第2話〈2〉【お引越しですが、何か?】
複数人で作業ができるほどの広い厨房。
まるでレストランを経営できるのではないかと言うほど広々とした屋敷の厨房内にて。
只今、二人の若い男女が【お菓子作り】に取り掛かっている最中だった。
その言葉だけ聞けば、非常にほんわかとした微笑ましい場面を想像してしまうかもしれない。
……しかし、それは大きな間違い。
何故なら現在、この厨房内では──
「……表面温度、良好……。香りの主張を……、あとほんの僅か強めて……」
「……見栄えバランスは完璧……。ここにもう二つほど……、遊び心を追加するか……」
──文字通り、嵐よりも慌ただしい光景が広がっていたからである。
「「……次っ!!!」」
僕達は【超級使用人】……。
つまり、料理の腕だって当然の如く【超一流】なのだ。
そんな僕達が厨房に立てば、有名レストランの繁忙時間を迎えたコック達にも引けを取らないほど。
……いや、それ以上の修羅と化してしまうのは必然なのである。
その調理工程。
調理台では、常人の目では捉えること等不可能なほどに凄まじい速さで、まな板上の食材達が次々と変貌を遂げていく。
果物の一つ一つが自ら姿を変えていくかの様に食べ物を操っているその姿は……。
──まるで【魔術師】のよう。
その調理風景。
厨房の上空では、順番に宙を舞い続ける包丁やパティシエが使用するお菓子作り用の物珍しい調理器具が存在していた。
各々が様々な調理器具をジャグリングの様に取り扱い、考えうる限り最大限まで効率的に特化された無駄のない動きで皮剥きや火入れを加えていくその姿は……。
──さながら『曲芸師』のよう。
……と、以上の通り。
側から見れば非常に見応えのある、豪快かつ美しい動きでそれぞれが調理を進めていたのであった。
……しかし、かと思えば──
「「………………」」
──突然、厨房内に静寂が訪れる。
もの静かに空気を響かせるのは、電子レンジなどの電子音や調理用バーナー音のみ。
そう、両者一斉に食材のみで創り出す芸術作品──『スイーツクラフト』の工程に移ったのだ。
身体を硬直させて手先だけを動かし。
機械の様な繊細な動きで創り上げるのは……。
極小さを持つミニチュアのマスコットや、細部まで拘りを見せるリアルな花弁。
『凄腕のパティシエ』も目では無いクオリティの作品を、驚くべき集中力と正確な動きでどんどんと製作していく。
そして遂に──
「「……よしっ!」」
──ほぼ同じタイミングで互いが仕上げを終えたのか。
ようやく、それぞれの品が完成したらしい。
一斉に銀製の【Curtis〈クローシュ〉】……。
––––所謂、料理の皿に被せる銀蓋を使って、自慢の品を閉じ込めた所で。
僕達はひと息つく様にお互いその場を振り返り、冷たい視線を交わし合うのであった。
「ふぅ……、悪いなアメリア……。今回は頗る調子が良いようだ。お前が勝つビジョンがこの僕には全くもって見えんぞ」
すると、その僕の挑発に対し。
彼女もクスっと余裕の笑みを浮かべる。
「あら? 貴方もその口でしたか……。同じ学科の同級生にも似たようなことを数多く言われてきましたが、その全てを実力でねじ伏せてやったのが懐かしいですわね」
──火花を散らせる執事とメイド。
そんな僕達は、順番に。
『自慢の一品』を公開していく。
まずは【超級使用人】のメイドである。
対戦相手のアメリアの皿からだ。
彼女が作り上げた【お茶菓子】……。
午後を彩るに相応しい料理とは、一体どんなモノなのであるのだろうか?
