第7話〈1〉【食育ですが、何か?】
「──ぬっぬーぬぬぬー♪ ぬぬぬぬーぬーぬーぬ、ぬっぬーぬねねーっ♪」
ここは、屋敷の庭園広場。
晴天の下に並べられた花壇の内の一つ。
一番端に存在するまだ何も植えられていない空き花壇の中にて。
現在、我が主のカノン様は──『泥んこ遊び』に励まれている様子である。
『ぬ』で構成された謎の歌を口ずさみながら、ひたすら手元の小さなジョウロを傾けているカノン様……。
そんな彼女は、上機嫌に足元の土を濡らし、泥だらけの手でペタペタと何かを作製なされているようだ。
「できたぁ〜っ!」
すると、ようやく完成したのか。
おもむろにその場から立ち上がり、それを皿に移して後方で控えていた僕達の元へ駆け寄ってくる。
「はいっ、ハナ! あげる〜っ!」
主が小さな両手で握っていたのは。
プラスチック製の白い玩具皿。
そして、そんな皿を真っ先に手渡されたトップバッターは……──
「──ありがとう、カノンちゃん!」
新顔である日本人中学生。
──【華殿】であった模様。
「……でも、なんだろうコレ」
僕の隣に並んでいた彼女は、その皿を受け取ったまでは良かったものの……。
どうやら、カノン様から手渡された皿に乗せられている『彼女が制作したアートの正体』を把握しきれなかったらしい。
皆目見当がつかないと言わんばかりに。
ありとあらゆる角度からその皿を観察しながら、何やら少し困惑した表情を浮かべている様子である。
……ふむ。
隣から観察した限りでは。
泥で作製された『楕円形の様な形の何か』が乗せられているようだが……?
表面には不規則な横縞の紋様。
大きさは握り拳程度のサイズ。
正直、『楕円形』という形以外に目ぼしいヒントが無さすぎる為、そうなってしまうのは仕方ない。
すると、しばらく悩んでいた彼女は。
ようやく、その皿の正体が分かったのか……。
次第にパァっと顔色を明るくさせた。
「あ、わかったかも!」
そして、目の前のカノン様に向けて。
それに適したシチュエーションを再現。
その場で、彼女なりのリアクションを取り始める。
「ふふ、美味しそうっ! いただきまーす!」
彼女は言葉で「パクパク〜」と言葉にしたかと思えば、その皿に乗っている『楕円形の何か』を食す様な演技をこなしたのだ。
なるほど。
彼女はこの『楕円形の何か』が平皿に乗せられていたから。
それを『食べ物』だと予想したようだ。
ジャンルの絞り込みに成功すれば、後は消去法で候補を選択するのみ。
差し詰め、そこから楕円形タイプの食べ物を連想させた結果──【オムライス】という答えに行き着いた。
……と言ったところだろう。
彼女はジェスチャーのみでその泥製オムライスを完食し終えると、目の前に立っていたカノン様にニコッと優しく微笑みかける。
「ふぅ、すっごく美味しかったなー! ありがとう、カノンちゃん!」
子供慣れした適切な対応。
対等の目線に立った全力の振る舞い。
ここまでで判断するならば、間違いなく。
彼女の対応は非常に素晴らしいと言い張れるモノであった。
……しかし、非常に惜しい。
僕の予想によれば、おそらく……。
それは【オムライス】などでは無い。
その証拠に。
彼女が繰り出した全力のジェスチャーに対し、カノン様は目をパチパチとさせながら、ただ呆然と華殿を見つめ返すという。
何とも微妙な反応を示している。
「…………おいしかったの?」
カノン様は華殿に向かって、疑問形の言葉と共に小首を傾げると、華殿も迷わずに首を縦に振り返して同意。
「うん! とっても美味しかったよー! 私、大好物なの〜!」
その言葉を聞いた瞬間。
そんな彼女の幸せそうな頷きを見たカノン様は……。
突如、その場でガタガタと震え出してしまった。
……心無しか。
華殿に恐怖を感じているようにも見える。
「……あ、あれ? もしかして、食べ物じゃなかったの?」
そして、カノン様は見てはいけないモノを見てしまったかのように彼女から目線を逸らし、そそくさと空き花壇の方へ戻ってしまわれるのであった。
残された僕と華殿の間に。
しばしの静寂が流れる。
「え!? ちょ、ちょっと待って! それじゃあ、私は何を食べたの!? カノンちゃんの中で、私は何を食べた人になってるの!?」
華様が狼狽えながら必死に答えを求めていたが、カノン様は空き花壇にストックしていた二つ目の皿を回収。
気を取り直して、次は執事である僕の目の前に足を揃えられた。
「はいっ、るーびんにもあげるっ!」
皿の上には、華殿に出されたモノと同様。
先ほどと全く同じ造形である──『楕円形の何か』が乗せられている様子。
「……ふむ」
さて、皆さんは我が主の力作。
この泥で出来た『楕円形の何か』の正体が分かっただろうか?
