第1話〈4〉【2人で卒業ですが、何か?】
彼が狙っているのは裏稼業で荒稼ぎをする【A】ランクを超えた、伝説の【S】ランク──『裏資産家』……。
そう考えると、今までの不可解な行動も全て辻褄が合う。
彼は最初からその【S】ランクの裏資産家の到着を待つ為に、わざわざ【D】ランクなんかの相手をしてわざとらしい『時間稼ぎ』をしていたのであろう。
今思えば……。
聖堂の玄関前で勝負を伝えたあの瞬間。
彼はほんの一瞬だけ、妙な表情を浮かべていた気がする。
あの意味深な表情はきっと。
この勝負に挑む前から手を打っていたルーヴェインが遠回しに──『お前程度では僕に勝てないぞ』と私を牽制していたんだ。
そうに違いない。
……だとしたら不味い。
このままだと私は、抵抗する間も無く。
無様に敗北を喫する事になる。
もう二度とリベンジを挑めないかもしれない相手に……。
敗北を……。
敗北……。
敗北……?
この私が……、敗……、北……?
私は頭が真っ白になり、悔しさから目に涙を浮かべそうになってしまう。
……が、ここはグッと堪えてみせる。
そうだ、そもそも勝手に『正々堂々』等と思い込んでしまった私が悪いのだ。
それに、今はまだ勝負の最中。
どこかに彼を出し抜いて逆転勝利するプランがあるはず!
……そうだ、会場内に訪れるであろう『ルーヴェインが【招待状】を渡した人物』に彼よりも先に接触するという方法はどうだろうか?
そして、ルーヴェインとその人物が契約してしまう前に『私が彼よりも有能である』事を逆PRして契約を横取りすればいいのだ。
そうすれば何とかなるかも知れない。
……難点を上げるとすれば、ルーヴェインはその人物とはもう、ある程度の絆を深めているかもしれないという点だけだろうか。
つまり私は。
『彼に気づかれないようにステージを抜け出し、短時間で彼以上に有能である事をその人物に証明しつつ、彼以上の信頼をその場で得なければ契約を横取りすることはできない』ということだ。
非常に難易度の高い挑戦であることは重々承知。
しかし、相手は人間であり、言葉が通じることは最低限保証されている。
今はそれだけで十分だ。
相手が人間ならば、付け入る隙が無い訳ではない。
……まだわからない。
……やってみなきゃわからない。
……私は、決して負けない!!!
そんな風に、隣のテーブルに座って淡々と【D】ランクの対応を続けているルーヴェインを私が横から百面相で睨みつけている時……。
事件が起きたのは、まさにそんな時だった––––
『あうっ!!??』
––––私のテーブルの向かい側付近にて、確かにその様な声が聞こえたのだ。
「……?」
私はすかさずに隣のルーヴェインから視線を外し、声が聞こえてきた前方のテーブル方面に顔を向ける。
……が、テーブルの前には誰もいない。
「変ですわね……? 今、確かに声が聞こえた気が……」
不審に思った私は身体を乗り出す様にして、テーブルの向かい側へと恐る恐る視界を落としてみる。
すると––––
「ひうぅ……、いたいぃ……」
––––そこには、金の髪を持つ一人の幼女がいた。
小さな彼女は涙目でその場にしゃがみ込み、何やら額を押さえている様子である。
テーブルに頭をぶつけてしまったのだろうか?
……いや、そもそもなぜ、こんな所に迷子が?
