第1話〈2〉【2人で卒業ですが、何か?】
ここは、イギリスのロンドン郊外。
都心部から少し離れる土地に建てられたこの国立校──【超級使用人養成学園】には、大勢の来校者達が訪れているようだ。
それもそのはず……。
何故なら、本日は非常に御めでたい日。
待ちに待った本校の卒業式なのである。
そして、それは同時に。
『英国中の人々が待ち侘びていた日』と呼んでも過言ではない特別な日でもあるのだ。
それでは、そんな本校に訪れる来校者達の様子を少し覗いてみることにしよう──
〈おい! 早くカメラ回せ! そろそろ今年度の卒業生発表の時間だぞ!〉
〈えー! 現在、私達が訪れている国立校!この【超級使用人養成学校】では! 年齢問わず、様々な老若男女の学生達が……──〉
数台のカメラを構えた、TV中継を任されているであろう各局の報道陣。
〈どけぇ! このワシを誰だと思っているんだ!? 社会的に抹殺されたくなければさっさと道を開けろ! このド平民共め!!〉
〈うふふっ、お下品な方が多いですね……、わたくしが知らない顔と言うことは、恐らく大した資産家ではありませんのでしょうけど〉
高級ブランドの派手なスーツや時計を身につけた恰幅の良い初老の男や。
豪華なドレスに身を包み、大きな宝石を手や耳に光らせている優雅に佇まう貴婦人など……。
それ以外にも当たり前の様に従者を引き連れて校内を闊歩する、見るからに金持ちそうな名のある資産家達がそこらかしこに溢れ返っていたのであった。
このように、明らかに学園関係者以外の来校者達が校内に溢れるのは、どの世界を探してもこの学園だけであろう。
同時に、この異常な光景が……。
我が学園の名物の一つとも言える。
そして、カメラレンズや視線を送る彼らが注目を集めていたのは、校内に存在する『とある建物』だ。
その建物とは、現在この学園の卒業式が行われている真っ最中である【聖堂】……。
聖堂の入り口の前には、何やら上物の赤い絨毯が広げられており。
聖堂から伸びる絨毯の終着点には。
まるで──『野外コンサートで使用するような巨大特設ステージ』が構えられている。
時間があれば、コチラの説明も済ませておきたかったのであるが……─
『あーっ、あっー。失礼、マイクテスト中でございます……』
──どうやら、それは後回しになりそうだ。
校内に大きな反響音を響かせたのは、白髭を携えた一人の老男性。
マイクを持った彼が、群衆の待ち構えている聖堂の非常口から顔を出すと。
その瞬間……。
数え切れないカメラのフラッシュ達が、その老男性を一瞬にして光の中へ包みこむのであった。
ただ、光の中でも彼は至って冷静。
胸ポケットから慣れた手付きでサングラスを取り出し、平然とした態度で再び手元のマイクに口を近づける。
『ようこそお越しくださいました、我が校の卒業式典へ! 本校の校長を務めておりますこのワタクシが! 本日の案内役を務めさせて頂きます! ……えー、本日は晴天の中……––––』
暫く、その様にありふれた前置きを垂れ流す本校の校長であったが、『目の前の野次馬達が聞きたいのはこんな言葉ではないだろう』──とすぐに判断したのか。
次第に溜息を漏らし、迅速に『本題』へと話を切り替えることにしたようだ。
彼は咳払いをキッカケに。
強引に話題のベクトル変更させる。
『毎年、我が校から排出される生徒。通称––––【超級使用人】が誕生する奇跡的な瞬間にお立ち会いを頂きまして、誠にありがとうございます! それでは早速ですが、まずは本年度の卒業試験を乗り越えた『合格者の人数』を発表させて頂きます──』
校長と名乗るその人物が発表前に深いお辞儀を見せると、それを見ていた周りの人間達は揃ってざわつきを見せた。
〈やっぱ……、今年も卒業生はいないんすかね? 最後の卒業生排出も六年前でしたし……––––〉
〈––––馬鹿野郎、新人……! 中継に音声入るだろうがっ……!〉
