第6話〈3〉【職場見学ですが、何か?】


「──……ねぇねぇ、るーびん! おっきいぼうし〜!!」


 金髪幼女の我が主──カノン様は非常に上機嫌であった。


 ご覧の通り。

 彼女は今も満面の笑みで側に控えているルーヴェインの尾をクイクイッと引っ張りながら、客人が被っていた大きなヘッドドレスハットに指を差しておられるご様子である……。


 すると、そんな目の前の客人は。

 身につけていた帽子を褒められた事に素早く反応。


 すかさず、カノン様にビシッと指を差し返す。


「あらまぁ、あなた! その歳で中々目の付け所が良いザマスわね!! ワタクシのお古でも宜しいのなら差し上げるザマスよ!!」


「いいのっ!? わーいっ!!」


 只今、ゲストルームのソファに腰掛けながら、大きな婦人帽を主に譲渡しているこの客人……。

 何を隠そう、私の実母である。


「当たり前ザマスっ! 下々の面倒を見るのが貴族の務めザマスからねっ! おーっほっほっほ!!」


「……ざます?」


 自身と同じ銀髪。

 ふくよかで豊満な太い体型。

 指や首元に煌めく大きな宝石達。

 上から目線の言動や、癖のある口癖。


 今生では食に困った事など一度も無かったのだろうな、と一目で解るほどに……。

 見たまんま『ザ・セレブマダム』と言ったような外見が特徴だ。


 ……加えて、無駄にハイテンションな性格も相変わらずであるらしい。


 そして、どうやらそんな母は。

 早くも我が主であるカノン様と波長が合うことに気がついたのか。

 初対面である彼女とも慣れ親しんでいる様子……。


 すると、そんな彼女達のやりとりを遠目で観察していた私の隣から、やたらと不機嫌そうな低い声が聞こえてきた──



『──おい、誰があんなハイテンションババァを調達して来いと命令したんだ』



 私は覇気のない顔を隣に向けると。

 そこには、腕を組んでいるルーヴェインの姿。


「し、仕方ないでしょう……、私だって、まだ混乱してるんですから……!」


 そう、あれからお母様のリムジンに強引に乗せられてしまった私と華様は……。

 気がつけばあっという間に屋敷へと強制連行されていたようだ。


 思わぬ人物との再会に放心状態だった私は、とりあえずそのままゲストルームに招待し、こうしてカノン様達を連れてきた訳であるのだが……。

 やはり、ルーヴェインだけは予定を狂わせてきた私に対して苛立ちを見せているらしい。


「……まぁ、先ほど開催した朝の部──『カノン・ザ・ウォーターパレード』のせいで貯水槽も残り僅かになってしまったことだし、丁度良いか。補充ついでに、さっさと山へ捨てて来い」


「人の母親に向かって、良くそんな事が言えますわねっ! ……というか、私が一生懸命汲んできた山水を、そんなくだらない事に使わないでくださいませんっ!?」


 すると、私が発した言葉──『人の母親』という部分に対し、彼は軽く顔を顰めてきた。


「……母親だと?」


 ルーヴェインは眉間に皺を寄せながら再確認する様にそう呟き、遠目から細い目で母を観察し出すと……。

 そんな彼の視線に感づいたのか、母はのっそりとソファから立ち上がってくる。


「ご機嫌よう! ワタクシはアーノルド夫人──【アリシア・レミュルーフ】ザマス! そこのアメリーちゃんはワタクシの血を分けた大事な娘ザマスのよ!」


 その通り。

 私の本名は──【アメリア・レミュルーフ】だ。


 古くから伝わる英国『五代貴族』に指折りされている【上流階級〈アッパー・クラス〉】──『現レミュルーフ家』の三女である。


 そしてそれが……。

 【超級使用人】になる前の私の。

 あるべき姿でもあったのだ。


「……驚いたな。レミュルーフ家と言えば、貴族に興味の薄い僕ですら知ってる名家ではないか」


 【レミュルーフ】の家名は今でこそ衰退気味ではあるが、十年前までは英国の『五代貴族』の中でも一二を争っていた歴史がある。

 その為、知名度自体はかなり高い。


 そして、そんな家の三女に生まれた私は、とある事情から【超級使用人】を目指すべく……。

 三年前に家を出て、親に黙って学園の門を叩いていたのである。


 つまり、私は学園に入学してからの約三年間。

 家族とは絶縁状態であったと言う訳だ。

 

 私はワナワナと身体を震わせながら、隣にいたルーヴェインを強く睨みつける。


「やってくれましたわね……! どうやって調べたのかは知りませんが……! まさか、華様の時だけでなく、私の家族までここに呼び寄せるなんてっ!」


 【超級使用人養成学園】は、望めばどんな身分の人間であっても入学が許される学園だ……。

 その為、本人の希望があるならば『匿名での入学』も可能となる。


 更に休日も外出せずに寮での生活を徹底すれば、完全に外部との関わりを遮断することができるのだ。

 

 そして、在学中の私は意図的に家名を伏せながら、卒業するまでそんな生活していた内の一人なのである……。


 それなのに……!

