第8話〈1〉【無銭LANを導入しますが、何か?】


 ──時刻は正午。


 当屋敷の食堂にて。

 悦びに満ち溢れた声がポツリと一つ呟かれる。


「美味しすぎるぅ〜……」


 声の主は日本からやってきた女子中学生。

 ──華様であった。


 彼女はクロスが敷かれた食堂の長テーブルと向き合い、何やら目の前に用意された【四角い木箱】を相手にうっとりとした表情を見せている様子である。

 

 そして、そんな彼女の様子に気がついた私……。

 メイドのアメリアは、テーブルを挟んだ彼女の『対面側』から思わずクスッと笑みを溢してしまった。


「お口にあったようでしたら何よりですわ。……おかわりも御座いますが、いかがなさいま──」

  

「──ぜひっ!」


 ……食い気味の即答と。

 美味という報告。


 料理を担当している身からすれば。

 彼女の行動は全て、この上ない最上の褒め言葉と言えるだろう。


 私はコクコクと必死の頷きを見せてくれた華様の期待に応えるかの様に。

 その場で頭を下げて了承の姿勢を見せると、すぐさまその場からゆっくりと足を下げる。


「畏まりました。それでは暫しお待ち下さいませ」


 そして、彼女の願いを叶えるべく。

 私が次に向かった場所。


 それは、勿論。

 この食堂の隣にある、厨房……。


 ……では無く。

 

「追加のオーダーが入りましたわ。準備なさい」


 食堂の真ん中にドンと大きく構えられた。

 ──『謎の屋台』の中心だった。


 その通り。

 本日の調理場は、なんと……。

 当屋敷の食堂内に直接存在していたのである。


 私は、そのあまりにも周囲から孤立した別空間。

 『謎の和風屋台』に身を移すや否や。


 その中心で目を閉じて。

 静かに瞑想を開始。


 そして、その後。

 近くに設置されていた小さな生簀から……。


 本日のメインとなる生きた食材を一匹。

 その手でおもむろに掴み取ってみせた。


「……参ります」


 そこから料理が完成するまでの間。

 私が再び、口を開けることは無かった。


 一、剥──素早く食材に引導を渡して捌き、開いたその身に隠れし刃を。


 二、穿──鉄串の矢を等間隔に次々と射り、目標を固定。


 三、烈──紅く光る炭の上に何度も泳がせ、周囲に煙風を燻り上げる。

 

 ……ここまで手順を晒せば。

 勘のいい方なら、もうお解り頂けただろう。


 私は丁寧にタレを纏わせた食材に仕上げの火入れを済ませると、すぐに華様の前に移動。


 そして、彼女の皿である【四角い木箱】……。

 もとい、余った白米が乗る『木製の重箱』にそっと乗せて、その場から勢いよく鉄串だけを引き抜いてみせた。



『お待たせ致しました。当メイド自慢の一品──アメリア流【鰻の蒲焼き】で御座います』



 すると、その光景を真近で見ていた華様は。

 待ってましたと言わんばかりに。


 歓喜の声を上げながら。

 その場で目を煌めかせ始める。


「きゃーっ!? いただきまーす!」


 日本人である華様相手に我流の業が通じるかどうか、いささか不安でしたが……。

 どうやら、杞憂だったようですわね。


 雰囲気作りの為とはいえ。

 和風屋台まで造り上げようと考えたのはやり過ぎかと思いましたが……。

 思い切って、手間のかかる料理を選んだ甲斐がありましたわ。


 そう、本日のランチに採用されたのは。

 日本が代表する鰻料理。


 ──【鰻の蒲焼き】であった。


 串打ち三年。

 裂き八年。

 焼き一生。


 そう巷で呼ばれている程……。

 非常に精巧かつ難解なスキルを要するこの料理。


 それをわざわざこの様な昼間から採用したのには、多くの理由がある。


 まずは、なんと言っても。

 『大の日本好きであるカノン様への配慮』だ。

 

 当然である。

 いついかなる時であろうとも。

 我々、使用人にとって最も優先すべきは我が主。

 ……もはや、その様な常識は言うまでも無い。

 

 次に、危惧。

 新たな屋敷の住人となる『華様のホームシック防止』だ。

 

 悲しいかな。

 彼女は渡英早々に、よからぬトラブルへと巻き込まれてしまった不運の少女。


 もし未来の貴重な戦力候補である彼女の心が折れ、そのまま自主帰国するような事態へと陥ってしまえば……。

 我が屋敷にとっては、痛恨の大打撃となるだろう。


 ホストファミリーを引き受けてしまった限り。

 今後は私自身が、彼女のメンタルケアにもしっかりと目を向けていかねばならない。

 

