第8話〈4〉【無銭LANを導入しますが、何か?】

 

 本区域の名は【詰所エリア】──。


 その名の通り。

 このエリアには、都市全体の平穏を象徴せし。

 立派な『詰所本部』が配置されており……。

 日々、多くの『番兵』達が。

 街の治安維持を掲げて活動を見せていた。


 いつの時代も。

 異なる思想を持つ人類達を纏め上げるのは。

 どうやら、『法』と『規律』であるらしい。


 例え、仮想世界の中であろうとも。

 それは例外では無いのかもしれない。



『──話は聞かせて貰ったよ。何やら、私の部下達が迷惑をかけてしまったみたいだね』


 そして、私達が身を置いていた場所も。

 まさに、そんな『詰所本部』の中であった。


 正確には、建物内部に備えられた。

 取り調べ室である。


「いえいえ、誤解が解けたようでしたら何よりですわ」

 

 そう、アレから私と華様は。

 番兵達に連行されゆくカノン様の後を尾行し。

 少し遅れて、この詰所本部へと到着していたのだ。


 加えて、事の一部始終を番兵に扮する運営スタッフ達に全て伝えた結果……。

 無事、彼らの誤解を解くことに成功。


 紆余曲折あり。


 今は、本部内に居合わせていたとされる……。

 クレセント社の上層部へと。

 本件の責任が全て移行している状況である。


「ぐすっ、カノン、なにもしてないのに……」

 

 私の右手にしがみついている。

 涙目のカノン様。


 すると、そんな彼女を見た責任者の男は。

 少し申し訳なさそうな顔を浮かべつつ。

 膝を曲げて、彼女にその視線を合わせ始めた。


「すまないね、小さなお嬢さん。コチラとしても、すぐに君の不具合を調査してあげたいところなんだが……。 あいにく、今は色々とタイミングが合わなくてね。 もしかすると、今日中に元の姿へ戻してあげることは難しいかもしれない」


 ……ちなみに、現在のカノン様は。

『自身の首から上が全てワニになってしまう』という、何とも奇妙すぎる謎のバグに遭遇中。

 

 その上、ゲーム開始早々。

 いきなり見知らぬ人間達から身柄を拘束されてしまったことから。

 彼女のテンションは今も……。

 ドン底のダダ下がり状態を極めているらしい。


 ……まぁ、当然と言えば当然である。


 大して好みでも無い。

 いや、むしろ苦手な部類に入る動物の姿へと変化していただけでは飽き足らず。

 更にその姿のせいで、まさかの二次被害。


 不正行為であると勘違いしてしまった運営スタッフ達の手によって。

 その身柄を、一時的に拘束されていたのだから……。


「よしよし、カノンちゃん。もう大丈夫だよ〜。番兵さん、怖かったね〜」


 すかさず、隣から主人に労いの言葉をかける。

 心優しき華様。


 しかし、そんな華様の日本語は。

 責任者の背後に控えている番兵達にとって。

 非常に居心地の悪い言葉であったようだ。


「「……」」


 おそらく、彼女の言葉を拾ったヘッドマイクが。

 持ち前の自動翻訳ツールを勝手に使用したのだろう。


 自動変換された華様の日本語が。

 無慈悲にも、彼らの母国語に変換されて丁重に届けられてしまったらしい。


 番兵に扮する運営スタッフ達は、二人揃って。

 只々、ひたすら気まずそうな顔を浮かべ続けているばかり。


 ……というわけで、私は。

 そんな彼らの反応を見て……。

 そろそろ頃合いだと判断。


 一人、その場でニコッと笑顔を見せつつ。

 次のような言葉を。

 取り調べ室いっぱいに響かせるのであった。


「仕方がないことですわ。こういったオンラインサービスを主軸とした製品のリリース当初なんて、むしろ安定している方が稀ですからね」


 そして、責任者の左右に控えている番兵のうち。

 丁度、右側に立っていた番兵に向かって視線を合わせる。


「『私たち〈ユーザー〉』が実際に利用して不具合を発見し、『貴方がた〈企業側〉』がその修復と改善を施す……。そう言った事の積み重ねがあるからこそ、一つの完成されたより良いコンテンツが創造できるのではないのでしょうか?」


 その次に、左側の番兵。


「ですので、今回の件は事故のようなモノと、お互いに割り切ることに致しましょう。……そもそも、この場に悪人など、最初から誰一人と存在しませんもの」

 

