第3話〈終〉【家令を決めますが、何か?】

 

 正面玄関の外にある階段に並んで座るは、私とカノン様。


「げーむ!? カノン、げーむやるっ!」


 只今、屋敷の中には。

 泥棒が侵入している最中である。


 しかし、そんな緊急事態の中で私が企画したものは……。

 ──なんと、『ラジコンを使用したとあるミニゲーム』であったのだ。


「ふふっ、きっと楽しいですわよ?」


 私は屋敷の中に放り込んだラジコンを操作する為のコントローラーをカノン様に手渡し、手に持ったスマートフォンサイズの小さなモニターの電源を入れる。


 すると、そこに映るのは──



「わぁっ、おやしきのなかだ!」



 ──そう、かなり低い位置から屋敷内のエントランスを見上げている──『ラジコン視点からの景色』だった。


 私はそんな景色が映っている小さなモニターを主の顔の目の前へと構え、ニコッと微笑む。


「まずは探索ゲームでございます。……果たして、カノン様は車を上手くラジコンを操縦して、屋敷の中に隠れている悪い泥棒さん達を探すことができるのでしょうか?」


「むむっ……! がんばるっ……!」


 モニターに映る画面をキラキラとした瞳で見つめながら、一生懸命にコントローラーをピッピと触るカノン様。


 すると、モニターの中の景色も。

 それに合わせて同時に動き始めたようだ。


 時折、私が背後からカノン様の操るラジコンの操作を補助をしながらも、暫く屋敷内部の廊下にラジコンを走らせていると……。


「あっ! みてみてっ!!」


 屋敷の廊下で膝や壁に手をつき。

 ゼェゼェと息を切らせながら呼吸を整えようとしている二人の男達がモニターに映った。


 どうやら、彼らは屋敷内の廊下を全力疾走で往復したせいか。

 体力を激しく消耗している模様。


 私はカノン様が無事に目標を発見した事を確認し、隣から少し大袈裟に驚いてみせる。


「まぁ! もう見つけることができたのですか? 流石でございますわ!」


「えへへ……、ねぇねぇ! つぎはなにすればいのっ!?」


「では、折角見つけたことですし、少し彼らに声をかけてみましょうか? こんな風に……──」


 私はそう言うと、わざとらしく口元に手を添えながら囁く様に──「もっと遊ぼうー」とモニターに向かって小さく声をかけてみた。


「さぁ、カノン様もご一緒に!」


 すると、私の手本を間近で見ていたカノン様は、先ほどの私がして見せたように。

 両手をそっと口元に添える。


 その瞬間、私はすかさず。


 コントローラーに付いている『とあるスイッチ』に手を伸ばした──



『もっと遊ぼー!』



 ──すると、画面の先で。

 何とも不思議な現象が起き始める。


 カノン様がモニターに向かって元気な声を浴びせた途端……。

 なんと、モニターに映る男達が。

 その声に合わせて一斉に、体を跳ねさせたのだ。


 そして、彼らは辺りをキョロキョロと見渡したかと思いきや。

 数秒後、再び一直線の廊下を走り出してしまったのである。


「あ、またにげちゃった……!」


 何故その様なことが起きたのか?