 彼はどうやって、私が【レミュルーフ】の人間だと……!


 確かに、身体に染み付いた作法や丁寧な話し方のせいで、学園内でも私が『貴族の生まれなのでは?』と噂されていた事は知っていた……。


 つまり、彼は『たったそれだけの情報』だけで、私の実家を突き止めたのだろう。


 敵ながら見事……。

 流石は私の好敵手……。


 普段ならば。

 その様に燃え上がる所なのだが……──


「──ル、ルール違反ですわよこんなのっ……!!」


 今回ばかりは話が別。

 完全に予想の範疇外。

 

 私は悔しさのあまり。

 目を少し潤ませてしまう。


「……ま、待て。先に言っておくが、今回ばかりは本当に知らんぞ?」


 しかし、彼は冷や汗混じりに否定。


「それなら何故、このタイミングで私のお母様が! ピンポイントでこの地域をウロウロしていたのか説明して下さいっ! 貴方が呼び寄せた以外にあり得ないでしょう!?」


 すると、ルーヴェインに詰め寄って猛抗議していた私に対し、背後からお母様が声を飛ばしてくる。


「それにしても驚いたザマス!! 数年前に家出したアメリーちゃんが、【超級使用人養成学園】へ入学していたのは知ってたザマスが……、まさか本当にあの難関校を卒業するなんて! ニュースでアメリーちゃんの姿を見た時は本当に心臓が飛び出るかと思ったザマスわ!」


 ……え?

 ニュース?


 私は、ルーヴェインから視線を外すと。

 そのルーヴェインが静かに呟く。


「おそらく、外出の際に発生した僅かな目撃情報でも掴まれたのだろう。……お前のことだ。僕に対抗するあまり、少し派手に動きすぎたのではないか?」


 た、確かに……。

 最近は特に人目につく様な大胆な調達業務が多かったかもしれないですが……。


 それでも、ほんの一部の地域での活動だったはず……!


 すると、その瞬間。

 ルーヴェインの予想する声に対し、母がとんでもない返答を浴びせてきた。


「いや? 今回は、偶然この地域を観光しに来ただけザマスわよ?」


「「……は?」」


 私とルーヴェインは。

 揃って気の抜けた声を上げてしまう。


「実はさっき、観光中にたまたまアメリーちゃんらしき噂を街の人から聞いたザマスのよ〜! それで、観光ついでにアメリーちゃんも探そうと途中で思いついて、さっき道行く人に声をかけてみたら……──」


「──……まさか、それが偶然にもアメリアだったと?」


 それを聞いたルーヴェインも、流石に。

 少し哀れそうな視線を私に送ってきた。


 そして、そんな母達のやりとりを真横で聞いていた私は、思わず目をパチパチとさせてしまう。


 ……。


 えっと。

 とどのつまり、こういう事ですか?


 『たまたま』お母様が出かけた観光先が【オールド・ロムニー】で……。

 『たまたま』そこで娘に似た人物を見たと言う情報を聞き……。

 『たまたま』その地域で探索し始めたそのタイミングで……。

 『たまたま』私が近くを通りかかったと……?

 

「……うそ、そんなのありえませんわぁーーーーーーーー!!!???」


 私はどこかの弁護士みたいな台詞を吐きながら、両手で顔を覆った。


 なんと、『母の運が良かった』だけ。

 ……と言う、なんとも間抜けすぎる見つかり方をしてしまったらしい。

 

「さぁ、アメリーちゃん! 家出なんかやめてそろそろ帰ってくるザマス!! みんな心配してるザマスわよ?」

 

 しかし、今は私もカノン様の専属メイドだ。

 いくら母の言葉とは言え、黙っているばかりではいられない。


 私は咳払いで落ち着きを取り戻し、笑顔でお母様に話しかける事に。


「お、お母様……? お言葉ですがアメリアはキチンと書き置きも残しましたし、自身の貯金のみで家を出て正当に国家資格を取得したのです。……ですので、これからの将来は自分で決め──」


