第5話〈終〉【華の日本人ですが、何か?】
美しい花々に囲まれた広場を抜けると、すぐに半開きになっている屋敷の門が私の前に現れた。
鉄格子の隙間から覗くのは、赤のファミリーカー。
これは、私の前を歩くホストファミリー──パパ達の自家用車である。
……アレに乗れば、また張り詰めたホームステイ生活が待ち受けているのだろう。
しかしそれでも、行く宛のない私にはどうする事もできない。
既に諦めがついた私が取る行動はもう……。
俯きながら、黙って口を閉じ。
従順にパパ達に着いていくことだけだ。
門の前に足を並べた私はお世話になった屋敷を振り返る事もなく、そのままパパ達と共に敷地外へ出ようとする。
すると、その時……。
とある男性の声が背後から響いてきた。
『──華殿』
私はそっと顔上げて静かに背後を振り返ると、そこには先程別れたばかりのルーヴェインさんが立っていたのである。
私の私物である【手提げ鞄】を両手で丁寧に扱いながら……。
「忘れ物ですよ」
「……あっ! 私の鞄!」
どうやら、私がカノンちゃんの部屋にお邪魔した際に回収し忘れ、そのままそこに置いてきてしまっていたらしい。
私はその事に気がつき、慌てて後方にいたルーヴェインさんの元に駆け寄る。
「……すみません、わざわざありがとうございます」
手提げ鞄を受け取り、わざわざ持ってきてくれた彼に対して頭を下げていると、門付近にいたママがコチラに向かって何か言葉を発していた。
……なんて言ったんだろう?
『早く来い』的なことかな……。
おそらく私を呼んでいるであろうママの声に、一瞬だけ身体をビクッと反応させながらも、また怒鳴られる前にと急いで踵を返す。
すると、その瞬間──
『──たった一歩……』
──背中側にいたルーヴェインさんが、その様な謎の日本語を呟いた。
……いや、呟くと言うより。
大きな独り言に近い。
「……?」
突然、発せられたその声を不思議に思ったのは、どうやら私だけでは無かったらしい。
門を潜ろうとしていたパパとママ達も私と同様に屋敷を出て行こうとする足を止めてゆっくりとその場から半身を翻し、ルーヴェインさんの方へと視線を送っている。
すると、そんな三つの視線に気づいたのか。
「……ああ、申し訳ありません。少し今日の事を振り返っていましてね」
ルーヴェインさんは場を取り繕う様に。
少々わざとらしい笑みを浮かべながら、そのまま言葉を繋げ始めたのであった。
「……き、今日のこと……?」
私の発言に対し、彼は首をゆっくりと縦に動かす。
「実は今朝、とある外国人の少女が見ず知らずである私に声をかけて来ましてね。そのせいで本日予定していた私のスケジュールに大幅な予定変更が生じてしまったんですよ」
……とある外国人の少女?
それって……、もしかして。
私のこと?
いや、それよりも……。
何故、彼は今。
そんな出来事を思い出したのだろうか?
私は訳がわからずに困惑した表情を表に出し続けていると、そんな私の表情を見たルーヴェインさんは小さく舌を鳴らす。
すると、彼は嘆息と共に針の様だった背筋を崩し、腕を組みながら私にこんな事を言ってきた。
「声に出すことを恐れるならば……。あの時のように『無言で意思を伝えてみて』は如何ですか?」
「……え?」
……無言で意思を伝える?
「未来なんてモノは以外と、些細なキッカケで簡単に変わってしまうものですよ」
その言葉を最後に。
ルーヴェインさんは屋敷の方へと身体を向けて静かに歩いて行ってしまった。
あの時のように……?
私、ルーヴェインさんと出会った時。
何をしたんだっけ……。
私は帰って行くルーヴェインさんの背中を見つめながら脳内で今朝の事を振り返っていると、痺れを切らしたパパが私の側にやってきた。
「──Come on, Get in the car.〈さあ、早く車に乗りなさい〉」
そして、おもむろに私の手首を掴み、そのまま強引に門の外へと連れ出そうとしてくる。
あ、そうだ。
あの時……、私は確か……。
勇気を出して。
『たった一歩』を……。
それを思い出した瞬間。
私は自然と。
たった一歩だけ。
自らの足を、その場から……。
──『後ろに下げた』のであった。
……。
ベクトルはあの時と反対方向である。
しかし、その些細な行動は大きな変化をもたらす。
そう、私の身体がパパの手から離れ、彼と自然に距離が出来たのだ。
……いや、「距離を作ってしまった」というべきだろうか。
「……What's going on? Come on, let's go home.〈……何の真似だ、華? 早く帰るぞ〉」
唐突に手から逃れる形で流れに逆らった私に対し、当然の如くパパはピリっとした雰囲気で鋭い睨みを効かせてきた。
ど、どうしよう。
誰かに逆らったのなんて、小さい頃に起きた『割烹着事件』の時以来だよ……。
は、早く頭を下げて謝らないと……!
