 どうやら、彼女はひと足先に自身のアバター衣装を選び終えたのか。

 何枚かの商品カードを片手に、私の背後からひょっこりと姿を現してきたらしい。


「あら、華様。素敵なお洋服は見つかりましたか?」


 加えて、華様は何かを思い出したかのように。

 自身が握りしめていたモノの中から、とある一枚の商品カードを差し出してきた。


「あっ、そうだ。はいコレ! アメリアさんから頼まれてたヤツです!」


 そう、彼女が取り出したのは。

 別れる直前に依頼していた。

 ──【メイド服】の衣装データが入った商品カードであった。


「まぁ、わざわざここまで持ってきて下さったのですか?」


 ……という訳で。

 早速、私はその受け取った『メイド服』にそっと手をかざし、試着機能を使って自身の身にその衣装を纏ってみることに。


 先程のカノン様の時と同様。

 光の粒子が私の身体に沿って形成される。


「……ふむ、なるほど」


 近くの姿見に映し出されたのは。

 いつも身につけている自前の改造服。


 ……ではなく。

 極々、ありふれた型式である地味なメイド服であった。


 フリルのついた白いエプロン。

 踵まで隠れるロングスカート。

 

 素朴な印象を持つ……。

 クラシックタイプの英国メイド服である。


「予想はしていましたが、やはり旧式のモノでしたか」


 すると、妥協するような呟きを溢す私の発言を聞いていた華様が「あはは」と背後から苦笑いを溢してきた。


「……仮想世界の中でも、やっぱりメイド服のままなんですね。他の衣装もこんなに沢山あるのに、本当にそれで良かったんですか?」


「裏方の雑用時ならともかく、私がお側付きを引き受けている内は、絶対にそれ以外のモノを着用しませんし、する気ありません。例え、仮想世界の中であろうともね」


 そして、そんな疑問をぶつけてきた華様に対し。

 私は、淡々とした口調で当たり前の言葉を返す。



『〈いつ如何なる時であろうと、主にはメイドである己以外を見せるべからず〉──それが、私の掲げる鋼の掟ですから』



 すると、私の言葉を受け取り感心したのか。

 華様は──「プ、プロフェッショナルだ」と、静かにつぶやいてきた。


 加えて、彼女はそのまま流れるように。

 姿見の前で三角座りをしているカノン様の方へと、視線を送った様子。


「あっ、そうそう! 実は、カノンちゃんにも似合いそうなの持ってきたんだー! ……って、あれ? カノンちゃん、もうお洋服選んだの?」


 どうやら、彼女は。

 カノン様が既に試着していた物珍しいコラボ衣装に、少し興味を抱いていたらしい。


 なので、その様子を感じ取った私は。

 目線と共に、近くにある宣伝用小型モニターの存在を華様にも教えることに。


「その映像に映っているゲームキャラクターとの、コラボ衣装ですわ。 なんでも、カノン様はあのキャラクターに強い憧れを抱かれているそうで……」


 私の目線を追って。

 共に近くの小型モニターを見つめる華様。


「……あー、そっかそっか。確かにあのままだと、どんな衣装を着ても『ワニ』感が拭えませんもんね」


 華様は納得を見せつつも。

 引き続き、モニターに映るゲームキャラクターをしばらくジーッと観察し始める。


 すると、何か引っ掛かりでも見せるかの様に。

 彼女は、その場で「ん?」と首を傾げだした。


「……あれ? そういえば、このキャラクター……。 どこかで見たことあるような気がしますね?」


 唸る様に一生懸命。

 過去を振り返る、華様。


 それを見て。

 私は少しだけ驚いた表情を見せる。


「あら? 華様もこのゲームキャラクターをご存知なのですか?」

 

 そう言葉にはした私であったが……。

 よくよく考えてみれば、このゲームは日本産のモノだ。


 カノン様の場合は、自身の持っている日本の雑誌からたまたま知識を得ただけだが……。

 華様は、普通に日本で生まれ育っている身の上。


 しかも、人気ゲームならば。

 国内のテレビやネットのコマーシャルなどで知っていたとしてもなんら不思議な話ではない。


 そして、そんな華様は。

 ようやく、サンダーちゃんに関する情報を思い出せたのか。

 その場で、手をパチンと打ち鳴らしてくる。


「あっ、そっか〜! やっとわかったよー!」


 加えて、そのまま流れる様に。

 私の顔をジッと見つめながら……。


 満面の笑みで、この様な言葉を。

 大きく響かせてきた──



『──このキャラクター! どこかで見たことあるなーって思ったら……、アメリアさんにそっくりなんだっ!』



 ……結論から報告すると。


 華様が発した。

 この何げない一言によって。



「……えっ?」



 私の掲げる鋼の掟は。


 この日を持って、早くも。

 終わりを迎える事となってしまうのであった。


          

           *

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