「──書き置き? そんなモノはどこにも無かったザマスわよ?」


 すると、お母様は首を傾けながら。

 私の声をその様に遮った。


「え!? そんなっ!? 自室の机にキチンと置いてきたはず……っ!」


 そこまで口にした瞬間。

 私は実家にいる『とある二人組』の姿が頭に思い浮かんでしまった。


「……うぅっ! さては、アナベルお姉様達の仕業ですわねっ!」


 そう、私は三姉妹の三女だ。

 つまり、上に姉が二人いるということ。


 その姉達は性格が悪い。

 ……とまではいかないが。


 少し意地悪な気質があり、小さい頃から何度も泣かされている思い出がある。


 きっと、今回の件も彼女達が面白半分で私の手紙を発見し、そのままうっかりと母に渡すのを忘れてしまっていたのであろう。


 ……まぁ、【超級使用人】を目指していると言う目的だけは話してくれていたのが不幸中の幸いでしたわね。


 ……とは言ってもどうせ。

 ──『なんか〜、使用人の学校に入るらしいよ〜?』みたいな雑な伝え方だったのでしょうけれど……。


「放っておけば、その内帰ってくると思ってたザマスが……、一向に帰ってくる気配がなくて悲しかったザマス!! 婚約者をいつまで待たせるザマスか!? 流石にもう言い訳も苦しくなってきたザマスよ!!」


 すると、「婚約者」という母の発言に対し。

 ルーヴェインは「ほう?」と小馬鹿にした様な笑みを浮かべてきた。


「これは傑作だな。お前、フィアンセ持ちだったのか?」


「……只の幼馴染ですわよ。七光りの『成金馬鹿』のね」


 どうやら、この母に四の五の言っても時間の無駄らしい。


 私はその場で深呼吸。

 そして、ハッキリとした意思を見せつけるかの様に。

 ピンと背筋を伸ばして、胸を張った。


「嫌ですっ! 絶対に戻りませんわっ! 私には今! やるべき使命と仕えるべき主が存在するのです!」


 率直に自身の気持ちを表明した私の宣言に。

 『あらまぁー!!』と大きく驚く母。


「我が儘な子ザマスね! ……でも、『コレ』を見ても、まだ同じ口が聞けるザマスか?」


 ……『コレ』?

 な、なんでしょうか……?


 ……すると、母はソファに置いていたブランド物のハンドバックをゴソゴソと漁り始めた。


 私は息を呑んで、母の様子を伺っていると。


 母はそのバックから。

 『とんでもないモノ』を取り出してくる──



「──ほら、アメリーちゃんの大好きな『高級チョコレート』ザマスよ〜! これが欲しかったら、早く帰ってくるザマス!」


 ……。


 なんと、得意げな顔を見せる母の手に握られていたのは。


 何の変哲もない。

 一枚の板チョコレートだった……。


「いや、そんなので釣られる訳ないでしょう!? 三年前の私だと思ったら大間違いですわ!」


「……三年前って……。お前、十四だろ」


 そうです。

 私はあの学園で地獄の様な毎日を送り。

 生まれ変わったのです!


 三年前とは比べ物にならないほどに成長してるんですから!!


「あら!? 小さい頃からいつもコレを見せるだけで、喜んで母の元に走ってきてたザマスのに……!」


 しかし、この時。

 私は油断してしまっていた。

 

 残念そうな顔を見せる母は。

 その高級板チョコと同時に……。


 なんと、『とある一枚の写真』も取り出していたのである。


 ……何の写真だろうか?


「やはり、噂通り厳しい学園生活だったんザマスわね……。入学前のこの頃の愛らしいアメリーちゃんが恋しいザマス」


「……え? 入学前の私?」


 その単語が耳に入った瞬間。


 私は大絶叫──



「──ぎゃぁぁぁーーーー!!!???」



 光の速さでその写真を持つ母の元へ近づき、目にも止まらぬ速度でそれを奪い取ってみせた。


 ……間違いない。

 この写真は……!


 私は震える手で奪い取った写真をゆっくり確認すると、その写真にはなんと……。


 昔の私が写っていたのである。


 それは、私の誕生日パーティーの時に撮影された写真。

 丁度、今の華様くらいの年齢だろうか?


