第8話〈7〉【無銭LANを導入しますが、何か?】
自陣とは正反対側に位置する。
最奥の敵拠点。
その周域では、現在……。
プレイヤー同士による、激闘に次ぐ激闘が繰り広げられていたらしい。
しかも、驚くことなかれ。
その戦場の中心人物として。
最も輝きを見せていたのは、なんと……。
我らが総大将。
──カノン様であったのだ。
彼女はピストル一丁を片手に。
敵チームの三人をまとめて相手にしているという、素晴らしい快挙。
頭上に表示された彼女の体力ゲージは。
もう、残りあと僅かというところまで失ってはいたモノの……。
仲間の私達が不在の中。
なんとか、首の皮を一枚繋げた状態で。
華々しい孤軍奮闘を見せてくれていたのである。
一体三という。
あまりにも厳しい戦況にも関わらず……。
彼女のその表情には、一切の苦しさはなかった。
それどころか。
むしろ、楽しんでおられるようにも見える。
その証拠に。
今も彼女は、敵の眼前にて。
楽しそうな笑みを浮かべながら。
『余裕の棒立ち』まで決め込んでおられる様子。
……無論。
これには、流石の相手チーム達も。
動揺を隠しきれなかったらしい。
ある者は。
その場で立ったりしゃがんだりと。
無意味な屈伸運動。
ある者は。
ガタガタと左右に身体を揺らし続ける。
謎の高速反復横跳びと言った情けない動きで。
分かり易く恐怖を表していたようである。
この光景が視界に飛び込んできた瞬間。
正直、私は自身の目を疑ってしまった。
……まさか。
他の追随を許さない程の類稀なる低スペックっぷりを誇る、あのカノン様が……。
ほんの少し、目を離した隙に。
ここまでご活躍なさっていたなんて……。
駆けつけた時には、本当に驚きましたが。
同時に、ハッキリと確信しました。
彼女こそが。
この世で最も【神童】の名に相応しい。
英国一の天才児なのであると……!
……。
……というわけで。
そんな彼女達が凌ぎを削り合っている。
戦場のやや後方付近にて。
私と華様は、静かなる緊急会議。
ポツンと小さく存在している。
月面の浅いクレーターから、二人仲良くひょっこりと顔を出しつつ……。
目の前で繰り広げられている光景について。
それぞれの見解を交えながら、意見しあうことにした──
「──華様、非常に残念なお知らせですが……。カノン様、完全にお詰みになられております」
「……うわぁ。……し、死ぬほど煽られてる」
そう、あれから私達は。
戦闘中にどこかへ行方を眩ませてしまった、もう一人のチームメイト。
カノン様を求めて。
隠密行動を交えながら。
何とか、この敵側拠点へと潜入することに成功したのだ。
……しかし、時すでに遅し。
駆けつけた時には。
カノン様の体力ゲージは残りミリ単位という所まで削られた状態で放置され……。
そのまま、トドメすら刺されずに。
ひたすら、敵チームの三人から【煽り行為】を受け続けているという……。
あまりにも絶望的すぎる状況に片足を突っ込んでいらっしゃったのである。
……まぁ、遠目から観察したところ。
当の本人であるカノン様は。
終始、彼らの愉快な動きを笑顔で見上げていらっしゃる様子ですが……。
どうやって、助ければいいのやら。
すると、隣に並んでいた華様が。
「あはは……」と、乾いたような笑いを溢してきた模様。
「ちょっと悔しいですけど、これは流石に負けちゃったかな……」
どうやら、この絶望的な盤面に。
彼女は、まるで打開策を見出せないのか。
うっすらと、その脳裏に。
『詰み』の二文字をチラつかせ始めているらしい。
……正直、妥当な考えである。
例え、今から私達が。
カノン様の救援に向かおうにも……。
彼女の命は、既に敵側の手中。
私達の介入が視認された瞬間。
その時点で、人質であるカノン様のライフは目の前で削り切られてしまうだろう。
加えて、現在の戦況も。
双方の残機ストック数が残り一つだけという。
最終盤のクライマックス展開……。
彼女のライフが尽きてしまえば。
私達の保有する残機ストック数も同時に底をつき……。
そのまま、自軍の敗北が決定してしまうのだ。
……しかし。
だからといって。
諦めるなどという選択肢は。
私の中に微塵も存在しない。
「さて、それはどうでしょうかね」
「え?」
私は、素早く近辺の障害物に目を配らせつつ。
静かに敵の配置や距離間隔の測定を開始。
同時に、この場にいる全てのプレイヤー達が持つそれぞれの固有能力や必殺技を思い出しながら、迅速にあらゆる対策と戦法を洗い出してゆく。
