第3話〈5〉【家令を決めますが、何か?】


 

 屋敷の一階に備えられる、厨房から少し廊下を歩いた先にある裏口。

 裏庭へのアクセスが効くこの裏口の向こう側では、何やら成人男性二人が囁き合っている様な会話が小さく聞こえてくる。


 招かれざる訪問者……。

 約数分前に、私達が屋根の上から確認した例の『泥棒』達の声で間違いは無いだろう。


 間もなく、この屋敷内に侵入してくるようだ。


 そんな会話が聞こえてくる裏口の扉前では、当家の主──【カノン様】が少しだけソワソワとした仕草で待機。


 時折、天井に大の字で張り付いている私の様子を見上げる様に真下から観察してくるので、私は複雑な体勢をキープしながらもニコッと笑顔を返す。


 私が余裕有り気の表情を見せるとカノン様も安心したのか、顔を明るくさせながら私から視線を外し、再び裏口の扉へと向き合ってくれたようだ。


 すると、丁度そのタイミング──



〈……キィィィィ〉



 ──我が主が待機している前方の扉から。

 扉の開く音が鳴り響いてきた。


『『……』』


 屋敷の外からやって来たのは。

 【細身の男】と【肥満体型の男】……。


 計二人の男性である模様。


 ニット素材の顔全体を覆い隠すマスク。

 安物のロングシャツとジーパン。

 少し大きめのリュックサックと作業用の軍手。


 身につけている物が全て黒で統一される見るからに怪しげな二人組は、なるべく音を立てない様に小さな動きで屋敷内部へと潜入してきたのである。


 しかし、私は敢えて何も行動を起こさず。

 天井で静かにその様子を見守ることに。


 すると──



「……うおっ!? な、なんだ?」



 ──先頭だった細身の男が入ってくるなり。

 驚いた表情でそんな声を上げ出した。


 それを聞いた相方である後続の肥満男も連鎖する様に──「どうした!?」と、声を発している。


 そう、彼らがいきなり出会したのは。

 金髪の幼女だ。


 裏口から潜入するや否や。

 いきなり目の前に立っていた謎の金髪幼女……。

 正直、驚くのも無理は無い。


 男達は暫くの間、その場で身体を硬直させていると、カノン様が泥棒達に向かって片手をピシッと上げた──



「こんにちわっ!」



 ──そして。

 二人の男性陣に、その様な何とも可愛らしい挨拶を。


「……え? ……あ、どうも」


 すると、そんな挨拶を受け取った二人組は苦笑いでそう返し、慌てた様子で一斉に後ろを向いた。


 何やら、ヒソヒソと作戦会議を開いている様子である。


「……おい、どうするよ兄弟っ。……いきなり見つかっちまったぞ!?」


「ガキ相手にビビってんじゃねぇよ……! 外から観察する限り、大人は全員留守だ! ここは俺様に任せな……!」


 そして、肥満の男が細身の男を押しのけ、その場に片膝を突きながらカノン様に視線を合わせ始める。


「おじょーちゃーん? ここは君のおうちなのかなぁー?」


 マスク越しでも何となく分かる……。

 嘘くさい大人の笑顔……。


 おそらく、カノン様を言葉巧みに丸めこもうと画策しているのだろう。

 カノン様はこくりとその質問に対して頷く。


「うんっ! なんかね、きのうからカノンのおうちらしいですっ!」


 ……そこは言い切って下さいよ。

 ほら、目の前の男達も……。

 「ら、らしい……?」とか呟きながら、すっかり困惑してしまっているではありませんか……。


 私が彼女達の真上から心の中でツッコミを入れていると、泥棒は気を取り直す様に質問を再開し始める。


「……それじゃあ、パパとママは今どこにいるのかわかるかい?」


 ……残念ながら。

 その辺りは私も知りたいです。


 すると、カノン様は自分の掌を見つめながら、その状態でフルフルと首を横に振った。


「この、おやしきには、カノンしか、いないよっ」

 

 少々、棒読みではあるが。

 カノン様はそう口にする。

 

 そう、これは私が予め用意した舞台設定である。


 この屋敷に使用人を含めた大人達が一人もおらず、カノン様だけが留守番していると言う背景にしたのだ。


 ……ちなみに、たったこれだけの設定すら覚えられなかったカノン様には、私が掌に書いた台詞を見ながら発言してもらっている。 

 やはり、念の為に手の平カンペを用意していて良かったですね。

 

