第6話〈終〉【職場見学ですが、何か?】
──目を開けると、そこは見慣れた天井。
間違いない。
アレは毎朝、私が起きてから真っ先に視認するモノ……。
つまり、ここは『私の自室』だ。
何やら長い間、懐かしい夢を見ていた気もするが……。
今はどうだっていい。
いつもと違う寝覚めの感覚。
そして、妙にスッキリとした脳内。
……まさか、この私が寝坊を?
いや、そうじゃない。
そうだ、確か私は……。
『勤務中に気を失ってしまった』のだった。
……気絶した原因は?
それに、お母様の件はどうなった?
加えて、私が本日行うべき筈だった仕事は?
寝起きの呆けた頭でその様に様々な疑問を募らせながらも、私は寝そべっていたベッドからゆっくりと上体を起こしてみる。
すると、私の隣側から。
『とある人物』が声をかけてきた──
『──ようやく起きたか』
声が鳴る隣の方角へ顔を向けてみると、そこには同僚の執事──ルーヴェイン。
彼はベッドの近くに設置された私の社用デスクと向き合いながら、その場で静かに羽ペンを走らせている様子である。
すると、そんな彼は起床した私を一瞥する事もなく、羽ペンを持たない方の手を私の額へ翳してきた。
「……37.1℃。変わらずに平熱か」
人差し指と中指の二本をピトッとコチラの額に差してきたルーヴェインに対し、私は言葉を返す。
「……あの、今は……──」
現在の状況を把握すべく。
彼にいくつかの質問を浴びせようとしたのだ。
……しかし、彼は私の質問を予め先読みしていたのか。
「──今はもう日付けが変わる直前だぞ。 ……お前の母親はとっくの前に帰ったし、残った業務も僕一人で片付けた」
私の言葉を横取りするかの様に。
淡々と現状について述べてきたのである。
「日付けが変わる直前……?」
それを聞いた私は、恐る恐る半開きとなっている室内の窓へ視線を送ってみると。
そこは一面の暗闇だった……。
窓の外に映る月の出た夜景を視界に入れた途端、私は一瞬にして顔を青くさせてしまう。
「そ、そんな……、嘘でしょう……?」
……確か、私が気絶したのは昼頃。
つまり、『約半日間も仕事を放ったらかし、長々と眠り続けてしまった』という訳である。
その信じられない現実を突きつけられた私は。
ベッドに座ったまま静かに頭を抱える。
「唯一、不明な点を挙げるとすれば『お前が倒れた原因』だけだが……、その点に関して何か心当たりはあるか?」
「……こ、心当たりですか?」
すると、隣にいたルーヴェインから。
突然、この様な質問をぶつけられてしまった。
なので、私は自身が気絶する直前の記憶を。
その場で軽く振り返ってみることに。
毎朝欠かさずに行っている自己バイタルチェック。
倒れる直前の体調状況。
持病の有無。
……。
しかし、どれをとっても。
特にこれと言った明確な原因は見当たらなかった。
それなのに何故、あのような『何も無いタイミング』で気絶なんて……。
私は首を傾げながらも、正直に自身の考えを彼に伝える。
「……それが、実は私としても想定外の出来事でしたので、今のところ詳しい原因までは……」
「ふむ、……倒れる直前の顔色から察するに、おそらく『軽度の熱中症』と言った所だろう。今日は昨日に比べて、気温が高くなっていたようだしな」
確かに、本日は快晴により。
日差しがいつもより少し強かった印象だ。
……もしや、華様と出掛けた調達業務の帰り道にて、直射日光を受けすぎてしまったのが原因なのでしょうか?
暑さや寒さには耐性があると自負していたつもりなのですが……。
何はともあれ、大失態を犯してしまった事に変わりはありません。
「そうですか……。熱中症……」
己の不甲斐なさを思うあまり。
思わず、私は自身の膝にあった『見慣れぬブランケット』をギュッと強く握ってしまう。
……。
『見慣れぬブランケット』……?