すると、次第にその中で。
私は、たった一つの活路を見出すことができた。
そして、それに気がついたと同時に。
私は、その場で小さな笑みを溢してしまう。
「最後まで諦めなければ、意外と何とかなるかもしれませんわよ?」
そんな私の発言を聞いて。
驚いた表情を見せる、華様。
「……でも、今から助けに入ったとしても、私達が出て行った瞬間に人質のカノンちゃんがやられちゃいますよね? 奇襲を仕掛けて先に向こうの誰かを倒そうにも、敵側の三人は無傷の状態ですし……。流石にもう厳しいんじゃ……?」
華様の言う通り。
一見、負けを確信してしまいそうになる絶望的な展開だろう。
だが、そんな些細ことは。
正直、どうでもいい。
ここで最も着目すべきは……。
──『正式に負けが確定しているのか、否か』という点だけだ。
「大丈夫ですよ。……何度も言いますが、このゲームは『多勢に無勢が基本戦法の協力型格闘ゲーム』なのですからね」
そう、試合のタイマーがまだ動いている限り。
システム上では、私達はまだ『勝負中』という判定になっている。
極論、それさえあれば。
どこからでも勝負をひっくり返すことが可能なのである。
……そうと決まれば、早速。
私は、目の前にあるクレーターの淵に両手を乗せて、いそいそと月面に這い出る準備。
「つまり、この場に残った私達で力を合わせて、カノン様を助けに行けばいいのです」
「えっ? でも、ここには私とアメリアさんの二人だけしかいませんよね……?」
そして、自身が地上へ這い出た後に。
クルッと背後へ振り返りつつ。
「あら? ご存知ないのですか、華様?」
穴の中にいる後輩メイドに手を差し伸べながら。
こう口にしてみせるのであった──
『──【慢心】というモノはいつだって、相手側の味方になんですのよ』
──────
────
──……数秒後。
三人の男達に囲まれていたカノン様は。
接近する向かい側の私に気がついたようだ。
その場から、ブンブンと。
元気に手を振ってこられる。
「あっ! おーい! あめりあー!」
「ふふっ。お迎えに上がりましたわ、カノン様」
その通り。
なんと、私が選んだコンタクト方法は……。
まさかの、主と同じ脳筋戦法。
『──敵陣営への正面突破』であったのだ。
……但し、あくまでも。
私は彼女の従者だ。
何ごとにも。
気品を忘れてはならない。
私は、まるで友との待ち合わせ場所へ向かうかの様な落ち着いた足取りで、優雅に彼女達の元へと近づいてゆく。
〈……ん?〉
すると、背中を見せていた三人組も
私の存在を当然のように、察知。
加えて、彼らの内である一人。
【近接】役を担当していた槍術士の男が。
私とカノン様の間に素早く自身の身体を割り込ませながら、こう口にしてくるのであった。
〈やっと来たな! へへっ、ほら言ったろ、お前ら! この子、ちょっと前に一人で中央広場にいた子だってな!〉
「……」
そう、私は先ほどの穴の中から。
彼らの様子を隈なく観察を続けた結果。
ようやく、気づくことができたのだ。
私が、この対戦相手達と。
既に面識があったことに。
……その通り。
彼らの正体は……。
このVR世界に訪れた際に。
偶然にも広場で顔を合わせていた。
あの『軟派な三人組』だったのである。
そして、どうやら。
それが奇しくも要因となり。
結果的に、カノン様のトドメを先延ばしにされる原因となっていたらしい。
つまり、早い話。
彼らの目的は……──
〈ねぇねぇ、この試合に勝たせてあげるからさー。その代わりにリアルの連絡先とか教えてくんない?〉
──……。
彼らと同年代そうな私を呼び寄せる為という。
あまりにもくだらなさ過ぎる理由であったようだ……。
行手を遮られてしまい。
彼らの目の前でピタッと足を停止させる、私。
「私の連絡先……、ですか?」
正直、そのまま腰に帯刀している長剣で切り刻んでやりたい気持ちに襲われてしまったが……。
ここは感情を押し殺して、笑顔の選択をする。
「残念ながら、私物のスマホも既に解約済みですし、SNSの類も登録してませんの」
愛想の良い微笑みと共に。
少し申し訳なさそうな口調でそう返すと。
槍を持った男は。
「ははっ!」と、笑い声をあげてきた。
〈ガード硬いねぇ! ……んじゃま、とりあえずフレンド登録だけでもいいよ?〉
そして、話しかけてきた槍の男に続いて。
背後に控えていた彼の仲間達。
【後衛】役の大きなバズーカ砲を背負っている大柄な男と……。
【補助】役のショートナイフを持った背の低い男も、身を乗り出して次々と私に話しかけてくる。