 最後は勿論……。

 中央砦。


 私の目の前に立つ……。

 責任者の男だ。


「そうでしょう? クレセント社さん?」


 私の言葉に対し。

 ほんの一瞬だけ拍子抜けをした様な顔を見せてくる彼であったが……。

 すぐさま「ははっ!」と笑いを溢してくる。


「なるほど、いいね。……文字通り、『タイムイズマネー』という訳だ」


「ええ。このような不毛な時間に費やす暇があるなら、私は主人達の遊戯時間を大切にしますわ」


 すると、そんな私の言葉を受け取った彼は。

 その場で考えを見せるや否や。


 突然、自らの目の前に。

 管理者用のメニューウィンドウを展開させ始めた模様。

 加えて、その動作の直後。


 私達三人の耳元にて。

 『ピコン』──と。

 何かの通知音のようなモノが一斉に鳴り響いた。


「ん? なんですか、これ? 『手紙マークのアイコン』……?」


 首を傾げる華様の言葉通り。

 私も確認してみると……。


 どうやら、私達三人のメッセージBOXに。

 とある共通の『個人メッセージ』が届いたらしい。


 ……宛名を見る限りだと。

 差出人は──【運営局】から。


 なるほど、これが俗に言う。

 運営からの『不具合に関する謝罪メッセージ』というヤツなのであろう。


 そして、更によく見ると。

 その謝罪メッセージには……。


 謝罪本文とは別に。

 とある『特別なアイテム』も同時に添付されていたようである。


「わっ!? なんかメッセージを開いたら、変なチケットが飛び出てきましたよ!?」


 そう、そのアイテムの正体とは……。

 現在は課金のみでしか手に入れることが叶わない、超貴重アイテム。


 その名も……──

 

「代わりという訳ではないが、私の方から君たちにこちらを贈呈させて貰うよ。これを使って、好きな有料アプリケーションをダウンロードしたり、有料スキンを購入して自由にアバターをカスタマイズするといい」


 ──この世界で扱える最上位紙幣通貨。

 通称、【有償チケット】であった。


 唐突に贈られた、このサプライズに対し。

 私は少し驚いた様な素振りを見せる。


「まぁ! カノン様にはともかく、私達にまで……?」


「勿論だよ。 間接的に、この子の同行者である君たちの時間も奪ってしまった訳だからね」


 ……責任者の手前。

 分かりやすく驚いてみせた私であったが。

 正直なところを言えば……。

 最初から、ここまでが私の狙い。


 その通り、実はこのVR機器。

 事前に調べた説明書の記載によると、複数の有料追加コンテンツが存在しているらしく。

 よりクオリティの高いそのサービス達を利用するには、この【有償チケット】という課金アイテムを購入しなければならない仕組みとなっていたのだ。


 当然、それらを購入せずとも。

 十分に遊べるほどの多彩な初期コンテンツを揃えてくれているようなのだが……。


 やはり、主であるカノン様には。

 目に留まる全てを体験して欲しい。


 その一心もあり。

 少々、はしたなくはあるが。

 今回は素直に。

 この手法を採用したという訳である。


 ……ただ、予想外でしたわね。

 てっきり、その恩恵を受けられる対象は。

 バグの直接的な被害者であるカノン様だけだと踏んでいたのですが……。


 ふふっ、やはり。

 中間職を担っている人間は一味違いますわ。

 普段からあらゆる対応に慣れているせいか。

 理解が早くて助かりますね。


「……ならば、今回は素直に受け取らせて頂きましょう。暖かなお気遣い、誠に有難うございます」


「わー! 良かったねー、カノンちゃん!」


 そして、予想以上の羽ぶりを見せてくれた責任者の男に対し。

 私はその場で深々と丁寧に頭を下げた所で。

 丁度、本対談は終了。


 控えていた番兵達の一人が私達の背後にまわり。

 そこに存在していた扉のロックを解除すると。

 責任者の男が扉の前に移動し始める。


「では、このまま私がお見送りするとしようかな。おいで、出口はこっちだよ」


 ……という訳で。

 ようやく解放された私達は。


 そのまま黙って責任者の先導に従いつつ。

 ゾロゾロと取り調べ室から退室。


 暫く、詰所内のスタッフ専用通路を通りながら。

 出入り口へと歩き続ける──


〈〜〜〜〜〜〜!!〉

〈〜〜!! 〜〜〜!!?〉


 ──ただ、その帰り際。

 ふと、バタバタと忙しない様子の番兵達や。

 詰所内の慌ただしそうな風景ばかりとすれ違っていたことに気がついてしまった。


「……?」


 そういえば。

 先程、責任者の男がカノン様に意味深な発言をしていたが……。

 もしや、それが深く関係しているのだろうか?