そう、私の膝の上。
そこには、フランネル素材で作製された可愛らしいピンクのブランケットが存在していたのだ。
これは、私の私物ではない。
一体、このブランケットを誰のモノなのだろうか?
不思議に思いながらも、私は何気なく自室の様子を見渡してみる。
すると、ルーヴェインが座っているデスク……。
そのすぐ近くに、この部屋に存在しなかった筈の『折り畳み式の簡易テーブル』が設置されていることに気がついた。
氷嚢やウォッシュクロス。
給水ポッドや消毒液等。
どうやら、そのテーブルの上には。
看護に扱う様々なアイテムが乗せられている様子。
「……他人の部屋だと言うのに、随分と好き勝手に持ち込んでくれてますわね」
おそらく、コレらは全て。
ルーヴェインが用意したモノなのだろう。
目を細めながらルーヴェインを睨んでいると、彼は淡々と言葉を返してくる。
「お前が目を覚ますまでは側に居てやって欲しい、とカノン様から強い要望を受けてしまってな。主の寛大な御心と温情に感謝するがいい」
「カ、カノン様が……、ですの?」
どうやら、彼に私の看病を依頼したのはカノン様であった模様。
それを聞いた私は、静かに納得の表情を見せた。
「なるほど……。道理でこんなにも長い間、無駄に快眠させられた訳ですわね」
追加のブランケット。
妙に不自然な隙間を見せている窓。
ベッドの下に設置された湯気を放つポッド。
彼はそれらを巧みに扱い、就寝中である私の体温だけでなく室内の温度や湿度までをも完璧に操っていたらしい。
おそらく、私が深い眠りへと誘われていた最大の理由は、【超級使用人】である彼の睡眠マネジメントによるモノなのだろう。
すると……。
彼はようやく、会話と並行しながら行っていた手元の作業を中断。
「さてと……、そろそろ本題に移るとするか」
そして、私がいるベッド側へと椅子を回転させた彼は、ニヤニヤとした笑みを浮かてきたかと思えば……──
『お前、【食事制限】をしているだろう?』
──突然、私に向かって。
その様な質問をぶつけてきた。
唐突に放たれた彼の言葉。
その言葉を聞いた途端、私は……。
全身から嫌な汗をダラダラと流し始めてしまう。
「……な、何の話でしょうか」
【食事制限】──。
つまり、諸種による目的で自らの食事を制限することである。
そして、当の本人である私自身……。
その単語に関して、非常に強い心当たりがあった。
とりあえず、トボけながら話題の誤魔化しを試みる私であったものの。
「ここまでお前を運んでやったのは誰だと思っているんだ? ……以前、お前が僕の服にぶら下がってきた時から比べて、ほんの僅かだが体重が減少していたぞ」
どうやら、彼は私が起きる前からこの返答に対する切り返しを用意していたのか。
畳み掛けるように、素早く食い気味の反論を返されてしまう。
「……別に【食事制限】と言う程の大層な事はしてませんわ。……朝昼晩の三食と欠かさず、毎日キチンと食べてますし」
「【超級使用人】の膨大な仕事量を舐めているのか? 一般人と同じ摂取量で、胃袋が保つ訳がないだろう」
只今の正論合戦。
残念ながら、今回は彼の方に分があるようだ。
私達、【超級使用人】が誇るパフォーマンス力は絶大である事は常識なのだが、そんな私達も人間である事に変わりはない。
つまり、仕事中に発散される消費カロリーが多い事から、そのエネルギーの供給量も一般人より多くなりがちなのである。
現に、同僚であるルーヴェインは夜食を含めた一日四食とプラスα……。
裏方作業中に三度の間食を挟んでいるらしい。
「はっきり言って、その年齢で短期間での体重変動があること自体が異常だ」
彼から鋭い視線を向けられてしまった私は、少し拗ねる様に目を逸らす。
だが、こればかりは仕方がない。
私はどれだけ食べようと身体に影響が出ない彼と違って、生まれつき食事量によって体型が変動しやすい体質なのだ。
……それに、今回も仕事に支障が出ない範疇での【食事制限】なので、決して体調を崩す様な過度な断食は行っているつもりはない。
しかし、最も驚くべき点は。
それをアッサリとソレを見抜いてきた彼である。
まさか、前日に起きたあの一件中に、私の体重を記憶していただなんて……。
なんて抜け目の無い男なのでしょうか。
「仮に現状では問題なくとも、このまま続けていればいつか仕事に支障が生じるのは言うまでも無い。この様なくだらん事は今すぐに辞めろ」
『くだらない』……?
