第4話〈4〉【技能テストを行いますが、何か?】
──────
────
──……。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
初めて【裁縫】に挑戦なさるカノン様を暖かく見守り続けると決めたまでは良かったのだが。
無常にも時間は過ぎる一方……。
次第に痺れを切らした僕とアメリアは待ち時間を有効活用するかの様に。
それぞれが明日の予定を確認したり、軽く部屋の掃除をしたりと……。
随分前から各々で時間を潰し続けていたのである。
しかし、それでも。
カノン様はまだ針穴に糸を通せないまま……。
このまま、この作業だけで。
就寝時間を迎えてしまうのではないか、と。
そんな事が脳裏に過ぎり始めた矢先──
『あっ!』
──椅子に座るカノン様が。
突然、その様な声をレッスンルームに響かせた。
「「っ!?」」
これには、死んだ顔で机に突っ伏していた僕とアメリアも『ガタッ』と大きな音を立ててしまう。
カノン様が針穴と格闘すること約一時間……。
今の反応から察するに。
どうやら、我が主は遂に目標を達成したらしい。
その声を耳にした僕は身なりを整え、近くにいたアメリアにそっとアイコンタクトを仕掛けてみせる。
「──賞賛の声を上げる準備はできているな?」と言わんばかりに……。
すると、彼女もそれに同意を示すかの様に。
隣でコクコクと首を縦に振ってきた。
僕はコホンと咳払いを挟んでから笑顔を作り、カノン様が座っている椅子の近くに移動して進捗の程を問いかけてみる。
「カノン様、調子は如何ですか?」
「あっ、るーびんっ! みてみて! カノンやったよ!」
──余りの嬉しさからか。
カノン様も身体全体を使って子供らしく喜びを表現しているご様子。
とりあえずは、無事に糸通しを達成してくれたようで本当に何よりだ。
よく諦めずに頑張りましたね。
カノン様……。
……嗚呼。
あんなに両手をお上げになって喜んで……。
……あんなに両手を。
両手を。
……両手。
……。
糸を摘んでいた彼女の手と。
針を摘んでいた彼女のもう片方の手。
それをそれぞれ手にした状態でバンザイ……。
つまり、両手を上げてしまえば一体どうなってしまうのか?
答えは当然──
「「……あっ」」
──通過させた糸と針が別つ様に。
針穴から糸が脱出してしまう……、である。
僕とアメリアは余りにも唐突に起きてしまったその出来事に言葉を失っていると、そんな僕達の微妙な反応を不思議に思ったのか。
カノン様も自らの両手に視線を落とす。
「みてみて、カノンできたよっ!? ねぇねぇ……、あれ……?」
そして、ようやく針穴から糸を引き抜いてしまった残酷な現実に。
彼女も遅れて気づいてしまった。
そんなカノン様は自身の手を交互に見つめると。
次第に……──
「……ご、ごごご、ごめんなさっ……! ぐしっ……!」
──プルプルとその場で震えながら。
目頭に雫を溜めてしまわれたのである。
はっ……!?
ま、不味い!?
それを見た僕は相当に焦ってしまった事も相まって、ほぼ無意識に身体を動かしその対処へと行動を移した。
「っ!」
まず、泣いているカノン様が摘んでいた糸を根本から引っ張って気づかれない様に強奪。
次に、その糸先をカノン様が持つ『小刻みに震えている針の先』に目掛けて勢いよく投げてみせる。
すると、その糸はまるで弓矢の如く。
鋭い軌道を見せながら、そのまま見事に針穴を通過。
そんな神業に近い僕の行動を見ていた隣のアメリアも、僕の手助けをしてくれるかの様に大袈裟な声と拍手を繰り出し始める。
「ま、まぁっ!? 流石でございますわ、カノン様!! お見事でございます!」
「……へっ?」
彼女の声をトリガーにカノン様は再び手元を確認し直すと、そこには針穴を通過した状態の針と糸が。
「あ、あれ? やっぱりカノンできてた……! わーいっ!!」
一瞬、不思議そうに小首を傾げていたカノン様であったが、おそらく見間違いだと脳内で処理して下さったのだろう。
再びピョンピョンと飛び跳ねて喜び始めてくれたようだ。
そんな彼女を見て、僕とアメリアはホッと胸を撫で下ろす。
「ねぇねぇ! つぎはどうするのっ〜?」
「……え!?」
僕はアメリアと顔を見合わせる。
ど、どうする……?