 極力、説明したくはないが……。


 片手にはペロペロキャンディー。

 もう片手には板チョコレート。

 ぽちゃぽちゃとした丸い姿で幸せそうにバースデーケーキを口元につけながら、ニッコリとカメラに向かって無邪気に微笑んでいる銀髪少女の姿が写っている……。


 そう、今の私とは似ても似つかぬが。

 このぽっちゃり少女の正体は正真正銘。

 

 私である。


 ……母の目からは愛嬌のある我が子の写真なのかもしれないが。

 今の私に取っては『この世で最も忌まわしい黒歴史』そのものだ。


 こ、こんなものがルーヴェインに知られた日には……。

 

 私は、誰にもその写真を見られない様に隠しながらゲストルームの角に走り、すぐにそれビリビリに破く。


 ……やはり、色んな意味で母をルーヴェインに接触させるのは危険ですわ。

 放心状態だったとはいえ、この場に連れてきてしまった過去の私を恨んでしまいそうです……。


 そんな私の背後にて、遂に。

 ルーヴェインがニコッと微笑みながら、ゆっくりとお母様の近くへと移動。


「遠路遥々、わざわざご足労掛けさせてしまい申し訳ありません、マダムレミュルーフ。そう言う事情でしたら仕方ありませんね」


 そして、彼はどこからともなくクロスを取り出し、ソファ前に設置されたテーブルに美しく敷き始めた。

 その作業と並行しながら、日本語を使って近くの華様に優しく話しかける。


「申し訳ありませんが華殿。厨房に飛び込み来客用の紅茶セットを用意してますので、私の代わりに運んできては下さいませんか?」


「は、はいっ! わかりましたっ!」


 すると、華様が厨房に走っていったタイミングで、彼は立っている母をエスコート。

 再び来客用のソファに誘導すると、この様な発言をし出した。


「優秀な部下を失うのは非常に惜しいですが、フィアンセがお待ちになられてるなら仕方ありませんね。……とりあえず、今後の方針についてじっくりと話しを交える事に致しましょうか」


 そして、彼は悪魔の様な笑みを浮かべながら、ゲストルームの端っこにいた私の顔を見つめてきたのである。


 ……間違いない。

 彼はこの瞬間をまたと無いチャンスだと踏んでいるのだろう。


 私を家に戻せば、家令を完全独占。

 ……家に戻すとまではいかなくとも実家通いを推奨すれば、私が費やす筈だったカノン様のお世話係を彼が丸々横取りできるという寸法である。


 住み込みで働けなくなるくらいなら、まだ何とかなるかもしれないが……。

 このままでは、毎日屋敷に通うことすら難しくなるのは必然だ。


 まさに、私からすれば最大級のピンチ。


 敵と敵が手を結んでしまえば。

 一貫の終わりである。


 不味いですわ。

 ど、どうにか……。

 この窮地を打開できる方法を考えないと!?


「……くっ、やむ終えません」


 すると、私は疾風の如く。

 素早く彼の隣へと移動した。


 そして、彼の……。

 ルーヴェインの右腕をロックオン──



 「……は?」



 ──ギュッと抱え込む様に。

 彼の腕にしがみついてみせる。


 ニコニコとぎこちない笑みを浮かべる私。


 そんな私に対し。

 ルーヴェインだけでなく、目の前にいたカノン様や母もポカンと私に視線を集中させている様子だ。


「……何してんだ、てめぇ」


 ルーヴェインは私から逃れるかの様に。

 スルっと腕を引き抜いてくるが……。


 私は無言で彼の腕を再び追いかけ。

 ギュッとしがみつく。


 それの繰り返し。


 そう、安直な策ではあるが……。

 『これ』しかないのだ。


 すると、どうやらルーヴェインも私の思惑に気づき始めたのか。

 次第に血管を浮き出させてきた。


「流石に往生際が悪いぞ……! この期に及んでベタな事考えてんじゃねぇよ!」


 なので、私は彼ごと身を翻し。

 母に背中を見せながら、そっと彼に小声で話しかける。


「い、一生のお願いです! これしか方法が無いんですのっ! ……そ、それに! 私が抜けた穴はデカいですわよ!? 貴方一人で、本当にこの屋敷を存続させられると思ってるんですか!?」


 私が必死に。

 本当に必死にそう伝えると──「誰のせいでこんな環境になったと思ってんだ」と言わんばかりの睨みをぶつけられてしまった。


 ……が、彼も当屋敷の事情を知る設立メンバーの一員。

 それが只の脅しではないことを、理解してる様子である。


「私を追い出すのは華様がメイドとして成長し、この屋敷の運営面が安定し出してからでも遅くはないでしょう!? ……お、お願いしますっ!」


 すると、暫く間を置いた彼は……。

 次第に大きく舌打ち。


 深い溜息と共に、小さく呟く。


「……この僕に借りを作ったこと、後悔するなよ」


 そして、ようやく。

 私の腕を振り払う事を諦めてくれたのであった。


 ……よし、これなら母も諦めてくれるかもしれません!