〈全く、主従契約を結ぶのに本人が必要なのは相変わらずか……。今年こそはいるんだろうな……? 大事な会食をキャンセルしてまで来てやってるというのに、毎年実入りの無い発表ばかりっ……! 少しはこっちの身にもなって欲しいものだっ!〉
〈ワタクシ達の様なセレブ達でさえも【宝くじ】を当てなければ獲得できないような存在––––【超級使用人】……。来年でも再来年でも、紅茶を呑んで気長に待ちましょう〉
そんなざわめきの中、校長が口を開く。
「それでは、発表致します」
すると、それまで騒いでいた大勢の来校者達は……。
胸を躍らせるかのように、一斉に沈黙し始めた。
そして、遂に──
『今年の卒業生は本校初!! 【Butler Class e〈執事学部〉】より一名! そして【Maid Classe〈侍女学部〉】より一名! 計二名の生徒が本校の卒業試験に合格致しました!!』
──校長は実に力強い声で。
目の前にいる来校者達にそう宣言したのであった。
すると、当然。
その場にいた全ての人間が絶叫に近しい驚声を上げ始める──
〈──〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!???〉
──もはや、誰か一人の言葉すら聞き取れない程に混沌としたざわめきが。
一瞬にして校内を包み込む。
『静粛にお願い申し上げます……』
校長はそんな来校者達の様子を見て、呆れるように自身の手元にあるマイクにそう呟く。
……が、奇跡的なこの瞬間を目の当たりにした烏合の衆である彼らに。
その声は全く届いてはいなかったらしい。
〈臨時ニュースですっ!! たった今! 本年度の【超級使用人】の排出人数が発表されました!! 今年はなんと!! に、二名も合格者が現れたそうです!! 現場は歓喜の声で溢れており––––〉
〈奇跡だわ!? 一人だけでも大騒ぎなのに……! まさか二人同時に卒業生が出る日が来るなんて!?〉
〈マジでそうだぜ! 今日は隕石でも降るんじゃねぇのか!? こんな超ビックニュース、あるはずがねぇ!!〉
『静粛に! お願いします……!』
校長は再び、彼らに注意を促す。
〈どうか私の所に来て頂戴!! お金ならいくらでも出すわよぉぉぉーーー!!!〉
〈何を言ってる!? ここは大企業の父を持つ! この僕こそが【超級使用人】を手に入れるにふさわし──〉
──すると、次の瞬間。
『シャラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッップ!!!!!!』
──天を割るかのような怒号が。
学園の中心に落ちた。
……校長の声だ。
彼はそんな力技の様な怒号で周囲を黙らせると、何ごともなかったかのように話を続ける。
『主が使用人を選ぶ時代は終わったのです。これからの時代は『使用人が主を選ぶ時代』……。それを弁えぬ方々は直ちにお引き取り下さいませ』
その忠告を『冗談だろう』と笑う者はこの場に一人も存在せず、聖堂前には程よい緊張感と静寂が漂い始めた。
それを頃合いだと感じ取った校長は、その場で手を宙に上げる。
そして、彼は「パチンッ」と指を使って大きな破裂音を一つ鳴らすと……。
その音と同時に、来校者達が囲んでいたレッドカーペットの先に変化が訪れた。
その通り。
遂に、今年度の卒業生が待機している聖堂の扉が……。
音を立てながらゆっくりと開き始めたのである。
……扉が開き切る直前。
校長はその扉に向かって手を掲げ、自らに集まっていた来校者達からの視線を未来に羽ばたく教え子達へと譲る様に注目させた。
『さぁ、拍手で彼らをご歓迎下さい! 我が校が厳選に厳選を重ねた超人の様な万能使用人! 【超級使用人】でございます!』
周囲の建物が揺らぎそうな程の大きな拍手が。
複数のカメラのフラッシュが。
激しい声援が。
若い二人の男女を襲う。
歓声。賛辞。
懇願。感嘆。
果たして、彼らは。
この声達の中から……。
一体、どれを主として選ぶのだろうか?
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