私は席から腰を上げて対面側にいた小さな少女の元に駆け寄り、手を取りながら立ち上がる迄の補助をする。
「あらあら、怪我はありませんこと?」
そして、携帯していたチーフで彼女を軽くケアしながら、少し興味本位に彼女を観察してみた。
高級ブランドのロゴが入っているが、それにしてはかなり汚れが目立つボロボロの衣服。
ほつれて糸が飛び出している、履き古した様なスカート。
どこか品を感じさせる様な気がするが、どうにも汚れで輝きを邪魔されているような金髪。
例えるなら。
捨てられた古いホビードールを放置し、そのまま更に年季を加わえたかの様な小汚い格好をした不思議な幼女であった。
そして更に。
その少女が––––【光輝く黄金の便箋】を手にしていることに気がつく。
「あら? その綺麗な便箋は?」
すると、その私の声に応えるかのように、少女は手にしていた便箋を私に差し出してきた。
「––––こ、これ! カノンのおうちのちかくにおちてて……! それで……、ここのおなまえっ……! かいてたからねっ、いろんなひとにききながら……! その……、と、とどけにきたの……」
拙い。
それも緊張した話し方ではあるが、一生懸命に会話を挑戦する目の前の幼い少女に対し、私は思わず微笑んでしまった。
そして、その便箋を両手で受け取る。
「ふふっ、そうでしたか、……一体だれの落とし物でしょうか?」
良く観察すると、その便箋の端に記された刻印には見覚えのある校章が。
どうやら、この学園のモノであるらしい。
「これは我が学園の【招待状】!? まさか……、ルーヴェインのものでは……?」
私は招待状を持ってきた少女と視線を合わすようにして座り込む。
「失礼ですが、貴女のご自宅は?」
「はしのしたのあたり……」
は、橋の……。
下の辺り……?
「あー……、そ、そうですの」
良くわからないが……。
街中にある橋の近辺で遊んでいる最中に、見た目が派手なこの金色の【招待状】を拾ってしまったということなのだろうか?
まぁ、確かに……。
こんなものが落ちていれば、目立って仕方ないだろうが……。
そして、私は何気なく便箋の裏面も確認してみる。
「……!!」
すると、そこには差出人の名がハッキリと記入されていた。
しかも、それは私がよく知る男の名前……。
––––【ルーヴェイン】の名である。
そう、そこに書かれていたのは。
私が勝負を吹っかけた男の名前であったのだ。
「『橋の下に落ちていた』……。そして、この少女がそれを見つけて届けにきた……。なるほど、これはとどのつまり––––」
ルーヴェインの出した【招待状】……。
それは、不運にも手違いで宛先と違う場所に届いてしまったか。
もしくは、その受け取った人物がこの【招待状】を紛失、又は放棄したのか。
––––結果。
目的の人物の元にきちんと届かなかったらしい。
彼にとっては非常に不幸なニュース。
しかし……。
私にとっては非常に嬉しいニュースだ。
「ふ……、ふふっ……、何という暁光ですか……! 良く分かりませんが……、ルーヴェインの作戦は失敗に終わったと言うことですわね!」
余りにも唐突に舞い込んだその朗報に、私は完全に戦意を取り戻す。
「これでようやく、彼と対等な……––––」
––––対等な勝負ができる。
……そう言いかけた私は、途中でその言葉を飲み込んだ。
何故なら、再びルーヴェインとの戦いに集中し直す前に、先に別の要件を済ませねばと考えたからだ。
「––––ですがその前に……、貴女様の対応が先ですわね」
私はその場を立ち上がり、幸運を送り届けてくれた目の前の愛らしい少女に深々と頭を下げる。
善意を無下にする行為。
それは、人の名折れ。
善意をただ受け取るだけの行為。
それは、メイドの名折れ。
そして。
善意を一流のもてなしで迎える行為。
それは【超級使用人】の名折れだ。
そう、一流如きのもてなしでは論外。
一流を超える––––『超一流』でなければ、【超級使用人】の名に泥を塗る事になってしまう。
私は、全意識を目の前にいる少女だけに向けた。