その言葉を聞いた瞬間。
私は彼を鋭い視線で強く睨みつけてしまう。
「私は貴方と違って、比較的に少食なだけですわ! それに、ここ最近はたまたま食欲が湧かなかっただけで──」
──……そして、すかさずに。
そう言い返したのだが。
事件が起きたのは。
まさに、その瞬間だった。
私の真剣な表情とは裏腹に。
絶妙すぎるタイミングで。
私のお腹の中から「きゅるる〜」っと間抜けすぎる音が部屋全体に鳴り響いてしまったのである。
「「……」」
これには。
ヒートアップ気味であった私も。
鋭い目を向けていたルーヴェインも。
揃って、その場で一斉に黙り込んでしまう。
……そういえば。
今日は朝ご飯しか食べてませんでしたわ。
……うぅ、だからと言って!
どうしてこんな時にお腹が……!
私は耳まで真っ赤にしながらその場で黙り込んでいると、目の前のルーヴェインが少し小馬鹿にする様な笑みを零してきた。
「悉く嘘が下手だな、お前は……」
そして、彼はそのまま椅子から立ち上がり、室内にあるバスルームの方へ移動。
手を洗浄して帰ってきた彼は、デスクの近くに置いていた大きなクーラーボックスを公開しつつ、私にこんな質問を浴びせてくる。
「……何が食べたい気分だ?」
どうやら、彼は私に軽食でも作ろうとしているのか。
本日使用された食材の余りが詰め込まれているクーラーボックスの中身を、ベッドに座る私に公開してきたらしい。
「……」
お腹が減っていた私はとりあえず。
渋々と、その中身を覗き込んでみる事に……。
クーラーボックスの中身。
そこには、本日のデザートに使用されたであろうフルーツやアイスクリーム等の余りや、練乳や自作のスイーツソース等の各種調味料がギッシリと入っていた。
そして、その中の『とある食材』を目に入れた途端、私は無意識に……──
「──あ、【チョコレート】……」
その食材の名称を。
ボソッと口にしてしまったようである。
そう、その中には私の大好物……。
【チョコレート】も存在していたのだ。
……【超級使用人】を目指す様になってからと言うモノ、今ではすっかり食べる機会が無くなってしまったせいなのか。
つい、ポロッと言葉にしてしまったらしい。
すると、私の言葉を聞き逃さなかった近くのルーヴェインは、目を細めながらもそのチョコレートと適当な材料をボックスの中から手に取り始める。
「……別に構わんが、寝起きで良くそんなモノを食べれる気になれるな」
「し、仕方ないでしょう! 何故だか分かりませんが……、無性に食べたくなってしまったんですから!」
そして、私の言い訳を聴き終える前に。
彼はすぐに、素早い手際で調理を開始。
……とは言っても。
それは賄い程度の簡単な調理だった。
小さな冷えたデザートグラスに、チョコレートを織り交ぜたバニラアイスとカットした旬のフルーツを添え……。
最後に即席で作った菓子細工である薄いチョコプレートを乗せるのみ。
そう、彼が数秒で作り上げたのは。
チョコレートを主体としたデザート。
──『ミニチョコパフェ』である。
……別に構いませんが、カノン様にお出しするモノで無いからといって、手間のかからない適当なレシピを選択しましたわね……。
それにしても、また無駄にカロリーが高そうなモノを……。
そんな事を考えながら微妙な表情を浮かべていると、そのパフェグラスを手にしたルーヴェインが私の前に立ってきた。
「な、なんですの……?」
そして、馴れ馴れしく。
私が身を預けているベッドに腰を下ろすや否や。
彼はスプーンでソレを掬い取り……。
「ほら、口を開けろ」
なんと、それを私の口元に。
そのスプーンをそっと置いてきたのである。
「……は、はいっ!?」
そんな彼の大胆な行動を目の当たりにした私は、思わずその場で顔を引き攣らせてしまう。
……もしや、私が眠っている間に。
この男は頭を強打してしまったのでしょうか?
