第3話〈4〉【家令を決めますが、何か?】
「──わぁーーーっ!」
只今の時刻は午後、一時過ぎ。
当屋敷の裏庭上空付近にて。
小さな悲鳴が鳴り響く。
当然……、その悲鳴は。
近くにいた私も耳にしていた。
これは我が主──【カノン様】のお声だ。
ただ……、この叫び声は。
決して恐怖から来る悲鳴などでは無い。
その根拠として。
只今のカノン様は大変、嬉しそうな笑みを浮かべている。
……そう。
現在、カノン様の専属メイドである私こと【アメリア】は––––
「カノン様、落ちない様にしっかりと捕まっていて下さいませ」
––––太陽に向かって。
走っていたのであった。
正確には、カノン様をお姫様抱っこした状態で屋敷の外壁を登っている最中なのである。
町業者が手掛けたにしては嫌にクオリティの高い装飾街灯や、窓枠の少し凹んでいる窪み等に足を引っ掛けながら、屋敷の屋根を目指してどんどんと駆け上り……。
そして遂に、私とカノン様は裏庭から屋敷の屋根へと到達したのであった。
すると同時に。
私が抱き上げていたカノン様からパチパチと拍手が鳴り響く──
「たのしー! ……もういっかいやろ!」
──実に幸せそうな笑みを浮かべながら、そう口になされるカノン様。
……ちなみに、これをやらされるのは。
今ので三往復目だ。
「あの、カノン様? そろそろ、屋敷案内の方を続行したいですが……」
「……はっ! カノン、おやしきけんがくしてたんだった……!」
すると、カノン様は三往復目にしてようやく当初の目的を思い出してくれたのか。
私の腕の中で目を丸くしながら、そう呟かれたのである。
そう、あれから。
私はカノン様を連れて、この改修を済ませたら広い屋敷の内部を案内して回っていたのだ。
しかし、途中でお茶休憩を挟んだりしながら、のんびりと屋敷内を練り歩き続けた結果……。
カノン様が今後使用するであろう施設は午前中の内に全て紹介し終えてしまう事となってしまう。
なので、午後からは屋敷の内部だけでなく。
外の景観もご覧になって頂こうと考えた私は、昼食後にこうしてカノン様と裏庭付近を散歩していたのだが……。
どうやら、それも思いのほか。
早くに見学し終えてしまったらしい。
この屋敷にある場所で訪れていない場所といえば……。
残るは屋根の上のみ。
そして、そういった経緯により。
今はこうして、裏庭から屋上へと飛んできたわけなのである。
……まぁ、屋根からの景色なんかよりも。
その際に披露してみせた壁登りの方がよっぽどお気に召されているようですけど。
私は気を取り直すように一息つき。
屋根の傾斜の緩くなっている箇所を踏みながら、見晴らしの良いポイントまでカノン様を連れて移動。
「良い天気ですね。……高い所は平気ですか?」
私がその様に質問すると。
腕の中の彼女はニッコリと微笑んだ。
「うんっ、たのしいっ!」
ここは屋敷の屋根の上……。
ほんのりと温かい太陽の光が私達を包み込み、時折それを中和するかの様に心地の良い風が吹き抜ける場所である。
この屋敷の周りには建物がなく、広大な草原のみが目の前に広がっている為、非常に喉かな雰囲気を味わうには売ってつけのようだ。
「よいしょっと……」
私は緩い傾斜となっている屋根に腰を掛けつつ、そのまま自らの膝の上にカノン様を座らせると。
屋根からの景色を見渡しながら、深呼吸を一つしてみせる。
すると、近くで見ていたカノン様も私の真似をするかの様に。
その場で大きく息を吸い始めるのであった……。
「……」
そう、彼女は息を吸った。
……。
…………。
………………。
ただ、本当に吸っただけ。
「カノン様……。息、吐きましたか?」
まさかと思い。
私は膝の上に視線を落としてみると……。
口を膨らませながら、ふるふると首を横に振っているカノン様の姿が目に入る。
「あの……、早く吐いてください」
「ふぅーーーっ!」
すると、カノン様は息を吐いた。
……というか、吹いた。
なるほど……。
これは予想以上ですわね。
私は深呼吸の意味すら知らない主に目線を落としつつ、冷や汗を浮かべていると……。