ちなみに、この僕──ルーヴェインは。
一般人の華殿と違って、既にその答えへと辿り着いている。
確かに、カノン様が作り出すアートは少々独創的すぎるモノばかりであることは事実だ。
それは認めよう。
前回の技能テストで行った芸術編を思い出して貰えば分かる通り。
完成品のみを見ただけで、そのテーマを言い当てる事など、もはや不可能に近いと言えるだろう。
だが、僕は【超級使用人】だ。
主の思考回路や行動パターンを読む事に関して、右に出る者はいない。
僕はカノン様の期待に応える様に。
にっこりと笑顔を見せる。
「ほほう、【Wood louse〈ダンゴムシ〉】ですか。……造形といい、外殻の表現の仕方といい。大変良く観察しておられますね」
そう、僕の導き出した答えは【ダンゴムシ】であった。
何故、分かったのかだと?
決まっているだろう。
彼女は決して、闇雲に作品のテーマを定めている訳ではないからな。
つまり、カノン様は『とある法則』に従い、モデルをお決めになられていると言う訳だ。
すると、その解答は見事に的中していたのか。
カノン様は嬉しそうに頬に手を当て、ゆらゆらと左右に身体を揺らし始める。
「ほんとっ? ……えへへ〜」
「ええ、ゴッホの次は確実に貴女しかいないと断言できます。この作品もコチラで保存加工を施しておきますので、当家の家宝として屋敷に保管すると致しましょう」
僕は隣から向けられていた華殿の視線に勘づいたので、彼女にも分かりやすく日本語で解説する事に。
「【Wood louse】は、日本語でダンゴムシを指す単語でございます。……実は、カノン様は一番初めに視界に入ったモノをモデルとして採用なされる傾向があるようでしてね。今回は、たまたま花壇の近くを歩いていた【ダンゴムシ】が目に入った事により、おそらくそれをモデルとして選定なされたのでしょう」
「な、なるほど……! 確かに、ちょっと大きい気もしますけど、なんとなくダンゴムシに見えなくもないです! ……てっきり、オムライスなのかと」
「ちなみに、【オムライス】は日本料理ですので、そもそもカノン様は華殿の考えている楕円形のオムライスをご存知無いでしょうね」
僕の言葉に華殿が「へ〜!?」と深く関心なさっていると……。
丁度、そのタイミングで僕達のバックに聳え立っていた屋敷側の方から、とあるメイドの声が鳴り響いてきた──
「──ルーヴェイン! また勝手にカノン様を連れ出しましたわね!」
華殿と二人揃ってその場を振り返ると。
そこには、腰に手を当てる銀髪メイドのアメリア。
彼女は僕を強く睨みつけながら、怒気を孕ませた様子でズカズカとコチラに歩みを寄せてくる。
「私は貴方に『カノン様をレッスンルームにお連れして下さい』と命じた筈ですわよね!? ……いつまで経っても来ないと思ってたら、こんな所で何をしているのですか!」
「仕方ないだろう。カノン様が急遽、外でのご遊戯を望まれたんだ。少しくらい目を瞑れ」
そして、暫く本日の家令であるアメリアにギャーギャーとクレームをぶつけられていると、再び僕達の元にカノン様が戻ってきた。
「はい、あめりあにもあげるっ!」
どうやら、僕達に作ってくれた同様のアート作品をメイドのアメリアにも用意していたのだろう。
場の空気を和ませる様に、カノン様は笑顔で僕達の間に割って入ってくる。
「あら、ありがとうございます。可愛らしいダンゴムシですわね」
すると、すかさずアメリアも一瞬で眉間から皺を消し去り、満面の笑みで無邪気なカノン様から皿を受け取るのであった。
……ちっ。
軽く花壇の方を見渡しただけで、言い当てやがって……。
やはり、コイツもカノン様のクセを見抜いてやがったのか。
僕はカノン様と仲睦まじそうなやり取りを見せつけてくるアメリアを横目で睨んでいると、カノン様はそのまま言葉を続けてくる。
「うん! さっきね、ハナもたべてた!」
「へっ!? ……そ、それは凄いですわね。文化の違いでしょうか?」
とうとう、アメリアにも青い顔を向けらてしまった華殿は……。
次第に遠い目をしながら、隣の僕にボソッと話しかけてきた。
「ルーヴェインさん。とりあえず、今日の授業は『誤解を解く時に役立つフレーズ』を勉強したいです……」
「……それがいいでしょうね。残念ながら、これからも多用する機会が多そうですし」
つい、この間もアメリアの母親に追いかけ回されてたばかりだったな。
そして、そんな風に華殿に苦笑いを向けながら、本日行う授業の方針を二人で定めていると……──
「──それとね! さっき、コレひろったの〜!」
三人の中心にいた泥んこまみれのカノン様が、何かを思い出したかの様に。
自身のポケットをゴソゴソと探り始めたのである。
僕達に囲まれている中、高らかな声で彼女が取り出したモノ……。
それは、再び『楕円形の何か』だった。
先程とは違う点を挙げるならば……。
それは手の平に乗るほど小さく。
泥とは正反対の白い色をしていた事だろうか?