お手並み拝見だな……。
僕は腕を組み、彼女の調理台の前にゆっくりと移動する。
すると、彼女の調理台の上にある銀の蓋が、勢いよく取り払われた。
「ふふっ、ご覧なさいなっ!」
その中身には──
「……ちっ」
──余裕の表情を浮かべていた僕を苛立たせ、思わず舌打ちをさせてしまう程に『美しいスタンド』が立っていたのであった。
色鮮やかな食べ物達が身を任せているのは、三段の階層を持つ黄金の【ハイティースタンド】……。
【ハイティースタンド】とは──『アフタヌーンティースタンド』とも呼ばれる、英国で親しまれ続けている上下に階層を持つ特殊な皿のことである。
僕はじっくりと品定めをするかのように、彼女の手がけたスタンドを下から順に観察し始める。
まずは『軽食』の一階層。
薄い桃色を着飾る、何とも可愛らしい色合いを持ったピンクの苺サンドイッチ。
次に『温料理』の二階層。
そこには仄かに湯気を纏わせた黄金のカップスープ。
チーズと玉蜀黍の香りが非常に食欲をそそり、カップにはワンポイントのリボンが付いている。
最後に頂上である『デザート』の三階層。
透明な色の容器に入った三層仕立ての葡萄ゼリーと、小さく切り分けられた一口サイズの紫芋のムースケーキ。
それらを引き立たせる黄金のスタンドには、満遍なく赤い花弁のゼラニウムが添えられている。
本物と間違えそうな程に精巧な出来のこの美しい華も、どうやら菓子細工であるらしい。
シルエットだけで見るならば、極々普通の何処にでもある平凡なアフタヌーンティーを連想させる彼女の【ハイティースタンド】……。
しかし、これにひとたび光を灯せば。
様々な色達がその三段のスタンドに宿り、非常に見栄えのあるカラフルかつ豪華な一品へと彩られるのだ。
つまり、何が言いたいかと言えば……。
『見た目の色使いが余りにも美しすぎた』のである。
そして、この美しい見た目が……。
僕を苛立たせた最大の原因だ。
すると、僕の反応に気がついたのか。
アメリアはニコッと余裕の笑いを見せてきた。
『こちら、当メイドが手掛けた自慢の一品……。【三重奏の調べ】でございますわ』
僕は一滴の冷や汗を垂らしながら、正直な感想を口にする。
「……敢えて一般的に使用され続けてきた普通のケーキスタンドを使ったのか。古来より伝えられてきた英国様式に則り、あくまでも『王道』のアフタヌーンティーをカノン様に提供しようと考えた訳だな……?」
「当然ですわ、英国のアフタヌーンティーといえばこれ以外にありませんもの。……それに──」
彼女は腕を組み、僕を睨みつける。
『──直球勝負での勝利こそ、私の美徳ですから』
確かに……。
これは英国の趣を感じさせる素晴らしい一品だ。
しかも、その中で要所要所にしっかりと。
彼女の腕を魅せるかのような各料理の完成度の高さ……。
そして、独特の色使いに寄るオリジナリティも兼ね備えている。
これには、カノン様も見惚れること間違いなしだろう。
はっきり言って、見事だと賞賛せざるを得ない。
これは間違いなく。
彼女に大差をつけて勝利することはもはや不可能となってしまったようだ。
……いや、正直に言うと。
勝つどころか負けてもおかしくはない。
しかし。
負ける訳にはいかない。
僕は額に汗を浮かべながらも、そっと自分の皿に被せられたクローシュに手をかけた。
そして、自分が手掛けた『作品』をアメリアに見せつけるように……。
無言でクローシュを持ち上げる──
「はわぁっ…………!?」
──すると、唐突にその様な腑抜けた声を出したアメリアは、咄嗟に出てしまった自身の声に余程驚いたのか。
「……あっ!?」
慌ててその口を両手で塞ぎ始めた。
ふっ、お前が正面衝突を……。
いわば『王道』を選択してくることは解りきっていた。
だが知っているか? アメリア。
大勢の民が選ぶ『王道』を殺せるのはいつだって……。
【邪道】なんだよ。
そう、僕の作った料理……。
それを一言で言い表すならば──
「な、何ですか!? この『可愛いらしすぎるお城』は!?」
──その通り。
『城』……である。
僕はアメリアのように、英国で親しまれている【ハイティースタンド】は使用しなかった。
いや、それでは語弊があるか?