突然、カノン様はユラユラとご機嫌そうに身体を揺らし始めた。
「やねのうえ! きもちいいね!」
そして、その様な何とも無邪気な感想を口にしてくる。
確かに、ここは日差しも暖かく。
非常に心地が良い。
「ふふっ、そうですわね。……あまりお行儀はよろしくありませんが、たまにはこういった事も悪くないですわ」
すると、二人で屋根からの景色を静かに堪能している最中。
唐突にカノン様がとある方向に指を差し始める。
「わっ!? あれなに〜!?」
私はカノン様の指が示す先を目で追ってみると、そこには一羽の小さな鳥が留まっていた。
どうやら、私達の座っているすぐ隣で。
野鳥が羽を休めているらしい。
金の冠毛と丸々としたシルエット。
その鳥の姿にたまたま見覚えがあった私は、すんなりとその名称を口にしてみせる。
「あれは……、【Gold Crest〈ゴールドクレスト〉】ですわね。この一帯に生息する野鳥の一種でございます」
「お〜っ! ごーるどくれすとっ!」
可愛らしい小鳥の登場に対し。
膝の上にいたカノン様は感嘆の声を上げつつも、ジッとそれを観察。
「なんだか【おモチ】みたい……」
そして、その様な例えと共に。
彼女はその鳥にうっとりとした視線を送るのであった。
そんな彼女の発言を聞いて。
私はクスクスと笑ってしまう。
「ふふっ、確かに。丸々としてる姿が、何となく【Mochi〈餅〉】の様に見えなくもない……──」
──そこまで発言した瞬間。
私は、カノン様が発した直前の発言に。
猛烈な違和感を覚えた。
思わず途中で返す言葉を中断させた私は。
先ほどの彼女の発言を追求するかの様に。
恐る恐る、カノン様の背後から率直なる質問を浴びせてみる。
「……カノン様、【オモチ】とはもしや……。あの食べ物の【Mochi〈餅〉】のことを指しているのでございますか……?」
「うんっ、しろいねんどみたいなやつ!」
〜【Mochi〈餅〉】〜
確か【Japan〈日本〉】で親しまれる食べ物の一種で、餅米と呼ばれる米を捏ねて調理する【Japanese Food〈日本食〉】のことですわよね……。
何故、彼女がそんな外国に関する知識を……?
「その様な海外料理をよくご存知でしたね。一体、どこでお覚えになられたのですか?」
すると、カノン様は私に褒められたことが嬉しかったのか。
少し顔を明るくさせながら、素直に元気よく答えてくれた。
「まえのおうちのちかくでねっ! ほんがおちてたの! 【にほん】のこといっぱいのってたんだよ!」
「……ほ、本から得た知識ですの!?」
それを聞いた途端。
思わず、手の平で自らの口を覆ってしまった。
前の家の近く……。
つまり、橋の下にあったという例の自宅付近ということですわよね?
橋の下で拾った本とは、一体どんな本だったのでしょうか……。
【Japan〈日本〉】ばかりの特集ということは、旅行雑誌か何かの類?
いや、そんな事よりも。
今、彼女は──『とてつもなく重要な発言』をなされましたわ!!
私はその『重要な発言』に食いつき、再び質問を浴びせる。
「まぁ! ……つまり、カノン様は本をお読みになられることが可能ということですのね!?」
カノン様の発言によれば。
彼女は過去に旅行雑誌を拾い、そこから【Japan〈日本〉】の料理名を学んだと聞く。
雑誌からの学習……。
つまり、カノン様は『文字が読める』ということ。
……これは朗報だ。
この子はとてつもなく物覚えや要領が悪いと、ルーヴェインから聞かされていたが……。
この年齢で多少の母国語を読み書きできるのであれば、話は別。
むしろ、場合によっては。
思いのほか早くに彼女を『神童』へと育て上げる事も夢では無いだろう。
私はカノン様の口から放たれたその新事実に対し、思わず顔を明るくしてしまう。
「良かったですわ! 文字が読めるなら、これから勉学を教える際も多少は……! ……いえ、遥かに楽になるというモノ──」
……が、しかし。
「──ううん、ぜんぜんよめないっ!」
すぐにブンブンと。
首を横に振られてしまう事となる。
……ぜ。
……全然、……読めない?