 私達は再度、母達の方へ振り返り。

 満面の笑みを作り出す。


「お母様! この通り、私には既に心に決めた人がいますのっ! ですから、あの婚約は破棄して欲しいですわ!」


 すると、お母様は驚いた様子でソファから立ち上がり、ルーヴェインのつま先から頭の頂上までじっくりと隅々まで観察し始めた。


「貴方は確か……、アメリーちゃんと共にあの学園を卒業した【超級使用人】ザマスね? 録画を何度も見返したから覚えてるザマス!」


 そんな母に対し、ルーヴェインは苦笑いを見せる。


「え、えぇ。存じ上げて下さっているようで光栄です」


 ルーヴェインがそう笑いかけると、お母様はバックから大きなタブレット端末を取り出した。

 そして、そのメモ機能を起動する。


「失礼ザマスが、ご実家の方は何を? 兄弟は何人いるザマスか?」


 どうやら、お母様はルーヴェインが我が娘にふさわしい男なのか軽い身辺調査を行なっているらしい。


「恥ずかしながら、特に名を轟かせる様な大層な家名どころか、家族すら持ちあわせておらぬ孤児の身でございます。……強いて挙げるとするならば、今はこの職場が家庭の様なモノでしょう」


 ……ふむ。

 なるほど、そういう設定ですか。

 自分の情報を他人に漏らすことはないという意志が、ひしひしと感じられますわね……。


「一人身の平民……!? という事は一応、婿養子にはできるザマスね……!」


 お母様が食いつきましたわ!

 この調子です!


 私は援護射撃の様に。

 ルーヴェインの身体へベッタリと引っ付く。


「そうですわ、お母様! 【超級使用人】の娘の彼氏が【超級使用人】なんて素敵でしょう? きっと、我が家の再興も秒読みですわよ?」


 すると、私の発言に対し。

 お母様はみるみると顔を明るくさせた。


「た、確かに! 【超級使用人】の娘が……、【超級使用人】の婿を貰ってきたなんて事になれば……! レミュルーフ家は未来永劫安泰ザマスわ! いや、世界が震撼する出来事ザマス!!」


 すると、無事にルーヴェインの身分審査が通ったのか。

 母は次の審査項目へと移り始める。


「ルーヴェインさんと言ったザマスね。ウチの子とお付き合いしてどのくらい月日を重ねてるザマスか?」


 ……なるほど。

 次は恋人としての審査ですか。

 母は昔から少々鈍感ですが……、なんだかんだ言って悪い人ではないんですよね。


 まぁ、嘘が得意な彼ならそれなりの嘘をポンポンと話してくれるだろうから、このまま特に放っておいても大丈夫そうだ。


「約一分前からでございますね」


 ……前言撤回。

 私はすかさず口を挟んだ。


「──い、一年前からですわ! 彼から何度も熱い告白を受けて、卒業前に仕方なく付き合ってあげましたの! な、懐かしいですわねー!」


 すると、そんな私の代弁に。

 ルーヴェインが冷たい声でツッコミを入れてくる。


「……おい、テメェ。所々でナチュラルに負けず嫌い発揮してんじゃねーよ。こんな時くらいプライド捨てろや」


 ルーヴェインは横目で睨んでくるが、私は無視。

 すると、母が少し考えを見せる。


「ふむ、幼馴染の婚約者と比べればまだまだ日が浅いザマスわね……。今時のカップルは些細なことで喧嘩別れしやすいと聞いた事があるから不安ザマス……」


 そして、次の瞬間。


 母は私達二人に対し。

 とんでもない宣言をしてきたのであった。


「こうするザマス! 今日が終わるまでを期間として! 『あなた方の様子を側で観察させて貰う』ことにするザマスわ! そこで改めて、婚約者より貴方の方が恋人としてふさわしいかどうか判断するザマス!」


 それを耳にした外野の私達は。

 三者三様の反応を見せる。



 私は笑顔で。


「最悪ザマス……」



 ルーヴェインは真顔で。


「地獄ザマス……」



 カノン様は不思議そうに。


「ざます……?」


 ……と、その場で小さく呟くのであった。



 ──そう、これは『職場見学』なのだ。


 ……華様の?

 いや、違う。


 私の母による『職場見学』なのである。



          *

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