第8話〈2〉【無銭LANを導入しますが、何か?】
本日の多目的ルームが見せてくれた姿は。
──清潔感溢るる、知的な一室である。
その部屋はまるで……。
誰しもが己の心と規律を自然と正してしまいそうになる清き聖域のよう。
等間隔の並びで綺麗に配置された椅子一体化の学習用デスク。
暖かい色を基調とする目に優しい蛍光ランプ。
緊張感を解きほぐすオレンジスイートのアロマオイル。
どれをとっても。
利用者の集中力を高めることに意識された、数多の拘りを感じられるインテリアデザインだ。
加えて。
それらが一斉に顔を向けている前方の教壇。
ここに、私のような優れた【指導者】を立たせることさえ叶えば……。
極論。
後はただ着席しているだけで、著しい成績向上の効果が見込めることだろう。
つまり、この空間は現在……。
今、この地球上で最も知恵を磨くことに適した魔法の空間──史上最適なる【学習室〈レッスンルーム〉】となっているのである。
『──えぃ、び〜、すぃ〜、でぃ〜!』
そして。
そんな理論値最高峰とも言える。
この素晴らしき学習室にて。
元気そうな声を発していたのは。
金髪の小さき主──カノン様だ。
見ての通り。
今は彼女の母国語である言語。
すなわち、『アルファベット』を頭から順に記憶している真っ最中……。
側から見れば。
……非常に好調な滑り出しに見えることだろう。
しかし、問題となる鬼門は。
まさに、ここから。
次第に彼女の声色から。
徐々に失速の二文字が見え始める。
「い〜、えふ……! ……えふ?」
暫く、「むぅ……?」と唸るように首を傾げるカノン様。
言い詰まった箇所に注目してみる限り。
『F』の次に待つ英字が思い出せないらしい。
教壇に立つ私。
メイドのアメリアが静かに祈りを見せる中……。
少し間を置いた彼女が。
ようやく捻り出したその答えとは……?
「──……『でぃー』だっけ……?」
なんと。
まさかの既出であるアルファベット文字。
──『D』であった模様。
ボソッと呟かれる彼女の回答に対し。
私は思わず、無言で手にしていた指示棒をポロッと床へ落としてしまう。
しかし、そんな私を差し置いて。
カノン様は一人、元気よく読み上げを再開……。
「えっとねー、『でぃー』のつぎはねー! 『いー』と『えふ』っ!! ……あれ?」
そして、彼女にとっては非常に予想外。
大事件──二度目となる『F』の再来である。
ただ、当の本人であるカノン様自身が。
その事実に一番、驚きを隠せなかったのか。
「ええええええええぇぇーーーーーーーーーーーーっ!!!? また『えふ』ぅぅぅーーーーーーーーー!!??」
……と、自分の発言そのものに対し。
度肝を抜かれていらっしゃるのであった。
正直、私にとっては。
それが一番の驚きであったのだが。
今はそんな事を言っている場合ではない。
中々、『F』の無限ループ監獄から抜け出せない様子のカノン様に対し。
向かい側から溜息混じりの言葉を浴びせる。
「『F』の次は『G』ですわよ、カノン様。……ほら、ゴッド・ジェセフの『G』だと何度もお教えしたハズでしょう?」
「はっ!? そうだっけ……!?」
事前に練られた念密なるカリキュラム。
様々な小技と無駄を省略した指導術。
それらを駆使し、記憶と紐づける事を最優先に意識しながら分かりやすく教鞭を振るっているつもりなのだが……。
どうやら、一日で覚えて下さるのはここまでが限界であるらしい。
ただ、根気よく反復練習を徹底した甲斐もあり。
なんとか『A』〜『F』の文字まで読めるようになってくれたのも、また事実。
これは、彼女にとって。
非常に大きな進歩と言えるだろう。
「……まぁ、成果が残っただけでも喜ばしいと考えるべきですかね」
ひとまずは御の字だと捉えることにした私は。
そっと、片手に持っていた教科書を閉じ……。
気持ちを切り替えて。
学習机で絶望の表情を見せているカノン様の元へゆっくりと近づいた。
そして、彼女の頭を撫でながら。
その場で優しくニコッと微笑んでみせる。
「今日はここまでにしておきましょうか。良く頑張りましたわね、カノン様。以前から比べると、遥かなる進歩と成長ぶりが窺えますわ」
「ほんと? えへへ〜……!」
さて、時刻は三時過ぎ。
そろそろ、早朝に焼き上げておいたケーキが冷蔵庫の中で良い具合に冷えている頃でしょうね。
時間も少々、押していることですし。
早急にご褒美のオヤツを提供したい所なのですが……。
向こうの進捗はどうなっているのでしょうか?
