第4話〈3〉【技能テストを行いますが、何か?】


 当屋敷の三階に備えられた内の一部屋である、この【レッスンルーム】が本日見せてくれた姿は『アトリエ』……。


 これより再び行われるカノン様の【技能テスト】を目的とし、それに相応しい形に姿を変えてくれていたようである。

 

 夕食後となる今。

 こうして、僕はカノン様をお連れし、一足先にこのレッスンルームへと足を踏み入れている訳なのだが……。

 正直、驚いた。


 おそらく、僕がカノン様の夕食準備を担当している間に、裏方のアメリアが尽力の限りを尽くしてくれたのであろう。


 上等な作業台。

 立派な絵画スタンド。

 各国の楽器や彫刻石。


 この屋敷に存在しなかったはずの、ありとあらゆる小道具を揃えてくれていたのである。


 彼女はそれらを次々と部屋に運び込んでは至る所にどんどん置いてゆき、今もどこからか仕入れてきたであろう大量の画材等が入った段ボール箱を抱えながら、まだ部屋の出入りを繰り返している様子。


 僕は準備に明け暮れるそんな彼女から視線をそっと外し、軽く部屋を見渡してみた。


 すると、僕の対面側付近に存在する背を向けた絵画スタンド……。

 その向こう側で、絵の具のついた筆をギュッと握りながら椅子の上に立つ我が主──【カノン座】の姿が目に入る。


「──らんらんらーん♪」


 どうやら、カノン様は現在。

 絵画スタンドと向き合い、ペタペタと何かの絵を描かれておられる模様。


 おそらく、アメリアの準備が整うまで暇を持て余してしまったのだろう。


 部屋にあった道具を使って一足先に。

 初めての【絵画】に挑戦なさっているらしい。


 では、その間。

 手の空いた側付きの執事であるこの僕。

 ルーヴェインは何をしているのか……。


 皆さんはお分かりだろうか?


 ああ、その通りだ。

 言うまでもないな。


 この状況で僕がとるべき行動は。

 『一つ』しかないのだから。


 そう、僕は現在──



 「らんらんらんらーん♪」



 ──歌を口ずさむカノン様の目の前で。


 『部屋に設置されたグランドピアノを奏でている』最中なのである。

 

 ……何故、そんな事をしているのか。

 だと?


 無論。その理由はたった一つだ。


 懸命に新たな取り組みに挑戦するカノン様がより目の前のことだけに集中して下さるように。

 心地良いバックグラウンドミュージックをお届けする為である。

 

 ……まぁ、本心を言えば。

 側でカノン様が描かれる絵を隣から観察したかったのは山々だが、背後からジロジロと作業を眺め続けるのは彼女にやり辛さや余計な羞恥心を与えてしまいかねない。

 いや、そもそもその様な行為は、人としてマナーがなってないと言うもの。


 今の僕が行うべきことは『主の集中を乱す行為』ではない。

 『主の集中力を高め、それを維持させること』なのだ。


 故に、これがベストな行動だと考えた訳である。


 ちなみに、僕が奏でる曲目は即興曲。

 【カノン様が口ずさんでいる鼻歌──Arrange version】だ。


 主の絵が完成するその刻が来るまで。

 僕はカノン様の鼻歌に合わせて、優しく鍵盤に触れ続けるだけ──



『……あら? まずはお絵描きに挑戦なさっているのですね、カノン様』



 ──しかし、その時だった。

 ようやく全ての準備を整え終えたのか。


 メイドであるアメリアが一息ついでに。

 近くにいたカノン様の背中へ向けて、背後からそう話しかけ始めたのである。


 僕は鍵盤を弾く指を止めずに。

 そのまま彼女達の会話に耳だけを傾けることに。


「うんっ! おえかき、たのしい!」


「ふふっ、そうですか。……えーっと──」


 すると、アメリアは僕よりも先に。

 カノン様の描いた絵を拝見したのか。

 

 この様な事を言い出した。

 

「……これは……、白猫ちゃんでしょうか?」


「……」


 その発言を最後に……。

 つい先程まで楽しそうだった彼女達の会話が。

 ぴたりと止まってしまう。


 何故そうなってしまったのか?

