第1話〈終〉【2人で卒業ですが、何か?】
『──私、ルーヴェインは此度より正式に。この子の専属執事となります』
彼は……、何と言いました?
この『カノン』と名乗る謎の少女を。
主に選ぶ……?
周囲を凍結させるような一言を放ったルーヴェイン。
そんな彼に対して。
我が校の校長が血相を変えながら必死に詰め寄る。
「ま、待ちたまえ!! ルーヴェイン君っ!」
どうやら、校長はこの流れは不味いと判断したのか。
ルーヴェインを説得する方針に出たようだ。
「……契約内容や主人の身分は君達が好きに選ぶ権利があるのは認める!! だが、幾ら何でもこの子は流石にダメだろう……!? そもそも、家すら持たない者に契約金が払えるのかね!?」
至極真っ当な意見だ。
先ほど、彼女は橋の下に住んでいると彼の口から聞こえてきたが……。
もし、それが事実とするならば【契約金】の件についてはどうするつもりなのだろうか?
「そ、それに……! あ、あまり声を大にして言えないが……! その……、毎年、契約金の半額をだねぇ……」
ゴニョゴニョと話す校長の言葉を聞いて、近くにいた私も一つ。
大切なことを思い出す。
……そうだ。
この学園の収入源の大多数を占める『アレ』はどうするつもりなのだ、と。
私は校長に加担するかの様に。
彼の背後からルーヴェインへ一つの質問をぶつける。
「そうですわっ!! で、伝統! この学園には『契約金の半額を学園に寄付する』と言う古くからの伝統があるでしょう!? それが卒業生のすべき最後の仕事! お世話になった学校への礼儀ですわ!」
入学条件に身分制度も無ければ……。
国籍、年齢、老若男女問わずに入学できるというこの学園の経営システムには秘密があった。
そもそもこの学園。
入学試験にさえ合格すれば、入学費、寮費、食事費、教材費等……。
あらゆる生活費用が全て無償提供となる恩恵があるのだが、国が設立した学園とはいえそこまで多くの学園維持費が降りている訳では無い。
では、どの様にその破格の経営体制を維持しているのか?
それは、この学園を卒業する生徒が行う『とある伝統』が大きく関与しているのである。
全ては初代卒業生が行った【紳士的な対応】──『卒業まで面倒を見てくれた学園への感謝の意を込め、莫大な契約金の半分を学園に寄付した』ことから始まった。
初代卒業生は、未来の後輩達が【超級使用人】へと駆け上がる道だけに集中できるように。
そして、どんな身分でも望めば平等にこの学園に入学できるように、と。
その様な願いを込めて、行動に出たと聞く。
以来、その【契約金の寄付】は自然と我が校の伝統となり、そのお陰で本校は──『入学試験にさえ合格できれば、学園生活での費用は全て学園側が負担する』という、初代卒業生が望む理想の学園へと実現させることに成功したという素晴らしき美談があるのだ。
以上の理由から、校長は何としてでも。
卒業生である私達にはなるべく『多額の契約金を獲得して欲しい』と言う気持ちがあるのだろう。
「そ、そうなのだよ! 少なくとも、私は絶対に! 一文なしでの契約は認めないぞっ!」
故に、いつも優雅な校長も。
この通りに必死になる訳である。
すると、「ふむ……」と少し考えを見せたルーヴェインは、近くでクッキーをサクサクと口に含んでいた金髪の少女にこのような質問を浴びせた。
「カノン様。大変不躾な質問となりますが、現在の持ち合わせを伺っても?」
「もちあわせってなに?」
「はい。カノン様が今お持ちになられている金銭……。つまり、『お金』の事でございますね」
それを聞いた少女は、ゴソゴソと自らの洋服のポケットを漁り始める。
そして、ポケットから一枚の『変色した硬貨』を取り出した。
良く見るとそれは、我が英国の通貨である【£〈ポンド〉】よりも更に下位にあたる最小額硬貨……。
──【1p〈ペンス〉】硬貨であった模様。
「ここにくるまでにね、くさむらでひろったのっ! こ、これしかないよぅ……」
申し訳無さそうに俯く金髪幼女に対し、ルーヴェインはグッと親指を立てる。
「流石でございます、カノン様。まさか、この年齢で既に金銭の稼ぎ方までご存知だったとは……! おそらく、この会場の資産家共も、未来の稼ぎ手の素晴らしき手腕に恐れ慄いてることでしょうね」
「いやいやいやっ!? 無い無い無いっ!! たった1ペンスは流石に無いよっ!!??」
すると、それを見た校長がダラダラと汗を流しながら、手と顔をブンブンと横に振って残像を作り出し始める。
……ちなみに余談だが。
【1p〈ペンス〉】硬貨が100枚で、ようやく【1£〈ポンド〉】となる。
「え!? ちょ、……え〜? あっはっはっは! ……え!? 契約金1ペンスて……、これ以上割り切れまへんがな……」
どうやら、校長は頭を振りすぎてしまった結果……。
少し思考回路が壊れてきているらしい。
狼狽える気持ちはよくわかる。
私自身も、先程から謎のモヤモヤに心が襲われているのだ。
そのせいか、上手く考えが纏まらない。
しかし、そんな複雑な表情を見せている私と校長をよそに、彼は対称的に笑顔を見せる。
『──割り切れないならば、【全額】寄付致しますが?』
その表情を見た瞬間。
私はこう感じてしまった。
嗚呼。
彼は本気なんだな、と。
そしてこの先、私は一生……。
今日という日を引きずりながら生きていくのだろう、と。
「……ではそろそろ参りましょうか、我が主」
ルーヴェインは強引に逆指名した幼女をひょいっと席から軽々しく抱き抱えた。
そして、その言葉を最後に。
私達に背を向ける。
このままでは。
もう二度と彼に会えなくなってしまう。
最強同士の決着がつかないまま。
白黒つかない、灰のまま。
一生、私は晴れない思いを抱えて生きていくことになる。
彼の背中を見た私は。
何とも言えない感情に襲われるのであった。
この感情は何だ?