 それは、私が押したスイッチによって。

 修理したラジコンに仕掛けた『あるモノ』が作動したからである。


 ふむ……、問題なくこちらの声が届いているようですね。


 そう、私がラジコンに取り付けていたのは『小型のスピーカー』であった。

 そして、カノン様が握っているコントローラーには小さなマイクがくっついている。


 私が押したのは。

 それらを接続するスイッチ。


 つまり、屋敷を走るラジコンはそのスイッチにより……。

 ──『カノン様の声が発せられる恐怖のラジコン』へと早変わりしたということ。


 彼らは屋敷内に徘徊する猟奇的住人の幼女が自分達の元へ接近していると勘違いし、再び廊下を走り出したと言う訳である。


「あら、本当ですわね……。それなら、次はレースゲームといきましょうか! 彼らに負けない様に、カノン様も頑張って追いかけましょう!」


「わーい!」


 私は隣に座っているカノン様にコントローラーのレバーを倒す様な指示を出すと、彼らの背中を逃がさないと言わんばかりに。


 私の手の中にあるモニターの画面も動き出し始めた。


 ほとんど一直線の長い廊下を舞台に。

 泥棒を追いかけるラジコンカー……。


「まてまてー!」


 それはカノン様の……。

 いや……──


『うわぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!!!!????』


『もうやめてくれぇぇぇぇぇぇーーー!!!!!!????』


 ──……不気味な殺人幼女のボイス付き。


 青い顔で逃げていく泥棒達が映し出されるモニターを見て。

 私はクスクスと声を押し殺しながら笑ってしまう。


 すると、モニターの中にいた男達は、一直線の廊下を逃げる事を諦めたのか。


 ──一階にある『とある部屋』のドアノブに手をかけ、その中に入ろうとしていた。


 手元の小さなモニターに映る彼らの姿が目に入った瞬間……。

 私は咄嗟に──「あっ」と声を上げてしまう。


 ……あれ。

 確か、この部屋は……。


「むぅ? どろぼうさん……、きえちゃった……」


 モニターに映る廊下には。

 もう誰の姿も無い。


「うーん……? これは非常にマズいかもしれません……」


 私は苦々しい顔を浮かべながら、モニターのスイッチを切ると。

 腰掛けていた段差からゆっくりと立ち上がった。


「……とりあえず、泥棒達の安否確認をしに参りましょうか?」


 そして、その様に判断した私はカノン様の手を取り。

 そのまま入口から屋敷へと帰還。


 カノン様を連れて男達が消えた辺りの廊下を目指しながら、二人で長い廊下をテクテクと歩いていく。


「どろぼうさんたち、どこにいっちゃったんだろうね〜?」


 すると、隣にいたカノン様がそのような質問を私に投げかけてきた。

 なので、私は少し苦笑いを交えつつも。

 自分の予想を素直に口にする。


「おそらく、この屋敷にある部屋の中で『最も危険な部屋』に足を踏み入れたのかもしれません」


「むぅ……? きけんなおへや……?」


 すると、私達がその目標の部屋に近づいていくにつれ……──



『──ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!???』



 ──その様な断末魔に近い誰かの叫び声が徐々に響いてきた。


 ……間違いない、今のは泥棒達の声だ。


 そしてどうやら。

 その声は、男達の消えていった部屋から漏れてきている模様。

 

 嗚呼……、遅かったですか。

 この屋敷をターゲットに決めた段階で、既に彼らの運は底を尽きたと思っていましたが……。

 まさか、マイナス圏にまで突入してしまうとは。


 私とカノン様はその部屋の前に到着し、その場で静かに待機していると……。


 数分後にその部屋の扉がゆっくりと開き始めた。


 すると、その扉から二人の男達が体を揺らしながら廊下へ退出。

 そのまま一斉に倒れ込むように。


 私達がいる目の前で顔から崩れ落ちる。


「……ひ、ひぬ……! マジでひんじまふ……!!」


 よく見ると、二人の顔が共々。

 先ほどモニターで見た時よりも数倍近い大きさに腫れ上がっているような気がする……。


「……どろぼうさんのおかお、まっかっか」


 私とカノン様はその場にしゃがみながら、呑気に男達を観察していると、その部屋からとある人物がユラユラと姿を現す──



『──クソ共が。カノン様が野良ワニと食パンを取り合っているお姿を発見した瞬間に起こしやがって……』



 その人物とは。

 額に大きな血管を浮かばせている、どこからどう見ても明らかに機嫌が悪そうな同僚執事──【ルーヴェイン】であった。


 そう、ここはルーヴェインの自室前……。


 つまり、早い話。

 男達は不運にも『ルーヴェインの部屋』に足を踏み入れてしまったという訳である。


 部屋着に身を包むルーヴェインは見るからに不機嫌そうな表情を浮かべながらも。


 彼らに苛立ちの追撃を加えるかの様に、二本の腕を使って男達の頭をそれぞれ持ちあげ始めるのであった。


 そして、床から足を浮かせた男達に対し、静かにこの様な疑問をぶつける。


「教えろ……。カノン様はあの後、僕が居なくても無事に食パンにありつけたのか……?」


 顔をボコボコに腫れさせている彼らは、唐突にそんな訳の分からない質問を浴びせられて困惑している様子……。


 しかし、物凄い気迫を放つルーヴェインを目の当たりにし、何とかその質問の答えを絞り出した。


「……い、……いや。……あ、ありふけたんじゃ、……ないれすか?」


 曖昧かつ無難な答え。

 