「何の真似ですかっ! き、気持ち悪いですわ!」
私は首をブンブンと横に振って拒否する姿勢を見せたが、彼は至って平然な表情。
「『僕達の資本は身体だ』と、そう言ったのはお前のハズだ。……黙って食え」
真面目な声のトーンと共に。
真っ直ぐな視線を送ってくる。
……ほ、本気なのですか?
私はキョロキョロと周囲を見渡しながら、誰もいない事を確認……。
覚悟を決める様に息を呑んだ。
そして、恐る恐る。
そのスプーンをパクッと口に含んでみる。
「……っ」
バニラアイスの上に乗せられた甘いチョコレート。
その薄いプレートチョコをパキパキと口内で鳴らした瞬間……。
私は不覚にも頬を染めてしまった。
……嗚呼、美味しい。
久しぶりにゆっくりと味わえる大好物。
この味はやはり、何時如何なる時でも。
変わらずに美味しいままですわ……。
「……お、美味しいです」
「そうか」
……ただ。
なんですの、この空気は……。
非常に居心地が悪いですわ。
バレない様にバクバクと独りで鼓動を鳴らしている私を他所に。
彼は再びスプーンを私の前へと運んでくる。
すると、その直後。
彼はそっと語りかけてくる様に──
『……正直、お前が倒れた時はかなり狼狽えてしまった』
──私の目の前で。
そんな言葉をポロッと呟いてきたのであった。
「……ぶっ!?」
その言葉を耳に入れた瞬間。
私は口に含んでいたパフェを喉に詰まらせそうになってしまう。
「けほっ、けほっ……! ……な、なんですか、いきなり……っ!」
しかし、彼はそんな私に構わず。
そのまま言葉を繋げてきた。
「おそらく、知らず知らずの内に……。僕は心のどこかでお前という存在に頼っていたのかもしれん。 ……決して認めたくはないが、今回の件で改めてそう実感させられた」
「ちょ、ちょっと待って下さい……!」
珍しく萎らしい彼を目の当たりにした私は。
慌てて言葉を挟もうと声を上げる。
ルーヴェインの真っ直ぐな瞳。
それがマトモに受け取れきれなかったからかもしれない。
しかし、私が制止の言葉を口にしようとも……。
彼の言葉は止まらなかった。
「だから、お前が無事に目覚めてくれて安心した。本当に何事もなくて良かっ──」
そして、とうとう耐え切れなくなった私は。
膝の上にあったブランケットを両手で掴み……。
「──ちょっと待って下さいってば!!」
彼の真っ直ぐな眼差しを遮るかの様に。
文字通り。
彼との間に『壁』を作り出してしまう。
彼の優しい言葉と真剣な表情。
これ以上、それらをマトモに受け取ってしまえば、本当にどうにかなってしまいそうなのだ。
当然である。
今まで、眼中に無かったかの如く。
いつもぞんざいな対応ばかり見せてきた彼の眼……。
それが今、この瞬間だけは。
私の姿だけしか写し出されていないのだから。
ようやく彼の視界に。
私をねじ込む事が出来た。
しかも、それどころか。
陰では私の実力を認めてくれていたという。
「ちょっとだけ……、待って下さい……!」
……しかし、何故だろう。
今の私には。
彼の顔を真っ直ぐ見つめ返すことが出来ない。
出来る気がしないのである。
そして、壁の向こうにいる彼は。
こんな事を口にしてくる──
「アメリア、どうやら僕にはお前が必要らしい。これからも僕の側にいてくれるか?」
──そう、只々。
彼がいる布壁の向こう側で。
「……はい」
緩みきったその赤い表情を。
黙って俯かせる事しかできないのだ。
ブランケットを挟む、二人の間に。
暫くの静寂が走る……。
すると、その刻……──
『──頂いたザマスわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっーーー!!!!!』
屋敷にある二階の窓。