すると、それを目にしたアメリアが。
誰よりも先にその名称をポツリと口にしたようだ。
「どうやら【卵】みたいですわね。木の上から落ちてきたのでしょうか?」
そう、カノン様が拾ったモノ。
それは、【何かの卵】であった模様。
近隣に生息する動物や、その大きさから察するに、おそらく鳥類の卵だとは思うのだが……。
僕の予想と同じく、メイドのアメリアもどこかの巣から落下した【鳥の卵】だと踏んでいるのだろう。
彼女は、近くにあった敷地内の木に視線を合わせていた様子である。
なのでそれに気がついた僕は、すぐさまその場から助走をつけ、カノン様が遊んでいた空き花壇の近くに立つ一本の木に飛んでみた。
そして、その木の上部にある枝の根本を片手で掴み、そのまま木の様子を軽く見渡す。
ただ、やはり。
鳥が巣作りしていた形跡等は見当たらなかった。
「いや、特に巣の様なモノは見当たらんな。……それに、親鳥がいた痕跡も残ってないぞ」
よくよく考えれば、当然である。
そもそも、この屋敷は【Gardener〈庭師〉】を雇っていない事もあり。
敷地内に植えられている木の剪定伐採、及び害虫駆除等の点検は全て、僕とアメリアが数日起きに交代で行っているのだ。
つまり、この短期間で敷地内の木を対象に野鳥が巣作りをし、そこで産卵したという可能性は極めて低いと考えられる。
……となれば、別の動物が敷地外の木から他所の卵を盗み出し、この敷地内に落としていったということか?
僕は木にぶら下がりながら、卵の出所について思考を巡らせていると。
地上にいた下のカノン様が、その場で小さく呟いた。
「たまごさん……」
どうやら、『迷子の卵』を案ずるあまり。
哀しそうな瞳で卵を見つめているらしい。
それに気がついたのか。
近くにいた華殿も心配そうにカノン様に寄り添い、気遣う様に優しく話しかける。
「そうだよね。……卵さん、迷子で可哀想だよね」
そんな彼女達のやりとりを耳にした木の上の僕は……。
もう片方の手を自身の胸にそっと置く。
流石はカノン様。
なんと慈愛に満ち溢れているお方なんだ。
このお方は、間違いなく……。
全人類の中で最も優しい心を持つ人物だろう。
やはり、彼女の為に。
学園で厳しい修行を積んでおいて本当によかった。
女神だ。
正直、女神すぎる……。
……いや、失礼。
今のは少々、極論だったか?
流石に稚拙すぎる表現だったな。
……。
待てよ?
彼女が女神の生まれ変わりだと仮定すれば、どうなる……?
女神、本人という考えは流石にあり得ないが……。
魂の生まれ変わりだと考えれば、十分にあり得るのでは!?
今は幼女という新しい母体を手に入れただけで……。
実際は、この地球上の生き物。
空、海、大地!
この世のあらゆるモノを創造した張本人の魂が!
そのまま、彼女に引き継いでいるのでは……!?
やばっ!?
絶対にそうだわっ!!!