 そして、最後は勿論……──



「……」



 ──屋台の端っこで、つまらなそうに。

 ひたすら黙々と七輪の火番をしているルーヴェイン。


 彼に、私の輝かしい実力と素晴らしい腕を。

 これ見よがしに見せつけるためである。


 理由は……。

 ……いえ、今更ですわね。


 私は華様に新たな蒲焼きを提供し終えると。

 すぐに元いた屋台へ、踵を返し……。

 パチパチと音を鳴らす炭火の前にいたルーヴェインに、背後からそっと声をかけた。


「……いつまでそうしているつもりですか、ルーヴェイン? あとは私達のまかない分を焼くだけですし、もう暫くは結構ですわよ」


 すると、私の指示に対して。

 彼は小さな舌打ちのみで返答。


 ……ちなみに、この和風屋台や重箱の工作命令。

 もとい鰻の調達業務を命じた今朝のミーティング段階から、既にこの機嫌の悪さである。


 しかし、残念ながら。

 彼の不機嫌そうな表情は、私にとって活力を与えてくれる最大の褒美に他ならない。


 ……ふふん。

 どうやら、私の神業に近い調理スキルに。

 彼も舌を巻いているようですわね。


 それとも、活躍の場を奪われて嫉妬しているのでしょうか?


 ……いずれにせよ。

 気持ちがいい。


 気持ちがいいですわ。


「さてと! カノン様にはそろそろ、食後の紅茶をお入れ致しましょうかね〜」


 私は彼の睨む視線を心地よく背中で受け止めつつ、上機嫌で近くに用意していたティーセット一式を回収。


 そして、華様の隣側に座っていた我が主。

 カノン様の元へ向かうのであった。


 まだお子さま故に、比較的に胃袋の小さな彼女。


 おそらく、時間的にも。

 そろそろ【蒲焼き】を完食し終えている頃だろう。


 そう思っての時間調整であったハズなのだが……。


「カノン様、食後の紅茶をお持ち致しましたわ。本日の紅茶は……──」


 ──どうやら。

 完璧だと思われた私の時間調整は。


 とある人物の手よって。

 大きく狂わされていたらしい。


 そう、私の目の前には。

 隣ですこぶる幸せそうにしている華様とは。

 まるで対照的……。


 無言でズーンと肩を丸めている我が主。

 カノン様のお姿があった。


 ……更に、よく見ると。

 彼女の目の前にあるテーブルの上には。


 何やら『白米しか残っていない重箱』と『タレが付着した口をハグハグと元気に開閉させている赤ちゃんワニ』も存在していた模様。


「……」


 すると、そんな私の視線に気がついたのか。

 テーブルの上にいた赤ちゃんワニが体の向きを変えて、そのまま私の顔をジーッと凝視してきた。


 ……な、何でしょうか。


 そして、次の瞬間。


〈──……グゥ!〉


 なんと、その赤ちゃんワニは。

 甲高い鳴き声と共に。


 パカっと大きく自らの口を大きく開けて。

 静かにその場で待機し始めたのである。


 それを見た私は。

 困ったような笑みを返す。


「あらあら、……あなたもおかわりをご所望ですの?」


 どうやら、赤ちゃんワニはカノン様に用意した分の蒲焼きだけでは飽き足らず。

 私におかわりをおねだりしているらしい。

 

 しかし、赤ちゃんワニはともかく。


 肝心の我が主は、食後の紅茶どころか。

 メインデッシュにすらありつけていない状況。


 つまり、先にもう一度。

 カノン様に【蒲焼き】をお出しせねばならない。


 ……もしもの為にと。

 余分に用意させておいた鰻も残り、二尾。


 加えて、これは。

 まだ昼休憩前の私とルーヴェイン。

 二人のまかない分でもある。


「……私だって忙しくて、用事に託けなければ滅多に食べられる機会はないんですからね」


 遠い目で静かに虚空を見つめているカノン様。

 口を開けて、ジッとおかわりを要求してくる赤ちゃんワニ。


 その両者の姿を見て。

 私は大きな嘆息をついてしまう。


「仕方ありませんわね。すぐに私の分を……──」


 そう、まさにその刻だった。


『──いや、僕の分だ』


 声を被せてきたのは執事。

 ルーヴェインだ。


「……えっ?」


 私は背後の屋台方面にいた彼の方へ振り返ってみると……。

 そこには、驚きの光景が。


 なんと、彼は。

 先ほど私がしてみせた様に。


 屋台に設置していた生け簀から。

 既に、一匹の鰻を掴み上げていたのである。


 そこからは、どこかで良く見た。

 美しい手際の連続だった。


 そう、彼の串打ち姿は。

 まるで、先程の私そのもの。

 