 すると、そのカノン様の発言を聞いた泥棒達は顔を見合わせ、何かを企む様な嫌な笑みを浮かべてきた。


「へへっ、聞いたか? ツイてるぜ兄弟! この子は一人で留守番中だとよ」


「そんじゃまぁ、遠慮なく屋敷の中の金目のモンを回収させてもらうとすっかねぇ!」


 どうやら、屋敷関係者に目撃されたにも関わらず、彼らは作戦を続行する気らしい。


 まぁ、そうなるように私が誘導しているので、当然と言えば当然ですが……。

 本当に愚かですわね。

 

 今のが最後の引き際でしたのに。

 

 そんなやりとりをしていた主と男達の真上で待機していた私は、それを聞いて遂に動き出す。


 私は一つの手を頭の上にやり四点から三点で身体を固定させる様な体勢へと変化させ、片手を自由に使えるようにした。


 そして、自由になった片手をポケットに突っ込ませ、その中から裏庭で拾った『石』を装備する。


「……お嬢ちゃん? ちょっとの間だけ大人しくしてて貰うよ」


 さて、ショータイムですわよ。


 カノン様に男の手が差し迫ろうとしているタイミング……。

 そのタイミングで私は石を彼らの背後にある半開きの扉に投げた。


 すると、彼らの背後付近で「ガラガラ!」と大きな音が鳴り響く。


「な、なんだ!?」


 その通り。

 ……私は小石を半開きの裏口扉に飛ばし、器用に反射させて外につけられた【防犯装置】に衝撃を加えたのであった。


 すると、物理的に誤作動を起こさせた防犯装置は、瞬く間に警備システムを作動。


 裏口扉を挟み込む様に。

 外側と内側に防弾耐性のある銀のシャッターが被さったと言う訳である。


 一瞬にして彼らの背後の扉に銀の蓋が被せられたのを見て、彼らの顔色に焦りが見え始める。


「くそっ! どうなってんだ!? このっ……!?」


 本来ならば侵入者を追い返す役割を果たすシャッター。

 現在は、男達を屋敷内に閉じ込める檻と化しているのだろう。


 男達は慌てた様子で大きなリュックサックからバールを取り出し、急いでシャッターをこじ開けようとするが……。

 頑強な防犯シャッターはビクともしない。


 さて、そろそろ私の出番ですわね。


 本格的に男達がカノン様に背を向け始めたので、それを見た私はすぐさま天井から手足を離した。


「……ふふっ」


 そして、音を殺しながら床に着地し、男達の目を盗む様に近くのカノン様を脇腹に抱えながら、裏口から最も近くにある屋敷内の施設──【厨房】に向かってダッシュ。


 厨房に入り込んだ私は、素早い動きでトランシーバーの電源を入れて調理台の横に置き、鍋に火をかけ始めるのであった。


 すると、ものの数秒でトランシーバーから裏口付近にいる泥棒達の焦った会話が送られてくる。


『もういい! 見たところ警報は鳴ってねぇ! ……ここは街外れだし、万が一警備会社に連絡されていたとしても到着まで時間がかかるっ! 早いとこ漁ってとっとと逃げちまうぞ!』


『お、おう! 後ろのガキを拘束して身代金にすれば……、多少は回収し逃しても元は取れるだろうしな……!』


 そう、先程私が張り付いていた天井。

 そこに設置してきた盗聴器が、彼らの声を拾ってくれているのだ。


「あらあら、お次は誘拐ですか……? 物騒な世の中ですわね」


 会話の様子から察するに、作戦時間を短縮する代わりに『カノン様を誘拐して身代金を用意させるプラン』に切り替えたらしい。


 私は調理台の上で『とある物』を調理……いや、【工作】をしながら鍋にそれらを次々と放り込んでいく。


「なにつくってるのー?」


 すると、カノン様は私の足にギュッと張り付き、楽しそうにそう訪ねて来た。


「晩御飯を作っているのですよ。……あっ、そうですわ! カノン様もご一緒にお料理してみませんこと?」

 

