第7話〈5〉【食育ですが、何か?】



「──……なるほど、事情は把握しましたわ」


 メイドであるアメリアが。

 調達業務から帰還するや否や。


 執務室前の廊下に無言で待機していた僕と華殿の姿を見て、そのように一言。


 ……流石は彼女だ。


 どうやら、僕達の様子を見ただけで。

 全ての事情を素早く事解してくれたらしい。


 すると、そんなアメリアは。

 静かに執務室の前へと移動し、その扉をノック。


「カノン様、卵の様子はどうなっておいでですか?」


『あのね〜、ぱきぱきしてる〜!』


 そう。

 只今、執務室の中にいらっしゃるのは……。

 崇高なる我が主、カノン様である。


 ちなみに、目の前にある執務室には。

 孵化する直前の卵も同席中……。


 つまり、現在はカノン様が一人で。

 例の卵の立ち会い人を担当なされている状況という訳だ。


 ……おそらく、『鳥類は初めて見たモノを親と思い込む習性がある』という僕の助言が原因だろう。

 

 卵が活発に動いているのを確認した僕が、もう間も無く孵化する旨を彼女に伝えた結果……。

 呆気なく部屋の外へと追い出されてしまったという次第である。


 彼女の元気そうな報告を聞いたアメリアは。

 とりあえず、安堵の表情。


 そっとコチラへ振り返り、笑顔を見せてきた。

 

「どうやら、もう既に孵化が始まってるようですわね」


 すると、僕の隣にいた華殿がウキウキとした表情で手を合わせながら、アメリアの声に返答。


「なんだかドキドキしますよね〜! どんな種類のトリさんが出てくるのか、ちょっと楽しみです!」

 

 それを聞いた僕も。

 溜息混じりの苦笑いと共に、小さな呟き声を放つ。


「……なるべく、気性の荒い種で無ければ幸いなのですがねぇ」


 そして、そんな雑談を軽く繰り広げていると。


 遂に、来たるべき時が……──



『──お〜っ! でてきたぁー! トリさんでてきたよ〜っ!』



 反応から察するに……。

 

 ようやく、室内にいる我が主の目の前で。

 無事に新たなる生命が誕生してくれたようだ。


 その知らせを聞いたアメリアは。

 その場でクスクスと微笑む。


「ふふっ、問題なく産まれてきてくれたようで何よりですわね。……生命の神秘に立ち会っているカノン様も、この経験に良い刺激を受けてくれていることでしょう」


 そんな彼女に釣られてしまったのか。

 僕もほんの一瞬だけ、静かに口角を上げてしまう。


 ……後は、カノン様が卵から孵った雛鳥と目を合わせて下されば任務完了だな。


 僕は扉越しから祝辞を添えつつ。

 執務室内にいるカノン様へお声掛け。


「おめでとうございます、カノン様。……それでは、その卵から孵った雛鳥と正面から目を合わせてみて下さいませ。しっかりとカノン様のお姿やお顔を我が子に見せつけ、親として雛に認識させるのです」


『わかったっ!! ……じーっ』


 よし、ここまでくれば。

 ひとまずは一安心だな。


 ……そろそろ、コチラ側も。

 彼女のサポート役に徹する準備を済ませておかねば……。


 僕は背後にいた二人のメイドと向き合い。

 その場で家令としての号令を取ってみせた。


「さて、ここからは僕達の仕事だ。……アメリア、鳥籠や餌の調達は既に済んでいるのだろうな?」


「当然ですわ。この程度の簡単な仕事でしたら、あと百セットは揃えられる自信があります」


 すると、アメリアは。

 手に持っていた鳥籠をヒラヒラと揺らしながら、コチラに「ふふん」とドヤ顔。


 どうやら、彼女は僕の下した命令通り。

 一時間以内に飼育セット一式を揃えてきてくれたらしい。


 素晴らしい働きである。


 ……ただ。

 あのドヤ顔だけは、いけ好かないな……。


「……そうか、僕ならその倍はいけるけどな」


 そのせいか。

 僕は笑顔で、ボソッといらぬ一言。


「あ、間違えました。アレをアレしてあの分を足したら、あと一万セットは固いと思われます」


 無論、彼女も表情を切り替えつつ。

 すかさず応戦。


「いや、どこで張り合ってるんですか……。というか、そもそもそんなに大量の鳥籠を必要とする瞬間なんてそうそう無いでしょう」


 そして、そんな僕とアメリアに対し。

 華殿が冷や汗混じりの静かなツッコミを入れてくる……。

 

 まさに、その瞬間だった──



『──〜ぇぇぇ……』


 ……突然、どこからともなく。

 その様な『謎の嘆き声』が鳴り響いたのである。


「……?」


 それを聞き逃さなかった僕は、すぐにアメリアと睨み合っていた視線を外し……。

 キョロキョロと辺りを軽く見渡す。


「……今、近くから妙な声が聞こえてこなかったか?」


「え? こ、声ですか……?」


 すると、アメリアもその声を確認していたのか。

 キョトンとした顔を見せる華殿とは違い、僕の言葉に素早く賛同。


 コチラにコクコクと頷きを見せてきた。


「確かに、私も聞こえましたわね。……一体、どこから……──」


 ──どこから聞こえてくるのか?

 

 ……おそらく。

 彼女はそう言いたかったのだろう。


 しかし、全てを言い切る前に。


 僕達のすぐ近くから。

 先ほどと全く同じ声が……──



『──ひぇぇぇぇ〜……』



 ……。


 間違いない。


 ……いや。

 正直、間違いであって欲しかったが……。


 どうやら、音の出所は。

 近くにある執務室からであるらしい。


 それを確認した瞬間。

 僕達、三人は揃って同時に。


 その場でゆっくりと顔を見合わせる。


「「「……」」」


 その結果……。


 誰からともなく、執務室のドアノブにそーっと手をかけ……。

 ゆっくりと小さな隙間を作り出すこととなった。


 そう、室内にいるカノン様の様子を。

 こっそりと廊下側から覗き込んでみることにしたのである。


 そして、狭い視界に映りし室内の光景。


 それは、以下の通りだ──



「ひぇぇぇぇ〜……、トリさん、はなしてぇぇ……」



 ──ドアの隙間から観察する限り。


 室内にいたカノン様は、何やら涙目混じりで一人……。

 謎の『か細すぎる悲鳴』を上げていらっしゃったご様子。


 そして、縦一列に顔を並べている僕達は。

 そんな彼女の様子を視界に捉えるや否や。


 とりあえず、その場で順番に。

 見たまんまの感想を発表していくことにした。


 まずはトップバッター。

 最下層の華殿から……──



「──……なんか、めちゃめちゃ鼻に噛みつかれてませんか?」



 その通り。

 卵から孵ったその雛鳥は。

 生まれたての長い嘴を使って。


 なんと、カノン様の小さな鼻頭を。

 綺麗に挟み込んでいたのである。


 続けて、次鋒。

 中段のアメリアが……──



「──……と言いますか、ヤケにゴツゴツとした雛ですわね?」



 その通り。

 卵から孵ったその雛鳥は。

 生まれたばかりだと言うにも関わらず。


 なんと、丈夫そうな深緑色の皮膚を。

 既に自前で持ち合わせていたのである。


 そして、最後に。

 最上段にいた僕が……──





「──……つーかアレ、シンプルにワニじゃね?」


 



 その通り。

 卵から孵ったその雛鳥は。

 そもそも雛鳥ではなく……。


 それはそれは元気な。


 小さな赤ちゃんワニであったのだ。



           *


 

 

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