「……あ、あはは。……そ、そうですのね」
淡い希望が砕かれた私はショックのあまり、肩を大きくすくめてしまった。
……が、今はカノン様と目を合わせている状態であった為、必死に笑顔だけはキープ。
ぎこちない笑いと共に。
再び、話題を元に戻す。
「……で、では。どの様な方法でその雑誌の内容を読み取ったのですか?」
すると、カノン様は「あのねー」と言葉を挟みつつ……。
その疑問の答えを口にしてくれる──
「【ごっど・じょせふ】によんでもらったの!」
──理解が追いつかなかった私は。
とりあえず、その場で小さく首をこくこくと振りながら、適当な言葉だけで納得を示すことに。
「……なるほど」
どうやら、彼女は文字を読めなかった為に、その解決策として──『他の誰かに雑誌を朗読してもらっていた』らしい。
そうですか。
【ゴッド・ジョセフ】さんという方に読んでもらったのですね。
……まぁ、そうですわよね。
早とちりで、少しだけ文字が読めると期待してしまいましたが……。
どうせ、そんな事だろうと思いましたよ。
そもそも、テーブルマナー講座の時だってあんなに……。
……。
いえ。
嘆いていても仕方ありません。
読み書きに関しては予定通りに。
私とルーヴェインでローテーションを組み、ゆっくりと時間をかけて教えていけばいいのですから……。
結果を焦ってはなりませんわ。
アメリア。
……。
…………。
……というか。
誰ですか……。
【ゴッド・ジョセフ】って……。
その年齢で、既に。
神のご友人がいらっしゃるのですか?
「……なるほど」
私は遠い目で地上に広がる屋敷の庭園を眺めていると、カノン様は興味のある話題に熱が入り始めたのか……。
その雑誌から得た情報をどんどんと一人で語り始める。
「カノンね、【にほん】だいすき! 【さくら】がきれいでね、【まんが】とかもあるんだよー! あとね、かべとかはしったりする……、【にんじゃ】も……──」
すると、【Ninja〈忍者〉】のくだりに入った瞬間に、彼女の様子が途端におかしくなる。
「……?」
カノン様の説明を静かに聞いていた私は、途中で途切れた主の声を不思議に思い、膝の上に視線を送ってみた。
すると、膝の上に座るカノン様は。
なんと、前方にある屋敷玄関の庭園広場方面を眺めながら──
『【にんじゃ】だ……!』
──その様な有り得ない一言を。
私の目の前で発言。
「まさか、そんな訳ないでしょう……」
私は期待を一切含まない瞳で。
とりあえず、カノン様が指を指す方向に視線を送ってみる事に。
すると、当屋敷の門付近にて。
何やら『妙な黒い影』が動いていた事に気がつく。
「……っ!」
それを確認した私は表情を変え……。
迅速に懐から【Opera Glass〈取手付き双眼鏡〉】を取り出し、その黒い影にピントを合わせてみせた。
「あれは……、人……?」
すると、遠く離れた門の近くに。
およそ三十代後半程度の男性二人組が、コソコソと屈んでいる姿が目に入る。
……どうやら、彼らは。
屋敷の内部を覗き見るように、敷地外から庭の様子を伺っているらしい。
ソワソワとした佇まい。
手に握る工具用ハンマー。
暗い色のシャツとズボン。
……間違いない。
アレは泥棒の類だ。
「……【にんじゃ】だった!?」
「いえ、忍びの者ではありませんね」
そして、残念ながら。
お客様でも無さそうである……。
私は袖の中から『トランシーバー』と『ナイフ』を素早く取り出し、ナイフの刃を摘みながら回転を加える様に前方へと放り投げてみせた。
すると、そのナイフは鋭い軌道。
男達がいる近くの花壇の中へと、姿を消す。
手に持っていたトランシーバーのスイッチを作動させ、そのまま暫く待機していると。
ようやく電波が安定し始めたのか。
次第に手中のトランシーバーから……。
この様な声が鳴り響いて来た──
『──おい、どうなってんだ……? こんな所に豪邸なんて立ってたか?』
『まぁいいじゃねぇか兄弟……。見たところ警備も手薄そうだぜ……? これは俺達にとっては幸運だ、そうだろ?』
──そう、私がナイフに取り付けていたのは。
自前の装備である小型盗聴器。
その盗聴器が遠く離れた門の向こう側にいる男達の声を拾い、私の手の中へと送信されているのである。
『それもそうだな! 見た所によれば人も少ねぇみてぇだし、とことん金目のもん掻っ攫ってトンズラと行こうや……! 裏口を探すぞ……──』
あらあら。
全て筒抜けですわよ?