……あ、そうか。
久方ぶりで思い出せなかった。
……この感情は。
──『憤り』だ。
『お待ちなさぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーいっ!!! ルーヴェイぃぃぃーーーーーーーーーーーンっっっっ!!』
私の本気の怒りの叫びに。
彼は歩む足をピタッと止めた。
すると、彼はそのまま振り返らず。
私に背中を見せた状態でこう口にしてくる。
「アメリア、勝負を放棄したことは悪かった。僕としても……、最後くらいは真剣に君と闘いたかったよ。……本当だ」
それを聞いた私は少し。
ほんの少しだけではあるが……。
心の端で安堵の感情を覚える。
この安堵は──『彼があの時に言った言葉は、嘘偽りのない本心であったのだ』と再認識できたことへの安堵だ。
そうとわかれば、今は……。
只々、複雑な想いだけが心に残る。
「これで……、終わりなのですか?」
私とルーヴェインの……。
世界へ羽ばたく多忙すぎる【超級使用人】達の人生が再び交わる事は、もう今後一切無いかもしれない。
異なる課題の評価が張り出される掲示板。
自分の担当ではない教師からの評判。
違う学科の同級生達の噂話。
そんなものだけで競い合った好敵手。
同年代である最強のライバルとようやく実現できた、『最初で最後の真剣勝負』が……。
こんな形で終わる?
「残念ながら、僕はこのお方以外に仕える気は無い。……だから諦めてくれ。今回の勝負は僕の負けでいい。……だが──」
彼は顔を半分だけこちらに向け。
【あの時】の玄関ホールでの最後の会話と同じ表情を使いながら、私を哀れそうに見つめてきた。
「──真剣勝負を望んでいた君の立場からすれば、……君も『負けた』ようなものか」
そして、私に向かってわざわざその様な言葉を言い捨ててくる。
……この皮肉
それには、彼の全てが詰まっていた気がした。
彼もまた、私と同じく。
『生粋の負けず嫌い』なのだ、と。
まるで、そんな事を改めて突きつけられている様な一言だったのである。
「負け……?」
……嗚呼、そうか。
最初から答えは一つしかなかったんだ。
その瞬間。
史上最年少である【超級使用人】のメイド、【アメリア】は──
『──私っ!! 負けてないもんっ!!』
──何とも子供じみた台詞を。
会場全体に響かせるのであった。
「……ア、アメリア?」
すると、それを聞いたルーヴェインは虚を突かれた様に目を丸くし始める。
急にどうした。
……と言わんばかりに。
周りも同じ感想を抱いたのか。
妙な視線が私に集中し始める。
しかし、そんなことはもう関係ない。
私は周りの視線など気にも留めず。
手に持っていた【招待状】をルーヴェインに向けて掲げるように突きつけた。
もういいです。
あなたがその様な【邪道〈Dランク〉】を歩むのであれば……。
私も【王道〈Aランク〉】を捨て……。
地獄の底まで。
とことんついて行ってやりますわ。
『──だって! その子から先に招待状を渡されたのは、この私だもんっ!!』
「……は?」
ルーヴェインは気の抜けた声を上げた。
どうやら、私の発言を聞いて唖然としているらしい。
……が、私はそれでも言葉を続ける。
「……忘れましたの!? 卒業式後のイベントにて外部の人間に【招待状】を手渡された【超級使用人】は! どんな主と契約していたとしても『その人物と【再契約】しなければならない』という我が校の【招待状】システムを!!」
私の真剣な主張。
それを耳に入れたルーヴェインは。
震わせた指をコチラに向けてくる。
「いや、それは知ってるが……。え……? ちょ、ちょっと待て……、まさか……──」
そして、この私。
史上最年少で【超級使用人】になった最強のメイド【アメリア】もまた。
先ほどの彼と同様に。
ここに強く宣言する──
『カノン様から直接【招待状】を受け取ったのは彼では無く!! この私ですわ!! ですからこの私!! アメリアもっ!! 今日からカノン様の専属メイドになりますっ!!!』
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!???????」
ルーヴェインが絶叫を上げる。
「ま、待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?!? そっちもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!????」
校長がさらに壊れる。
嗚呼、頭が軽くなる。
私は……。
貴方のその顔が見たかったのだ。
ワナワナと肩を震わせるルーヴェインに対し、私は得意げに笑って見せるのであった。