 何げなく、彼らの動向が気になってしまった私は雑談がてら。

 先導してくれている目の前の責任者へと。

 素直に疑問をぶつけてみることに。


「随分と所内の様子が慌ただしいようですわね。……先程、『今は色々とタイミングが合わない』と仰っておりましたが、もしや何かトラブルでも?」


 すると、前を歩く責任者は足を止めずに。

 「あはは……」と小さな苦笑いを溢してきた。


「……実は恥ずかしながら、この短期間で早くも何件かの【チート行為】が検出されたらしくてね。 その違反ユーザーの尻尾を掴むべく、一週間前から総動員で調査に当たっているところなんだ」


 チート行為……。

 確か、外部から違法データを持ちこんだり。

 既存のデータを都合の良いように書き換えるような不正行為を指す言葉でしたわね。


 なるほど。だからあの時……。

 番兵達は有無を言わさぬ勢いで。

 すぐさま、カノン様を詰所本部へと連行してしまったのですか。


 確かに、この様なタイミングで。

 突然、広場に『ワニの頭をした怪しいユーザー』が出現したともなれば……。

 それがチート行為だと勘違いしてしまうのも無理はありません。


「ふむ、それは由々しき事態ですわね。……道中で怪しい人物がいないか、私も目を光らせておく事に致しましょう」


「ははっ、ほんとかい? そうして貰えると助か……──」


 しかし。

 一拍を置いた責任者は。

 すぐに、その首を小さく横へ振る。


「──……いや、失礼。私の立場から、そう言った発言をする訳には行かないね。君たちが今すべきことは、このVR空間でおもっきり楽しんで貰うことだ」


 そして、そうこうしている内に。

 いつの間にか、私達は詰所本部の外……。

 詰所エリアの路上へと到着していたようだ。


 最後に、責任者の男は私達の方へ向き直すと。

 ニコッと爽やかな微笑みを見せてくる。


「さてと! 今日は時間を取らせしまって、本当にすまなかったね。改めてここにお詫びしよう」


「いえいえ、こちらこそ。この度は温かい対応をして頂き、誠にありがとうございました」


 そして、引き続き。

 彼女達とのVR遊戯に興ずるべく……。


「では、お嬢さん方。それを使って、今日は思う存分に楽しんでくるといい。クレセント社が努力を重ねてようやく開発させた、自慢のVR空間をね」


「よーし! それじゃあ、たくさん遊びに行こうー!」


 私達は、気を取り直して。

 再び元のバーチャル世界観光へと舞い戻るのであった。


 具現化した【有償チケット】を握りしめながら……。

 暫く、都市の街並みを眺め歩く私達三人。


「いやー、それにしても! 本当、ラッキーでしたね! まさか、タダでこんな良いモノが手に入っちゃうだなんて! ……ねぇ、カノンちゃん?」


「ずーん……」


 ……。

 

 しかし、カノン様だけは。

 まだ暗い顔を浮かべたままであるご様子。


 すると。

 彼女の隣にいた華様は気を遣ったように。

 慌てて彼女に明るい話題を提供し始める。


「ほら見て、カノンちゃん! あっちに【ゲームエリア】があるんだって! あっ、凄い! 【映画館エリア】なんかもあるよ! どれも楽しそうー!」


 都市のあちこちに浮く案内板を指差しながら。

 そのように彼女の機嫌を取り戻そうとする華様。


「カノンちゃんはまず、何からしたい?」


「……ヒトになりたい」


 ……。


 どうやら。

 主が最初に所望したのは、外見の更新。

 つまり、切実なるアバターの変更であったらしい。


 ……そういえば。

 詰所へ連行された彼女が、取り調べ室の鏡と初対面した際……。

 『この世の終わりみたいな顔』をなされていたと、番兵達が語っていましたわね。


 それを聞いた私は。

 冷や汗混じりに、このような提案を出してみた。

 

「でしたら、まずは【ショッピングエリア】へ向かってみましょうか。 ……望み薄ではありますが、運が良ければバグを上書きできるようなアクセサリーやスキンを見つけることができるかもしれませんしね」