そこまで聞いた私は。
静かにトランシーバーの電源を落とし、それをクルクルと手遊びの様に指の上で回し始める。
「よくもまぁこんな昼間から……。随分と無粋なお客様がお越し下さいましたわね」
そして、手遊びの様に弄っていたトランシーバーをガシッと掴み……。
私は静かに。
その場で冷たい笑みを浮かべてみせた──
『いいでしょう、当屋敷の記念すべき初来客です。この私が責任を持って、極上のおもてなしで歓迎して差し上げますわ』
──本当に命知らずな方達……。
まさか【超級使用人】が務めているこの屋敷をターゲットにするとは……。
神に見放された証拠ですわね。
恨むなら、私では無く。
『ゴッド・ジョセフ』を恨みなさいな。
その様に私が小さく笑みを溢していると、私の膝の上にいたカノン様は私の発言を聞き、ごそごそとポケットから『何か』を取り出し始める。
「それじゃあカノンもおもてなしするっ! きのう、るーびんにもらったこのキャンディーあげてくるね!」
……。
その発言に調子が狂わされてしまった私は、思わずカノン様に苦笑いを向けてしまう。
「カノン様……、今のはモノの例えでございますよ。……本当におもてなしは致しませんし、そもそもあの男達は悪い泥棒ですわ」
すると、それを耳にしたキャンディーを手にするカノン様は──「えーっ!?」と、声を上げながら身体を硬直させてしまわれた。
「あのひとたち、どろぼうさんなの!? ここ、カノンのおうちなのにたいへんっ! ……えいっ──」
そして、次の瞬間。
彼女は何を思ったのか……。
すこぶる慌てた様子で。
「──……え?」
私の膝から。
文字通り。
飛んだのである。
あまりにも唐突すぎたその出来事に対し……。
私は、何が起こったのかと、頭の理解が追いつかなかった。
ただ黙って呆然と。
その光景を呑気に眺めてしまう。
すると、カノン様は緩い傾斜となっている。
屋根の上に両足で着地……。
……したかと思いきや。
「……ひぇぇぇぇ……」
そのまま『ズザーッ!』と音を立てつつ。
物凄い勢いで、屋根の上を滑り台の様に滑り落ちてしまうのであった。
とてつもない速さで。
斜面を落下してゆく私のご主人様。
「きゃぁぁぁぁーー!? カノン様ぁぁーーー!?」
これには流石の私も肝を冷やしてしまい、絶叫と共に屋根を滑っていく彼女を必死で追いかけた。
そして。
カノン様が屋根から身体を離したと同時に……。
間一髪。
彼女の洋服の首根っこを掴むことに成功する。
「……はっ、……はっ!?」
息を切らす私の腕の先には。
ユラユラと振り子のように宙で揺られているカノン様。
もはや、そんな彼女に視線を送りながら。
滝のような汗をダラダラと流すしかできない。
こ、怖かったぁぁーー!
本当に心臓が止まるかと思いましたわ……!!
もう……、本当に勘弁してくださいよ……!!
……正直の所、屋根の上に来た段階で何かやらかすだろうなとは警戒していましたけど!!
まさか、本当にこうなるなんて……。
「もう! どうして、急に飛び出したのですか!?」
私はゆらゆらと風に揺らされているカノン様を引き上げようと、腕に力を加えながらそう叫んだ。
すると、カノン様は。
宙ぶらりん状態のまま。
驚きの解答……──
『──……だって、カノンはあるじだから……。あめりあとるーびんを、どろぼうさんからまもろうとおもって……』
──……。
……は?
……守る?
そんな小さな主の発言を聞いた途端。
私は、思わず彼女を引き上げる手をその場で止めてしまった。
今、彼女は何と言った?
