第4話〈5〉【技能テストを行いますが、何か?】

 

 本日が終わるまでの時間。

 ──残り三十分。

 僕が待機していた【スタッフルーム】の扉が開かれる。


 月夜に照らされた当屋敷の一階にあるこの部屋に入室してきたのは、銀のトレイを持った同僚のメイドであった。


 彼女はトレイの上に乗せられたほんのりと湯気を放つティーセットをテーブルに移し、書類と睨めっこしながら悩ましい溜息を吐いている僕に気前良くコーヒーを淹れてくれている様子。


 横に置かれたコーヒーカップに気がついた僕は、その場で軽く手のみで一礼を済ませると、彼女は身を乗り出す様に僕が目を通している書類を共に覗き込んでくる。


「それ、もしかしてカノン様の身体データをまとめたモノですか?」


「ん? ……ああ、そうだ」


 僕は一息つくように頬杖と手に持っていた用紙を机の上に置き、紙の方だけを隣にスライドさせる様にアメリアへと譲った。


 すると、彼女はそれに手を伸ばし、じっくりと書面に目を通し始める。


 そんな彼女も、次第に小さく苦笑い……。


「……なんといいますか、たった一人で全国平均に影響を出してしまいそうな勢いの記録ばかりですわね」


 僕が目を通していた書類は、本日カノン様が行った【運動】能力を確かめるテスト。

 ──全国児童スポーツテストの結果が記載されている書類であった。


 我が主が叩き出した記録は、どれも驚きの数値を示している。


 回数を競う競技は当然の如く、零。

 距離を競う競技は無論のこと、マイナス表記。

 速さを競う競技は当たり前に、超長尺。

 持久を競う競技は凡事徹底で、一秒も持たず。

 

 ……と、昨年度の全国平均と照らし合わすまでもなく、その全てが大幅に下回る結果となっていた。

 

 無論、不正も承知で。

 何度も測定し直したことは言うまでもない。


 ……しかし、それでも一度も成功した試しは無し。


 二十五メートル走の記録が五分以上……。

 この様なふざけた記録はあり得るのか?


 まぁ、公的に取り扱うならば、これらの記録は全てエラー扱いとなるのやもしれんが……。

 カノン様が折角、汗水垂らして懸命にスポーツテストに挑まれたのだ。

 一応、偽名で然るべき場所に提出しておくか。


「もしかすると、カノン様が生まれた代は『貧弱世代』だとか皆まとめて馬鹿にされるかもしれんが仕方あるまい……。全国のちびっ子には申し訳ないが、彼らには犠牲になってもらおう」


 僕はコーヒーを口に含みながら、その書類に適当な名を書き、その書類を封筒に入れて机の上に放り投げた。


 そして、何気なくそのまま机の上を眺めると。

 そこには封筒以外にも本日使用した様々な物達で溢れていた事を確認する。


 昼に行った【勉学】の授業で使用した──『間違った解答が記入されているフリップボード』……。

 夜に行った【芸術】能力測定でカノン様が作成された──『個性的なウサギの絵』と『糸が通された安全パーツ付きの針』……。

 

 物覚えが極めて悪く。

 運動神経はかなり絶望的。

 加えて、手先も相当なまでに不器用である事が判明してしまったその事実から、僕とアメリアはすっかり意気阻喪状態となってしまっていた。


「「……はぁ」」


 無言が発する静寂だけが。

 このスタッフルームに漂い始める。


 ……。

 いや、嘆いていても仕方ない。

 最初から分かっていた事だ。


 そもそも、才能とは無限大。

 ほとんどの人間がそれに気づかず、そのまま一生を終えると言われている。


 故に、今日一日のみでそれを特定することは不可能。


 長い目で……。

 根気よく……。

 彼女が神童レベルの才能を見せてくれるジャンルを模索していけばいい。


 僕は気分を変えるべく空気をスッと肺に含み、向かい側の席に座るアメリアへ雑談を仕掛けてみた。


「とりあえず、今日はご苦労だったな。最後に報告があれば引き継ぐが、何かあるか?」


「……え? そうですわね」


 本日、ずっと裏方を担当していたアメリアに対してそう尋ねてみると、彼女は何かを思い出したか。

 自らの裾から一枚の紙を取り出してきた。


 受け取って確認すると、その用紙には。

 昨日までに使用された食材や消耗品……。

 過去に使用した電力消費量や現在の貯水残量など。

 屋敷に関する様々な情報が詳しく記されていた様子。

 