準備段階でここまで時間を浪費してしまうほどに苦戦なされている程、不器用であるにも関わらず……。
それを知って、まだ続けさせてもよいのだろうか?
このまま無理に続けさせて、万が一怪我でもしてしまったら……!?
そう考えた僕は……。
「……えーっと、今のが【裁縫】の全てでございます」
咄嗟にそんな嘘を口にしてしまった。
「え!? あれでおしまいなの!?」
「【裁縫】とはアレを繰り返す速度を競い合う競技なのです。つまり、今のが出来てしまえば……、世間ではもう『【裁縫】は出来る』と言い張っても問題ないレベルに至ります」
「おぉー……、カノン、さいほうマスター?」
「はい、完全に裁縫マスターです。おめでとうございます」
このまま【裁縫】を続けては幾ら時間があっても足りないだろうと判断した僕は、作業台に置いてあった裁縫セット一式を窓の外にぶん投げてみせると、それを見たアメリアが近くの段ボール箱から適当なクリアボックスを取り出してくる。
「それならば、コチラは如何ですか?」
僕とカノン様は透明なクリアボックスを持ったアメリアを黙って眺めていると、彼女はそれを僕達の目の前でパカッと開いてくる。
「わぁっ!? キラキラー!」
そこには、色分けされたカラフルな砂粒の様なモノがギッシリと詰まっていた。
「……む、これは【ビーズ】か?」
そう、そのボックスの中に入っていたのは【ビーズ】であった。
キラキラと光を反射させる色取り取りの小さなビーズ達の姿を見たカノン様は、その目をキラキラと輝かせ始める。
なるほど、いい選択だな。
これならば怪我の心配は無い上に。
視覚だけでも十分に楽しめる。
まさに小さいカノン様にピッタリだ。
「いっぱいあるねっ! ねぇねぇ、これなぁに!」
──ビーズ。
それは個々でも十分な美しさを放つ、万人が親しみやすいアート遊びである。
どうやら、カノン様も初めて見る華やかな見た目を放つこのビーズ達に、早くも強い興味を示している様子だ。
「これはビーズでございますわ。この粒を上手く並べて、ドット作品を作り上げるのです」
「では、ここは僕がお手本を……──」
僕は裁縫の時に出しゃばってきたアメリアの様に……。
カノン様に見本を見せるべく、クリアボックスから適当な色のビーズと土台プレートを取り出した。
そして、そのプレートの上にどんどんと様々なビーズ達を並べていく。
触った材質から察するに、この種類は【アクアビーズ】の類だろう。
そう判断した僕は均等に並べたビーズを霧吹きで濡らし、その後ドライヤーを使って乾燥させると予想通り。
その小さな部品達は互いの身を寄せ合い、カチカチに固まってくれたようだ。
「──……と、この様に。好きな色のビーズを上手く使い分けて、一つのアートを作り出すのでございます」
ちなみに、僕がビーズで作成したモノは。
『デフォルメ調のイルカ』だった。
僕はプレートからペリペリとその平面状のイルカを剥がし、それをカノン様に手渡してみせる。
「きれい……。びーず、すごいね……!」
すると、カノン様はまじまじとそのビーズ作品を様々な角度から眺め始めた。
ビーズの美しさに想像以上の感動を受けたのか。
カノン様は次に。
隣のアメリアに向かってそれを掲げ、この様な疑問をぶつけてしまう──
『ねぇねぇ! あめりあもるーびんみたいになにかつくれる?』
──……。
おそらく、もっと色んなビーズ作品が見たかったが故のご発言なのだろう……。
しかし、今のは非常に言い方が良くなかった。
その発言はアメリアにとって。
愚問も良いところ……。
ピクッと小さく反応したアメリアは、カノン様が手に持っていた僕の手がけるイルカをしばらく観察した後、ニコッとその場で優しく微笑む。