つまり、私の部屋にあった半開きとなっている窓から……。
突然、大きな雄叫び声と眩いフラッシュライトが放たれた。
「……っ!?」
あまりにも巨大すぎるその叫び声は。
屋敷全体を揺らす程の煩わしさ。
私はビクッと身体を跳ねさせながらも。
慌てて窓の外へ視線を送ってみる。
すると、そこにはなんと……。
外側から窓枠に脚をかけ、コチラにデジタルカメラを向けている私の母──【アリシア・レミュルーフ】の姿があった。
「いやぁー、『帰る小芝居までして監視していた甲斐があった』ザマスっ! やっぱり、貴女達は『二人っきりの時にイチャつくタイプのカップル』だったザマスわねっ!!」
「……え? ……お、お母様!?」
窓の外からノソノソと大きな身体を入室させてくる母。
そんな母が繰り出してきた謎の発言に対し、近くにいたルーヴェインがわざとらしい笑い声をあげ始める。
「おや、マダム。まだご帰宅なされていなかったのですか? 流石に今のは驚きましたよ」
「ふふっ、合格ザマスわルーヴェインさん! ……いや、ルーヴェインちゃん! ウチのアメリーちゃんを泣かせるんじゃないザマスよ!!」
そして、彼は母の登場に驚く素振りを見せる事もなく平然とした態度で、入室してきた母と共に談笑を開始するのであった。
「……は?」
完全に置いてけぼり状態となっている私はポカーンと口を開けていると、次は私の部屋の扉がバタンと開かれる──
『──な、何の音ですか……!?』
廊下側の扉から顔を覗かせてきたのは。
寝巻き姿の華様。
「すぴ〜……。かいとうさん、ざます〜……」
そして、眠たそうに自らの眼を擦っているナイトキャップを被った我が主──カノン様の二人であった模様。
おそらく、母が発した大声が彼女達の寝室が存在する真上の三階にまで達していたのだろう。
二人して音の出所である私の部屋まで確認しに来た様子である。
しかし、そんな外野の様子などには目もくれず、母はいつも通りのマイペース。
上機嫌で何度も深い頷きを見せながら、私の元へと歩みを寄せてきた。
「今回の見学で全て分かったザマスわ! アメリーちゃんが本気でこの男性との結婚を狙っているのだと!」
「……へっ?」
一瞬、「何の話を……?」と言葉をついてしまいそうになったが、私はすぐに自らの手で口を塞ぐ。
……そういえば。
本日はルーヴェインに恋人役を依頼していたのでしたっけ。
その事を思い出した私は、少々わざとらしく両手を合わせ、それを頬の横に置きながらニコッと微笑んでみせた。
「ま、まぁ! やっと理解して下さったのですね、お母様! 非常に嬉しい限りですわっ!」
「ええ、認めてあげるザマス! コレからはこのワタクシも、本気の恋を知ったアメリーちゃんを応援する事にするザマスわ! そのかわり、絶対に彼を手放すんじゃないザマスわよ? ルーヴェインちゃんを逃したら最後! 次の超級使用人のボーイフレンドが現れる頃には、流石に貴女もお婆ちゃんになってるかもしれないザマスからね!」
私は苦笑いを浮かべると、私の代わりに背後にいたルーヴェインがその言葉に返答。
「大丈夫ですよマダム……いえ、お義母様。僕は彼女ほど正義感に溢れている女性を他に知りません。彼女が持ち合わせているその誠実な心に、僕は恋焦がれているのです」
その『彼らしからぬ台詞』を聞いた私は。
ようやく、現在の状況を把握する事ができた。
……どうやら、母は私とルーヴェインの本心を見抜くべく、私達がオフになった所を狙って陰からモニタリングする作戦に出ていたようだ。
そこで、改めてルーヴェインとの交際を認めるか判断しようとしていたのだろう……。
差し詰め、私が倒れた時に『カノン様がルーヴェインに私の看病を依頼した段階』で、この計画を企てていたと言うところだろうか?