〈オレらさ、実はこのゲームをアーケード時代からゲーセンでやりこんでんだよwww なんつーか、元上位層のガチ勢ってやつ?〉
〈そうそう! だからさ、次はボクたちと一緒にゲームしないっ? 色々、役立つ情報とか教えてあげれるよ!〉
我が我がと。
私の方へ前のめりに詰め寄ってくる、出会いに飢えた男達。
そんな彼らに対し。
私は「うーん……」と、考える素振りを見せる。
「確かに、プレイングは中々のお手前でしたわね。学ぶことも多そうですし、悪くない提案かもしれませんわ」
〈だろ? そりゃもう、やり込んでたからさっ!〉
しかし、それも一瞬。
私はすぐに表情を切り替えて。
彼ら三人に。
この様な言葉をぶつけるのであった──
『──……ですが、口説き方に関してはお遊戯レベルのようですわね?』
〈……は?〉
私が小馬鹿にするような態度で。
そう言い切った瞬間。
ようやく、彼らも気がつくことになる。
〈やばっ!? ……おい! そのワニ頭にトドメをさせ!〉
「遅いですわ」
そう、この戦場の中で。
私だけが。
唯一、貪欲に勝利を追い続けていたことに。
私は、彼らの頭上を華麗に飛び越えながら。
反対側にいる、カノン様の元へと着地。
すかさず、自身が持つ必殺技を発動する。
「さぁ、私がお守り致しますわ」
その言葉通り。
私の必殺技は──【聖騎士の護り】……。
自身と周囲の仲間プレイヤーに。
盾を型取った光の障壁を召喚する防御技だ。
……これは、範囲内にいる味方全体に。
一定時間の間、敵からの攻撃を遮るアーマーを付与するという技なのだが……。
有効範囲が極めて狭いのが、難点。
その為、カノン様にこの盾を付与するには。
私からある程度の距離を縮める必要があったのだ。
リスク無く近づくには、これしかありませんでしたが……。
何とかなりましたわね。
これで、暫くは。
カノン様のライフが削り切られる心配はないでしょう。
続けて、この動揺を機に。
私は、大声で第二の矢を発令。
「今ですわ、華様っ!!」
「はいっ!」
私の合図と共に。
向こう側の岩陰から、身を潜めていた華様が。
私とカノン様の向かい側……。
つまり、混乱している敵達の真後ろから。
いきなり飛び出してきたのだ。
「次こそは当たって……! えいっ!」
そして、彼女は飛び出てくるや否や。
敵を挟み込む形で、すかさず彼らの足元に自身の必殺技である【雷撃魔法陣】を発動。
……前回の時は。
少しズレた位置に展開してしまっていたようだが……。
果たして、今回の結果は……?
〈ぎゃぁぁーー!!!!???〉
〈うぉぉぉーー!!!!???〉
どうやら、無事に【後衛】と【補助】の役割を持つ男達へ命中させた模様。
二人まとめて、ダブルヒットで身柄を捕えることに成功したようである。
すなわち、見事な形成逆転。
一体三という状況から、三体一の状況へと。
無事にひっくり返すことに成功したのだ。
しかし、残った槍の男も。
そう簡単に諦めない様子。
〈ふざけやがって! ……うらぁぁっ!!〉
なんと、たった一人で。
果敢にも私達に立ち向かってきたのである。
……おそらく、拘束された仲間達がやられない様に、自ら一人で私達を足止めする作戦へと出たのだろう。
何の躊躇もなく。
いきなり、必殺技による強力な突進攻撃を繰り出してきたらしい。
流石は、経験者なだけある。
イレギュラーな状況にも関わらず。
ここまで、咄嗟の優れた判断を見せてくるとは……。
上位層という名は。
どうにも自称などではないらしい
さて、どうするべきか……。
私は、間接視野を使って。
彼の後ろ側にいる仲間の華様の位置を素早く確認したが……。
生憎、少し離れているという位置状況。
……つまり。
今すぐに彼の攻撃に対応できるのは。
近くにいる私とカノン様の二人だけということだ。
いち早くそう判断した私は。
隣にいるカノン様に向かって。
素早くこう叫んでみせる。
「カノン様! 【近接】の私が敵の攻撃を引き受けますので! その後に必殺技でのカウンター攻撃をお願いします! 右手に持つコントローラーの大きなボタンが、それに該当致してますわっ!」
「わかった! ……ぽちっ!」
すると、私の隣にいた片手銃を持つカノン様が。
突然、その場でクルリンと回避行動を開始。
回避モーションである前転を繰り出しながら。
私と敵の間に、コロコロと移動してくる。
……。
カノン様、さては左手の方を押しましたわね。
こんな大事な場面に。
二分の一の確率を外さないで下さいませんか?