気になった私はカノン様を学習机から下ろしつつ、『隣側にいる彼ら』の方角にチラッと視線を送ってみた。
すると、そこには。
先程、調達業務から帰ってきたばかりの同僚。
執事のルーヴェインが立っていた模様……──
『──という訳で、当家が屋敷を構える際に購入していた使い道のない高性能ルーターを贄とし、華殿のポケットWi-Fiを大幅にバージョンアップさせる事に成功致しました』
更によく見ると、彼の向かい側にはもう一人。
ポカーンとした表情を浮かべながら、手元の手書きマニュアルに目を通している日本人中学生。
──華様の姿も存在していたようである。
「今は隣の部屋にあるルーターにセットされている状態ですが……。無論、ポケットWi-Fiとしての機能もそのまま存続させてありますのでご心配なく。 外出の際は【オブジェクト〈専用台座〉】から取り外し、そのままご自由にお待ち出し下さいませ」
彼らの会話内容から察するに……。
おそらく、本日に新設されたばかりである【当家のWi-Fiシステム】について説明している最中なのであろう。
「以上が説明となります。……ここまでで、何か質問等は御座いますでしょうか?」
ただ、あまりにも唐突に導入へと踏み切ってしまったせいもあり……。
聞き手である華様は理解が追いついていない様子。
見たところによると。
先程から無言で丸い目をパチパチとさせているばかりである。
そう、彼の説明通り。
あれから私達は……。
屋敷を構えた際にルーヴェインが購入していた『一度も使用する機会の無かった超高性能Wi-Fiルーター』を解体し、その部品で華様の壊れたポケットWi-Fiを修復する事に成功したのだ。
加えて、大幅な改良も同時に施した結果。
彼女のポケットWi-Fiは驚くべき程の飛躍的な進化を遂げ、強固な安定性と爆速でのネットワーク環境を約束する魔法の神器へと生まれ変わってしまったのである。
そして、ここから先が……。
私達にとっての大勝負。
本題となる、交渉フェイズだ。
「えっと〜……。つまり、『私がお屋敷にいる間だけ、私のポケットWi-Fiを一緒に使わせて欲しい』ってことですよね?」
「大変お恥ずかしい限りですが、端的に言えばそういうことですね。お話が早くて助かります」
そう、ルーヴェインは現在。
華様に『高水準かつ高品質なネットワーク環境』を対価とした、【とある取引】を仕掛けている最中なのである。
コチラの報酬は言わずもがな。
『彼女が持つネットワーク回線の共有化』……。
より詳しく言うならば。
華様が登校中などの外出をしているとき以外。
つまり、『彼女が当屋敷に存在している最中だけを限定とした、ポケットWi-Fiの共同使用』を要求しているという訳だ。
……そして、万が一。
この要求の許諾を通して貰うことが出来たのなら、私とルーヴェインが協力して午後一番から構築したシステム。
──華様のポケットWi-Fiを基準に作り上げた、専用【オブジェクト〈台座〉】の出番である。
一部屋を丸々潰してまで前回。
急遽、構築を進めたあの大掛かりな機械の正体は……。
言わば、ポケットWi-Fiの回線強度と安定性を家庭用に変換させる役割を持つ、外付けの巨大拡張機。
アレに彼女のポケットWi-Fiを核として装着させる事が出来れば、あの装置はこの屋敷内を中心とした広範囲に行き届く『大型Wi-Fiルーター』へと早変わりするのだ。
……という訳で。
私達が望むモノはたった一つ。
華様の承認。
一声のみ。
「如何でしょうか、華殿? もし、釣り合いに不相応を感じるようでしたら、コチラ側も更なる追加報酬を提示させて頂きますが……」
これは私たちにとって。
運命の分かれ道。
何としてでも。
この交渉を成立させたい所存なのだが……。
果たして。
華様の返答や如何に……?