 どうやら、これが彼女の行った本日最後の仕事なのだろう。

 律儀にそれらを、この一枚の用紙に纏めてくれたらしい。


「特に何の問題もありませんわ。……『今の所は』ね」


 そして、彼女はそれを手渡すと同時に。

 その様な意味深な発言をしてくる。


 わざわざ『今の所は』と付け加えられたアメリアの言葉……。

 勿論、その言葉の意味は僕にも心当たりがあった。


「そうだな……。このペースだと間違いなく、『この屋敷はいずれ、経営破綻を起こしてしまう』だろう」


 そう、カノン様を神童に育て上げるという目標とは別に……。

 僕達は『新たな問題』に直面していた。


「ええ、今は貴方が馬鹿みたいに勤務初日に買い揃えた食材や消耗品が、まだこの屋敷にわんさかと備わってますので暫くの間はなんとかなると思います。……ですが、このまま贅の限りを尽くしてれば、あと一ヶ月足らずで底がつくでしょうね」

 

 その問題とは所謂。

 ──『屋敷の運営面に関して』


 カノン様と正式契約するまでの間は、僕が在学中に獲得した数々の賞金が入った貯蓄の中から、この屋敷の建設材料等の修理費や日々の生活費を補っていたので問題無かった……。


 しかし先日。

 僕達二人はカノン様との契約で──『金銭の使用禁止』を約束してしまったのである。


 故に、今は【家令】を担当していない人間が隙を見て、『外部から必要な物資をあの手この手で調達してくる』という自給自足に近い生活を送っている訳なのだが……。

 

 当然それも一時凌ぎ。

 

 そもそも高級品を調達すること自体の難易度と手間が凄まじい上に、神童への道を歩むカノン様の教材アイテム等も同時に確保しなければならないともなれば、僕達のような【超級使用人】と言えども、その時間効率の悪さに首が回らなくなってしまうのである。


 しかも、僕とアメリアが毎度の様に。

 ありとあらゆる分野でついつい競い合ってしまう為、日に日にその消費コストも規模を増す一方となっている現状なのだ……。


 以上の理由が重なり、将来的な物資の供給不足に陥ってしまうことは、お互いが安易に予測できていたという訳なのである。

 

「こっちについても、早いところ何か手を打たなければならんのか。【超級使用人】が二人も揃っているクセにこうも手が回らんとは……、笑えるな」


 僕はそう小さく嘆きつつ。

 アメリアに手渡された紙に再び目を落とす。


「……ん?」


 すると、その中で。

 酷く怪しい箇所が一つ存在していたことに気がついてしまった。


 その箇所とは。

 屋敷で使用された過去一週間分の電力消費量が記載されたグラフの一部分。

 

