第7話〈4〉【食育ですが、何か?】
──僕のいる執務室にて。
数回に渡るノック音が室内に鳴り響く。
「どうぞ」
書斎デスクと向き合う僕の丁度対面側にあった扉が開かれると、そこには日本からやってきた留学生である新米メイド。
──華殿がそこにいた。
「お仕事中にすみません。……ちょっとだけ大丈夫ですか?」
扉からひょこっと顔を覗かせてくる彼女の登場により、僕は書類に走らせていた手元の万年筆を停止。
……しかし、もう片方にある反対側の手に握られていたモノだけは。
そのまま動かし続ける事を選ぶ。
そう、僕が握っていたのは。
万年筆だけでは無かった。
僕が反対側の手に握っていたのは。
天井から吊るされし一本のワイヤー……。
そして、そのワイヤーの先には──
「すぴ〜……」
──タオルケットに包まれている我が主。
カノン様が存在していたのである。
僕が天井を経由したワイヤーを上下に動かすことにより……。
宙に固定された隣のカノン様もユラユラと連動。
寝床となっているタオルケットが。
まるでハンモックのように揺れ動いていたのだ。
そんな執務室に作られた即席ハンモックを視界に入れた途端に、華殿も不思議そうな顔で入室。
例の卵を両手に持ちながら寝息を立てているカノン様の寝顔を、静かに覗き込み始めた。
「カノンちゃん、お昼寝中だったんですね。……ふふっ、可愛い〜」
僕は片手に握るワイヤーを上下し続けつつ。
彼女と同じく隣のカノン様を見つめる。
「ええ、今日は朝からややハイテンション気味でしたので、少し疲れてしまったのでしょうね。……この様子だとおそらく、あと一時間ほどは目を覚さないかと」
そして、暫くそのまま二人で無邪気な主の寝顔を眺めていると、頃合いを見た僕が華殿の横顔に小さく声をかけた。
「……ところで、何か御用件でも?」
すると、華殿も自身がここに訪れた理由を思い出したのか。
すぐに
「あの、アメリアさんを探してるんですけど、屋敷のどこにも見当たらなくて……。どこにいるのか知ってますか?」
なるほど。
彼女はもう一人の同僚メイド。
アメリアに用事があるようだ。
しかし、彼女を探すには。
どうやら、少しばかりタイミングが噛み合わなかったらしい。
「アメリアならば、現在は外出中でございますよ。先ほど屋敷を出たばかりですので、暫くは戻って来ないでしょうね」
すると、それを聞いた彼女は。
新米メイド服のポケットからとある一枚の封筒を取り出しながら、少し残念そうな顔を見せてくる。
「あ、そうだったんですね。もうすぐ学校が始まっちゃうから、この提出プリントにホストファミリーのサインを記入して欲しかったんですけど……」
華殿は中学生となったばかりの少女。
本来通り、日本での進学を辿っていたとすれば。
彼女は次に【中学校】と呼ばれる中等教育機関に進級し、そこで三年間の義務教育を就学しなければならない。
しかし、ここは日本ではなく英国だ。
我が国の中等教育はYear 7(11歳)からYear 11(16歳)までが通う【Secondary School〈セカンダリー・スクール〉】と呼ばれる教育機関がそれに該当される為……。
今年でYear 8〈12歳〜13歳〉の代となる華殿も、そこへ転入する方針となるのだろう。
僕は華殿が取り出した留学先の提出物を受け取ると、それに軽く目を通してみる。
……この校章紋。
僕の記憶が正しければ、隣町の【New Romney】に存在する学校のモノだ。
彼女は転入直前に。
急遽、ホームステイ先をこの屋敷へと移してしまったという状況である。
どうやらそのせいもあり、提出プリントにも細かい変更点が生じてしまったようだ。
……彼女のホストファミリーに正式認定されているのはアメリアの方だしな。
たかが学校の提出プリントとはいえ、保護者欄に僕の名を代筆する事はトラブルに繋がりかねない。
よって、ここは僕が出るべき場面ではないだろう。
「……なるほど。そういう事でしたら、代わりに僕がお預かりしておきましょう。アメリアが戻り次第、コチラから事情を伝えておきますので」
「え、いいんですか?」
無論、大した手間でも無いので快く了承。
ニコッと優しい笑顔で対応する。
「お忙しい中すみません、そうして貰えると助かります!」
「いえいえ、お気になさらず。今後とも何か御座いましたら、いつでもご相談下さい」