すると、華様は。
私達の前で、一つのアクション。
「勿論、構いませんよ! お世話になってる身ですし、そもそもあのポケットWi-Fiも修理しないと使えない状態でしたから!」
特に迷いを見せる素振りも無く。
笑顔で、その首をコクコクと動かしてきた。
どうやら、華様のご温情も相まり。
無事、ルーヴェインは交渉を上手く通せたらしい。
すると、彼女の許諾を確認した瞬間。
隣にいたルーヴェインは即座に華様の元へ詰め寄り、ギュッと彼女の両手を手に取り始めた模様。
「本当に我が屋敷にとって、華殿は天の恵みそのものです。こんなにも我々の生活に大きな貢献をもたらしてくれるなんて……、なんとお礼を申し上げればいいのやら!」
「いや、貢献どころか……。私、この屋敷に来てからまだお茶汲みと洗い物くらいしかこなしてませんけど……」
華様自身はイマイチ。
自身の働きに手応えを感じていないようだったが……。
何はともあれ。
これで無事、我が屋敷にも無料ネットワーク。
又の名──【無銭LAN】を敷地内に通わせる事が可能となった訳だ。
制約上、不可能だと思われていた要素。
インターネット回線の確保。
非常に限定的ではあるモノの。
これを手にすることができたのは、まさに奇跡。
これに対し。
思わず、隣でそっと耳を寄せていた私も。
嬉しさから手をパチンと合わせて喜びを示してしまう。
「これで華様がいるのみの間は、当屋敷にもインターネットの使用が許される訳ですわね。 ふふっ、今日から事務関連の作業を中心に、多少の余裕が生まれそうですわ」
そして、そんな私の独白に対し。
目の前にいたカノン様が、小首を傾げてきた。
「ねぇねぇ、あめりあ〜。 いんたーねっと、ってなに〜?」
どうやら、彼女はインターネット。
……というより、私達が喜んでいる理由を知りたいらしい。
なので、私はすかさずコレをチャンスだと踏み。
隣側にいる華様に、恒例となる『意味深な視線』を飛ばすことに。
「うーん、そうですわねぇ。カノン様はインターネットについて知りたいのですかー」
すると、わざとらしい私の合図を受け取った華様は状況を把握。
英語を使って、私の代わりにカノン様へ会話をしかけ始める。
以下。
彼女達の会話である。
「ほら、カノンちゃん。この間、私と一緒にゲームをして遊んだでしょ?」
「うん、あそんだ〜!」
「もしゲームで遊ぶ時に『インターネット』を使えば、世界中にいる色んな人達と一緒にゲームがプレイできちゃうんだよ!」
「へぇっ!? いろんなひとと!?」
……ふむ。
発音周りは、まだまだぎこちないですが。
細かな文法、仮定形への派生。
時制の使い分けも、特に問題は見当たりませんね。
「すごいでしょ? インターネットはね、世界を繋げてくれるの!」
「すごーい!」
そうですわ、華様。
大事なのは、自分の意図を相手に伝えられるかどうか。
無理に固い言い回しをしようと考えるのではなく、冷静に自身が知る最も簡単な単語達を脳内でピックアップして、そのまま自己流の言葉に言い換えるだけでいいのです。
本当に上達しましたわね。
そして、私はそんな彼女達の会話を微笑ましく見守っていると……。
目を煌めかせたカノン様が、ルーヴェインの方へトコトコと駆け寄っていった。
「……ねぇ、るーびん! カノンもいんたーねっとになりたいっ!」
……。
まぁ、この場合は。
カノン様の理解力の問題ですね。
すると、それを近くで聞いていた私と華様は思わず、揃って「ふふっ」と可笑しそうに小さな笑みを溢してしまう。
「いやいや、カノンちゃん。流石にそれは無理じゃないかなぁ……? いくらルーヴェインさんでも、絶対に不可能……──」
『──御意』
しかし、彼女の言葉を笑わない人間が。
たった一人だけ。
この中に存在していた模様。
「へ……?」
その通り。
淡々と呟いたのは。
直接、主人から願いを要望された張本人。
ルーヴェインであった。
すると、彼は静かに主へ了承を示したかと思えば……。
突然、そのまま無言で学習室から退室していった。
そんな迷いのない彼の動作を見届けた華様は。
途端に、ガタガタと身体を震わせ始める。
「うそ!? 英国はもうそこまで……!?」
あの男……。
さては、また何か企んでますわね……。
そして、彼が戻ってくるまで。
そう時間は掛からなかった。
暫く、私が学習室の扉をジーッと睨んでいると。
再び、すぐさまその扉が音を立てて開かれる。
「お待たせ致しました」
再度、入室してきた彼が手にしていたのは。
謎の大きな三箱のダンボールだった。
すると、彼はその箱を床に置くや否や。