つまり、僕の皿の上には……。
自力でスタンドの役割を果たさんとする──『三階建てのショコラケーキの城』が聳え建っていたのだ。
そして、城の内部にいる在住者達……。
まずは玄関。
子猫を模したかのような抹茶スコーンと、イルカをモチーフにしたミルククロワッサン。
続いて、吹き抜けの大広間。
単色ではない様々なパーツで器用に作られたテリーヌの子熊と野うさぎ。
そして、最後に玉座。
頂点に君臨するのは、小さくデフォルメされたカノン様を思わす可愛らしい金髪幼女のキャラクター砂糖菓子。
世の中の「可愛い」を愛する女性。
そして、好奇心溢れる夢見る子供達。
それらが一人残らず飛びつきそうな『夢の城』を建城させたのである。
そんな可愛さの権化の様なスタンド型居城ケーキに。
僕はドヤ顔でスッと手を添えた──
『コチラは当執事、自慢の一品……。──【正午の夢物語】でございます』
──すると、アメリアは僕の皿に顔をつけてしまうのではないかと言うほど。
じっくりと隅々まで観察し始める。
「か、……可愛いですわね……。しかも【アフタヌーンティー】の様式を崩している様に見せかけて……、各階の食べ合わせ配置や順番等のルールは最低限守られてますわ……」
そう、無意識に感嘆の声を上げてしまうほどに、僕の皿は彼女の心を魅了してしまったのだ。
僕はそれを見た瞬間、得意げな顔で腰に片手を置く。
「どうだ? お前のつまらんスタンドなんぞよりも、こっちの方が確実にカノン様もお楽しみ頂けるはずだ」
ふん……、お前の皿も中々ではあったが。
今回は僕の発想の勝利だったな。
これは流石に。
目新しさで勝負に出た僕の勝ちだろう。
一足先に。
僕は勝利を確信してしまっていた──
「……ん?」
──が、その時。
偶然にも僕の視界に『とあるモノ』が入りこむ。
それは、彼女の背後にあるトレイだった。
よく見ると、そのトレイの上には。
彼女の作った【ピンクの苺サンドイッチ】が数個ほど並んでいる。
おそらく、万が一の為に彼女が余分に調理していたものなのだろう。
すると、それを見た瞬間。
僕の中に『とある興味』が沸々と沸き始めてしまった。
『他の【超級使用人】が作った料理とは、一体どれほどの味なのだろうか?』……と。
横目でアメリアを確認すると。
どうやら彼女はまだ……。
頬を染めながら僕の作り上げた城をまじまじと魅入っている模様。
なので、僕はこっそりと彼女の目を盗むように、そのトレイに手を伸ばす。
「……」
そして、トレイに乗った桃色のサンドイッチを一つ手に取り、そっと口へ運んでみた。
──すると、次の瞬間。
「…………っ!?」
その桃色のサンドイッチを口にした僕は、脳を揺さぶられるかの様な強い衝撃に襲われる。
美味い。
……美味い。
……美味すぎるっ!
思わず、サンドイッチを持つ自分の手を小さく振るわせてしまうほどに。
どうやら、僕は『見た目』に拘り過ぎるがあまり……。
肝心の『味』への追求を心のどこかで怠ってしまったのかもしれない。
彼女の料理に対する心構え……。
それは『美味』への一点追求であったようだ。
僕はそこまで考えると、その時点でとある結論に至ってしまった。
ほんの僅かではあるが、『彼女の料理の方が上手である』と……。
「……クソが」
僕は小声でそう小さく呟き、彼女に背を向けたまま歯を食いしばる。
そして──
「アメリア、今回の勝敗は……。僕の──」
僕の負けだ。
その様に。
自ら敗北を認めようとした。
『──ええ……。今回は私の負けですわね』
すると、その時。
なんと、僕の背後で。
僕よりも先に彼女が……。
その様な言葉を投げてきたのである。
「……は?」
桃色のサンドイッチを手にしたままの僕は、恐る恐る彼女の方を振り返る。
すると、悔しそうな表情を浮かべながら、腕を組んでいるメイドの姿が目に入った。
そんな彼女に対し、僕は困惑した顔を見せる。
「……いや、今回は完全に僕の負けだろう。お前は何を言ってるんだ?」
僕がそう口にすると、彼女は首を横に振って否定の言葉で返される。
「いえ、私の負けですわ……。嫌味は良してください」
そして、再び──
「はぁ!? 料理は『味』が全てだろ!? 僕が何も知らない状態でこの二品を評価しろと言われたならば……、間違いなくお前の皿を選ぶぞ! 悔しいが、より美味な料理を乗せたお前のスタンドの方が、カノン様に相応しいだろうがっ!」