 すると、そんな返答を受け取ったルーヴェインは、徐々にその手にギリギリと力を加えていく……。


「は当たり前だろうがっ! カノン様が本気を出せば、ワニ如きに遅れをとる訳ねぇんだよ! 分かりきった事言ってんじゃねぇぞ、オラァァァァ!!!」


「痛だだだだっ!!!!??」


「じゃあ、なんで聞いたのぉぉぉぉーー!!!???」


 ……決して泥棒達の肩を持つ訳では無いが、今回に関しては同意見だ。


 私は教育上あまりよろしく無い光景だと判断し、すぐさまカノン様の目を覆う。


 はぁ……。

 やはり、思っていた通り。

 彼らが入った場所は【ルーヴェインの自室】でしたか……。


 運が悪かったですわね。


 ……。

 

 …………。


 というか、この執事。

 なんで、当たり前のようにカノン様の夢の中まで介入しに行ってるのですか……?


 ……あと、その戦い。

 結構、普通に負けてましたよ。


「……こほんっ!」

 

 流石にやり過ぎであると判断した私は、その場で強めの咳払いを一つ鳴らすと、ルーヴェインは私とカノン様の存在に気がついたのか。

 ようやく男達を自らの手から解放。


 そして、目を軽く擦りながらこちらにそっと近づいてくる。


「えーっと……、よく眠れましたか?」

 

「眠れましたか? じゃねーよ。一体、なんだこいつらは……? 身なりから察するに泥棒の類いだという事は何となくわかるが……、お前が易々とこんな奴らの侵入を許した事については全く理解できんぞ」


 どうやら、ルーヴェインはこの状況に違和感を感じている模様。


「へっ!? あー、その。す、少し遊んでいたと言いますか……」

 

 カノン様を楽しませる事を優先させた結果、彼らを屋敷内に招く形となってしまったが、それも元を辿れば【家令】になる為の行動……。

 そして、その【家令】の役職は目の前にいるルーヴェインも狙っている状況である。


 私はどう説明したものかと額に汗を垂らしながら、必死に顔を逸らす。


「はぁ? 遊んでいただと?」


 私は寝起きの彼に何から説明すればいいのか悩み、しばらくその場で目を泳がせていると……──



「……?」



 ──私の側にいたはずのカノン様が。

 倒れている泥棒達に接近しようとしている姿が視界の端に映った。


「「カノン様!?」」


 私とルーヴェインは彼女を泥棒達に近づけるのは危険だと判断し、慌てて引き止めようと声を上げる。


 すると、その声とほぼ同時に……。


 カノン様は、ポケットから【とある物】を取り出したようだ。



 そして、倒れている彼らに向かって。

 『それ』を差し出したのである──




「……どろぼうさん、だいじょーぶ?」




 ──カノン様が、手に持っていたもの。

 それは二枚の絆創膏であった。


 おそらく、キャンディーと同様。

 私の知らぬ間にルーヴェインが彼女に携帯させていたものであろう。


 それを痛々しく顔を腫らしている彼らに向かって、それぞれに一枚ずつ譲っているのである。


「もしかして……、お、俺達に……、くれんのか?」


「うん、……あげる!」


 そんな彼女の行動に対し、床に這いつくばった男達は、ゆっくりと手の甲を前に出す様にカーペットにつけた。


 すると、カノン様はその手の前にちょこんとしゃがみ込み、二人の手の平にその絆創膏を一枚ずつポンと置いたのである。


「カノン様……」


 そんな何とも彼女らしい行動を目の当たりにした私は、自然と頬を緩ませる。


 なんと、平和的な方なのでしょう。

 初めて出会った時にも少し感じましたが、本当に綺麗な心をお持ちなのですわね。

 