「改めましてカノン様、わざわざ落とし物を届ける為だけにこの学園にご足労頂いたこと……、誠に有難う御座います」
すると、私が繰り出した心からのお辞儀に対し、少女は「えへへっ」と少し照れている様子。
そして、年端のいかない少女はそんな私の一礼に驚くべき言葉を返した––––
『うん、だってね、だれかがこまってたら……、カノンもかなしいもん』
––––そして、私はこの言葉に。
心を握られてしまった。
「……っ!?」
純粋、清純。
可憐、無邪気。
神聖、透明。
彼女の瞳からは、そんな言葉ばかり連想させてくる。
なんということでしょう。
この欲望渦巻く空間にも、この様な穢れを知らない子が……。
気がつくと、私は作った笑顔ではない自然な笑顔を見せてしまっていた。
どうやら私は、この少女を少し気に入ったのかもしれない。
「……もし、私がルーヴェインとの勝負の最中でなければ、……貴女様を選んでいた未来も存在していたかも知れませんね」
そう呟いた私は目の前の小さな少女の頭よりも更に深い位置に頭を下げる為、その場で片膝をつき、そっと胸に手を添え始める。
「ですがこれも何かの縁……、貴女様への感謝の意を込め、本日限定として私が貴女様だけの専属メイドとなりましょう」
「せんぞくめいど?」
小首を傾げる少女を他所に、私は素早い操作でテーブルのパネルを触った。
すると、背後の電子掲示板に記載されている私の主従契約条件に【勤務可能日、明日以降】との追記が加わる。
「さて、このイベントが終わり次第に全力でお仕え致しますので、……少々こちらのテーブルにてご一緒しませんか? すぐに最高級のお茶菓子と紅茶をご用意致しますわ」
そして、私はそんな即席の小さな主様を抱き上げ、先程まで私が使用していた自分の椅子に座らせると、すぐにティーカップやクッキーの入った皿を目の前に用意。
一通りの配膳を終えると、一気に緊張がほぐれた事を実感できたのか。
私は持っていた金色の便箋で何げなく自分の顔を扇いでいると……──
『……その【招待状】は……!?』
──その瞬間。
私のテーブルの隣側から。
その様なルーヴェインの声が聞こえてきた。
どうやら、彼は目を見開きながら。
私の手元にある便箋を凝視している様子である。
「え? ……ああ、これですの?」
ふふっ、ようやく気がつきましたか……。
そんな彼に対し、私は挑発するような笑みと便箋を見せつけると、すぐに彼は席から立ちあがって駆け足で私との距離を詰めてくる。
「アメリア! その【招待状】……、一体どこで入手したんだ!? そもそも何故、君がそれを持っている!?」
焦燥の様子が見てとれるルーヴェインを確認し、私は更に気分を良くする。
「まぁ、怖い……! 私はただ『落とし物』をお持ちになられた彼女から、この便箋を受け取っただけですのに……」
「か、『彼女』……? 一体、誰の事だ……?」
ルーヴェインは丁度、私と重なった位置にいる出会ったばかりの一日限定ご主人様。
もとい、金髪幼女の姿が確認出来ていないのか、その場でキョロキョロと首を動かしていた。
なので、それを見かねた私は身体を少し横にずらし、彼女の姿を無理矢理彼の視界に入れさせる。
「どこを見ているのですか、ここですよ!」
すると、ルーヴェインは私の背後にいる彼女と目があった瞬間。
途端にワナワナと肩を震わせ始めてしまった。
どうやら、この招待状と私の言葉を聞き、最悪の状況を察したのであろう。
––––自分の【招待状】は目的の相手に届かなかったのだと。
「ほら、このお方が貴方の【招待状】を拾ってこの場に届けて下さったのですよ? 清い心をお持ちになられた、この小さくも愛らしい御客人に貴方も感謝しなさいな!」
私は一歩前に出て、作戦が瓦解したという現実を彼に突きつける様に。
手に持った【招待状】をヒラヒラと振ってみせる。
「あなたの出したこの【招待状】は不運にも希望した宛先に届かなかったみたいですわね? ……まさか、貴方が私の思考を先読みし、尚且つこの様な作戦に出るとは思ってませんでしたわ。少々出鼻を挫かれましたが……、結果オーライです」