……そして、同時に。
ルーヴェインはそんな母の思惑にいち早く勘付いたのか。
彼女の計画を逆手にとって、窓から監視していた母に一芝居売っていたらしい。
早い話……。
私が起きてから放たれた彼の言葉は。
『全て演技であった』と言う訳である。
……まぁ、そのおかげで。
母の認識を『私とルーヴェインは人前では決してイチャつかないが、二人っきりの時は甘々と化するバカップル』として補完させることに成功した訳ですけど……。
少しでも彼の言葉を信じてしまった過去の私に、なんだか腹が立ってきますわね……。
すると、一通り喜び終えた上機嫌の母は何かを思い出したのか。
「……ところで、初対面の時からずっと疑問に思っていたザマスが──」
扉の近くに立っていた華様に指を差しながら、こんな質問を繰り出したのであった。
「──この『おさげのお嬢さん』は何者ザマスか?」
「……へっ? わ、私?」
突然、指を向けられて驚いている華様に対し、母は少し考えを見せている様子。
「……はっ!? もしや、貴方もルーヴェインちゃんを狙っていたりするクチなんザマスか!?」
すると、そんな母の疑問の声を最後に。
そこにいた四人の視線が。
華様に集中する。
「えーっと……──」
しかし、華様は油断していたのか。
寝起きで呆然としていたのか。
母の素早い英語を聞きそびれてしまったらしい。
そして、彼女は辺りをキョロキョロと見渡しながら、気まずそうな笑顔でこう口にした。
「──……い、いぇす?」
そう、あろうことか彼女は。
『とりあえず、愛想笑いをしながら頷いてしまう』と言う、最悪の選択をしてしまったのである。
おそらく、彼女なりに場の空気を読んだ無難な返しをしたつもりなのだろう……。
しかし、母の質問に対しての返答としては。
非常に最悪の返しだった。
「あらまぁぁぁっー!? アメリーちゃんの敵ザマスわぁぁぁーーーっ!! コレも我が家の為……! 万死に値するザマスっ!!」
すると、激昂した母は華様に掴みかかろうと、その場から彼女に向かって巨体を利用した激しい体当たりを繰り出し始める。
「……あっ、ちょっと!? なになにっ!? きゃぁぁぁーーっ!?」
間一髪で反応して回避した華様であったが、そんな母に恐怖を感じたのか。
そのまま、背後の扉を開けて一目散に逃走を開始した模様。
やがて、母も同様に持っていたハンドバッグの紐をブンブンと振り回しながら、華様を追いかけて廊下へ飛び出してしまうのであった。
……。
とりあえず、彼女達の退出を見届けた私は……。
まだ半分ほど寝ぼけたカノン様の相手をするルーヴェインに、そっと冷たい視線を送ることに。
「……一応聞いておきますが、どこまでが演技だったのですか?」
すると、ルーヴェインはカノン様を抱えながらコチラに振り返り、同じく冷めた眼差しを返してきた。
「……は? 全部に決まってるだろうが」
そして、彼は開きっぱなしの窓際へと足を運び、母が踏み抜いた窓枠を軽く掃除しながら片手で戸締りを済ませる。
「お前の母親がくだらん小細工を仕掛けてきたせいで、コッチは一秒足りとも気が抜けなかったんだぞ? ……心にも無い台詞まで吐かされたおかげで、非常に不快な気分だな」
「あっ! ハナ、おにごっこしてる〜!!」
すると、彼の胸の中にいるカノン様が窓の外へ指を向け始めた模様。
……私の角度からは見えないが。
どうやら、彼らは窓の外に広がる裏庭にて。