「そ、そうですね! いつまでも初期のお洋服じゃ味気ないですし……! みんなで可愛いお洋服を探しに行きましょうか!」


 ……という訳で、私達は早速。

 広場の近隣にある【ショッピングエリア】へと目指すのであった。

 

 エリアを移動し。

 暫く、並んで商店通りを歩いてゆくと……。


 次第に、通行人達の目を引く。

 ガラスのショーウィンドウが通路脇に登場する。


「あ! もしかして、ここじゃないですか?」


 華様が指を指す看板には。

 ──『アバターショップ』の文字。


 歩道に顔を向けしショーウィンドウの中には。

 様々な洋服を身につけた……。

 ポーズを取る複数体のモデルマネキン達。


 どこから見ても。

 服飾を取り扱っているアパレルショップといったような外装の店舗を発見したのである。


 しかし、無事に発見したは良いが……。

 その中で一つだけ。

 気になる内容が含まれていたようだ。


「なんだか、思っていたよりずっと小さいですね……」


 そう、それは。

 その店舗が持つ所有面積について。


 大層なものどころか。

 少しこぢんまりとし過ぎている気がしてならない。


「まぁ、ここは仮想世界ですし……。服をデータとして管理しているのかもしれません」


 いずれにせよ。

 とりあえず、中の様子を確認しない限りは。

 判断がつかないだろう。


「とりあえず、中へ入ってみましょうか。例え品数が薄かろうと、その中で気になる商品が存在しているかもしれませんしね」


 そう考えた私は先陣を切るかのように。

 手を繋ぐカノン様と共に。

 入り口の自動ドアの前へ、そっと足を揃えた。


「……っ!?」


 その瞬間、私達の視界に。

 しばしの読み込み演出が発生。


 視界の暗転が挟まれる。


 そして、再び。

 光を取り戻した直後。


 私とカノン様は。

 先程いた場所とは全く異なる……。

 別のエリアへと飛ばされていたことに気がついた。


「なっ!? ……ここは!?」


 そう、それはまるで。

 工場が持つ大型倉庫のよう。


 あまりにも広い。

 煌びやかな【店内】の様子が。

 私達の目の前に広がっていたのである。


 ……おそらく。

 私達が直前に踏んだ。

 入り口の自動ドアの前に敷いてる玄関マット。


 その上に、目視できないワープポイントのようなモノが配置されていたのだろう。

 

 つまり、あの商店通りに並んだ小さな店構えはフェイクであり。


 店に訪れようとした者だけを。

 全く別の座標に用意された、この【店内エリア】へと移動させる仕組みとなっていたようだ。


 すると、私の後に続いてくるかの様に。

 少し間を置いてから、華様の姿も出現。


「うわっ!? 何ですか、ここ!?」


「どうやら、外にあるどの店舗に入ろうとも、最終的にはこの広大な【店内エリア】へと繋がるように出来ているみたいですわね」


 店内のあちこちをキョロキョロと見渡しつつ。

 非常に興味深い反応を示している華様。


「す、凄いっ! お洋服以外にも色んなモノが飾ってますよ!」


 そして、興味を示していたのは。

 カノン様も同様であるらしい。


 壁一面に飾られた様々な洋服や。

 所々に配置されたマネキン達を見つめながら。

 終始、そわそわとしている姿が目に入る。


「おー……! おようふく、たくさんっ!」


 これだけの商品が揃っているならば。

 きっと、カノン様が気にいる商品もどこかに存在するかもしれませんわね。


 ……ですが、その前に。

 まずは、カノン様のバグをどうにかしなければ。

 

「とりあえず、……私はカノン様のバグを上書きできるようなアイテムが無いか、軽く調べてきますわ。華様は先に、自身のお洋服を選んでいて下さい」


 私は、主を抱き上げながら。

 隣で店内の様子を見渡している華様に向かってそう伝えると、華様は「え?」と声をあげてきた。


「い、いいんですか? 私だけ先に決めちゃっても……」


「ええ、私はもう既に決まっていますからね。……もし、店内のどこかで『メイド服』の衣装を見かけることがありましたら、そちらもついでにカートへ入れておいて下さい」


 ……という訳で。

 私とカノン様は暫しの別行動。

 

 華様は自身に似合う洋服を求めて。

 私とカノン様は、バグを直すべく。


 それぞれ。

 店内を練り歩くのであった。


 

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