そして、僕は華殿にそう告げると、再びデスクの上に置いていた万年筆へ手を伸ばし……。
すぐに目の前のデスクに意識を向け直すのであった。
……。
しかし。
何やら対面側から。
未だに無言の視線が注がれている模様……。
僕はジーッとコチラの様子を観察し続けてくる華殿に対し、困った様な笑顔を見せる。
「……あの、まだ何か?」
すると、そんな僕の苦笑いを見た彼女は。
「へっ!?」と驚いたように返答。
慌てたそぶりで僕から目線を逸らし。
少し赤くした頬を向けてきた。
「……い、いやー、そのっ!! も、もうすぐ学校が始まるんだな〜って思えたら、少しだけ緊張してきちゃったみたいで!」
なるほど。
何やら紅潮しているかと思えば……。
これから始まる学園生活に緊張を見せているのか。
……まぁ、気持ちは分かる。
異国の見慣れぬ環境に身を置けば。
誰しもが多少なりとも不安を覚えてしまうモノ。
なので、僕はそんな彼女に励ましの言葉を。
「不慣れな土地での学業ともなれば、いささか懸念もあるかとは思われますが、今の華殿ならきっと問題ありませんよ。無論、コチラも最大限のサポートに努める次第でございますので、困ったことがあればいつでもお申し付け下さいませ」
彼女は我が主の大切なご友人。
丁重に扱わねば、今度こそカノン様からの信頼を大きく損なう事となるのは必然である。
これからはなるべく……。
彼女からの信用も勝ち取っておかねば。
僕はどうにか彼女のサポートが出来ないかと、その場で顎に手を添えた。
すると、先ほど華殿から手渡されたプリント。
そこから得た情報の中で、一つだけ『気になる点』が存在していた事を思い出す。
「そういえば……、この屋敷からだと学校までの道のりにかなりの距離がございますよね? 通いともなれば、これから何かと不便でしょうに」
そう、それは。
彼女が通う学校の所在地について、だ。
彼女は元々。
【New Romney〈ニューロムニー〉】に存在するホームステイ先から通学する予定であった筈なのだが……。
今は訳あって、その隣町である【Old Romney〈オールドロムニー〉】へと身を移してしまったという状況である。
つまり、そのせいで。
学校までの通学距離にも、大幅な延長が加わってしまったという訳なのだ。
「あ、そうなんですよね〜……。前のおウチなら徒歩十分圏内くらいの距離に学校があったんですけど、このお屋敷からだと片道一時間くらいはかかっちゃうかもです」
その話題に対し。
華殿も「あはは……」と、微妙そう反応を見せてくる。
「ふむ、それは難儀ですね。……どうにか、コチラで解決して差し上げたい所なのですが」
「いえいえ、大丈夫ですよ〜! 私も農家の娘ですから、朝早いのには慣れてますし!」
彼女はそう口にしていたが。
僕は顎に手を添えたまま、続けて解決策を練った。
「……まぁ、良い機会か」
そして、次第にとある結論へと思い至った僕は。
彼女にこのような質問を送る。
「宜しければ、これより一時間ほど華殿のお時間を拝借しても?」
「え? 今からですか?」
すると、少し困惑した表情を浮かべる華殿は。
目をパチパチとさせながらも、それを了承。
「特にこの後は予定もないので、全然構わないですけど……」
その頷きを確認するや否や。
僕はそっと、デスクから椅子を引き……──
「では、こちらへどうぞ」
──右側付近にある近くの床に目掛けて……。
ドンと一撃。
強めのストンプをお見舞い。
勢いよく足を踏み鳴らしてみせた途端。
床下からカチッと音が鳴り、その部分に一つの正方形の穴が作り出される。
その通り。
……隠し通路だ。
「わわっ!? な、なんですかコレ!?」
突然、現れた謎の床穴に驚く華殿であったが。
ここで説明するより全てを見せた方が早いと判断した僕は、いそいそとその床下に出来た狭い穴に両足を入れて、華殿を手招き。
穴の中に設置されし下へと続く鉄梯子を足をかけながら、彼女と共に。
下へ下へと降りてゆく……。
そして、たどり着いたその先は。
コンクリートの壁に四方を囲まれる地中の一室。
広大な地下であった。
「もしかして……、これって俗に言う【シェルター】ってヤツですか!?」
そう、ここは非常時の際に活躍する避難場所。
──地下シェルターである。
「ご明察です。……まぁ、このご時世では特に使い道も無く、今となっては僕専用の秘密工作部屋と化しているのですがね」