そして、取り乱したせいで少し乱れた自慢の銀髪を手で靡かせながら。
私はルーヴェインに向かって、こう言い放つ。
『これで……、延長戦ですわねっ……!』
すると、これが彼にとって最大の有効打であったのか。
遂に、私達は念願叶って──
「この、クソアマがぁぁぁぁ!!?? 何を後からしゃしゃり出てきてんだ、おっ!? こっちは入学前からカノン様に仕えるためになぁ!! どんだけ前から我慢してこんなクソみたいな学校でずっと研鑽積んできたと思ってんだ!! このカスメイドがぁぁぁぁっ!!!!」
「遂に本性を表しましたわねっ!! 前々から貴方の笑顔は妙に胡散臭いと思っていたんですっ!!! というかそもそもっ!! 普通に勝負したら私の方が百倍は優秀なんですからねぇぇーーっ!!!」
──思っていた形とは程遠いが。
このように、初めて本気のぶつかり合いをする事が出来たのであった。
私とルーヴェインは子供の喧嘩の様にわーきゃーとしばらく口論を続けていると、次第に矛先同士がぶつかった火花が彼の腕の中にいる金髪幼女へと降り注ぐ……。
「カノン様!!?? 僕をお選び下さいますよね!!??」
「カノン様!!?? 私の方が優秀でございますわ!!」
私達は大人気なく。
必死に彼の腕の中にいるカノン様へ『口頭での猛烈な自己PR』を熱弁披露していると。
突然、カノン様は身じろいで彼の腕から脱出し、地面へと着地。
そして──
「ふたりともこわい……。けんかするならカノン……、ひとりでいいっ……!」
──カノン様はそんな言葉を残して。
私達二人から距離を取るかのように。
一人でとてとてとステージの上から走り去ってしまったのである。
「カ、カノン様!? どうかお待ちを!!」
「た、大変! お、追いかけませんとっ!」
その小さな背中を慌てて追いかけようとする私達であったが、何故かその場から片足が動かなかった。
良く見ると……。
いつのまにか私達二人の足元にて。
校長が這いつくばっている姿が目に入る。
どうやら、私とルーヴェインの足を一本ずつ、両手で抱え込む様にガッチリとロックしているらしい。
「ま、待てぇぇぇ!! 二人分の契約金とぉぉぉ!! その半額を学園に寄付するまでぇぇ!! 絶対に逃さんぞぉぉぉぉ……!?」
まるでゾンビのように私達の足に絡みつく校長。
そこで、私とルーヴェインはカノン様を見失う前に迅速にアイコンタクト。
ここは休戦してカノン様が置いていった一枚の小さな【1p〈ペンス〉】硬貨を半分ずつ持ちあった。
そして……。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
それをそのまま、真っ二つに。
パキンと割り砕く。
「えぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」
「まだですわ、更に学園への寄付分を……」
「え? ああ、そうだったな……」
私達はその様な会話をぶつぶつと交わし終えると、更にその半月の状態となった硬貨をそれぞれで半分に割ってみせると、その四分の一の状態となってしまった硬貨の片割れを一枚ずつ……。
二人揃って、這いつくばっている校長に投げつける。
「では、校長先生──」
「──またの機会に」
そして、私達は数年間お世話になった恩師に対して、あまりにもそっけなさ過ぎる別れの挨拶をぶつけた後に。
ものの数秒で、その場から姿を消し去った。
会場に残されたのは、呆然と口を開ける複数の来校者達。
加えて、四分の一サイズとなった1ペンス硬貨を二つ握りしめる校長のみ。
「えぇぇぇぇぇ……。いやっ、契約金の半額とは言ったけども……。え、そんなことある……? おいおいおいっ……、ええぇぇぇ……。……あと冒頭に『今の我々があるのは校長のおかげ〜』とか『永遠の感謝を〜』とか言ってましたがなぁ……、アレ、めちゃめちゃ嘘ですやん……」
その場で項垂れる校長の嘆きは。
もう随分と遠くまで離れた私達に届くことはない。
──かくして、数年ぶりに開催された【超級使用人養成学園】の卒業式は……。
まさかの【カノン様】による一人勝ちという形で幕を閉じてしまった。
『セレブ達の需要の擬人化』とまで呼ばれる程のエリート中のエリート──【超級使用人】を前代未聞の二名同時獲得してしまうという偉業を果たした謎のホームレス幼女……。
この奇跡に奇跡を重ねた様な偉業をイマイチ理解できていないのは、おそらく。
全世界を探しても。
本人である彼女だけなのだろう。
✳︎
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