これで彼は当初の予定通り。
私と同じく、この学園に来校しているセレブの中から多額の契約金を払ってくれる相手を見つける以外に道は無くなっただろう。
つまり、ようやく彼との勝負が本格的に始まるという事だ。
私は胸を張るように腕を組み、彼に改めて戦線布告の言葉を浴びせる。
「さぁ! 正々堂々、私と勝負なさい! この会場にいる【A】ランクの名門貴族の中から、どちらがより高額な契約金を––––」
──その瞬間。
まだ私の発言が終わる前にも関わらず。
私の目を一切見ずに。
彼は私の横を通り過ぎ始めた。
「……え?」
まるで私のことなど。
眼中に無いかのように––––
「……ちょっ、ちょっと! 私の話を聞いて……! ……いるの……で……──」
––––そして、少しムッとした表情を浮かべながら振り返った私が。
最初に見た光景。
それは。
小さな幼女の前に『跪く』
ルーヴェインの姿であった。
【主】以外には決して見せてはならない『膝を突き、頭を下げる』というその行為に。
私と校長だけでなく。
その場にいた全ての人物達の時を止めさせられる。
ルーヴェインは燕尾服の尾を地面に垂らし続け、全く周りを気にしないかの様な素振りで構わずに言葉を発した。
「カノン様へお送りした私からの【招待状】、無事に受け取ってくださったようで何よりでございます。……そして、こちらからお迎えに上がる事が出来ず、誠に申し訳ございません」
「えっ……? あのきらきら、……カノンにくれたやつなの?」
辺りは静寂のままだ。
まるで時が止まったように。
彼と少女以外の人物は動かない。
「ええ、カノン様のご自宅が現在──『橋の下』であったということもあり、それが原因で少々分かり辛い所へ届いてしまったのかも知れませんね……。アメリアが手にしている便箋、アレは間違いなく『僕がカノン様へ宛ててお送りさせて頂いたモノ』でございますよ」
意味がわからない。
彼は何を言っているのだろうか?
私が顔を引きつらせていると、私の背後から校長が、幸せそうに笑うルーヴェインに恐る恐る話しかけ始める。
「ル、ルーヴェイン君? ……何を言ってるのかね……? じょ、冗談だろう……?」
その背後からの疑問の声に対してルーヴェインは、そのような問いをぶつけてきた校長の方へと向き直るように立ち上がった。
そして。
私の最大の宿敵である。
隣の学科の最強執事──【ルーヴェイン】は胸に手を当て。
この場で信じられない宣言をする──
『──私、ルーヴェインは此度より正式に。この子の専属執事となります』
校長は顔を、私は頭の中を。
それぞれ真っ白にさせる。
「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーー!?!?!?」」
この男は何を言っているのだろうか?
『ホームレスの幼女』に仕える?
私の様に【本日限定】と期限を設けるのではなく……。
正式に一年間も?
この世の最大級の需要とまで言われる。
天下の【超級使用人】が?
……。
…………。
………………。
––––さて、唐突だが。
皆さんは、人間の思考が完全に停止した時でも、その脳は常に『何か』を考えて動き続けているのをご存じだろうか?
脳が正常に復旧するまでの時間。
そんな時。
人間は無意識に『一番初めに脳に過ぎった何の脈絡も無い【単語】』を口にしてしまうらしい。
そして、【超級使用人】と言えど。
私も一人の人間だ。
十七年間生きてきた人生の中で、初めて完全に思考が停止してしまった私自身も。
それは例外ではない。
私が無意識的に脳に浮かんだ『とある【単語】』……。
それは──
「わー、【裏資産家】だぁー…………」
──近くにいた白い顔の校長だけが。
たった一人……。
私のその発言に反応してくれた気がした。
✳︎
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