頭を、下げる……。
頭を下げる?
良い子にしてた……、私が……?
そう考えた瞬間。
私は自然と。
その場で自らの頭を……。
──『横に動かした』のである。
その動きは又もや無意識……。
お得意の縦方向とは全く別の方向に動かされた頭に対し、パパは目をギョッと見開く。
そんなパパを見て。
私は恐怖のせいか思わず、バッと顔を下に向けてしまった。
どうしよう……!
また今朝みたいに怒鳴られちゃうかも……!
おそらく、周りから見ればほんの一瞬だけ発生した空白の時間であったのだろう……。
しかし、心臓が高鳴り過ぎた私にとっては、それが誰よりも長い時間に感じてしまう。
いつまで経っても反応が無いパパ……。
私は徐々にパパの表情が気になり始め、勇気を出して恐る恐るパパの顔を確認してみようと、自らの頭をそっと上に……──
『──……What's with that attitudeeeeeeeeeeeeeeeee!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 〈何だぁぁぁぁぁ!!! その態度はぁぁぁぁぁっっーーーーー!!!!???〉』
「……ひっ!?」
──……上げようとした、まさにその時だった。
顔を上げ切ると同時に。
私の頭上から激しい怒号が浴びせられたのである。
私は震えながら、パパの顔を見上げた。
血管の浮き出た額。
裏返った怒声。
言語の壁を隔てていたとしても、一目で激怒している事が理解できる。
そして、何よりも……。
パパの行動だ。
「っ!?」
その通り、あろうことかパパはその場で大きく……。
自身の手を空に振りかぶり始めていたのである。
彼の手が振り下ろされれば、間違いなく。
その真下にある私の顔に直撃するだろう。
……ああ、やっぱり逆らうんじゃなかった。
私は必死に身体を強ばらせながら、それを受け入れる準備を急いでする。
「……ううっ!」
そして……、
間もなく。
その平手が振り下ろされた。
「……っ!」
私は直前に目をギュッと閉じ。
必死に歯を食いしばることしか出来ない。
……。
……しかし、一向にその手が私に到達する気配はなかった。
同時に、空振った様子も感じられない。
いつまで経っても訪れない痛みに対し違和感を覚えた私は、その場でゆっくりと目を開けてみる事に。
……私がゆっくりと目を開けると。
目の前には『二つの影』があった……。
一つ。
頬を歪ませながら宙を舞う。
ホストファミリーの残影。
そして、もう一つは……。
黒い尾を靡かせながら、空中で鋭い飛び蹴りを放つ。
執事の黒影。
「……へ?」
私は頭の理解が追いつかないまま、ただ黙って呆然とその光景を見届ける。
素早く空中を移動し、そのまま背後の門へと背中を叩きつけられたパパ。
激しい音を響かせながら鉄格子の門に叩きつけられたパパに悲鳴を上げ、心配そうに駆け寄ったママ。
そんな二人を確認し終えると、私の目の前でルーヴェインが華麗に着地する姿が目に入った。
そして彼は。
そのまま背を見せながら、私にこう伝えてくる。
『──上出来です。後は当家にお任せを』
ママの手を借りながら時間をかけてゆっくりと立ち上がるパパは、歪ませた顔で打ち付けられた背中と腫れた頬に手を添え、二人揃って前に出ていったルーヴェインさんにギャーギャーと罵声の様なモノを浴びせていた。
……が、ルーヴェインさんは怯むどころか一切悪びれる様子もなく、冷たい視線で彼らを見下ろす。
「Forgive me. ……Just now a trespasser appeared before me.〈失礼。たった今……、当屋敷の敷地内にて『不法侵入者を発見致しました』のでね〉」
「Who are the trespassers!?〈不法侵入者だと……!? まさか、俺達のことを言ってるのか!?〉」
「You invited us here, didn't you!?〈そ、そっちが私達にこの子の居場所を教えてきたんでしょ!?〉」
……何やら激しい口論となっている様子。
ルーヴェインさんの発言に対し、パパだけでなくママも強く抗議を示している様に見える。
しかし、それでもルーヴェインさんの表情が変わる事は無いみたいだ。
「'We told them that someone claiming to be your daughter is visiting, but we didn't tell them they could come onto the property without permission.〈確かに『お宅の娘さんらしき人物がこの屋敷に滞在しています』とは伝えましたが……、勝手に入ってきてもいい等とは一言も口にした覚えはありません〉」
そして、ルーヴェインさんは私の方へ手をスッと向けてくる。
「And it seems that this was also a misunderstanding on our part. Just now, this gentleman denied being your child. Who are you people? 〈ただ……、どうやらそれもコチラの勘違いだったようですね。たった今、このお方はあなた方のお子さんである事を否定しました。……あなた方は一体、何処のどちら様でしょう?〉」
屈辱、怒り、理不尽。
それらが酷く混ざり合わせた様な顔でママは鞄からスマホを取り出し始めた。
「I'll turn you in to the police! 〈け、警察に突き出してやるっ……!〉」
ポ、ポリス……?