母に追いかけ回されている最中の華様を発見したようだ。
彼女の言葉に反応したルーヴェインも、抱いていたカノン様と共に窓の外へ視線を送る。
「おや、あんな所にまで逃げているにも関わらず、未だに華様を追尾しているとは驚きですね。……どこまでも目標に干渉していくあの執念深さは、まるでどこかのメイドとソックリです」
「言ってる場合ですか、早く華様の誤解を説いて来なさい!」
私は嫌味ったらしいルーヴェインの背中にそう叫ぶと、彼は面倒臭そうに足元へカノン様を下ろした。
そして、役職バッチをヒラヒラと手袋の中で煌めかせながら、そのまま開きっぱなしの扉に向かって歩き出す。
「一応、明日の容体を確認するまでコレは預かっておくぞ。……まぁ、そのまま永久にそこで臥せってくれていたとしても、僕としては一向に構わんがな」
そんな彼の背中を見送った私は、パタンと閉められた扉に向かってポツリと独り言を呟いた。
「……やっぱり死ぬほど嫌いですわ、あの男」
すると、小さな主であるカノン様が。
扉を睨んでいる私の顔を覗き込んでくる。
「あめりあ、もうだいじょーぶなの?」
それを確認した私は。
ニコッと彼女へ優しく微笑んでみせた。
「ええ、問題ありませんわ。この度はご心配をおかけしまして、誠に申し訳ございません。……きっと、驚かせてしまったことでしょう」
「うん、びっくりした! ……でもね、カノンたちのなかで、るーびんがいちばんあわあわしてた!」
……。
あわあわ?
ああ、なるほど。
『慌てていた』という事ですか。
……。
「……えっ?」
あのルーヴェインが。
狼狽えていた?
その事実を聞いた私は。
もう一度、ベッドに座ったまま自室の扉へと視線を送ってみる。
「……そ、そうですか」
どうやら、彼の言葉。
決して、全てが演技だったという訳ではないらしい。
一体、どこまでが演技だったのだろうか?
心の中で、〈……ふーん〉と呟いている私。
「……ん?」
すると、そんな私の視界の端で。
デスクに置いてあった開封済みの板チョコレートにそーっと手を伸ばそうとしているカノン様の姿が……。
……おそらく、アレは。
ルーヴェインがパフェを調理する際に使用した余りモノ。
しかし、今は時間も時間だ。
私はすぐに、ピシャリとカノン様の背中に声を浴びせてみせる。
「いけませんわ、カノン様。もう歯を磨かれた後でしょう? ……それに、こんな時間からそんなモノを食べてしまえば太ってしまいます」
細い目を使って注意する私の前で。
分かりやすくズーンと沈み込んでしまう彼女。
すると、彼女はゆっくりとコチラに振り返り。
背後にいた私に潤ませた瞳を見せてきた模様。
「……だめ?」
あら? いつもは聞き分けが良いのに。
今回は珍しく食い下がってきましたわね……。
そんなにもチョコレートが食べたかったのでしょうか……?
……まぁ、チョコレートに関しては。
私も昔は似たようなものでしたっけ。
ふふっ。
やはり、チョコレートは偉大という訳ですわね。
私は小さな溜息を吐いた後。
周りを見渡してから、人差し指を自分の口元にスッと当てる。
「……もう、他の人には内緒ですからね?」
──そして。
その余った板チョコレートを手に取った私は、それをパキッと鳴らし……。
その半分を。
カノン様に笑顔で手渡すのであった。
*
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