 

 それは、この場にいる僕だけが分かった。


 ……原因はおそらく、直前に繰り出されたアメリアの発言のせいだろう。

 

 確かに僕自身も。

 まだカノン様の描いた絵を拝見させて頂いた訳ではない。


 しかし、これだけは分かるのだ。


 カノン様が描いた物……。

 それが『【猫】では無い』と言うことだけは……。


 彼女達の会話が停止したタイミングでようやく鍵盤を叩く指を停止させた僕は、その場で笑いを堪えながら、鍵盤にそっと黒い蓋を被せ始める。


「──全く、失礼なメイドだな。『可愛いウサギちゃん』の間違いだろ?」


 そして、彼女達がいる方向に視線を向けずに。

 その様な自身の声をアメリアに向かって放り投げた。


 すると、それに反応したアメリアはビクッと身体を跳ねさせ、再び食い入る様にカノン様が向き合っていたスタンドを覗き始める。


「……え? ウサギ!? ……こ、これがですか!?」


「……ウサギだもん」


 ポツリと拗ねる様にそう呟くカノン様。


 そんなカノン様を見て、気まずそうに冷や汗を流すアメリアは……──『何故、見もせずにカノン様が描いているモノを言い当てる事ができたんだ?』と言わんばかりの視線をコチラに送ってきた。

 ……が、そんな彼女の視線など知ったことか。


 僕は座っていたピアノ椅子から腰を上げ、ドヤ顔をアメリアにお見舞いしつつ。

 場を仕切る様に、その場で手をポンポンと二回ほど鳴らす。


「さて、ようやくアメリアも全ての教材を運び終えたようでございますし。そろそろ始めましょうか」


 僕はアメリアが持ってきた残りの段ボールの中身を取り出して、次々と中央の作業台に広げ……。

 その後、ムスッと拗ねているカノン様の機嫌を取るかの様に椅子から抱き上げて室内を見渡した。


「やれやれ、カノン様の絵の良さを理解できないとは勿体ない。アメリアと違い、僕はカノン様と同じく【芸術】センスには自信がございますので、どうかご安心を。……残念なメイドは放っておいて、本日は二人だけで思う存分、【芸術】について語り合うと致しましょうか」


 何故、僕はカノン様が描いたものを言い当てる事が出来たのか……。

 その理由は余りにも単純明快。


 実はアメリアが席を外している間……。

 どの様な絵を描こうかと首を傾げていたカノン様に、僕がこの様な助言をしていたのだ。


『迷っておられる様でしたら、コチラの図鑑を参考にしてみては如何でしょうか?』……と。


 加えて、僕があの時に渡したモノは。

 画材道具に紛れていた資料の『動物図鑑』である。


 ……記憶を遡れば、確かあの時のカノン様は。

 その動物図鑑の中身を一切確認せず、すぐに筆を取り始めていたはず……。


 つまり、それらの情報から。

 カノン様は『動物図鑑の表紙』を飾っていたウサギを選んだと言うことが分かる。


 故に、僕はカノン様の描いた絵を見ずとも。

 そのモデルを当てる事ができたという訳だ。

 

 ……まぁ、その時の何気ないやりとりが、まさかこんな形で僕の味方をするとは全く思っていなかったが……。

 ライバルであるアメリアが勝手に自爆してくれた点に関しては、非常に愉快である。


「さてと、何から始めましょうかね……」


 さて、そんな事より本題だ。


 本日は終日まで、カノン様の身体能力を確かめる【技能テスト】を行う段取りとなっている。


 【勉強】に【運動】と来れば。

 次に確かめるものは当然──【芸術】……。


 音楽でもいい。

 工作でもいい。

 絵画でもいい。


 カノン様の内に秘めるクリエイティブ能力や芸能スキルを見極め、目ぼしい分野があればそれを重点的に伸ばすことこそが。

 今回の目的なのである。


 ……勉学に続き、スポーツも苦手だと判明してしまったが……。

 それは、ある程度の予想ができたこと。

 

 少し躓いたこれしきの事で。

 僕達は立ち止まる訳にはいかないのだ。


「どうぞカノン様、どれでも構いませんよ。この部屋にあるモノ中から、興味を持ったモノをお選び下さいませ」


 部屋中のそこらかしこには。

 アメリアが外部調達で用意した【芸術】に関するありとあらゆる道具で溢れている。


 僕は抱いていたカノン様を床に下ろすと、彼女は不思議そうな顔で室内を動き回り始めた。


「ルーヴェイン、時間的にも本日のテストはこれが最後になると言う事実は既に分かっていると思いますが……、一体どうするのですか?」


 すると、そんな彼女を微笑ましく眺めていた僕の隣に、メイドのアメリアがそっと肩を並べてくる。


「時間の方は承知している。……が、最後の言葉に関しては意味がわからんぞ」


「いや、この流れ……、どう考えても【芸術】面に関する才能もおそらく──」


 僕はアメリアのその発言を遮る様に。

 途中で彼女の口を手で塞いだ。


「──おい、それ以上は言うな。……マジで頼むから……」


 ……おそらく、同僚のアメリアも薄々勘づいているのだろう。


 この【芸術】テストが、何となく。

 どの様な結末を迎えるのかを……。


 しかし、それを口にしてしまえば終わりな気がする。


 そう……。

 予め、フラグを叩き潰しておく事も。

 【超級使用人】の仕事なのだ。


 ……。

 