 私が学生時代、石に齧り付く思いでようやく考案してみせた我流の業だけでなく……。

 細かな癖や、際どいタイミングと拘り。


 そんなモノまでをも、寸分違わずに。

 たった数回見ただけで……。

 

 全て完璧に『真似』してきたのである。


「……なっ!?」


 すると、屋台の中から静かに出てきたルーヴェインは、煙を纏いながら私の横を通り過ぎ……。

 空となってしまった主人の重箱に蒲焼きをそっと乗せた。


 そして、勢いよく鉄串を引き抜いた後。

 近くにいた私の顔を見つめながら、ニヤッと口角をあげる。


『お待たせ致しました。当メイド自慢の一品──アメリア流【鰻の蒲焼き】で御座います』


 それは私が提供時に発した台詞だった。


 しかも、その声は。

 ハイクオリティすぎるモノマネ付き。


 すると、それを聞いたカノン様は。

 落ち込んでいた表情を一変させる。


「わ!? あめりあとおんなじこえっ! すご〜い!」


「似ておりましたか? ……どうぞ、次は横取りされぬようにお気をつけ下さいませ」


 ……何と腹立たしい男なのだろう。


 彼はたった一瞬で、私を牽制し返しつつ。

 現状を回復させながら、更にはカノン様の笑顔までをも取り戻してしまったではないか。


 しかし、そんな彼を目の当たりにして。

 私は悔しさを感じるどころか──



「──……やってくれるではありませんか」


 どうやら。

 無意識に小さな笑顔を見せてしまっていたらしい。


 ……そうでなくては。

 それでこそ、私が見込んだ相手ですわ。


 生半可な相手に勝っても意味がありません。


 貴方がそうやって活躍すればするほど。

 私が貴方を打ち負かした時の喜びが大きくなるというモノ……。


 そもそも、腕の近い敵でなければ。

 私自身も成長することが出来ないのです。


 やはり、彼はまさしく。

 理想の仮想敵ですわ……。

 

 私は視線を彼にぶつけてると、彼は「ふん」と私から顔を逸らし……。

 次に、カノン様の目の前にいるテーブルの赤ちゃんワニをヒョイとつまみ上げる。

 

「……それはそうと、カノン様。やはりコチラの子ワニは僕が躾けましょうか? ……僕に全てを一任して下さった暁には、三日でこのワニを『意志の持たぬ従順な戦士』へと育て上げることも可能ですよ」


「だ、だめっ! あと、もう『ワニ』じゃないもん!」


 ワニじゃない……?

 あぁ、なるほど。


 すぐにその言葉の意味を理解した私は。

 隣から彼らの会話に参加し始めた。


「それはもしや、『この子には既に名前がある』という意味ですか?」


「うんっ! おなまえつけてあげたの!」


 どうやら、私の予想通り。

 彼女は早速、この赤ちゃんワニに名前を授けていた模様。


 そして、そんな私達の会話を聞き取れたのか。

 近くにいた華様も大きく反応する。


「……へぇ、そうなんだね! なんてお名前をつけてあげたの?」


 ……確かに気になる。

 彼女は一体、どのような名前をこの赤ちゃんワニに名付けたのだろうか?


 すると、カノン様は食事する手を止めて。

 笑顔でこう答えた──



『──んーとねー! 【クロダ】にしたっ!』



「いや、誰ソレ!? なんか和名感強くない!?」


 そして、そんな華様の言葉に対し。

 ルーヴェインは静かに自身の考察を共有する。


「おそらく、『クロコダイル』という名称から一部を拝借なされたのでしょう。……流石はカノン様だ、相変わらずセンスの塊でいらっしゃる」


 すると、それを聞いた華様も。

 「あーっ!」と、納得の表情。


「な、なるほど。クロコダイルの【クロダ】ちゃんってことなのか〜……! ……というか、よくそれだけで分かりましたね」


 余談だが。

 クロダ『ちゃん』と華様は呼んでいるな、実際の性別はオスである。


 そして、私達がその様に他愛の無い話を繰り広げていた、そのタイミング。


「あら、もうこんな時間でしたか」


 食堂に設置されていた時計から。

 『ポーン』という時報の知らせが鳴り響いた。


 どうやら、食事を開始してから。

 少しのんびりとしすぎてしまったらしい。


 なので、私は咳払い。

 午後からのスケジュールを、この場にいる全員へ改めて告げる事に。


「それでは午後からのスケジュールとなりますが、カノン様には私と一緒に読み書きのお勉強をして頂きますわ」


 ……とは言え、今日は華様も早朝ミーティングに参加してくれていたので。

 実際は、カノン様のみへのスケジュール通達となる。


 ちなみに。

 ルーヴェインは、食堂の片付けと消臭を中心とした清掃作業後、そのまま調達業務。

 華様は、私用による自由時間の希望を頂いている為……。

 