私とルーヴェインを……。
……守る?
本当になんなのですか。
……この子は。
私達は天下の【超級使用人】ですのよ?
今の発言は間違いなく……。
この地球上で最も……。
馬鹿げた発言ですわ。
「……ははっ、なんですかそれ」
しかし、そんな内心とは裏腹に。
私はいつのまにか。
笑っていたらしい。
そう、私は気付かされたのだ。
自身が心の奥底に押し込めていた……。
とある感情に。
おそらく、私は心のどこかで。
勢いだけで、彼女と契約したことを。
『後悔』していたのだろう。
厳しい試験や過酷な実習に耐え抜き。
夢にまで見た【超級使用人】になれたというにも関わらず……。
『勢いだけで【Lower Class〈下流階級〉】の人間を主人に選んでしまった』ことに。
【Upper Class〈上流階級〉】との契約チャンスを棒に振り。
【Middle Class〈中流階級〉】どころか。
あまつさえ。
全く面識のない『謎のホームレス幼女』と契約してしまった事に対して……。
心のどこかで。
自分でも気がつかない内に。
大きく『後悔』していたのである。
本当に、この方と契約して良かったのか?
本当に、この方が主でいいのか?
本当に、私が向かうべき道はこっちなのだろうか?
どうやら、そんな疑問と不安を。
心の端に追いやり。
自身に大きな迷いを生じさせていたらしい。
私は、彼女の首根っこを掴む手の平を。
さらにギュッと握りしめつつ。
静かに呟いた。
「主が使用人を守るなんて、正気ですの……? そんな馬鹿げたこと、よく思い付きますわね……っ!」
だが、私は。
今の彼女の発言で。
もう一つ、気付かされたことがある。
それは……──
「ですが、馬鹿げた考えを持っているのはお互い様のようですわ……」
──彼女と同様に、自分自身も。
同じく、馬鹿げているということ。
私はゆっくりと両腕でカノン様を屋根の上へと引き上げると、そのまま彼女を天に高くに。
青空の元へ掲げてみせた。
「こんなにも勇敢なご主人様に仕える事ができたのに……、私は何を後悔する必要があったのでしょうか」
……本当に馬鹿げていましたわ。
こんな小さな事を気にしていた自分が恥ずかしい。
私は満面の笑みで彼女を飛行させる様に、足場の悪い屋根の上をクルクルと廻り始める。
「貴女は本当に心優しい方なのですね……。貴女のメイドになれた事を、私は誇りに思いますわ」
すると、カノン様も次第に。
私の手の中でキャッキャと楽しそうな笑顔を見せてくれた模様。
……しかし、このまま彼女と遊んでいる場合では無い。
もう間もなく、この館には。
例の泥棒達が入り込んでくるだろう。
私はカノン様を抱っこの体勢に抱え直し、彼女にとある一つの提案を持ちかける。
「カノン様、午後からの予定は『二人で泥棒退治』と洒落込むことに致しましょうか?」
すると、カノン様は意気込みを見せるかのように。
腕を広げてムッとした表情を見せてきた。
「うんっ! ……どろぼうさん、かくごー!」
それを見た私は、クスクスと笑みを零す。
「あっ、それともう一つだけ……! 無事に泥棒を追い返すことに成功した暁には、私に何か褒美を与えてやってくれませんこと?」
「……ごほーび?」
首を傾げながら不思議そうに聞き返してくるカノン様に対し、私はピンと指を立ててみせた。
「ええ、私が欲しいのは……、【とある役職】に就く許可です」
そして、そんな進言をしている最中にも。
私は片手でワイヤーが取り付けられたフックをスカートの裾から取り出し、手から落とす様にして屋根の溝へと引っ掻ける。
そう、彼女と会話をしつつも。
着々と屋根から降りる準備を進めていたのだ。
「やくしょく……?」
「……そうですわねぇ。カノン様に分かりやすく説明するには時間がかかりそうなので、今はここまでにしておきます」
そして。
カノン様を抱えた私は……──
『──さてと、それでは華麗に参ると致しましょうか』
吹っ切れた様な満面の笑顔を見せながら。
彼女と共に。
屋敷の屋根を颯爽と飛び降りるのであった。
✳︎
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