「え!? おりょうりっ!? やるやるっ!!」


 私が笑顔でその様に提案すると、カノン様は目をキラキラとさせながら嬉しそうに了承してくれた。


「ふふっ、それじゃあ力を貸してくださいませ」


 なので、私は調理台の前に高めの台座を置き、その上にカノン様に立たせて、私が手に持っていたお玉と銀食器のナイフをそれぞれの手に握らせる。


 そして最後に。

 冷蔵庫から調味料を取り出して、それをカノン様の服と頬っぺたにペタペタと付着させていると……──



『おい、あのガキはどこだ!?』


『どこか近くの部屋に隠れやがったのかもしれねぇ! とりあえず、ガキからとっ捕まえるぞ!』



 ──トランシーバーがその様に喋った。


「あら、そろそろここに来るみたいですわね」


 それを聞いた私は。


 なんと──『カノン様を調理台の前に放置した』状態で……。

 一人だけそそくさと厨房に設置されている大型冷蔵庫の中に身を隠し始めるのであった。


 身を隠す直前にカノン様がキョトンとしながらこちらの様子を見ていたので、私は子供の様な笑みを浮かべながら、指を口元に当てて「しーっ」と小さく呟く。


 すると、カノン様も同じ様に。

 半開きの扉から顔を半分だけ出している私に対して、楽しげに「しーっ」返してくれた。


 私は少し和みながらも冷蔵庫の中から外の様子を見ていると、次第に厨房の入り口付近から泥棒達の足音が聞こえてくる。


「あっ!? いたぞ兄弟! こんなとこにいやがったぜ!」


 一瞬だけ通り過ぎそうになっていたが。

 細身の男が走っている最中に厨房のカノン様を見つけたようだ。


 すぐさま肥満の男を呼び戻して、二人揃って厨房の入り口に並ぶ。


「見つけたぞっ!! この……、ガ……キ……?」


 当然、その二人は厨房の中に足を踏み入れ、カノン様を捕らえようとしている様子なのだが……。

 何やら明らかに様子がおかしい。


「おい……。これっ……、ヤベェって!?」


 そう、彼らはこの厨房に足を踏み入れたが最後……。

 たちまち、絶句する事になるだろう。


 それもその筈だ。


 何故なら、現在のカノン様は……──



「あっ……! みてみて! カノンね、いまごはんつくってるの!」



 ──泥棒達の目には。


 頬や服を血に染めながら、笑みを浮かべる幼女が……。

 人間の頭部や手の様なモノが浮かんだ赤い鍋のスープを……。

 ゆっくりと煮込んでいる姿として映っているのだから……。


 幼女は。


 笑う。


「……いっしょにたべるー?」


 それを見た泥棒達は、当然。

 一瞬で顔から血の気を無くし、次第にガタガタと震えあがり始めた。


「嘘だろ……? こ……この子、まさか……に、人間を……?」


「ば、馬鹿っ! そんな訳ねぇだろ! ど、どうせ作りモンに決まってらぁ!!」


 私は冷蔵庫の中で一人。

 クスクスと笑っていたが、自分にも仕事があったことを途中で思い出した。

 半開きの冷蔵庫の中でブーツやタイツ、手のグローブ等をどんどんと脱ぎ始める。


 そして、その冷蔵庫の中で複雑な体勢をとりながら、自らの生足と腕を……──



「おい……、あの子の後ろ……!」



──冷蔵庫の隙間から「ゴトッ」と音を出しながら外に出す。


 自慢では無いが。

 私は身体は柔らかい方だ。


 なので、外にいる彼らの視点では。

 冷蔵庫から個別の四肢が転がり落ちてきた様に映っている筈……。


「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!???????」」


 すると、そんな悪魔の厨房を見てしまった男達は絶叫を上げながら、一目散に厨房に背中を見せて廊下へ逃げていってしまった。

 余りの可笑しさから、私は柄にもなく笑い声を上げてまで下品に笑ってしまう。


「……はぁ! 悪戯というものを初めて行いましたが……、ハマってしまいそうなくらい面白いですわね!」


 私は冷蔵庫から出て厨房の床に足をつけると、カノン様が台から飛び降りてこちらに駆けてきた。

 なので、私はカノン様と両手で。

 パチンとハイタッチを交わす。


「えへへ! カノン、やくにたてた?」


「ええ、とても素晴らしかったですわよ」


 すると、カノン様は私の足にしがみ付きながら、こう口にしてきた。


「あめりあ、たのしそうっ!」


「え?」


 ……楽しそう?