今、警察って言わなかった……?
もしかして、警察に電話する気なの!?
「No, no! Don't do that!〈おい馬鹿! 今、警察は不味いだろう!?〉」
しかし、彼らもまた『私を放棄した』という問題を抱えた立場。
そのせいなのか、パパの方が慌ててママの動きを静止させたらしい。
そんな彼らを表情の無い顔で見下ろしているルーヴェインさんは、腕を組みながら小さな日本語をボソッと呟く。
「そうだ、警察だけはやめておけ。そんな事をすればとんでもないことになるぞ」
『──……私達もですけどね』
すると、そのタイミングで屋敷方面からカノンちゃんを抱えたアメリアさんが姿を現し、冷たく言葉を挟んでくる。
「アメリアさん!」
そして、そのタイミングでもう一つ異変が起きる。
何やらパパ達は、そんなルーヴェインさんとアメリアさんの顔……。
このお屋敷で働いている執事さんとメイドさんの顔が彼らの真正面に並んだ瞬間に、目を丸くし始めたのだ。
「Wait, Your face somewhere…….〈待て。お前の顔……、どこかで……〉」
どうやら、ルーヴェインさんとアメリアさんの顔を正面から確認した際……。
『何かに気づいた』らしい。
「I saw.... your face on TV! You guys don't mean ......?〈あ、あなた達……、まさか。……この間から連日、ニュースに出てた、あの……?〉」
そして、彼らの中で疑惑が確信に変わったのか。
顔を真っ青にして激しく身体を震わせながら、口を揃えてこう叫ぶ。
「「──The Noble Servant!?〈【超級使用人】……!?〉」」
……の、のーぶる?
今、なんて言ったんだろう?
さっきから全然聞き取れない……。
私が不思議そうに首を傾げていると、アメリアさんがルーヴェインさんにカノンちゃんを託しながら、ピシャリと注意を浴びせた。
「下がりなさい、ルーヴェイン。流石に無礼が過ぎますわよ」
そして、カノンちゃんを託すと同時に。
彼女は何かを要求する様に、手の平を彼に見せている様子。
すると、それを見たルーヴェインさんは何か察したのか。
少しつまらなそうな顔で、懐から『数枚の用紙』をスッと取り出した。
「……ちっ、ほら」
背後にいた私も少しだけ遠目から覗き込んでみたのだが、その紙には英字や写真がびっしりと敷き詰められているのが確認できる。
すると、それをパラパラと簡単に目を通したアメリアさんは、少々大袈裟に驚くそぶりを見せながら、目の前にいる彼らの元へゆっくりと近づいていった。
「Is your daughter a backdoor entry?〈ふむふむ……、愛娘の方は来年から裏口入学ですか〉」
「「……!?」」
アメリアさんが口にした言葉は魔法の様だった。
一瞬にしてパパとママ達の身体を石のように変えてしまう。
そして、彼女はそのままそっとその場でニコッと優しく微笑み、パパの耳元に口を近づける。
「The company's vault is not yours.〈会社の金庫に手をつけたのですね〉」
更に、間髪入れず。
ママの耳元へ……。
「……And please disassociate yourself from your husband's brother.〈貴女は……、旦那の兄と非常に仲が宜しいみたいですね〉」
アメリアさんがボソッとそれぞれに何かを告げたかと思えば……、彼らの表情一気に消え去る。
……何を伝えたんだろう?
