第5話〈番外編〉【華の日本人ですが、何か?】
──これは【華】という名の小さな日本人を見送った後の話である。
……いや、見送った後というよりも『ホストファミリー達に居場所を売った後』と言った方が正しいだろうか?
僕とアメリアは屋敷の玄関先にて。
すっかり小さくなった日本人少女の後ろ姿を眺めながら、彼女が知らぬ所で。
この様な会話を繰り広げていたのだ──
「──行ってしまわれるようですわね、華様」
「……ん? あぁ、『留学を続けたい』という強い意向がある以上、どちらにせよ行き着く先はあの家族の元だからな。これしか方法はあるまい」
僕は隣のアメリアに淡々とした口調でそう返事すると、彼女は呆れた様なため息を吐き出す。
「モノは言い様ですわね。ただ、彼女の後処理に時間を割きたくなかっただけでしょう?」
「……まぁ、そうとも言えるな」
そう、僕は最初から本気で彼女を助けようと考えていた訳ではない。
実際はただ、『手駒』として彼女を拾っただけなのである。
目的は言わずもがな。
『第三者の介入による、アメリアへの妨害工作』の為……。
当然だ。
前々から忠誠を誓っていた僕よりも、更に後からやってきた腐れメイドに。
カノン様を横取りされる訳にはいかない。
……まぁ、当の本人である被害者のアメリアも、その事に薄々勘づいていたらしいが、充分な結果に変わりはない。
上出来だ。
そんな僕はトボトボと去っていく日本人少女の背中に、冷たい視線を送る。
「あの手の八方美人は今回のように、多方面から利用され続ける運命にある。……いつか自身でその事に気付けば良いのだが、あの様子ではまだまだ先になりそうだな」
……どちらにせよ、あの性格だ。
この先、似たようなトラブルに巻き込まれ続ける可能性が非常に高いだろう。
いくら外野がとやかく言おうと、本人である彼女が変わらなければ何の意味も無い。
本心をハッキリと伝えられる人間でなければ、妙な人間に寄生され続けるのは当たり前の話である。
だが、今となっては。
そんなことどうだっていい。
僕はアメリアの言葉に突っ込んだ返しをする事もなく……。
すぐに目の前でボーッと立っているカノン様の背中に歩みを寄せた。
そして、背後からにっこりと微笑みかける。
「さて、カノン様。死ぬ気で本日の外出業務を終わらせた結果、これより約一時間ほどスケジュールに空白が出来ました。……ですので、僭越ながらこれより暫く、この僕がカノン様の遊び相手役を務めさせて……──」
──僕がカノン様の異変に気がついたのは……。
まさにそのタイミング。
「……?」
なんと、不思議なことに。
カノン様は自身の先にいる日本人の小さな背中をジッと見つめて、何やらズーンと深い落ち込みを見せているご様子だったのである。
……それも。
とてつもなく悲しげな雰囲気で。
ど、どうなされたのだろうか。
……もしや、あの日本人との別れを。
恋しく思われているのか……?
確かにカノン様があの日本人少女に対して、どちらかと言えば好感をお持ちになられていた事は何となく感じていたが……。
しかし、それでもたかがキーホルダーを一つ譲り受け、軽く遊んで貰った程度の関係。
謂わば、少し懐いている留まりの関係性だったはず。
そんな相手との別れに多少なりとも悲しみを覚えてしまうのは理解できるが……。
いくらなんでも、あの異様な落ち込み方は不自然である。
ほんの数時間しか面識の無い相手との別れにしては、あまりにも落胆し過ぎているカノン様。
そんな彼女に対し、強い疑問を抱いてしまった僕は放っていた進言の言葉を一時中断。
首を傾げながらゆっくりと後退し、小さな声で背後のアメリアに耳打ちを仕掛けてみる事に。
「……おい、アメリア。何故、カノン様はあんなに沈み込んでおられる?」
そう、他の要因が絡んでいるのだろうと踏んだ僕は……。
すぐに『その元凶となっているであろう隣のアメリア』へ探りを入れてみる事にしたのだ。
コイツは勤務初日からカノン様に無礼にも説教を垂れた程の大馬鹿者である。
おそらく、あの時と同様のくだらないミスを犯したに違いない。
「どうせ、またお前のせいだろう。次は何をやらかしたんだ?」
「『また』ってなんですの!? 私は何もしてませんわ! ……そもそも、今日は貴方が仕掛けてきた下らない妨害工作のせいで! 私は『ほとんどカノン様の面倒を見ることが叶わなかった』んですからね!」
僕は彼女の反論に混じっていた『とある報告』を耳にし、ピタッと動きを止める。
「つまり、今日はあの日本人がカノン様のお世話係を担当していたという訳なのか……?」
料理の腕もあの年齢にしては悪くなかった事を考えると、意外にも優れた奉仕能力を備えていたのかもしれない。
そして、何よりも……。
「ほう、あのカノン様のお相手を務め上げる常人がいたとは驚きだな」
「褒める割には使い捨てなのですね」
嫌味そうに呟いた彼女に。
僕は鼻で笑ってみせた。
「当然だ。それでもやはり只の凡人に変わりはない。 ……まぁ、扱けばモノにはなるかもしれんが、生憎のところ他人の成長を世話してやれるほど暇では無いんだ」
僕がそう一人で結論付けていると、隣のアメリアが「ふーん」と小さく声を漏らす。
『──つまり。たった今、貴方はあの子の担当を放棄したと言うことですか……?』
すると、突然……。
アメリアは隣の僕に向かって。
その様な謎の確認を取ってきた。
その質問に対し、僕は「……は?」と声を漏らしてしまう。
……担当?