……。
あと、百歩譲って。
ボタンを押すのは、私が攻撃を受け止めた後にして欲しかったです。
私は心の中で、そう呟いたが……。
リアルタイムで動きゆく戦場は止まってくれない。
「くっ……!? このままでは、私ではなくカノン様に敵の攻撃がっ!?」
ガードの体勢を取る私の前に。
突如、転がってきたカノン様。
そして、彼女に目掛けて襲いかかろうとする。
槍による強力な必殺攻撃。
私の必殺技で防ぎ切れる……?
もし、少しでもアーマーを貫通してしまえば、カノン様のライフが……。
まさに、絶対絶滅のピンチ。
すると、その時だった。
目の前に割り込んできたカノン様の口から。
衝撃の一言が飛び出てきたのである。
そう、彼女はこの窮地の中で一人。
この様にポツリと呟いたのだ──
『〈……グゥ……!〉』
──……。
「……へっ?」
ほんの一瞬だったが、彼女は確かに
間違いなく、目の前でそう呟いたのだ。
……まるで、何者かに。
自身の声帯を一瞬だけ乗っ取られたかのように。
すると、その妙な鳴き声の後に。
一拍置いたカノン様の……。
このような声が──
「──あっ、クロダおちてきた……」
……。
なるほど。
VRゴーグルをつけているせいで、
直接確認はできないが……。
どうやら、絶妙なタイミングで。
奇跡的に彼女の頭の上で待機していた赤ちゃんワニ──【クロダ】が、彼女の手元へと滑り落ちてきたらしい。
結果。
彼女の握る右側コントローラーへと着地したクロダが、偶然にも彼女の代わりにポチッと必殺技ボタンを押し込んでくれたようである。
加えて、その直後。
彼女が手に持つ片手銃から……。
自然と強力な遠距離必殺技が発動。
〈ぐふぉぉぉぉぉーーーっっ!?!?〉
そう、彼女の必殺技は。
──【ドレインマグナム】だ。
その強烈な弾丸は。
油断しきった男のガラ空きのボディに命中するや否や。
目の前にいた槍の男の体力ゲージが。
カノン様の残り体力とほぼ同じ量までにグンと低下……。
一方で、カノン様の大量が入れ替わるように回復し始める。
……良くわからないが。
あと一撃、適当な攻撃を加えれば。
目の前に倒れ込む彼の体力ゲージはゼロとなり。
私達の勝利が確定するらしい。
「やはり、多勢に無勢のゲームでしたわね……」
苦々しい顔を浮かべる槍の男に近づき。
ビシッと手にする長剣を突きつける、私。
〈くそっ! 途中まで無害アピールしてきたくせに、マジでうぜぇ……! さてはお前、最初からコレを狙ってやがったな!?〉
「当たり前でしょう? 私達は出会いを求めにきているのではなく、ゲームをしに来てるのですから」
正直、他にも言ってやりたいことは山程あった。
しかし、華様が繰り出した必殺技の【雷撃魔法陣】の効力も、そこまで長くは続かないと記憶している。
なので。
彼の後ろにいる仲間二人の拘束が解ける前に。
私は早々とケリをつけるべく。
早速、自らの長剣を天高くに振りかぶることに。
「この度は我が主を保護して頂きまして、誠に有難うございました」
そして、そのまま。
何の躊躇もなく。
「お礼は『コチラ《逆転負け》』です。遠慮せずに、どうぞ受け取ってくださいな?」
私は、自身の手元にある攻撃ボタンを。
ポンと力強く押し込み。
長剣による振り下ろし攻撃を。
槍の男に仕掛けたのである。
〈クソぉぉぉーー!!!!???〉
……しかし、事件が起きたのは。
まさにそのタイミングだった。
〈……なんてな?〉
なんと、驚くべきことに。
槍の男の背後にいた、拘束中の二人が。
途端に痺れている動作を中断。
そのまま何ごともなかったかのように。
拘束中の魔法陣から、ヒョイと足を出してきたのである。
「は……?」
間違いなく。
華様の出した目の前の罠は。
ステージ上にて健在中。
……にも、関わらず。
彼らは途端に自由を手にしたのだ。
「……えっ!? どうして!? きゃぁぁーーーーーーーっ!!!!!」
そして、頭での理解が追いつく頃にはもう。
分断されていた向こう側にいる華様が、その抜け出した二人にやられてしまい……。
気がつけば、私達の目の前には。
〈lose!〉の文字がフワフワと浮かび上がっていたのである。
……。
状況がまるで飲み込めないまま。
呆然とその場で立ち尽くす、私達。
「ま、負けたのですか……?」
……意味がわからない。
一体、向こう側で何が起こっていたのだろうか?