てかもう、そうとしか考えられな──
『──じゅるり』
「あ、そっち!? 食べたかっただけ!?」
その瞬間。
その様に驚きを示す華殿の声が。
僕の下で鳴り響く。
……。
前言撤回。
流石はカノン様だ。
つまり、『食える時に食っとけ』という事か。
ここ数年での野外生活がすっかり板についているせいか。
いつの間にか【優しき心】の中に【野生の本能】が芽生えていたとは……。
なるほどな。
……よし。
馬鹿なこと考えてないで、降りよう。
一瞬にして真顔になってしまった僕は枝から手を離し、静かに彼女達の元へ戻る事にした。
すると、アメリアが卵を太陽に透かせながら「うーん……?」と考え込んでいる姿が真っ先に目に入ってくる。
「カノン様、残念ながらコレは有精卵でございますわ。ですので、食用にするのは……」
帰ってくるなりそんな会話が耳に入ってきたので、僕はアメリアにこの様な提案を進めてみる事にした。
「それなら、いっそのこと『コチラ側で育成してみる』というのはどうだ?」
まるで、お前にしてはまともな提案じゃないか、とでも言いたげな顔を見せてきたアメリアであったが……。
彼女は場の空気を読む事を優先したのか。
名案だと言わんばかりに、手をパチンと鳴らしてくる。
「それは素敵ですわね! 動物を飼育することも、また良い経験になりますし! 自らの手で生き物を育てることで『命の尊さ』も学べて、まさに一石二鳥ですわ!」
久々に彼女と『意見があった』ことにより、僕達の間に暫しの穏やかな空気が流れた。
「ああ、『食育』は本当に良い勉強になる。……それに卵ではなく鶏肉として扱えるならば、僕達も腕の振るいがいがあるというものだしな」
「──は?」
……ただ、それは本当に『暫し』の時間であった模様。
僕が発した言葉を最後に。
彼女は上げていた口角をストンと下ろす。
「あの、ペットとして育てると言う提案ですわよね……?」
「は? ペットだと?」
そして、世迷言の様なその単語を聞いた途端……。
僕も彼女と同じく、すぐに顔から微笑みを消してしまった。
「馬鹿野郎てめぇ、今のところカノン様の人生は半分も野生生活だったんだぞ? 獲物を前にして食への執着を捨てきれる訳ねぇだろうが」
実際、有精卵という単語がイマイチ理解しきれていなかったのか。
今もカノン様は背後で卵に熱い眼差しを向けている様子である。
すると、そんな主の姿を見たアメリアは。
慌てて彼女の元に駆け寄るや否や。
ぎこちない笑顔で彼女を諭す様に話しかけ始めた。
おそらく、彼女はカノン様を説得しようとしているのだろう。
「カ、カノン様〜? ペットというのは素晴らしいんですのよ! 成長する過程は自身を見つめ直す鏡にもなってくれますし、メンタルケアにも絶大な効果があるんですの! ……ほら、見ていて下さい!」
そして、アメリアはその場から空を見上げ。
カノン様の目の前で長い指笛を鳴らす。
……すると、次の瞬間──
「──わわっ! 何かがコッチに飛んできますよ!?」
とある方角から、物凄い勢いで空中を移動する──『白い動物』が姿を現した。
華殿の驚く表情に気がついたのか。
彼女は得意げな顔で、華殿の母国語を口にする。
「あら、そういえば華様達にはまだ紹介したことが一度もございませんでしたっけ?」
アメリアは自らの腕を地面と平行に掲げると、その白い動物は彼女の腕を止まり木にするかの様に優雅に着地。
そう、彼女が呼んだのは。
真っ白い羽根を持つ【梟】であったのだ。
唐突に現れたその梟に対し。
僕を除いた一同は騒然とする。
「紹介しましょう。彼女は【シトラス】ですわ」
「び、びっくりしたー……。もしかして、この梟……。アメリアさんが飼ってるんですか?」
華殿の問いに対し、アメリアはニコッと微笑む。
「ええ、私達のいた学園ではこの様に。パートナーとなる相棒を一から育て上げ──【使役獣】として躾なければなりませんの」
「……アメリアさん達の通ってた学校って、もしかして【ホグ○ーツ魔法学校】でした?」
間違いない……。
アメリアがわざわざこのタイミングで【使役獣】を呼び寄せた理由はただ一つ。
カノン様の興味を引く為だろう。
その証拠に。
今も彼女は自らの腕をカノン様に近づけながら、ゆっくりと梟を撫でさせている様子である。
「わぁ、ふわふわ……!」
「ふふっ、こう見えて意外と頼もしいんですのよ。それに見て下さい、とても愛らしいと思いませんか?」
すると、カノン様は【使役獣】に強い興味を持ち始めたのか。
次は僕の元に上機嫌で駆け寄ってきた。
「るーびんもトリさんよべるの!?」
キラキラと期待の眼差しを必死に向けてくるカノン様。