 ……厳密に言えば、まだ僕が電力システムを導入してから二日しか経っていないので、その二日分のグラフと言うのが正しいのだが。


 その中で明らかに……。

 ──『昨日の電力使用量の欄』だけ、異常な数値を叩き出していたのである。


「──……ぶふっ!?」


 僕は昨日の間に使用されたであろう、その圧倒的な電力消費量の多さに度肝を抜かれてしまったせいか。

 思わず口に含んでいたコーヒーを強く吹き出してしまった。


「ど、どういうことだこれは!? 僕が昨日の早朝に満タンにした筈の蓄電残量が……、あと残り20%を切ってるじゃねぇーか!」


 ──僕が屋敷に導入した電力システム。

 蓄電装置の最大容量から考えると、普通に生活していても約一週間は保てるはずだ。


 ……にも関わらず、たった一日という脅威の短期間の間に、およそ半分以上もエネルギーを失っていたのである。


 確か、昨日はアメリアが【家令】を独占し、僕に休暇を命じていた日だ……。


 僕は彼女へ冷たい表情を送ると、彼女は少し顔を赤くしながら必死に弁明の言葉を述べ始める。


「し、仕方ないでしょう!? カノン様に泥棒退治を楽しんで頂きたかったのですから!! ……確かに、大型冷蔵庫を開けっぱなしにしたり、鍋の火を掛けっぱなしにしたり、屋敷の防犯装置に誤作動を起こして無理やり起動させたことについては! 少々やり過ぎたと反省してますけど……──」


「──……え、お前。……今、なんつった?」


 二人の間に妙な空気と間が流れる。


 気のせいか? 

 今、とんでもない言葉が聞こえて来た気がするんだが……。


「……な、何がですの?」


「いや、だから……、お前、今なんて──」



 そして、僕が更に追求を求めた。

 その瞬間……。



「──あーーっ!? そ、そうですわ!! ……ありますよ! 報告っ! そういえば、報告が一つだけあったことを思い出しましたわ!」


 彼女は僕の言葉を遮る様に大声を上げた。


 目を泳がしていることから、必死に話題を変えようとしているのが嫌でも伝わってくる。


 明らかに誤魔化したな……。


 まあ、いいだろう。

 今度、カノン様にコッソリと聞いてみればいいだけの話だ。


「報告? ……なんだ、言ってみせろ」


 僕は彼女を見逃しつつそう伝えると。

 アメリアは腕を組みながら、不思議そうな顔を見せてきた。


「報告と言いますか……。『気になること』が一つありましてね……」


 気になること……?

 僕は黙って彼女の話を聞き続ける。


「実は私も昨日の失態を……、ではなくてっ! ……や、屋敷の電力不足を少しでも解消しようと、先程まで電力室にて必死に発電バイクを漕ぎ続けていたのです」


 カノン様との【芸術】テストを終えた途端に姿を消したなとは思っていたが、そんなことをしていたのか。

 まぁ、いい心掛けだ。


「そうか、それはご苦労だった。……しかし、気になる点とは?」


「いや、それがですね。その作業を終えてから、その紙を作成するべく、確認がてらに電力残量を確認して見たのですが……。何故か『電力残量が増えるどころか、漕ぐ前より少し減っていた』んですよね……」


 アメリアは顎に手を添え、少し考えを見せている模様。


「まさか、どこがで漏電でもしているのかしら? ……その間、貴方はカノン様を寝かしつけていただけですので、そこまで電力を消費する用事もないでしょうし……。何か心当たりはありませんか?」


 その時間帯。

 確かに僕はカノン様の就寝をサポートしていた最中だ。

 