私の見間違いでなければ……。
拘束していた彼らは、『途中で罠を抜け出して、華様を攻撃しにいった』ようにも見える。
まさか、私が知らないだけで。
特殊な抜け技のようなモノが存在していた?
それとも、華様側の選んだ職業に不具合が?
どうしても納得の行かなかった私は。
機器内にあるアプリケーションツールを使って、様々な攻略サイトや本ゲームの公式ページを順番に閲覧して回ったのだが……。
やはり、それらしき情報はどこにも書いてない。
それどころか。
どのページにも、華様が選んだ対応職業の必殺技は軒並み高評価を受けていた始末である。
私は、目の前で起きた現実を受け止めきれず。
自身の頭に装着していたVRゴーグルを勢い良く取り外してしまった。
「な、なんですの、今のは!? 納得がいきませんわっ!!」
すると、ちょうど目の前にあった。
カノン様の視界を画面共有しているモニターから……。
相手チーム達の盛り上がっている声が聞こえてきた模様。
〈うえーい! ナイスー、GG!〉
よく見ると、お祭り騒ぎでハイタッチを交わす敵チームの姿が、試合終わりに話し込んでいる姿がモニターに映っている。
以下、ここからは。
そんな彼らの会話だ。
〈それにしても、ヤバかったな! 今ので、今日の連勝記録が途切れるところだったぜ!〉
〈いやぁー、マジあぶなかった! あとちょっと遅れてたら、流石に終わってたわwww〉
〈ムカついたから、勢いで【アレ】使っちまったけど、バレてねーよな?〉
そんな彼らの会話を耳にした瞬間。
私の考えは、すぐに『とある一つの答え』へと辿りつく事となる。
「まさか……、今のは……!?」
そう。
私は思い出してしまったのだ。
今日、カノン様が連れて行かれた詰所で聞いた。
責任者の男が呟いていた、あの言葉を……──
【──……実は恥ずかしながら、この短期間で早くも何件かの『チート行為』が検出されているらしくてね】
そう、彼らこそが。
おそらく、運営局が必死に行方を追っていた。
悪しき輩達……。
『チート行為』に身を染めし。
悪質なチーター集団だったのである。
……差し詰め。
何らかの改造コードを駆使して、意図的に短時間の無敵時間を作り出し……。
その間を利用して、華様の必殺技を不正に突破してきたといった所だろう。
それに気づいてしまった途端。
私はプルプルと肩を震わせてしまう。
すると、隣の席に座っていた華様が。
罰の悪そうな顔で私に謝ってきた。
「す、すみません。……私がやられちゃったばっかりに……」
「いえ、華様のせいではありませんわ……。実際、相手が不正をしていなければ、確実に私達が勝っていましたもの」
まさか、たかが対戦ゲームなどに。
ここまでの屈辱を味合わされることになるとは思わなかった。
主がコケにされただけで無く。
よもや、私がこの世で一番嫌いな『敗北』までしてしまうなんて……。
私はギュッと拳を握りしめ。
今一度、素早くVRゴーグルを拾い上げてみせる。
「くっ!? こうなったら……! もう一度、再戦を!!」
……が、しかし。
そんな私の動きは。
とある男によって制されてしまった模様──
『──……なにが再戦だ』
振り返ると、そこには。
私の私物であるメイド服を脇に抱えし、執事のルーヴェイン。
どうやら、いつのまにか。
私が命じた任務から帰還したらしい。
……しかし、今はそれどころでは無い。
私はルーヴェインが持つVRゴーグルを手で必死に追いかけながら、彼に猛抗議を浴びせる。
「何をするのですか! か、返しなさい!」
……が、ルーヴェインは。
私から奪ったVRゴーグルを持つ手を、そのままヒラヒラと宙に泳がせながら、冷静な対応。
「いつまで遊んでいるつもりだ。……そろそろ、夕食の準備に取り掛かる時間だろう」
「……えっ!?」
ルーヴェインに言われた通り。
壁にかかった時計に視線をやると。
時刻は、もうじき午後六時を差す頃であった。
……うっ、確かに。
そろそろ、厨房に立たなければ。
夕食の時間が遅れてしまいますわ。
しかも、今晩は。
たまたま、予定が空いているルーヴェインを【Sous-chef《副料理長》】として、私の補佐に無理やり組み込むことへと成功した、貴重な日……!