 泥棒達はその手の平に置かれた絆創膏をしばらく眺めていると、ルーヴェインとの対応の差に対してあまりにも優しすぎるカノン様の行動に何かを感じたのか……。


 次第にその場で泣き崩れ始めた。


 そんな中、ルーヴェインは顔色一つ変えずに。

 早々とカノン様を泥棒達の前から回収する様に抱き上げ、そのまま背後にいる私に近づいてくる。


「おい、こいつらの処遇についてだが……、どうするつもりだ?」


 彼らへの制裁。

 残念ながら、彼らが国のお世話になる事はもう避けられないだろう。

 私は腕を組みながら、極々普通の考えを口にした。


「まぁ、警察に突き出すのが妥当でしょうね。……心配なさらなくても、今日の【家令】は私です。きちんと責任を持って、最後まで彼らの対応するつもりですわ」


 私はそう宣言するや否や。

 早速、警察に連絡を入れようとその場で静かに踵を返す。


「待て」


 ……が、どうやら背後にいたルーヴェインに強く肩を掴まれ、その動きを素早く止められてしまったらしい。


「な、なんですか?」


「警察をこの屋敷に呼ぶのは却下だ」


 それを聞いた私はゆっくりとルーヴェインの方へ振り返って顰めた顔を見せる。


「言った筈だぞ。カノン様は少々、特殊な生まれだとな……。警察共がカノン様の存在を知り、万が一にも王家の人間にカノン様が生きてる事を知られてしまえば、また命を狙われる可能性が出てくるだろう。……彼女を公的機関の目に触れさせるのは極力避けてくれ」


 カノン様は【Royal Family〈英国王室〉】の出身だとルーヴェインは口にしている。

 

 ……聞いた話によれば、彼女は王家から追放され、国から存在を抹消されたらしく。

 戸籍上では死亡扱いとなっていると言い張っているのだが……。

 正直、私はその事について未だに半信半疑であった。


「仮にそれが本当だったとしても、もう今更遅いのでは? 卒業式のイベントには沢山のTV局も来ていましたし。もうすでに、カノン様の存在が英国中に知れ渡っている可能性も……」


 私の発言に対し、ルーヴェインは首を横に振る。


「カノン様が姿を現したのはその後のイベント中の話だ。イベントが始まれば富豪達の個人情報流出が懸念され、全てのカメラ撮影は禁止となる。だから、それについては問題はないだろう。……まぁ、流石に文面での記事にはされていたが、幸いその文面も『金髪』やら『幼い少女』やらの特に掴みようのない些細なモノだけだった」


 なるほど。

 そういえば、【逆指名ドラフト】中はカメラの使用が厳禁でしたわね……。

 見つかれば、永久的に入校許可がおりなくなってしまう重すぎるペナルティが課せられると聞いたことがあります。


「まぁ、そういう事だ。これからはそれらも踏まえて十分に注意してくれ」


 ただ。

 警察がダメなら彼らの処遇はどうするべきなのだろうか?

 私は腕を組んで、目の前のルーヴェインに言葉を返す。


「では、どうするつもりですか……? まさか、このまま見逃せと言うつもりではないでしょうね?」


 すると、その私とルーヴェインの会話を聞いていた背後にいる泥棒達が、私達に向かって声を上げた──



『──自主するよ』



 ──それを聞いた私とルーヴェインは。

 目を見開きながら、ゆっくりとその場を振り返る。


 すると、先程まで倒れていた肥満の男がいつの間にか体を起こし、カーペットの上で胡座をかいている姿が視界に飛び込んできた。


 彼らは廊下に座り込み、何かを決心した様に目を瞑っている様子……。


「もう、この手の悪行から足を洗う事にするさ……。約束する……。お前もそれでいいな兄弟?」


 すると、肥満の男に続く様に。

 彼の隣にいた細身の男も同じ表情をしだす。


「そうだな兄弟。……罪を償いに行こうぜ」


 私は眉間に皺を寄せながら態度が急変した男達に近づき、上から強く睨みつけてみせた。

 