「Shall we examine the time it takes for people to disintegrate?〈……人が堕ち切るまでには、最短で何分くらい必要なのか。気になりませんか?〉」
そこまで口にしたアメリアさんはコチラ側に帰ってくる直前、ほんの一瞬だけ笑顔を消しながら彼らを睨みつける。
「This girl is a friend of Master Kanon's. From now on, the moment you make Hana cry, your life is over. 〈このお方は我が主の大切なご友人。もし今後、このお方に何かあれば問答無用で当家が介入致しますので、ゆめゆめお忘れなきように〉」
すると、その言葉を最後に。
彼らは二人揃ってグッタリと項垂れる様に、その場でへたり込んでしまったのである。
そして、そんな彼らを見届けたアメリアさんは、次に私の方へと視線を送ってきた。
「ここまで脅せば今後は大丈夫でしょうが、……選択するのは貴女ですわ。彼らの元へ戻るも戻らないもご自由に」
私はまず。
地面に座り込むパパとママ達に視線を送った。
『戻る』事を選べば、また彼らと再び生活を共にすることになるだろう。
改心したパパ達に着いていけば……。
特に問題もなく普通の生活できる上に、トラブルの件も私が隠蔽して担当ガーディアンさんの誤解を解けば、留学会社からお父さん達へ連絡が飛ぶ事もなくなるはずだ。
よって、戻る選択は私が求めていた留学生活が保証される道となる。
次に、私は。
カノンちゃんを囲むルーヴェインさんとアメリアさん達の方を見つめた。
『戻らない』事を選べば、私は今度こそ行く宛がなくなるだろう。
本来ならば、現地のホームステイ先で家族間トラブルが起きてしまった際は早急に留学会社から別のホストファミリーを紹介される手筈となっているのだが、そうなれば必ず日本にいる私の家族達にも報告が飛ぶことになる。
そうなれば、危険な目にあった私をお父さんが放っておくはず等なく、ほぼ確実に帰国命令を受けてしまうのは目に見えている。
よって、戻らない選択は私が望まぬ最悪のシナリオである『帰国への道』となるのだ。
……。
それらを踏まえた上で。
私は選んだ──
『──短い間でしたけど、お世話になりました』
私はゆっくりと丁寧に。
頭を下げたのである。
元パパと元ママに。
どうやら、私はこの日から。
背後にいる彼らに対して、強い憧れの感情を抱いてしまったらしい。
自身の生きる道を力強く示しながら。
一切迷わずに困難と立ち向かう。
そんな不思議な異国の使用人達である。
彼らの歩む真っ直ぐすぎる生き様に。
──────
────
──……。
約一時間後。
夕日がもう半分ほど姿を消し初めていた時間帯となっていたが、私は屋敷の壁に向かってひたすらボソボソと話しかけ続けていた。
「──はい、……はい。 いえ、大丈夫です。ちゃんとスマホや財布も返してもらいましたっ!」
電話口の相手は私が契約している留学会社に所属する担当ガーディアンさん。
ようやく、貴重品を返してもらった私はすぐにガーディアンさんに電話をかけ、事件の一部始終を包み隠さずに報告していたのである。
……本当は問題が起きた事を伏せておきたかったのは山々であったが、ホームステイ先を自己放棄した私が出来る選択はこれしかない。
私は帰国覚悟で詳細を全て伝え終えると、何度も謝罪を告げる電話口の彼女から、ようやく次の指示を受け取った。
『……なるほど、事情は把握しました。それではまず、コチラから改めて保護して下さったその方達に直接お礼を申し上げたいので、華さんを保護して下さった方々に少しだけお電話を変わって頂いても宜しいですか?』
「わかりました。……えーっと、誰か近くにいるかな?」
私はようやく屋敷の壁から顔を背けて、辺りの庭園広場を見渡す。
すると、花壇の前に座って水やりをするアメリアさんの姿が視界に入った。
どうやら、カノンちゃんと花を愛でている最中らしい。
なので、私は少し駆け足で彼女の元へ向かい、自らのスマホを両手で差し出す。
「アメリアさんすいません、ガーディアンさんから直接お話があるそうなので、少しだけお電話代わって貰ってもいいですか?」
「話ですか……? では、少しお借りしますわね」
アメリアさんは私のスマホを受け取ると、何やら流暢な英語でガーディアンさんと話し始めた。
……。
やっぱり、このまま一時帰国になっちゃうのかな……。
しょぼくれた顔で溜息を吐いていると、視界の端にとある男性の後ろ姿が映る。
ルーヴェインさんの後ろ姿だ。
どうやら、彼は庭園広場の噴水をチェックしている最中らしい。
なので、私は静かに彼の元に歩みを寄せる。
「あのっ、ルーヴェインさん! さっきはその……、助けて頂いてありがとうございました」
背後からその様に話しかけると、ルーヴェインさんはコチラには振り向かず、そのまま作業を続けながら片手間に返してくる。
「……いえ、お気になさらず」
……なんだか、興味なさげだなぁ。
最初は優しくて紳士な人だと思ってたけど……、本当は冷たい人なのかな……?