こんなタイミングで無ければ……。
私だって、喜んで厨房に向かってましたわ……!
目の前の敗北画面。
そして、細い目を向けてくるルーヴェイン。
双方を交互に見渡しながら。
私は「うぅ……!?」と、その場で小さく呻いてしまう。
しかし。
そんな私の事情など知らないと言わんばかり。
ルーヴェインは、私の首根っこをガシッと掴んできた。
そして、そのままの状態で私は……。
容赦無くズルズルと、廊下の方へ引きずられてしまう。
「さっさと厨房へ急ぐぞ。カノン様に関する用事を遅らせることだけは、例え誰であろうと許さん」
……が、廊下に出そうになった直前で。
すかさず、私も対抗を決意。
ドア枠に四肢を張り巡らせて。
必死の抵抗を繰り出してみせる。
「イーヤーでーすーわぁー!! あと十分だけ……!! いや、あと五分だけでいいですからっ!!! もう一戦だけやらせて下さいぃぃー!!」
「うるせぇ!! 親からゲームの中断を促された時のガキか、テメェは!?」
すると、そんか風に扉付近の攻防を繰り広げている私達を他所に。
室内にいたカノン様が。
近くでこのような言葉を響かせてきた模様。
「ねぇ、はな〜。カノンのところ、おてがみがぴこぴこしてる〜!」
「え? お手紙……?」
彼女が指を指しているモニター画面。
そこには何やら、手紙マークの様なアイコンが表示されていたらしい。
おそらく、彼女の元に。
一通の個人メッセージが届いていたのだろう。
加えて、それに気づいた近くの華様が。
カノン様の元へと移動し、操作を補助。
「本当だ! 私の所には来てないけど、誰からなんだろう? ……あっ! もしかして、運営さんからかな!? バグの件について、何か進捗があったのかも!」
カノン様のコントローラーに手を重ねながら。
代わりに手紙を展開させてゆく、華様。
しかし、そんな彼女の期待を持つ表情は。
その手紙を開いた瞬間から。
徐々に強張りへと変わってゆく。
「うわぁ……」
……何やら。
少し気まずそうにしている様子だが。
もしや、何か問題でも発生したのだろうか?
不審に思った私とルーヴェインは。
お互いに顔を見合わせて。
とりあえず、一時休戦を選択。
二人でいそいそと室内に戻りつつ。
その後、彼女達が眺めていたモニター画面を背後から揃って覗き込んでみる、私達。
……すると、そこには。
デカデカと、この様な文字が映し出されていた。
〈件名──ざこすぎワロタwww〉
〈本文──おまえだけ地雷すぎて草。いますぐ売ってこいwww〉
……。
この文面を見て。
とりあえず、判明したことが二つある。
一つ。
コレを送ってきた人物は。
おそらく、直前に対戦していたプレイヤー達の誰かであるということ。
二つ。
彼らの性根が……。
限界レベルにまで腐り切っているということ。
「……」
まるで敬意を感じられないその画面の文字を前に、揃って無言になってしまう従者達。
そして、そんな従者達を不思議に思ったのか。
カノン様は小首を傾げる。
「ねぇねぇ、なんてかいてあるのー? カノンのこわれたあたま、なおる〜?」
どうやら、彼女は。
この文に書かれている詳しい内容を知りたがっているらしい。
周りが黙りこくる中。
この場を代表して。
家令の私が、真っ先に口を開くことにした。
「いいえ。残念ながら、これは運営局から送られてきたモノではありません。 ……メッセージを送ってきたのは、先ほどの対戦相手達です」
「そうなの? ……はっ!? もしかして、カノンとおともだちになろうって!?」
そして、私はそんな彼女に首を振りつつ。
この様に伝えてみせる──
『──いいえ。このメッセージには、ハッキリとこう書かれていますわ。……『とにかく、貴女が弱かった』とね」
「え!? ちょっと、アメリアさん!?」
包み隠さずその内容を詳しく伝えると。
その言葉によほど衝撃を受けたのか。
カノン様は、膝を抱えこむ様にその場で座り込み、暗い表情を浮かべてしまったご様子。
「ずーん……」
まるで、頭からぽこぽことキノコを生やしそうな勢いで……。
分かり易く落ち込みを見せる、カノン様。
「ア、アメリアさん! 何も、そこまで正直に言わなくても……」
庇うような声を挟んできたのは。
華様であった。
しかし、私はそんな華様には構いもせず。
静かに両膝を地につけて、座り込むカノン様と正面から顔を向き合わせる。
「良いですか、カノン様? これは『誹謗中傷』と言って……。大なり小なり、誰しもが人生で一度は経験する貰い事故のような出来事ですわ」
「そうそう! だから、気にすることないんだよ? こんな酷いこと言う人の言葉なんて、素直に受け止める必要ないし!! 忘れちゃおう!」
忘れる……?