ああ、そういえば……。
あの日本人の調査と面倒は一応、僕の管轄にされていたのだったか。
おそらく、もう彼女と再会する事も無いだろうし……。
この際、放棄もクソも無いだろう。
僕は特に深く考えず、すぐに首を縦に動かす。
「……まぁ、そういう事になるな」
そして、僕が首を縦に振ったその瞬間。
アメリアは意味深に。
自らの口角をニヤリと上げ始める。
「そうですか。分かりましたわ」
すると、彼女は軽いノビを挟みながら足を前に出し、僕に背中を見せてこんな事を言い放ってきた。
「それでは、『私が貴方の代わりに彼女を救ってあげるとしましょう』かね〜」
……。
何を言ってるんだコイツ。
まさか、無償で彼女を助けるつもりなのか?
そんな無駄な事をして、一体コチラに何の得があるというんだ。
僕は腰に手を当てながら、呆れた様に首を横に振ってみせる。
「お前は本当にお人好しだな……。その様では、またいつか僕が仕掛ける罠にまんまと……──」
「──ほんと!? ハナ、おやしきにかえってくるの!?」
しかし、僕の小馬鹿にした態度とは対照的に……。
目の前にいたカノン様だけは、激しい食い付きを見せた。
「……カ、カノン様?」
僕は困惑しながらも、背後から二人の様子を観察し続けてみる事に。
「でもね、そんなことできるの……?」
「ええ、勿論です。『カノン様の為に』この私が一肌脱いで差し上げましょう」
アメリアは自信満々にそう告げると、隠し持っていたであろう【手提げ鞄】をどこからともなく取り出した。
そして、そのまま鼻歌混じりに。
正門が存在する庭園広場の方へと、その足を向かわせ始めたのである。
……一瞬の出来事であったが。
今の【手提げ鞄】には見覚えがある。
アレは確か……。
あの華という少女が持っていた荷物の一部だったはず……。
「おい、ちょっと待て」
嫌な予感が脳裏に芽生えた僕は彼女の後を追いかけ、その肩を力強く掴んだ。
「……なんですの?」
「何故、あの日本人を助ける事が『カノン様の為に』なるんだ? 理由を聞かせて貰おうか」
間違いない。
このメイドは今……。
明らかに『カノン様の為に』と発言していた。
確実に何か裏があると考えた僕は、顔をしかませながら彼女に疑問をぶつけると、その疑問に対し……。
彼女は何食わぬ顔で。
とんでもない解答を繰り出したのである──
「──だって……、華様はカノン様がお作りになられた『初めてのご友人』ですもの」
その言葉を聞いた僕は。
ようやく、納得の表情を浮かべた。
……ほう。
あのカノン様にも、とうとうご友人が出来たのか。
おそらく、僕が留守中の間に。
あの日本人はカノン様と友好関係を築いていたのだろう。
……なるほどな。
つまり、アレか?
僕は主の友人を利用するだけ利用し、用が済んだ瞬間に速攻で裏切り捨てた。
『主泣かせの極悪執事』という事になっている感じか。
……。
……すーっ。
いや、待て。待つんだルーヴェイン。
まだわからない。
アメリアが嘘をついている可能性もあるだろう?
いや、そうに決まってる。
むしろ、そうであってくれ。
頼む。
冷静に考えて可笑しいだろ。
あの子は中学生だぞ?
第一、カノン様と年齢が離れすぎている。
……うん、そうだよな。
大丈夫だ。ルーヴェイン。
きっと、問題ない。
僕は引き攣った笑いを浮かべながら。
再度、近くにいたカノン様にぎこちない微笑みをかけてみる。
「あの……、カノン様? 華殿とはどう言った御関係で……?」
頼む。
マジで頼むぞ!
「──カノンね、ハナにおともだちになってっておねがいしたの……、ぐすっ。……ねぇねぇ、るーびん。どうしてハナは、あんなにかなしそうにどこかいっちゃったの……?」
……。
やばい。
やばいやばいやばいやばいやばい。
すると、近くにいたアメリアが淡々とした声を発しながら、隣の僕にビシッと指を差してきた。
「それはですね、カノン様。貴方の目の前にいるこの人の心を忘れ去った冷酷執事が、ボロ雑巾の様に華様を……──」
そう、この段階で。
窮地に立たされた僕が出来る行動はもう。
コレしかなかった……。
「──その手提げ鞄をよこせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
まだ、アメリアの言葉は途中であったが。
僕は大声で彼女の声を遮断。
急いで、彼女の手から華殿が忘れていった手提げ鞄を横取りするや否や。
僕は迅速に彼女達と距離を取りつつ、真剣な表情を作り出した……。
そして、親指を自身の顔にビシッと向けながら、こう言い放つ。
「華殿の来客担当はこの僕だ。……人の仕事だけは絶対に邪魔すんじゃねぇぞ、分かったな?」
「あの、あんまりこう言った下品な発言は好まないのですが……、そろそろマジでぶん殴ってもよろしいですか?」
アメリアから真顔でそう言われてしまった僕であったが、逃げる様に踵を返した。
門に向かう日本人を全力で追いかける最中……。
僕は強く。
本当に強く、心の中でこう思った。
やはり、神は全部見ているんだな、と。
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