 私が……?


 食べ物を悪戯の道具に使い。

 自らのマナー作法を正すことも無く。

 図々しくも主と友達の様に接する。


 ふふっ。

 もし在学中の私が今の私の姿を見れば……、確実に卒倒するでしょうね。


「ええ、ここに来てよかったですわ。本当に毎日が楽しくなりそうです」


 私は頬を緩ませながらカノン様を抱き上げ、厨房にあったペーパーでカノン様の頬や服についた赤い調味料を拭った。


「さぁ! まだまだこれからですわよ!」


 私は次の仕掛けに移ろうと厨房の窓に被さるシャッターを鍵で開け、カノン様を抱っこしながら屋敷の外に出た。


「……足音の反響音を聞いた限りでは、裏口とは反対方向に走っていったみたいですわね。……ということはつまり──」


 おそらく、作戦を中止した彼らは。

 直ちに、この屋敷を脱出しようと考えているのだろう。


 そして、裏口以外に目立った出口はたった一つ……。

 当屋敷のエントランスに存在する正面玄関だ。


 つまり、彼らはエントランス側に向かった可能性が非常に高い。


 私は泥棒達の考えを先読みし、外から回り込む様に屋敷の正面玄関へとカノン様を抱っこしながらダッシュ。


「ふふっ、逃がしませんわよ」


 そして、私はわざと正面玄関のシャッターを解除し、そのまま正面玄関の外側にカノン様を立たせて、自分は外にある扉の死角となる位置で待機する。


『──〜〜〜っ! 〜〜〜ー!?』


 ……すると、次第にドタドタと屋敷の内部からの徐々に足音が聞こえてきた。



「はぁ……!? はぁ……!!」


 カノン様の目の前の両開き扉が。

 バンと音を鳴らしながら、勢いよく開く。


 屋敷の中から出てきたのは。

 大量の汗をかいた二人の男達。


 息を切らしつつも、手で汗まみれの額を拭っている様子である。


「はぁ……、よかった! ここはまだシャッターが降りてねぇぞ!」


「よしっ! 早く車に向かっ……──」



 そこまで発言した男達は。

 ようやく、目の前のカノン様に気がついたのか。


 ゆっくりとその場で視線を落とす。



「──な、なんで……? ここに……、さっきのガキが……?」


 大の大人が本気で疾走してきたにも関わらず、こんなに小さな女の子が一瞬にして追いかけてくる恐怖……。

 彼らにとっては狂気そのものだろう。


 男達は沈黙しながら手足を震わせていると、眼前の首を傾げる一人の幼女は──



『もうかえるのー?』



 ──その様に。

 にぱーっと。


 彼ら二人に微笑みを見せるのであった。


 すると、彼らは再び絶叫。

 屋敷の中へと急いで戻り、扉をバタンと閉めてしまう。

 

 私は屋敷の中を閉まりかけの扉の隙間から覗いてみると、男達の背中が小さくなっていく姿が目に入った。


「あらあら、また屋敷の中へ走って行ったみたいですわね……」


 私は呑気にその様な感想を口にしながら、玄関の真横の花壇をゴソゴソと漁り始める。


 そして、その花壇の中から。

 とある物を取り出した。


「わぁー! ちっちゃいくるまだー!」


 その通り。

 私が花壇に隠しておいたのは。

 ──【おもちゃの四輪型ラジコンカー】……。


「今朝、街のゴミ捨て場に廃棄されていたものを見つけたので、回収して少し修理を加えてみたのです。……キチンと動くと良いのですが」


 私は不安そうに首を傾げつつも。

 屋敷の扉を開けて、その車を中に設置。


 その後、再び外に出て扉を閉めた。


 そして、次に。

 私は【ラジコンのコントローラー】と【スマートフォンサイズの小さな液晶モニター】を取り出し、玄関の階段に座りながら、それらを起動させる。


「カノン様、ここらで一つ……。ゲームでも如何ですか?」


 ──すると。

 私の声を聞いたカノン様は。


「えー!!?? やるー!! ぜったいにやるーっ!!」


 その単語に強く反応。

 ぴょんぴょんと飛び跳ね、全身で喜びを表現なさるのであった。



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