まぁ、そうだよね。
仕事じゃなければ私みたいな子供なんて興味ないだろうし……。
私は気まずそうに次の言葉を探していると、ルーヴェインがそのまま続けてきた。
「後悔のある未来は、この先に幾らでも存在します。……しかし、後悔のない未来は必ず自らの意志で進んだ先にしか存在しません」
「……え?」
彼は作業を中断し、そっとコチラに振り返る。
「ですから、少なくとも今の華殿は後悔なき未来の上に立っているでしょうね」
そして、表情を変えずにそう口にした。
……あれ?
やっぱり優しい……?
そっか。
ルーヴェインさんが私に厳しい事を言ってきたのは……。
私に気付かせたかったからなんだ。
『自らの意思で動くこと』──がどれほど大切なのかという事を。
「……どうすれば、私もルーヴェインさん達みたいな大人の人間になれますか?」
「そうですね……。自身の行動に責任を取れる様にさえなれば、例え子どもだろうと周りは大人として扱ってくれる筈ですよ」
責任……。か。
「此度の留学は残念ながら超短期コースになってしまったかもしれませんが……、今回はそれだけでも覚えて帰って下さい。いつか再開できるその時までに、貴女様が立派な淑女となっていることを陰ながら願っておりますよ」
すると、落ちる夕焼けをバックに。
ルーヴェインさんは優しい笑顔を見せてくれた。
この時、私は彼の笑顔を初めて拝めた気がした。
「はいっ……!」
私は頬を染めながら恥ずかしそうに微笑むと、彼は悪戯そうにもう一つ言葉を投げながら作業に戻る。
「それと念の為に言っておきますが……、私は今年で十八となるまたまだ若輩者の身です。この先まだまだ考えを改め続ける事になると思われますので、今の言葉は鵜呑みになさらず参考程度に留めておいて下さい」
「……へー、今年で十八ってことは、まだ十七歳なんですね〜」
そっかー、若いとは思ってたけど……。
ルーヴェインさんって。
今年で十八歳だったんだ!
なるほど、道理で話す時に緊張しまくると思ったよ〜!
日本でいうなら高校三年生になる年齢だもん。
それなら、私とそこまで離れてな……。
……。
……へ?
今年で十八……?
「……ア、アメリアさんは……?」
「彼女は僕よりも更に一つ年下です」
私は驚きのあまり、思わず大声を出してしまいそうになった。……が、近くに電話中のアメリアさんがいた事を思い出し、慌てて口を塞ぐ。
信じられない……。
て、てっきり……。
二人とも大人の人だと勝手に思い込んでたよ……!
……え、それじゃあこのお屋敷。
子供が子供の面倒を見てるってことなの!?
すると、タイミングよく電話を終えたのか。
背後からアメリアさんが私のスマホを持って近づいてきた。
「華様、お電話お返し致しますわ」
「あ、……は、はい!」
私はアメリアさんからスマホを返却されると、すぐにそれを右耳を当てる。
「もしもし、お電話変わりまし──」
すると、私が声を出し始めた瞬間……。
『──は……は、は、は、華さん!? あなた……っ! あ、あの【超級使用人】が住む屋敷に匿われていたというのは本当なんですかっ!? な、何故、それをもっと早く言ってくれなかったんですかーーーーーっっ!!!』
電話のスピーカーから。
耳をつん裂く様な担当ガーディアンの声が響いてきた。
「はい……? ちょ、ちょうきゅう……、何……?」
困惑する私の声でガーディアンは自らの異様なテンションに気付かされたのか、咳払いをしながら落ち着きを取り戻そうとしている様子。
『ごほんっ! す、すみません。取り乱してしまいました……。とりあえず、急ぎ本題の方から……』
あ、そうだ!