そうですか、華様なら。
人から悪口を言われてしまった際に、そういう対処の仕方をするのですね。
……いえ、もしかすると、華様だけでなく。
この世に生きる多くの人が、その様な対処をしているのかもしれません。
気にしない。
見てみぬふり。
ですが、その選択は大きな間違いです。
私はその考えに。
真っ向から否定を示すかのように。
「ねっ? だから、もうこの話はおしまい──」
『──いえ、むしろ逆ですわ。絶対に忘れてはなりません』
更なる声で。
彼女の提案を掻き消すのであった。
私の言葉に。
華様だけで無く。
近くにいたルーヴェインも少し驚いていた様子だが……。
私は構わずに続ける。
「もしもこの先、他人から悪口をぶつけられてしまう機会があったとしても、決してその言葉から目を逸らそうとしてはなりませんよ。 それが真実であろうと虚偽のモノであろうと、全て綺麗に覚えておきなさい」
何故、私は。
華様とは全く真逆の助言をしてみせたのか?
それはアドバイスされた張本人であるカノン様が、最も疑問を浮かべていたようだ。
彼女は下に向けていた顔を元に戻しながら。
目をパチパチとさせて、素直にその理由を尋ねてくる。
「ど、どうしてなの……? ひどいこといわれたら、カノンかなしいよ……?」
……という訳で。
私はニコッと微笑みを見せつつ。
続けて、彼女にその理由を聞かせることにした。
「決まってますわ。……そっちの方が、忘れるよりも遥かに都合の良い展開に恵まれるからです」
例えば、顔や体型などの美容関係。
「容姿を貶された? 無意識に美容を気にするようになった貴女は、その日からどんどんと綺麗になっていくでしょう」
例えば、勉学や仕事などの知能面。
「馬鹿と言われた? ミスを指摘された貴女は、そのミスと対処法を金輪際忘れることはありません」
例えば、人生や自身との向き合い方。
「死を促された? 他人の生死を決めれる者など、この世には神以外に決して存在しません。安心して一秒でも多くの生を刻み、そのまま誰よりも幸せになってみせなさい」
そう、私は知っている。
知っているからこそ。
彼女にも伝えてやりたいのだ。
心無い言葉を覚えている間のみ。
悔しさという名の『向上心』が無意識に芽生え続けること。
そして。
その『向上心』を胸に抱いている時のみ。
人は、著しい成長を見せてゆくということを。
「覚えておいて下さい、カノン様。……例え、この先の誰かに酷いことを言われたとしても、悲しむ必要は微塵もございません。これから先も悪口を頂く機会に訪れたなら、思う存分に有難く頂戴してきなさい」
悪口とは、いわば……。
成長を約束する、年中無休のゴールデンタイム。
悪口とは、いわば……。
克服専門の究極暗記術。
悪口とは、いわば……。
未来への幸福を予兆する、自身の味方なのである。
故に。
悲しむという行為は、全くもって無用。
抱くのを良しとするのは、悔しさだけ。
「……その悔しさだけは、決して貴女を裏切りませんから」
「アメリアさん……」
そして、最後に。
私は隣から見つめてくる華様に対し。
ドヤ顔で自身のポケットから取り出した。
とある私物をその場で公開してみせる──
『──ちなみに、私は過去に言われた悪口を全て、いつも歓喜しながら専用のメモ帳に記録していますわ。……いつ如何なる時でも、その場ですぐに悔しさを引き出せるようにね』
そう、その私物とは。
私が超級使用人を目指し始めた頃から愛用している自身の悪口ばかりを記録した専用のメモ帳であった。
これに対し華様は。
途端に、顔色を変えた鋭いツッコミを入れてくる。
「いや、すごいですね!? どんだけ、肝座ってるんですか!!!??」
怪しい顔で見つめてくる華様と共に。
興味深そうに見つめてくる私のメモ帳を見つめてくる、ルーヴェイン。
すると、彼は。
ボソッと小さく言葉を発してきた。
「……まぁ、流石に記録するまではやり過ぎですが、この手法自体は信用して良いかもしれませんね」