今きた道は、緊急避難用の特殊経路であり。
各階層に一箇所ずつ存在する隠し扉を経由すれば、どこからでもこの地下シェルターへとアクセスする事ができるのだ。
……ちなみに。
その細工が施されている各部屋は……。
3Fのカノン様の私室。
2Fの執務室。
1Fの中央エントランスとなっている。
「……それと、ここの存在を知る者は他にいませんので、どうかご内密にしてくれば幸いでございます」
「二人だけの秘密……?」
さて、カノン様がご起床なされるまで。
そして、アメリアが出先から戻るまで。
タイムリミットは一時間程度だ。
ここの存在がアメリアに暴かれぬように。
急いで仕事に取り掛からなければならない。
「それでは時間も惜しいですし、早速始めていきましょうか」
僕はそう言うと。
早速、その広い地下部屋の角に設置された壁に面するボロボロの机と向き合い……。
一面が真っ白の大きな紙を広げた。
そして、内ポケットから製図用のボールペンを引き抜き、その紙に【何かの設計図】を描いてゆく。
「ところで、今から何をしようとしてるんですか?」
すると、そのタイミングで背後の華殿が。
僕の後ろで辺りをキョロキョロと見渡しつつ、そのような疑問をぶつけてきた。
……ああ、そうだった。
僕としたことが……。
華殿の暇を預かったまでは良かったのだが、肝心の内容を伝え忘れてしまっていたらしい。
僕は製図する手を止めずに。
そのまま淡々と背後の華殿へ言葉を返す──
『──はい、今から【車】でも作ろうかなと』
僕が作成しようとしているモノ……。
何を隠そう。
それは、『自動車』だった。
「恥ずかしながら、実はまだ当家では送迎車の一台も導入できていない状況でございましてね。……ですので、これを機に華殿の送迎手段も兼ねて、今から【自動車】でも作ろうかと考えております」
「あ、なるほど〜。……それはわざわざお気遣いどうも──」
目をパチパチとさせながら、そう小さく呟く華殿。
そして、そんな彼女は。
暫く、呆然とした表情を見せていたかと思いきや……。
「──って、いやいやいや! そんな夜食作るみたいなノリでなにトンデモないこと言ってるんですか!?」
凄まじい速度で手をブンブンと横に振りながら、シェルター内のコンクリート壁を響かせるのであった。
一方、設計図と向き合っていた僕は集中するあまり、華殿を置いてボソボソと独り言。
「……いや、やはり今後もカノン様をご乗車させる事を考慮するならば、汎用的なファミリーカーでは示しがつかん。ここはリムジンタイプ一択だな」
「しかも、考え得る限り一番手間がかかりそうな車種っ!!!! たかが中一女子の一時間に、どれだけの期待を込めてるんですか!!??」
すると、そんな僕の独り言が聞こえていたのか。
背後から盛大なツッコミを受けてしまう。
……発言から察するに。
おそらく、彼女は『自身も僕の計画する自動車開発に協力する』モノだと勝手に思い込んでいるのだろう。
製図を練り直した僕は背後へ振り返り。
焦りを見せている華殿にそっと微笑みかけた。
「ご安心ください。僕が欲しているのは第三者の目による客観的意見です。華殿は完成形を見て、その中で気になる点を僕にフィードバックして下さるだけで結構ですよ」
そして、僕は白いグローブを取り外しつつ。
シェルターの端に一纏めにされたガラクタ山の前へと移動。
後ろから僕の後をついてきた華殿が。
そのガラクタの山を見上げながら声を漏らす。
「もしかしてこれ、車の部品ですか……?」
「はい、実は前々からこの計画を頭の片隅で練っておりましてね。出先で道端に転がっている廃車や投棄バイクを発見した際は、その中から使えそうなパーツを確保する様に心がけていたんですよ」
すると、そんな返事を聞いた華殿は。
小首を傾げて、このような質問をぶつけてきた。
「……あの、普通に購入する選択肢は無いんですか?」
それが出来たら苦労はしない。
……と、思わず返しそうになる僕であったが。
生憎のところ、部外者である彼女に一から事情を説明している時間も無い。
なので、僕はその言葉はグッと飲み込み──
「──華殿は日本育ちなのでご存知無いかと思われますが、今の英国は空前の節約ブームが到来しておりましてね。……基本的に、どこの家庭も大体このスタイルを貫いて生活してますよ」
代わりに。
そのような雑すぎる嘘で答えてみせる。