「そんな言葉を信じるとでも? そこまで見据えた嘘をつくなんて、呆れてモノも言えませんわ──」


 私は持ち歩いているワイヤーロープを取り出し、睨みながら彼らを拘束しようと更に距離を詰めた瞬間……。


 隣にいたルーヴェインが。

 私の前に腕を出してきた。


 そして、泥棒達に視線を合わしながら、この様な言葉を言い放ったのである。


 「……今の言葉、本当か?」


「ちょっと! ルーヴェイン!」


 私は彼の手を払い除け、無理矢理彼らを捕縛しようと再び足元の彼らに視線を送った。


 ……すると、彼らが揃って。

 自らの手の平に視線を落としていた事に気がつく。


 その掌には。

 カノン様から受け取った絆創膏があった。


「なんだか、このお嬢ちゃんを見てると……、自分が情けなく思えてきてな……」


「ああ……、よくわかんねぇけど。今からでも死ぬ気で頑張れば……、こんな俺達でも、まだやり直せる気がしちまってよ……」


 私は瞬く間に改心して見せた目の前の泥棒達を見つめ、とうとう言葉を失ってしまう。


 まるで、持ちうる悪意が全て浄化された様な穏やかな表情。

 希望が入り混じったかの様な落ち着いた声色。


 彼らにとっては人生の終わりとも言える様な、この絶望的状況の中で……。

 確かに希望に溢れる笑顔を見せている。


 私には。

 そんな彼らの言動が。

 不思議と演技には見えなかったのだ。


「……行け、但し次は無いぞ」


 そして、ルーヴェインがその様に顎で指示を出すと、男達は静かに立ち上がってのそのそとエントランス方面へと消えていってしまう。


 私は独断で彼らを見逃したルーヴェインに対し、横目で軽く睨みつける。


「もしも今後、彼らがカノン様に報復の刃を向けてきたその時は、貴方が責任を持って対処してくださいよ……。私は知りませんからね」


 すると、ルーヴェインはその場で静かに鼻で笑ってきた。


「おそらく大丈夫だ。奴らの目を見ればわかる。……それに──」


 ……?