 なるほど……。

 確かに不可解だな……。


「なに? それは妙だな……。確かに僕も電気類を使用した覚えはあるが……、カノン様に提供する就寝前のホットミルクを作った時くらいだぞ?」


「その程度なら、そこまで電力を大きく消費することはありませんわね……。他には?」


「……そうだな、他だと──」


 僕はそっと席を立ち上がり、ホワイトボードの前に移動した。

 そして、そのホワイトボードについているキャスターを横に転がし、ボードの背後に隠れていたスタッフルームの窓に手を伸ばす。


「──しいて挙げるならば、……『アレ』くらいか?」


 僕はその窓を全開にし。

 外の景色に背を向けながら、ビシッと親指を窓の外へと突き立てた。


「……? 『アレ』とは?」


 アメリアは首を傾げつつ、僕の指の先を追うようにその窓の前に移動。


 そして、そのまま僕と肩を並べながら、外の景色である庭の様子を窓から確認する。


「……」


 すると、アメリアは窓から見える外の光景を目にした瞬間……。


 彼女の目は一瞬にして──




 「……なんですか、アレ」




 ──凄まじい程に細くなってしまった。


 そう、僕達がいる一階の窓から見える外の景色は。

 丁度、屋敷の庭園が見える景色だった。


 そして、その月明かりに照らされた庭園の中に紛れる様に……。

 僕が作った『アレ』は存在していたのである。


 死んだ目で外を眺める彼女に対し。

 僕は淡々とその質問の答えを述べてみせる。


「何って……、【マジカル☆ルーヴェイン号】に決まっているだろう」


 その通り。

 ここまで説明すれば、誰でも自ずと答えを導けるはずだ。


 そこには、遊園地等の敷地内でよく見かける『キラキラと自らを発光させるド派手な大型パレード車』……。

 ──改め、【マジカル☆ルーヴェイン号】が堂々と駐車されていたのである。


 その姿は実にファンシーであり……。

 散りばめられた数々のカラフルなイルミネーションは見るもの全てを魅了させ……。

 車体から鳴るポップな曲調は全人類を幸せな気分にさせてくれる。


 余談だが、左から順に一号、二号、三号……、飛んで十六号だ。


 そんな光景を目の当たりしたアメリアは、冷たい声で僕にとある質問を投げてくる。

 

「……いや、そうではなくて。なぜ、あんなものがウチの屋敷に駐車されてるのかと聞いているんです」


 僕はその質問に対し「ふっ」と小馬鹿にする様に鼻で返す。


「愚問だな。カノン様がより良い夢の旅路につけるように、僕がさっき『スターナイトカノンパレード』を開催していたからに決まってだろう。常識だぞ」


「どこの世界のですかっ!! 夢の国の路上でしか見た事ないですわよあんなのっ!! 道理で一向に電力を溜められなかった訳ですわ!!」


 そう、僕はカノン様の就寝前に。

 彼女がいる三階の寝室に向けて、庭先で華やかなイルミネーションナイトパレードを開催していたのである。


 確かに、あのどデカい車達を動かすのには少し……。

 いや、ぶっちゃけ『かなり』の電力を使ってしまった可能性もある。


 しかし、そんなことは些細な問題だ。


 寝室の窓から庭を見下ろしていたあの時のカノン様の表情……。

 あの幸せそうな表情を思い出すだけで、今でも頬が緩んでしまう。


 カノン様、死ぬほど喜んでたな……。

 

 よし、明日もやるか。


 その場で腕を組み、深い頷きを見せている僕を横目で見ていたアメリアは気分を落ち着かせる為か。

 ポットに余っているコーヒーを全て自らのカップに注ぎ始めた。 


 そして、それをごくごくと勢い良く飲み干す。


「やはり、私がしっかりしなければ……、この屋敷は確実に終わりますわ……っ!」


 すると、小声で何かを誓った彼女は。

 すぐさま何かアイデアを捻り出す様に、その場で目を瞑った。


 そして──



『はぁ……。これは二つに一つですかね』



 ──……その様な言葉を呟いたのである。


 その発言に対し、僕は眉間に皺を寄せる。


「どういう意味だ?」


「まだギリギリ日付が変わっていないようですね……。 それなら、本日【家令】である貴方がどちらか選んでください──」



 すると、次の瞬間。


 彼女の口から。

 信じられない二択が飛び出てきた。



『──【サービスのクオリティを一段階下げる】か、もしくは【カノン様を神童に育て上げることを諦めるか】……。そのどちらかを選んで下さい』


 その提案に対し、僕はピクリと眉を動かす。


「聞き間違いか……?」


 彼女を睨む執事の僕と。

 真剣な顔でそれ睨み返してくるメイドのアメリア。


 ……二人の間に流れるもの。


 それは、重苦しくも真剣な空気。

 

 そして。


 ……もう一つ──




「……ちょ、外のアレ『ファンファンファンファン』五月蝿いので止めてきてくれません?」




 ──窓越しからそこはかとなく聞こえてくる。


 【マジカル☆ルーヴェイン号】が奏でる陽気なエレクトリカル音だけであった。


          

           ✳︎



 

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