 ここからは。

 私とカノン様のマンツーマンだ。


 ……正直、串打ちなど霞んでしまいそうになるほど手のかかる案件になりそうだが……。

 今日こそは私の力で、彼女のステップアップを実現して見せる。


 すると、私の報告が鳴り止む頃。


「……あのー、やっぱり私もそっちに参加して良いですか?」


 突然、華様が気まずそうに。

 その場で小さく手を上げ始めた。


 どうやら、彼女も急遽。

 私が開くカノン様との勉強会に参加したいとのことらしい。


「おや? 華殿は確か、午後からオンライン配信される予定の『学校案内動画』を、スマートフォンで視聴なされる筈だったのでは……?」


 そう、私の隣で首を傾げているルーヴェインの言う通り。


 本日は、華様が通う留学先の学校が留学生向けに出しているオンライン配信──『学校案内動画』をチェックする日だと彼女から伺っていた記憶がある。


 その為、私とルーヴェインはてっきり。

 午後からの彼女はそれを見るものだとばかり考えていたのだが……。

 何かトラブルでもあったのだろうか?


「本当はそのハズだったんですけど……。実はさっき、恥ずかしながらスマホに通信制限がかかっちゃいまして……」

 

 通信制限。

 月々に定められた通信データ量を使い切ってしまったせいで、来月まで低速状態での運用が求められているということ。


 つまり、動画を視聴するには。

 少し難しい状態という訳だ。


 確かに、ここは都会からかなり離れた立地。


 電波が安定し辛い環境であるせいなのか。

 何度も読み込みを繰り返している内に、予定よりも早くデータ量を使い切ってしまったのかもしれない。


 ……だが、私の記憶が正しければ。

 彼女はそれを補佐する『便利アイテム』を携帯していたハズだ。


「ポケットWi-Fiはどうされたのですか?」


 そう、それは。

 彼女が留学会社との契約時に拝借していた──貸し出し用の【ポケットWi-Fi】である。


 それを使えば。

 データ使用量は実質無制限。

 低速中であろうとも問題なく、動画配信を閲覧することが出来るだろう。


 すると、そう私に尋ねられた華様は。

 苦笑いで自らのポケットWi-Fiを取り出し始めた。


「それが、今朝からちょっと調子が悪くて接続が出来ないみたいなんですよね……。もしかして、このまえ転んだ時に壊しちゃったのかなぁ……」


 なるほど。

 つまり、彼女はオンライン配信を見ないのではなく、見たくとも見れない状況という訳か。


 それなら、話は早い。


「そういう事でしたら、私が見て差し上げましょう」


「え、直せるんですか?」


 私は彼女からポケットWi-Fiを受け取ると。

 それを軽く観察しながら答える。


「このような小さな機器なら良くある話ですわ。おそらく、転んだ際に強い衝撃が加わり、内部で何かしらの接触不良が起きているのでしょう。ここは私にお任せ下さい」


「それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな……! ありがとうございます!」


 嬉しそうに頭を下げてくる華様に。

 私も微笑み返す。


「はい、電波が安定し直した時が修理完了の合図となりますので、お手数ですがその際にもう一度私の元にお越し下さいませ」


「わかりました! ……それじゃあ、私は洗い物でもしてきますね!」


 そして、彼女はそう言うと自分の食べた箸や重箱や屋台にある食器類を手際よくワゴンに乗せ、そのまま嬉しそうに食堂を後にするのであった。


 そんな彼女の後ろ姿を見届けていると。

 私の隣でルーヴェインがボソッと呟いてくる。


「あの年頃の子にとって、ネットの無い環境というのはさぞかし辛かろうな」


「そうですわね。……ですが、流石の私達でも無銭という制約下ではどうする事も出来ません」


 その通り。

 当屋敷は、お生憎様。

 無銭での運営を徹底している最中である。


 その為、現在はネットワーク環境が備わっていない状況となっているのだ。


 理由は、言わずもがな。

 プロバイダに支払う月々の通信費を賄えないという大きすぎる壁のせい……。


 これまで、無銭という誓約下であろうとも。

 現代の生活に欠かせない電気や水といったモノは何とか人力で確保していたのだが……。

 やはり、どう足掻いても契約する際に金銭が発生してしまう以上。

 ネットワークの確保だけは、私達でもどうすることも出来ない。

 