無論、僕はその期待に応えるかどうかは言うまでもない。
「勿論です、少々お待ちくださいませ」
少々、不本意ではあるが。
カノン様の頼みともなれば致し方あるまい。
僕は彼女に微笑むと、身につけていた白い手袋を外して、指にはめていたリングを手に取った。
そして、それを天高くに勢い良く放り投げる。
周囲に変化が起きたのは。
その上空に放たれたリングが落下する直前だった。
ピカピカと太陽光に反射して光るリングの下降に合わせて、前方から僕の【使役獣】が姿を現わしたのである。
「わっ! まっくろのトリさんだ〜!」
そう、僕が在学期間中に育てた相棒。
──それは、鴉の【オブシディアン】であった。
オブシディアンは上空を旋回しながら、僕が投げた光輝くリングを嘴で器用にキャッチ。
黒い羽を鳴らしながら、ゆっくりと地面に着地する。
「……へぇ、貴方は鴉を選んだのですか」
すると、オブシディアンを一瞥したアメリアが、僕にそう言葉を投げかけてきた。
先ほど彼女が説明した通り。
僕達が通っていた学園では【使役獣】を育て上げ、未来の相棒として調教する授業が存在する。
そして、相棒となる動物は。
本人の希望で自由に選択する事ができるのである。
僕はオブシディアンが咥えていたリングを回収しながら、アメリアにその詳しい理由を述べる事にした。
「当然だろう。鴉の脳化指数は犬やネコよりも高いからな。……この世は所詮、賢い奴だけが生き残るように出来てるんだ」
そう、この世は結局。
狡賢い奴だけが勝つように出来ている。
だから、僕はコイツを相棒として選んだのだ。
……しかし、メイドの彼女は。
僕とは全く違う考えだったらしい。
「あら、梟の視力は人間の約八倍以上も優れていますのよ? いくら知能レベルが高かろうと、結局は人間以下の頭脳しか持たないのですから、私達が成し得ない事を率先して代行させる方がよっぽど効率的だと思いますけどね」
明らかに売り言葉である彼女の言動。
正直、お互いの【使役獣】を見せ合う段階からこうなる事は予想できていた。
だが、ここは敢えて。
僕は鋭い視線をメイドに向けて放ち返す事を選ぶ。
「……なんだ、ウチのオブシディアンがその梟よりも劣っていると言いたいのか?」
すると、彼女もいち早くそれに反応。
今日一番の腹立たしい笑顔を浮かべ始めた。
「なんだったら、今からここで試してみますか? 十秒以内にどちらの方が大きな獲物を狩ってこれるか。ここで勝負すると致しましょう」
そして、その言葉が発せられた数秒後。
僕とアメリアは共にバッと手を前方に突き出し、それぞれの【使役獣】をその場から一斉に空へ飛び立たせる。
二匹の白黒がバサバサと羽音を鳴らす中。
「さて、楽しみだな。数秒後にはお前の吠え面が拝めるのか」
「それはこっちのセリフです。私とシトラスの絆を舐めてると後悔しますわよ?」
僕とアメリアは。
互いに余裕を見せるかの様に牽制。
挑発の言葉と嘲笑を見せ合うのであった。
……そう、事件が起きたのは。
まさに、その瞬間である──
『──あの、お話してるとこ申し訳ないんですけど……』
突然、僕とアメリアの背後から。
外野である華殿が、水を差す様に。
恐る恐る、僕達に向かって気まずそうに話しかけてきたのだ。
「「……?」」
そんな彼女の存在に気がついた僕達は。
揃って華殿の方に視線を送ると。
彼女は『とある方角を』指差しながら、冷や汗混じりに。
この様に告げてきたのである。
「あの場合は、どっちの勝ちなんですか……?」
「「え……?」」
僕達、二人は。
この時ほど目を疑った瞬間は無かっただろう。
なんと、彼女が差していた指の先。
そこに広がっていたのは……──
「……ひぇぇぇ〜……」
──白と黒の大きな鳥達に頭を鷲掴みにされながら、コツコツと何度も嘴で突っつかれている我が主……。
オブシディアンとシトラスに徹底マークされている涙目のカノン様のお姿であった。
……あれ、つーかカノン様。
ちょっと、地面から浮いてね……?
そんな絶体絶命の危機に瀕していた彼女を見た瞬間。
僕とアメリアは揃って絶叫を上げる。
「きゃー!? カ、カノン様っー!? やめなさいっ! シトラス、めっ!」
「早く離せっ! 焼き鳥にされてぇのかテメェら!?」
──そして、それぞれの【使役獣】をカノン様から引き剥がした時には……。
既に遅かった。
この日の一日が終わるまで。
僕とアメリアは。
カノン様から一切……。
口を聞いてもらえなかったのである。
*
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