 ……いや、何を言ってるんだ僕は。


 彼女の発言に対し、僕も大きな嘆息をつく。


「とにかく、例え好ましくない結果に終わったとしても……、どっちにしろカノン様に関する能力のデータを取れるなら御の字だろう。決して無駄ではないはずだ」


「まぁ、それは確かにそうですが……」


 実は【超級使用人】が把握しなければならない内の一つに『主人のスペックを熟知する』と言うモノがある。


『自身の主が一人でどこまで対応でき、何が出来ないのか』──それを知る事により、今後のサポートをスムーズに行う事が出来るのだ。

 つまり、例え芳しくない結果に終わったとしても、意味が無い訳ではないということ。


「……という訳だ。ここは大人しく見守るとしよう」


 そんな会話を暫く繰り広げていると、遂にカノン様は何か目ぼしいモノを発見なされたのか。

 視界の端で、椅子によじ登ろうとしている彼女の姿が目に入る。


 なので、それに気づいた僕はそっと彼女に近づき、それの補助をするかの様に椅子の上に立たせることに。


「カノン様、何か面白そうなものでも発見致しましたか?」


「ねぇねぇ、これなぁに?」


 カノン様が指を指したのは、作業台の上に置いてあった『とある四角い箱』だった。


 すると、その可愛らしい花柄がついた箱を見た背後のアメリアが、その主人の疑問の声にいち早く応えた。


「まぁ! それは【裁縫箱】ですわ! 刺繍や服飾、小物などのハンドメイド作品等を作成するのに使用する道具でございます!」


 どうやら、カノン様が最初に興味を持ったモノは意外にも【裁縫】であった模様。


「さいほー?」


 古来より淑女の嗜みと伝えられる【刺繍】が範囲のジャンルだった為か。

 アメリアは意気揚々と裁縫箱を開けて、中から小さな裁縫針を一本取り出してみせる。


「そうですわね、例えば……──」


 そして次に。

 近くにあった毛糸や布といった素材等に手を伸ばしたかと思えば……。


 自らの手の平上にて、目にも止まらぬ針捌きで『ぬいぐるみ』を生成したのであった。


 まるで錬金術の様に瞬く間にぬいぐるみを生み出したアメリア。

 そんな彼女を間近で観察していたカノン様は、その一瞬の出来事に余程驚いたのか。

 「わぁっ!?」と声を跳ねさせる。


「すごいっ! ぬいぐるみっ!」


 驚くカノン様と同様に。

 背後に立っていた僕も、アメリアが作成したそのぬいぐるみにチラッと視線を落としてみる。


「……」


 しかし、僕は彼女が作ったそのぬいぐるみの出来栄えに対し。

 何故だか、妙な違和感が芽生えてしまった。


 そう、アメリアが作成したぬいぐるみの姿は──『二本の長い角が生えた、真っ白い怪物』のような見た目をしていたナニか。


 なんだ……。

 この奇妙なデザインのぬいぐるみは……?


 それを見た僕は正直、心の中で。

 この様な感想を抱いてしまう。


 『センスの欠片も無いではないか』──と……。


 確かに制作過程での彼女の針捌きは、丁寧かつ正確であったのは違い無い。

 ……しかし、いざ出来上がった彼女の作品はなんだ?


 【超級使用人】にあるまじき完成度の低さだ。

 

 例えるならば……。そうだな……。

 ああ。あれだ。


『死ぬほど高熱にうなされた時に出てくるヤバめのモンスター』にしか見えない……。


「……なんだ、その気色悪いぬいぐるみは」


 余りにも不気味なデザインだったせいか。

 僕は無意識にそう声に出して呟いてしまう。


 すると、その僕の発言にいち早く反応したのは、このぬいぐるみを手がけた張本人。

 アメリア……。



 ……ではなく──



「──ウサギだもん……」



 まさかの人物。

 なんと、我が主であるカノン様の方であった。

 

 思いも寄らぬ人物からの指摘の声に。

 僕は思わず「えっ!?」──と声を上げながら、そのぬいぐるみを二度見する。


「ウ、ウサギ!? ……こ、これがですか!?」


 そして、そこまで発言した時……。

 僕はとある事に気づいてしまった。


 ……あれ、デジャヴか?