「うふふ、当たり前じゃないですか」
すると、アメリアは先ほど僕が使用したビーズよりも『少し多め』の量を手に取り、瞬く間に自分のビーズ作品を作成し始めた。
「すごーいっ! みてみて、るーびん!!」
「……」
そのアメリアの作品を見た瞬間。
僕は、一度だけ口元をヒクつかせてしまった。
何故なら、彼女の作品には。
気に入らない点が二つも存在していたからである。
一つは……。
二次元的な僕の作品に対し、わざわざ三次元的な立体作品を作ったこと。
二つは……。
数ある題材の中から、わざわざ僕と同じ『イルカ』を選択してきたこと。
そう、彼女が作ったもの……。
それは、立体的な『イルカのフィギュア』であったのだ。
……間違い無い。
これは僕に対する挑発。
こいつはよくわかっている。
僕が必ず、この挑発に乗ってくるということを……。
そして、逆も然りだろう。
僕が彼女に同じことした場合。
必ず彼女も、その挑発に乗ってくるはずだ。
僕には分かる……。
何故なら、僕達は二人とも。
揃いも揃って度が過ぎるほどの──【超負けず嫌い】なのだから。
「……てめぇ」
僕はアメリアが先程漁っていた段ボール箱の前へ移動してその中身を漁り、そこから新品のビーズが詰まった新たなクリアボックスを十箱ほど回収した。
そして、次は。
『その箱に入った全てのビーズを使用した新たな作品』の制作に取り掛かる。
僕が作り上げた二つ目の作品。
それは立体的なのは勿論のこと。
大きさも申し分ない力作である。
「わぁぁー!!!?? なにこれーー!!! おっきぃー!!!」
それは、まるで本物サイズ。
ボールを乗せたイルカ親子達の周りには、水飛沫のエフェクトを表現させ、下に設置したブルーのスタンドライトが僕の作品により神秘的な輝きを与えてくれている……。
そんな、イルカのオブジェを作り上げてみせたのだ。
「背中にも乗れますが、いかがですか?」
「のるー!! いっぱいのるー!!!」
僕はその銅像の様なデカさのイルカを見てピョンピョンと飛び跳ねているカノン様を抱き上げ、そっとその背に座らせた。
「あれ? カノン様、何をお持ちになっているのですか? ……ああ、アメリアの作品でしたか。てっきりゴミかと思いましたよ」
そして、そんな言葉をアメリアに聞こえる様に吐き捨ててみせる。
「このっ……!」
──そこからは早かった。
アメリアが更に僕を超える作品を作成し、そしてまた僕がそれを越える作品を製作するの繰り返し……。
あっという間に部屋中がキラキラと光る大量のビーズ作品で埋め尽くされてしまったのである。
イルカのブランコや滑り台。
イルカのミニコースター。
イルカのメリーゴーラウンド。
もはや、アートの領域を超えつつある超次元の作品達を背景に……。
僕達はドライヤーと霧吹きを握り締めながら、揃って息を切らす。
「はぁ……、はぁ……。中々やるじゃねぇか」
「あなたこそ……、相変わらず奇抜な発想を……」
──そして、そんな僕達は。
そろそろ白黒はっきりつけようと、勝敗の行方をこの場にいるたった一人の第三者。
主であるカノン様に委ねるべく。
一斉に、その目を背後の視線へと送った。
「「カノン様! どちらの作品がお好みでしたか!?」」
すると、そこには──
「ぐすっ、カノンもびーず……。やりたかった……」
──『空になった段ボール箱』を覗きながら、寂しげな表情を見せている小さきご主人のお姿が……。
……。
「「……あっ」」
すると、それを見た僕達も。
背後のアクアビーズ達と同様に。
汗をダラダラと流しながら。
その場で固まってしまうのであった。
✳︎
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