早速、その内の一箱を開封し始める。
「わー! なにこれー!」
その中に入っていたモノ。
それは、数本のコードと四角形の機器。
小型のセンサー付きスタンドカメラ。
そして、その中で最も特徴的な……。
頭に装着するゴーグルの様なアイテムだった。
「わぁっ!? これって『VR』ですか!?」
華様のご明察。
そう、彼が持ってきたのは。
限りなく実体験に近い体験が得られる近未来的ガジェット──【Virtual Reality〈バーチャル・リアリティ機器〉】であった模様。
とりあえず、私は。
まず、そこに同封されていた取扱説明書に手を伸ばし、その場で軽く目を通してみることに。
「しかも、この前発売されたばかりの最新型ではありませんの。……どこでコレを?」
すると、そんな私の質問に対し。
ルーヴェインは、機器のセッティングと並行しながら淡々と答えてくる。
「先程、調達業務で外出した際に、以前知り合った得意先の人間とたまたま鉢合わせてな。これを発売日に購入したと聞いたので、無理を言って一週間ほど拝借してきたんだ。オブジェクトの試運転や接続テストも行わねばならんかったし、丁度良いだろう」
なるほど。
先ほど、本日の外出業務に出ていた際に。
知り合いからコレを借りてきたらしい。
……と言うよりも。
彼は虎視眈々と、この何も予定の無い休憩時間を狙っていたと言った方が正しいかもしれない。
「……そういう訳で、カノン様。本日の自由時間はこれで遊ぶことに致しましょう」
「よくわかんないけど、わーい!」
そして、ようやく全てのセッティングが完了したのか。
次に彼は、VR機器の目玉とも言えるアイテム。
通称──【VRゴーグル】をカノン様に装備させ始める。
そんな彼の後ろで。
私は何気なく説明書に目を通していると……。
ふと、素朴な疑問が頭に浮かび上がってきた。
「……ん?」
そう、このVR機器。
説明書の記載によると。
どうやら、約五日前が発売日であったのだ。
しかも、よく見ると。
箱は中身を含めて、一度も開けられた痕跡はなく、明らかに未開封の新品状態……。
つまり、持ち主は購入したばかりだと言うにも関わらず……。
自身が遊ぶ前に、ルーヴェインに貸してしまったという訳である。
「……あら? コレ、発売してからそこまで日が経ってないですわね。それに見たところによれば、そもそも未開封だったようですし。……よく購入したばかりだと言うのに、持ち主の方は気前良く私達に貸して下さいましたわね?」
「ああ。話に聞けば、彼は生粋のメイドマニアらしくてな。外に干してあった『お前のメイド服を交換対象』に持って行ったら快く……──」
すると、話の途中ではあったが。
カノン様のVRゴーグルから伸びたコードの先……。
学習室にあった教材用モニターが光を放ち始めた模様。
「──おっと、始まったか」
それを引き金に。
そこにいた全員の意識が、自然とそのモニターへ誘導される。
「……待ちなさい。今、さらっとトンデモないことを言いませんでしたか?」
「さぁ、カノン様! 準備が整いました! どうぞ思う存分に、インターネットを体感してくださいませ!」
「やったー! カノン、いんたーねっとになるー!」
……が、私以外は全員。
既に、最新型のVRに夢中である模様。
なので、私は聞き間違いだと自身に言い聞かせ。
彼女らと同じく、モニターにその視線を送ってみることにした。
モニターに映し出されていた光景は。
カノン様からの主観視点。
キョロキョロと椅子に座って首だけを動かす彼女の動きと連動し、モニター内の景色もあちこちに見渡されているようである。
「ふわぁー! ここどこー!?」
彼女が見ていた世界は。
非常に近未来的な不思議空間であった。
余計なモノが一切配置されてない奥行きに限りのない立体ステージ。
壁を這うカラフルな光線と複数の流れゆく英字。
そして……。
フワフワと宙に浮く。
謎の犬である。
「もしかして、このワンちゃんが案内役のキャラクターなんですかね?」
すると、華様の予想通り。
その犬はコチラの存在に気がつくと、すぐに屈託のない笑顔を見せてきた模様。
〈はじめまして! クレセント社のメタバース空間へようこそ! ここでは、3D映画鑑賞やVRゲームは勿論! アバターを使ったショッピングやバーチャル観光だって出来ちゃう夢の空間なんだー! ぼくはこのメタバース空間の案内人、【メタワンス】っ! 困ったことがあったら、ヘルプボタンからいつでもぼくを呼び出してね!〉
〈はーいっ!〉
それに対し。
カノン様も手を上げて、可愛らしく了承を示す。