 故に、これからも。

 資料管理は基本的に紙媒体で行い。

 調達業務に関する各提携先との連絡には、それぞれの使役獣を伝書鳩の様に遣わせるという……。

 超がつくほどのアナログな日々を送っていくしかない運命にあるという訳である。


 私達二人は、揃って。

 華様から預かった、手中のポケットWi-Fiを静かに見つめる。


「……せめて『公共電波を受信する媒体』さえ手に入れば、まだ話は変わってくるのですがね」


「違いない。どんなに微弱な電波だろうと、貧弱なスペックであろうと構わんから、どこかに都合良くそんなモノが落ちていないだろうか……」



 もう一度言う。

 私達二人は、揃って。



「「……」」



 華様から預かった【手中のポケットWi-Fi】を。

 静かに、見つめ続けるのであった。



 ──────


 ────


 ──それから。

 約一時間後。


 屋敷の廊下にて一人。


 キョロキョロと辺りを見渡しながら歩く……。

 割烹着に身を包んだ少女が。


 何やら、とある人物を探している最中らしい。


「アメリアさん、どこに居るんだろう。……ん?」


〈──〜〜!!〉


 彼女が足を止めたのは。

 何やら、痴話喧嘩の様な男女の声が漏れ出す一室の扉の前。


「もしかして、ここかな……?」


 そして、悩んだ挙句。

 少女は恐る恐るそのドアノブに手をかける事を選ぶ。


「あのー、なんだか電波が元に戻ったみたいなので、言われた通りにポケットWi-Fiを受け取りに来まし……──」


 そう、その部屋の中にいたのは。


 工具を片手に脚立へ足をかけている執事。

 加えて、様々な有線コードを持ちながら壁と向き合うメイドであった。


「──馬鹿野郎テメェ!! その配置だと僅かに【レイテンシ〈遅延〉】が上がんだろうが!! そもそも、独断で勝手にコードを壁に埋め込んでんじゃねぇよ!」


「はい!? いくら回線機能を向上させる為とはいえ、配線が散らばっていては見栄えが美しくありませんわっ!! ……と言いますか、遅延と言ってもたかが少数点以下程度の変動でしょう!? そんなの誤差ですわ、誤差誤差っ!!」


 異国の言語が飛び交い続ける。

 嵐のような室内の様子。


「あ? カノン様が今日から株価売買に激ハマりする可能性もあるだろうが」


「読み書きすらまともに出来ない子が、そんなモノにハマる訳ないでしょうっ!」


「あの……、私のポケットWi-Fi……」


 しかし、部屋の入り口付近から発られる少女の声はあまりにも小さかったのか。

 二人には全く届いていないらしい。


 そんなメイドと執事の忙しない様子を見て。

 冷や汗混じりに首を傾げる少女。


「と、取り込み中かな……、あっ!」


 次に少女が辺りをキョロキョロと見渡しながら見つけたモノは。

 その部屋の中でポツンと立っている。

 一人の金髪幼女であった。


「カノンちゃんもいたんだね! ねぇ、私のポケットWi-Fiって、どこにあるのか聞いてない?」


 どうやら、少女は。

 部屋の中心にいた、この金髪幼女の当主に。

 事情を聞いてみることにしたようだ。


 ……しかし、先ほどの二人と同様。

 その幼女も何かに夢中なのか。


「クロダ、みてみてー! おほしさまだよー!」


〈……グゥ!〉


 いつまで経っても。

 少女に背中を見せたままである。


 金髪幼女と。

 彼女の両手の平に乗せられていた赤ちゃんワニ。


 そして、その両者が見上げていたモノの存在が気になった少女は。

 自らも、彼女達の視線を追ってみることに。


「え? お、お星様……?」

 

 すると、そこには。

 あまりにも神々しい光景が広がっていたようだ。


 無数のコードが繋がれている。

 近未来的な光り輝く台座。


 なんと、その中心には。

 まるで秘宝のように設置されし。


 煌々と発光している【謎の光り輝く物体】が、核を成すように存在していたのである。



 ──尚、それを見た少女は。

 後に、こう語る。



 ……なんか。

 『封印されし伝説の聖遺物』みたいなのが置いてあるなぁ……。


 ……あ、違う。

 よく見たら、アレ……。


 完全に。

 私の【ポケットWi-Fi】だ……。



           *

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