 なんだか似たような会話を。


 さっきもどこかで聞いたような気が……。


 すると、僕の隣にいたぬいぐるみを持つアメリアが突然──「クスッ」とその場で笑みを溢し始める。


 僕はそれを不審に感じとり、アメリアの方に恐る恐る視線を送ってみると、僕の視線に気づいた彼女はその奇妙なぬいぐるみを持った状態で部屋のとある場所へと移動。


 その場所とは、先程カノン様が座っていた絵画スタンドの近くだ。


 そして、彼女は。


 その背を見せている絵画スタンドにそっと自らの手を添え、器用にその場で半回転させるように。

 それを僕に公開してくる──



「なっ……!?」



 ──それを見た瞬間。

 僕は、一瞬で顔から血の気を無くした。


 そう、そこには。

 『アメリアが作成したぬいぐるみと全く同じデザインの絵が貼り付けられていた』のであった。


 確かあのスタンドは、先ほどカノン様が向き合っていたモノ……。

 とどのつまり。


 そのぬいぐるみの正体は。

 カノン様が懸命にデザインなされた──『ウサギ』であるということだ。


「あらあら、気色悪いだなんて失礼な執事ですわね……。『可愛いウサギ』の間違いでしょう?」


 や、やられた!?


 まさか、カノン様が!

 こんな『化け物』を……っ!?


 ……じゃなかった。


 こんな『個性的なウサギ』をお描きになられていただなんて……!?


 ……え。

 というかコレ。

 マジでウサギなのか?


 いや、違うだろ……。


 どこからどう見ても。

 バ○オハザードとかに出てくる中ボスのクリーチャーにしか見えんぞ!?


「さぁカノン様、こんな残念な執事は放っておいて、私と刺繍にチャレンジしてみましょうね」


 誤算だ……。

 今ならアメリアのヤツが、初見で『ウサギ』だと答えられなかった理由も頷ける……。


 見事な反撃を喰らってしまった僕を尻目にアメリアは、再びムスッと拗ねてしまったカノン様を慰める様に椅子から抱き上げた。


 そして、椅子の表面を軽く払った彼女はそこに着席。

 自らの膝の上にカノン様を乗せると、裁縫箱から裁縫糸と針をそれぞれ二人分取り出し始める。


「それでは早速始めていきますが、先ほどご覧頂いた通り……、【裁縫】とは針を使用致します。まだ小さいカノン様には少々危険ですので、慣れるまでは私がご一緒いたしますね」


「うん、カノンもがんばってぬいぐるみつくる!」


 すると、アメリアは針先に怪我防止用の安全パーツを取り付けた針と裁縫糸をそれぞれ、膝の上にいるカノン様へ手渡した。


「それではまず、裁縫の基本──『針穴に糸を通す作業』から行いましょう。頑張ってこの小さな穴に、裁縫糸を通してみて下さいませ」


 針と糸を受け取ったカノン様は慣れない手つきでグルグルと裁縫糸を伸ばし、その糸を摘んで針に接触させ始める。


「えいっ……! あ、あれ……?」


 ……が、糸先は針穴を拒み続けている様子。


 やはり、まだ小さいカノン様にとっては難しい作業だったのか、少し苦戦なされているらしい。


 それを目にした僕は、裁縫箱から銀色の小さい便利アイテム。

 糸通し機こと──【スレダー】を取り出した。


 これさえあれば、どれだけ不器用な人間であっても針穴に糸を通す事が容易になるだろう。


 そして、僕はそのスレダーを隣からカノン様に差し出そうとすると──



「ルーヴェイン、ストップです」



 ──横からアメリアに手首を掴まれ。

 突然、その動きを静止させられてしまった。


「何の挑戦もせず、いきなり便利な物に頼ってしまうやり方はいかがなモノですか? そんな教育ではこの先、カノン様はずっと楽な道を選んでしまう子に育ってしまうかもしれません。まずは何ごとも挑戦させるべきですわ」


 そして、溜息混じりのアメリアに。

 そんな正論をぶつけられてしまう。


「し、しかし……」


「何度も言いますが、可愛いからと言って甘やかすばかりではカノン様の為になりませんわ。ここは暖かく見守りましょう」


 ……まぁ、そうだな。

 手を差し伸べるばかりが世話では無い。

 

 彼女の言う通りだ。

 ここは一旦、カノン様を信じて見守るとしよう。


 ……それにしてもこの流れ。

 なんだか、テーブルマナーの時を思い出すな。


 ……。


 あれ。


 そういえば……。


 テーブルマナーの時って……。



        

           ✳︎

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