これから私はどうなるのか。だったよね?
少し不安げな声で、私は担当ガーディアンに自らの命運を尋ねる。
「はい、私はこれからどうすれば良いですかね? ……やっぱり、一時帰国してから家族を交えて話し合う感じですか?」
すると、電話口から。
予想だにしないとんでもない通達が飛んできた。
『──……なんか、色々ありまして。急遽、そちらの【アメリア様のご自宅】が新たなホームステイ先に決定しちゃいました……』
……。
…………はい?
私はポカンとした間抜けな顔で。
今一度、スマホに話しかける。
「……あの、もう一回言って貰ってもいいですか?」
すると、そんな私の声と被る様に……。
『──はっ? ……てめぇ、今なんつった……?』
私の後ろでルーヴェインさんが似たような発言をしていたことに気がついた。
なので、私は電話口のガーディアンさんを無視しながら、真顔で背後の二人を観察する事に。
「ですから、華様の面倒を今日からウチで見るんですよ。人件費を掛けずに人手を確保できる大チャンスですし、今の私達からすればかなり都合が良いでしょう?」
「つーか、この短時間でホストファミリー登録に必要な審査が降りる訳がっ……! ……まさかお前、こんな事に【使用人ライセンス】を使ったんじゃねぇだろうな……?」
金色に光る手帳から取り出した【とある免許証】の様なカードを見つめながら、ウットリとした表情をするアメリアさん。
「ふふっ、初めて使用してみましたが凄いですわね! まさか、二つ返事で国から申請が通るなんて……。流石は【超級使用人】! 信用が厚いことこの上ないですわ」
そんな彼女に対し。
絶望的な表情を見せる、ルーヴェインさん。
「……か、考え直せって! お前だってこれ以上……、カノン様へ献上するご奉仕時間が他の誰かに取られるのはキツいだろ……?」
「え? 別に私は貴方と全く同じ対等条件で働けるなら、人が増えても特に問題ありませんが?」
二人の間に。
しばしの静寂が走る。
「……あの、もしかして怒ってる……? まさか、アレか? 午前中の妨害工作の件か? ……だとしたら、ガチで謝るから本気で考え直──」
「──嫌です。……まぁ、誰かの言葉を借りる訳ではありませんが……、『自身の行動に責任を持ちません』とねぇ〜?」
どうやら、今ので会話は終わりらしい。
最後は、先程項垂れていたパパ達なんて比にならないほど、何倍も深く項垂れているルーヴェインさんと……。
「どちらにせよ、本日の決定権は全てこの私にあります。形上も雇用関係ではなくこの屋敷を丸ごと華様のホームステイ先に仕立てただけですので、カノン様との契約条件内にも留っていますから何も文句を言われる筋合いはありませんわ。諦めなさい」
妙にスッキリした表情を見せるアメリアさんでピリオドを打っていたようだ。
そして、彼女はそのまま私の前にやってきたかと思えば、嬉しそうに手をパンと揃えて笑顔を見せてくる。
「……という訳で! 華様、今日からよろしくお願い致しますわね! 一応、ご両親への連絡も私が全責任を持つという形で口止めさせておきましたのでご安心して下さい。……流石に給金はお支払いできませんが、代わりに最上級の衣食住と優れた学習環境だけは最低限保証させて頂きますので、どうかお力添えを──」
アメリアさんがまだ喋っていた最中であったが……。
私の頭の中はすでに。
完全なる白へと埋め尽くされてしまっていた。
「Hana〜、Origami〜! Can you make 【God Joseph】!? 〈ねぇねぇ、はなーっ! もっかいおりがみしよっ! おりがみで【ごっど・じょせふ】おれるっ!?〉」
最後に見た光景は。
ぴょんぴょんと私の近くで折り紙セットを持ちながら一生懸命に話しかけてくる、このカノンちゃんの姿だったようである……。
頭をパンクさせた私は。
次第に意識をシャットアウトさせてしまったらしい。
──こうして私、【西園寺 華】の新たなホームステイ先は……。
夢のような大きな大豪邸。
通称──【カノン邸】へと決定した。
平凡な道を歩んできた私の人生が逸脱し始めたのは……。
間違いなく、この瞬間からだろう。
✳︎
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