「──いや、何でもない……」


 ……結局、ルーヴェインは。

 それ以上に多くの事を語らなかった。


 彼は一息置いた後、まるでキャラを作るかの様な笑顔で片手で抱いているカノン様に視線を合わせる。


「申し訳ございません、カノン様……。もし僕が側付きだったならば、この様な事態になどさせなかったのですがねぇ」


 そして、まるで誰かに向けているかの様な嫌味ったらしい煽り言葉を。

 私の目の前でカノン様に言い放った。


 私は少しだけ口を膨らましながら背後からルーヴェインを強く睨みつけていると、それを聞いたカノン様が首を横に振っている姿が目に入る。


「ううん! あめりあといっしょにどろぼうさんとたたかったの! はじめはちょっとこわかったけどね……、すごくたのしかったんだよ!」


 私はそのカノン様のセリフに。

 感動してしまったのか。

 心を掴まれたからなのか。

 不明であるが、自らの胸をギュッと押さえた。


 そして、無礼にも我が主を。

 ギューっとルーヴェインごと強く抱きしめてしまう。


 ……はぁ。癒されますわ。

 天使です。この子。

 もう、すっごい天使。


「えへへっ! あめりあ〜! ぎゅーっ!」


 すると、そんな私達の仲良さげな様子を見て、何とも面白くなさそうな顔を浮かべるルーヴェイン。


「妙な状況だと薄々感じていたが……、まさかカノン様に泥棒退治をやらせていたとはな……。なぜ、わざわざその様な危険な行為をやらせたのか、理由を聞こうか?」


 そして、その様に。

 先程、私が懸命に誤魔化した話題を掘り返されてしまう。


「え!? ……いや、だからその……」


 私がゴニョゴニョと言葉を濁していると、目の前のカノン様が元気よく手を上げ──


「あめりあはね! 【とあるやくしょく】? ……が、ほしいんだって!」


 ──と、その様な発言を被せてきた。


「はぁ!?」


 当然、それを聞いたルーヴェインは一瞬で顔色を変えてカノン様を床に下ろし、その肩に震えた手をそっと置く。


「カ、カノン様!? 今のお話を詳しく聞かせて頂けませんか!?」


「あのね! おくじょうでね! あめりあに【ごっど・じょせふ】のおはなし──」


 その瞬間、私は大きな溜息を一つ吐き。

 二人を私の方へと注目させた。


 そして、退屈そうな表情をしながら、正直に事の経緯を説明し始める。


「詳しくも何も……、普通に『この泥棒退治が成功したら、褒美として私を【家令】にさせて下さい』と約束しただけですわ」


 私の投げやりな説明を聞いたルーヴェインは、怒気を孕ませた表情で私に睨みを効かせてくる。


「てめぇ!? ……やはり最初からそれが狙いだったのか!!」


「あめりあのことおこらないで……、カノンがかってにやくそくしちゃったの……」


 しかし、それも悲しさそうな顔を見せるカノン様が素早く相殺。


「えっ!? あっ、その! カノン様が悪いと言ってる訳では……!?」


 すると、暫くは慌てて彼女をフォローしようと様々な言葉をかけていたルーヴェインであったが、次第に諦めた様に肩を落としたようだ。


「……ちっ、今回ばかりは肝心な時に体力を残せてなかった僕のミスだ……。お前の好きにしろ」


 私が望むカノン様からの褒美。

 今朝のスタッフミーティングでルーヴェインの予定を決めた時と同様に。


 色々と悩んでしまう……。


 が、やはり私が欲しいのは変わらない。

 【家令】の役職だ。


 ルーヴェインには負けたくない。


 私はニコッと笑顔を見せた後。

 カノン様にスッと頭を下げてみせた。


「……カノン様、現在この屋敷にはリーダーが不在なのです。どんな機関にも司令塔は必要不可欠……。よって、今すぐにその席を誰かが埋めなければなりません」


 そして、私は隣にいたルーヴェインに腕を回しながら……。


 我が主に向かって、このように進言──



『ですので! これからは私とルーヴェインの二人が! 一日交代制で交互に【家令】を務めさせて頂きますわ!』



 ──すると……。


 それを隣で聞いていたルーヴェインは。

「……は?」と拍子抜けする様な顔を私に見せてくる。


「わぁ……! よくわかんないけど、カノンもおうえんするね!」


 対称的にカノン様は、無邪気な笑顔で。

 私の願いを許可して下さるのであった。


 困惑している隣のルーヴェインと目が合った私は、そっぽを向きながらそっと彼から離れる。


「いいのか? ……お前は俺が【家令】になる事を妨害し、その席の独占を狙っていた筈では……」


「私ばかりがカノン様のお世話を独占してしまっては、今後に貴方と同じ土俵で競い合う機会自体が減ってしまうでしょう? ……心残りもありますが、今回は【家令】の独占は諦めて、一日交代制という形で手を打つことにしますわ」


 そして、私は彼に向かって──「明日は貴方が私の上司ですね」とにこやかに微笑む。


 その一方。


 ルーヴェインは未だに腑に落ちないのか。

 額に汗を浮かべながらコチラに疑惑の視線を向けてきた模様。


「……お前、僕が眠っている間に何かあったのか? 今朝と違って、少し雰囲気が柔らかくなった気がして仕方ないのだが」


「別に? ……ただ、貴方が全てを捨ててまでカノン様にお仕えする理由が、何となく理解できただけですわ」


 すると、そう言われる私は。

 途端に何だか謎の妙な気恥ずかしに襲われた気がした。


 なので、彼の視線から逃れる様に。

 慌ててカノン様を抱き上げる。


「そ、そうですわカノン様! 調味料で身体が汚れてしまったので、これからお湯浴みの時間と致しましょうか! ……ほら、ルーヴェイン! 先ほどの泥棒退治で屋敷の電力をかなり消費しましたので! 今から蓄電の方は頼みましたわよ!」


 そして、そんな早口を言い捨てた私は。

 急いで彼から遠ざかる様に。


 そそくさと背を向けて、カノン様と共に廊下を歩き出すのであった。


「ふむ、どんな心境の変化があったのかは知らんが……。以前よりもカノン様への忠誠心が感じられるのは良い傾向だな」


 私の背後にて。


 ルーヴェインが私にボソボソと何か言っていたような気がするが……──



『ふっ。……少なくとも、イカサマを見逃してやっただけはあったようだ』



 ──遠く離れます私とカノン様の耳には。

 ギリギリ届かなかったらしい。


 こうして、当屋敷は。


 屋敷内の全権限を持つ【家令】役を一日置きに、私とルーヴェインの二人が交互に入れ替わりながら勤めていくという……。

 何とも奇妙な労働形態が取り入れられたのであった。


 明日は私の好敵手である彼が……。


 私の上司となるのだろう。


 

          *

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