「だって!! 私は『味』にばかり気を取られて肝心の『見た目』を疎かにしてしまいましたものっ……! この一品は主人ではなく、『カノン様』という存在を意識してる素晴らしい一品……! カノン様は間違いなくこちらの方がお喜びになりますわっ!」
──またもや、この様に。
無様な水掛け論へと発展してしまうのであった。
するとそんな中。
厨房の入り口付近にて。
一人の小さな来訪者の姿が……。
「「…………ん?」」
僕とアメリアはほぼ同時にその気配に気がついたのか。
一斉にそちらの方角へと顔を向ける──
「「──あっ……」」
その小さな人影の正体。
それは、厨房に涙目の顔と震えた身体の半分だけを角から覗かせている小さき主。
──【カノン】様であった。
『ぐすっ、やっと……、やっとだれかいたぁぁー!』
すると、カノン様は金の髪を揺らし、半べそで僕達二人の足元に駆け寄って来られたのである。
「カノン様、何故この様な場に……? と言いますか、寝室でぐっすりとご就寝されていたはずでは?」
慌てふためく僕の問いかけに対し、カノン様は鼻水を垂らしながら答える。
「さっきおきておへやをでたらね……。まいごになっちゃって……、おおきなおやしきなのにだれもいなくて……、ついにカノン、てんごくにきたのかとおもっちゃったよぉぉ……!!」
どうやら、カノン様はこの新たな屋敷の中で一人、迷子になってしまっていたようだ。
それに加え、まだこの屋敷に慣れていないせいもあり、まさかのその様な斜め上の発想に至ってしまったご様子。
すると、背後にいたアメリアがカノン様の泣き顔を見て、何やら調理台でせっせと作業を始める。
こんな時に。
一体、何をしているのだろうか?
僕が彼女を睨んでいるモノの数秒後。
「ご覧ください、カノン様」
その作業を終えた彼女は。
カノン様の前に『一つの皿』を掲げてみせた。
「……?」
──よく見ると、それは。
僕の作ったショコラケーキの城の土台。
その中に、彼女が作成したサンドイッチやスープ……、三層のゼリーを乱入させたものであった。
色鮮やかな、可愛らしい居城。
そんな二人の合作の様なものを見たカノン様は──「わぁっ」と驚きの声を上げる。
「すごーいっ!! こ、これなぁにー!?」
すると、目の前の料理の衝撃で涙を忘れたのか。
我が主は次第に幸せそうな笑顔へと変化させてくれた。
僕はトレイを持つ隣にいたアメリアの顔を見つめると、彼女は少し照れ臭そうな顔を見せてくる。
「こ、今回は……、これで手を打ちませんこと?」
どうやら、彼女はカノン様の為に……。
今、この場で出来る最善を尽くしてくれたようだ。
全く。
……どこまでも嫌なメイドだな。
すると、アメリアは近くにあったワゴンにその城を載せ、カノン様にとある提案をする。
「……よろしければ、隣の食堂にてお召し上がりになりませんか? お昼近くまでお休みになられていたともなれば、お腹が空いていることでしょうし」
「えっ!? ……い、いいの!?」
嫌なライバルだが……。
決して、嫌な奴では無いようだ。
僕はそんなアメリアの提案を聞いて気持ちを切り替えるように、そのワゴンを彼女から引き継ぐ。
「なら、僕は先にカノン様を食堂へ案内する……」
「私はティーポットの用意をしますわ。後ほど食堂で」
––––僕は片手でカノン様を抱き上げ、もう一つの手で豪華な居城を載せたローラー付きのキッチンワゴンを押し、厨房を後にした。
そして、カノン様と共に。
ワゴンを押しながら屋敷の廊下を歩いている最中に、ある事に気がつく。
そうだ……。
カノン様がご起床なされたと言うことは……。
ようやく、これからの契約内容や【超級使用人】を雇ったカノン様が望む今後のご意向等を詳しくお聞きすることができるのでは?
屋敷を構えることに時間をかけすぎてしまったせいで、昨日からすっかりとその辺りを聞きそびれてしまっていたからな。
僕はチラッと自らの片腕に座っているカノン様に視線を送ってみる。
「おしろ……、かわいい……」
しかし、目の前のワゴンに乗っている料理をジーッと指を咥えながら眺めているカノン様を見て、小さく首を横に振った。
……いや、それをお聞きするのは。
これを食べ終わった後でも遅くはないか。
そう、ゆっくりでいい。
何たって……、僕はこの先、永遠に。
このお方の執事なのだからな。
––––この時。
一体誰が予測できたのであろうか。
この後すぐに。
【超級使用人】である僕とアメリアの二人が……。
彼女からキッパリと。
【解雇宣告】を受けてしまうなどと。
✳︎
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