「え? そ、そうなんですか……?」
どうやら、意外にも彼は。
私の考えに否定的な意見を述べてこなかったらしい。
「悪口に慣れない間は、素直に自己研鑽へと繋がる活力となり。……悪口に慣れてしまったら慣れてしまったで、悪意への強い耐性を持つ強靭な精神力を身に付けることが出来る。……どちらかに転んだとしても、結果的に自身にとって大きな成長をもたらしてくれるという、一種のメンタルコントロール術に近い技ですね」
ルーヴェインの推奨を聞いたカノン様は。
次第に、その場からゆっくりと暗い顔を上げ始める。
そして、目の前にいる私に向かって。
この様な質問をぶつけてきた。
「カノン、よわいの……?」
それに対して。
私は素直にコクコクと返す。
「ええ。どうやら、そのようですわね」
続けて、そのまま質問を返すかのように。
私は、彼女にこう尋ねてみた。
「では、それを踏まえた上で、貴女は今からどうしたいですか? ……そして、その目標を掴み取る為に、貴女は今日から何を始めますか?」
暫く「むぅ……」と、頭を働かせるカノン様。
すると、彼女は何かを決心したように。
その場でギュッと左右の手のひらを握りしめ。
目の前にいた私達に向かって。
力一杯、この様な宣言してくるのであった。
「じゃあ、カノン! つよくなれるように、さっきよりも、もっともっとゲームがんばるっ!」
その宣言をした際の、彼女の瞳……。
その瞳には、間違いなく。
私が教えた感情が宿っていた様子。
私は笑顔で。
決心を固めた彼女に拍手を贈呈する。
「流石ですわ、カノン様。 素晴らしい『
そして、再び。
私達二人は、元いた戦場へと舞い戻るべく。
早速、いそいそと床に転がっていたVRゴーグルを手に取り始めた。
そんな私達を見て。
一人、慌てた様子を見せる華様。
「えっ!? ……まさか、本当に再戦を申し込むつもりなんですか!? 相手チームは【
そう、華様の言葉通り。
相手は、三人揃って不正行為に手を染めてくる悪質な輩だ。
しかも、もともと実力面も十分に備わっている。
元トッププレイヤー達。
はっきり言って。
普通にやり合えば、万が一にもコチラに勝ち目が訪れることはないだろう。
しかし、ここまで主人がコケにされたのだ。
黙って泣き寝入りすることなどできる訳がない。
「……なるほどな」
華様の言葉を耳にし。
ようやく、状況を全て理解したルーヴェイン。
そんな彼は自身の懐中時計を取り出して、その場で迅速に時刻を確認すると。
次第に、大きなため息を一つ吐き出す。
そして、その後。
近くにいる華様に微笑みつつ。
こんな事を伝え始めたのだ。
「……申し訳ありませんが、華殿。少しばかりの間だけ、貴女のアバターとアカウントを拝借いたしますね」
どうやら、今回は相手が相手ということもあり。
華様の代わりに、ルーヴェインが参戦するらしい。
私が、メッセージ機能を使って。
再戦を申し込む果たし状を送り返している中……。
隣の華様が座っていた席に。
ルーヴェインがドサっと腰をかけてくる。
「おい、アメリア」
加えて、準備を進める私に対して。
隣から、ボソッとこのような忠告を浴びせてきたのだ。
「先に言っておくが……。もし、試合が長引いてカノン様の夕食が一秒でも遅延してしまった場合、そのバッチがお前の手に渡ることは二度と無いぞ」
なので、そんな彼の言葉を笑いで一蹴しつつ。
私は、すぐさま丁重な返しを。
「あら? まさか、貴方はこの程度の相手に手間をかけるつもりでしたの? 予定に変更など必要ありませんわ」
不正行為ごとねじ伏せてやりますから。
覚悟しなさい。
VRゴーグルのスイッチを押す。
私、ルーヴェイン。
そして、カノン様。
「さぁ、リターンマッチですわ……!」
私達は共に。
ディザスト達の根城が存在せし。
月面ステージへと舞い戻るのであった。
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