なるほど。
どうやら、初心者や小さい子などのユーザーに優しい、かなりの親切設計であるようだ。
説明書を読む限り。
音声認識機能にも対応しているようなので。
コントローラー操作が危ういカノン様でも、何ら問題なく遊べるだろう。
〈まずは君の姿をスタンドカメラで読み込んで、君そっくりのアバターを作るね! 読み込んでいる間は、スタンドカメラの前から動いちゃダメだよ!〉
「わかったー!」
……という訳で。
とりあえず、外野である私達使用人三人組は。
黙って、チュートリアルを含む彼女達の会話を見守ることに。
〈待っている間に、幾つか簡単な質問をさせてね! まず、キミはこの空間で何をしてみたいのかな?〉
「カノンはねー! いんたーねっとになりたいですっ!」
〈インターネットを使いたいんだね! ……あ、その項目なら読み込みを待ってる間に、サブウィンドウで今すぐ表示できるよ! 検索エンジンはどれにする?〉
「えっとねー……、いんたーねっとがいいです!」
〈……うーん、ごめんねー。【インターネット】って名前の検索エンジンは見つからなかったよ……。もう一度、教えてくれるかな?〉
「インターネットになりたいとおもいます!」
〈……そ、それじゃあ、こっちから提案してみるね! 調べてみたら、多くの人はGoogleやBingといった検索エンジンを使ってるみたいだよ! どっちがいいかな?〉
「どっちでもいいです!!」
〈……ピーッ! ガガッ!! エラーコードハッセイチュウ。オテスウデスガ、サイキドウシテクダサイ。〉
「あれ……? ワンちゃん!? おーい!」
……どうやら、案内犬が言葉を発したのは。
それが最後だったらしい。
おそらく、カノン様の予想外な受け答えの連続に、メタワンスのAI処理が追いつかなかったのだろう。
最後は白目を剥いたまま。
静かに息を引き取ったようである。
「……あの、大丈夫ですか? メタワンスちゃん、完全にフリーズしちゃいましたけど」
「頼んでもないのに出しゃばって来た挙句、勝手に進行不能にしやがって! このポンコツ駄犬がっ! 恥を知れっ、恥をっ!!!」
すると、それを見ていたルーヴェインは。
まさかの、ほぼ被害者側である【メタワンス】サイドに憤慨。
すぐ、部屋の端に置いていた残りのダンボール箱に掛け寄り出した。
「やはりAI風情にカノン様のお供は務まらん!! ……どうぞ、コチラが華殿のゴーグルとなります」
そして、彼はその残った内の二箱から。
カノン様が身につけているモノと『全く同じ機器』を一つずつ取り出し、その内の一つを華様に急いで手渡す。
「え!? 他にも借りてたんですか!?」
「ええ、こんなこともあろうかとね。もう三着ほど追加で投げつけておいたのは正解でした」
すると、彼は素早い動きで配線作業を行い、華様と自身のVR機器を迅速にセッティングし終えたかと思えば……。
早速、ゴーグルを自身に装着。
どうやら、カノン様と同じVR空間に入り。
彼女のサポートに回ろうとしているらしい。
彼はゴーグルの縁についた起動ボタンを押すと共に、額に血管を浮き上がらせる。
「震えて待つがいい、メタワンス。出会い頭の名乗りパートが、おまえの最後だ。……コッチが逆に地獄へ案内してやらぁぁぁ!!!!」
……が、近くにいた私はすかさず。
彼の横からそのゴーグルに手を伸ばし、ヒョイっと奪い取って人力の妨害。
そう。
この場で額に血管を浮き上がらせていた人物は。
彼だけでは無かったのだ。
「あ、テメェ!? 何しやが──」
「──ここから先は私がやりますわ。あなたは冷蔵庫にあるケーキを切り分けて、ここに運んで来てくださいな」
ゴーグルを奪い取られた彼が。
真っ先に見たモノ……。
それは。
『笑わない笑顔』で。
恐ろしく静かに待ち構えていたメイド。
そう、強い殺意のオーラを全身から滲み出し。
ジッと彼を見下している私、アメリアであった。
「……それと、私のメイド服を全て取り返してきなさい。ちなみに、これは家令としての『命令』ではありません──」
この時、ルーヴェインは。
よほど身の危険を感じたのだろう。
「──『警告』デスわよ?」
彼は、私の顔を視界に入れた瞬間。
無言で冷や汗混じりの頷きを何度か放ち……。
意外と素直に。
その身を行動へと移したのである。
──後に。
素早くその指示に従った執事は、こう語る。
アレは間違いなく……。
自分の人生の中で。
一番の懸命な判断だった、と。
*
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