「え!? コレ、節約の範疇を超えてませんっ!?」
「まぁ、英国人がいつも紅茶ばっかり啜ってる理由も大方そのせいですね。……アレしてる時が、いっちばん金減らないんで」
そんな華殿を他所に。
僕はガラクタの山から次々と必要な部品を持ち上げて、別の箇所へと移動を開始。
廃車達から剥ぎ取ってきた数多の部品達と向き合いつつ、
素早く頭を仕事モードへと切り替え。
目の色を変化させる。
手にするのは、一般的な家庭用工具セットと。
手持ちタイプの簡易溶接機のみ……。
「……よし、始めるか」
まずは最も特徴的である。
リムジンの長い車体フォルム……。
それの核となる。
内部骨組み部の土台作りからだ。
これは、車体形式がかなり近いセダンタイプの車から拝借するしかないだろう。
「……このあたりが望ましいか?」
僕は三台分の廃車から材質と強度のよく似た内側部品を見繕って選定すると、瞬時にその境界線をバチバチと溶接結合。
全長、八メートルと飛んで七十センチ。
あっという間に、リムジンの底に存在する長い鉄骨格を作り出す事に成功する。
次に、ルーフやドア等の外側部。
外部パーツの取り付けだ。
……正直、このフェイズが一番の鬼門となると言っても過言では無い。
やはり、まるで姿形の違う車達から借りた部品では噛み合わない部品が多く。
リムジンともなれば、そもそも普通の一般乗用車には存在しない長いルーフや追加のドアが必要となってしまう。
故に、まずはその問題を解決せねばならないのだ。
……しかし、この場に大掛かりなプレス機や繊細な工場用機械等が存在しない事は当然の事実。
廃材の山から理想に近い部品達を回収し……。
それを更に細かく手直しして、第三の新たなる部品を作成しなければならないのである。
僕は工具セットから取り出したペンチを握りしめて、ひたすら無言で完成までに足りない部品の作成へと取り掛かった。
その姿は、まるで嵐のよう。
正面のボンネットやフェンダー等のフロント部。
側面に配置されるフェンダーや複数のドア部。
後方に設置するトランク等の開閉部を恐ろしい速さで調整加工してゆく。
そして、それらが出来上がると。
いよいよ組み立ての工程だ。
一息つく暇も無く。
僕はその天板となるルーフや左右対称となる二種の双子パーツを勢いよく【フックワイヤー】で空中へと吊るし上げ……──
「せぁぁぁっ!!!!」
──それらを力技にて。
『ガシャンッ!!』と互い通しをぶつけ合わせ、空中でパーツをはめ込んでみせる。
激しい金属音を空中で何度も鳴らし上げて必要最低限のパーツを器用に取り付けつつ、最後にそれを真下の骨組み部分に落下させれば、あとは仕上げだ。
パーツをあらゆる溶接法を駆使して固定し……。
ボンネット内部のエンジンルームに独自改造モデルの特殊エンジンやラジエーター、ウォッシャータンク、バッテリー等を取り付けて……。
更に、車内のハンドル周りにあるインストルメントパネルの取り付けや各種ペダルの連動調整……。
──────
────
──……そして、それから数十分後。
「ウソ……。ほ、本当に出来ちゃった……?」
広い地下シェルターの中央にて。
見事なまでの……。
立派な【リムジン】が。
堂々と姿を現してしまった。
僕は銀に光るリムジンのルーフをポンポンと叩きながら、一息つくように腰へ手を当てる。
「これはあくまで、構想段階となる理想の試作モデルです。……まだまだ試乗テストや塗装等の細かい作業が残っておりますが、それは流石に後日となりそうですかね」
すると、初めてリムジンを目にしたのか。
華殿は、一気に大興奮。
目を煌めかせながら、そのリムジンを食い入るようにあちこちの角度から観察し始めた。
「わぁー!!! すごいっ!! 本当にリムジンですよっ!?」
……しかし、彼女に引き受けて貰いたい仕事は。
外ではなく、内装面の評価である。
僕は後部座席のドアをガチャっと開けて。
華殿に車内の様子も確認してもらう事に。
「ちなみに、車内の様子はこんな感じにしようかと考えております」
すると、そこには。
驚きの空間が広がっていた。
その中は、さながら高級ブティック。
座り心地の良さを極めた黒を基調とする豪華なソファシート。
側面にはシャンパンやボトル入りの小型冷蔵庫や各種グラスを取り揃えたミニバーカウンター。
天井のLEDライトが同時連光する、三方向の4K液晶モニターと重低音ステレオスピーカー。
無論、内装面は全て……。
当屋敷に存在する調度品からの提供である。
それらが視界に入った瞬間。
華殿は口に手を当てながら、驚愕の表情を見せてくれた。
「すごっ!! 中もめちゃくちゃリムジンだっ!」
ここまで理想のリアクションをしてくれると、コチラも手間をかけて作り上げた甲斐があるというモノ……。
気分が良くなった僕は、スッと手を向けて。
笑顔で彼女を車内へとご案内。
華殿は恐る恐る乗車すると。
静かに座席シートに腰を掛ける。
「……住める」
目を瞑って。
自らの身体をシートに埋めて心地良さそうにする彼女。
どうやら、内装面の評価も悪くないようだ。
「特に機能面で気になる点があれば、なんでもお申し付け下さい。今後の参考に致しますので」
「そんなの一つもありませんよ! ……というか正直、豪華すぎて廃材から作ったモノとは全く思えません! 凄すぎます!」
興奮冷めやらぬ様子で。
幸せそうにうっとりとリムジンの内装を見渡す華殿。
しかし、僕はそんな彼女に。
そろそろ、厳しい現実も突きつけなければならない。
「……ただ、この付け焼き刃のような開発方法には、一つ大きな問題がございましてね」
そう、このリムジン。
一見、どこから見ても立派な代物に思えるかもしれないが……。
実は、大きすぎる欠点も存在していたのだ。
「おそらく、甘い目で見積もったとしても『一ヶ月半ほどで動かなくなってしまう』でしょう」
「え、そんなに短い命なんですかっ!?」
僕は溜息混じりに。
その場で腕を組む。
「……まぁ、いくら綺麗に仕上げたとて、所詮は即席で作ったガラクタの寄せ集めですからね。リサイクル品を無理矢理繋ぎ合わせて何とか動かせる形に保っているだけですので、どうしても内部の劣化だけは誤魔化せないのです」
「それじゃあ、すぐに動かなくなっちゃうんですね……。こんなに綺麗なのに……」
すると、その事実を聞いた華殿は。
あからさまに残念そうな顔を見せてきた。
ただ、僕からすれば。
それは作る前から知らされていた真実。
執事である僕は彼女とは対照的に。
ニッコリとその場で笑顔を見せる──
『──そう言う訳で、今日から一週間おきにこの作業を繰り返し行い、順次新たな車を開発し続けていこうと思っております』
「……へ?」
僕が繰り出した突然の宣言に対し。
車内の華殿は口を大きく開けたままフリーズ。
そう、僕は最初から。
今の大掛かりな作業を……。
これから一週間おきに行い続けようと考えていたのだ。
「少々骨が折れそうですが、こればかりは致し方ありませんね。安全を最優先に考慮した結果です」
そして、僕は自らの胸に手を添えつつ。
呆然と口を開けたままでいた華殿に。
深々と頭を下げる。
「来週からは責任を持って僕が華殿を学校まで送迎させて頂きますので、今後ともどうか当家を宜しくお願い致します」
「……なんだろう。今日以上に申し訳無さで胸が痛くなる日は、今後もう二度と訪れないかもしれません」
すると、そのタイミングで。
丁度、約束の一時間が経過した模様。
僕は懐中時計をパチンと閉めながら、華殿の降車をエスコートしてみせた。
「さて、そろそろカノン様もご起床なされる頃でしょうし。執務室へと戻りましょうか」
そして、そのまま地下シェルターに制作途中のリムジンを置いたまま……。
再び来た道を元に戻る事を提案する。
梯子を登り、床下扉を静かに開けると。
そこは元いた執務室。
「あっ、おはよーカノンちゃん! もう起きてたんだね!」
すると、後から昇ってきた華殿がそんな一言を発した。
そう、僕の予想した時間通り。
そこには、ユラユラと揺れ動くハンモック式のタオルケットにちょこんと座る我が主……。
カノン様の後ろ姿が存在していたのだ。
「あっ、ハナだー! みてみて!」
加えて、彼女の両手の平に乗せられていたのは。
──例の【白い卵】……。
なんと、その卵もまた。
彼女と同じく。
自らの身体をユラユラと動かしていたのである。
「さっきおきたらね! たまごさんもゆらゆらしてたの〜!!」
僕と華殿は揃って。
互いに驚いた表情を見合わせた。
どうやら、もう間も無く。
ここに新たな生命が誕生してしまうらしい……。
*
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