第1話〈1〉【2人で卒業ですが、何か?】


 姿見に写る己の分身を念入りに確認しているのは、燕尾服に身を包んだ黒髪の好青年であった。


 彼は、母校が所有している施設の一つ──『聖堂の玄関ホール付近』にて……。

 何やら、最後の身支度を整えていたらしい。


 若さのある端正な顔立ち。

 落ち着いた様子が現れたクールな表情。

 芯の通った背筋や指先の運び。


 節々から『気品』を感じさせるその青年は……。

 今も自信を着飾るような堂々とした立ち振る舞いで、静かに胸元のタイを締め直している。


 すると、その動作の終わり際。

 彼の背後から、凛とした女性の声が一つ。


『──そろそろ姿見を譲ってくださるかしら? ルーヴェイン』


 【ルーヴェイン】……。

 それが、様々な『勲章』を装着させた燕尾服に身を包む、この青年の名であった。


 背後から話しかけてきたその女性に対し。

 ルーヴェインも鏡越しの微笑みを見せる。


「おはよう、アメリア。 君が先にいたのなら、僕も【Lady First〈レディファースト〉】の精神に習っていた所なんだけどね」


 ルーヴェインの背後に立っていた人物。

 それは、メイド服を身に纏った銀髪の少女––––【アメリア】であった。


 新雪の様な美しい輝きを放つ長い銀髪。

 大人顔負けの上品な佇まい。

 青年に負けず劣らずの『勲章』が装着された特注のメイド服。


 そして、そんな彼女は。

 青年よりもほんの少しだけ低い目線を。

 今も、彼の正面にあった鏡に放ち続けていた様子である。


 ルーヴェインは彼女に姿見の前を明け渡すかのようにその場で身体をずらすと、彼女もスカートの裾を持ち上げて一礼……。


 青年が立っていた場所に移動し。

 入れ替わる様にピタッと足を揃えるのであった。


「この時間にこの場へ訪れているということは、今年の卒業試験で歴代最高成績を叩き出して──【Butler Classe〈執事学部〉】を卒業したという噂は本当でしたのね」


 姿見に自身を照らし、軽く前髪を整えながら。

 背後のルーヴェインにそんな言葉を投げかけるアメリア。


 すると、それを聞いたルーヴェインは。

 その場で小さく首を振って謙遜の意を示す。


「いや、たまたま運が良かっただけだよ。 ……君だって──【Maid Classe〈侍女学部〉】で史上最年少である十六歳での卒業になるんだってね? 僕よりも一つ年下なのに凄いな……。 流石だと言わざるを得ないよ」


 そして、そんな風に。

 暫く、若い男女が玄関ホールで他愛の無い会話を重ねていると……。


 突然、彼らの背後から。

 立派な白髭を携えた『タキシード姿の老男性』が彼らの元へやってきたようだ。


 拍手を鳴らしつつ。

 コツコツと歩みを寄せてくる老男性に気がついた二人は、迅速に背筋を正すと……。

 それぞれ、その老男性に向かって丁寧な挨拶。


 ルーヴェインは手を胸に当て、腰を折り。

 アメリアは両手を前に揃え、腰を折る。


「両人、今日は祝福すべき日……。我が学園の卒業式典なのだぞ! こんなめでたい日くらい堅苦しい挨拶は無用っ!」


 声色からして上機嫌が見てとれる老男性に対し。

 ルーヴェインとアメリアは、そのままの体勢で言葉を返した。


「そうはいきません。温情深い校長先生の素晴らしき育成プランがあったからこそ、今の我々があるのです」


「ええ、彼の言う通りですわ。永遠の感謝をこの胸に刻みましょう」


 【校長】と呼ばれる白髭の老男性は。

 口々に発せられる教え子達の謙虚な返答を耳に入れるや否や。

 ゆっくりと目を閉じ始めた。


「いや全く、本当に驚かせてくれたものだよ。……入学当初は成績も悪く、とても優秀な生徒だとは言い難かったあの二人がよくぞここまで……。ここ数年間での急激な成長は、本当に目を見張るモノがあったとも」


 どうやら、校長は。

 教え子達との思い出に浸っていたようだ。


 ……ただ、次第に。

 その記憶達を感慨深く感じてしまったのか。

 少し目頭を熱くしている様子である。


 しかし、両者共々。

 現在は、時間に追われている立場。


「おっと、私とした事が……、のんびり話している暇は無かったね」


 校長はホールに備え付けられた時計を視界に入れた途端、すぐにハンカチで自らの涙を拭い……。

 卒業生である彼らの頭をあげさせた模様。


 そして、次の様な言葉を。

 聖堂内に大きく響かせるのであった。


「それでは、私の方から君達二人の卒業生に『最後の問題』を送らせてもらうとしよう」


 校長が卒業生に贈る。

 はなむけの言葉。


 それは。

 どうやら、『課題』として贈られるらしい。


 そんな言葉を受け取った二人は。

 少し緊張した面持ちを見せる。


「この現代において、人としての魅力を最も誇示できる最大級のステータス──『この世に生きる全ての富豪達が揃いも揃って所有したがる【モノ】とは何であるか?』 ……それを答えてみなさい」


 校長が出した最後の問題……。

 それは──『世界の富豪達が最も欲するモノを答えよ』という、謎の問いであった。


 今、世界中のセレブ達から。

 この世で最も注目を集めているモノ……。


 そう聞けば。

 普通の人なら真っ先に何を連想させるだろうか?

 

 それは、絢爛豪華な大豪邸?

 それとも、美しい輝きを放つ希少価値のある宝石?

 はたまた、目が眩むほどの莫大な資産?


 ……残念ながら。

 答えはいずれも『NO』である。


 すると、卒業生である彼らは顔を見合わせ。

 二人揃って、照れ臭そうに笑い始める。


 そう、校長が出題したこの問題……。

 実は、英国人なら誰でも答えられる。

 一般常識レベルの簡単な問題だったのである。


 故に、英国人である彼らにとって。

 その答えは既知の存在。


 二人揃って、すぐに。

 その場で解答を出してみせる──



『『──それは私達、【ちょうきゅう使ようにん】でございます』』



 そう、この問題の答えは……。

 『彼ら』、そのモノであったのだ。


 つまり、【使用人】を雇うことこそが。

 解答という訳である。


 ……答えが使用人だと?

 たかが従者を所有する事が、最高のステータスになる?

 

 馬鹿げている。


 そんなものはそこそこの富豪ならば。

 当たり前の様に誰でも雇っているもの……。

 そんなものに一体、何の価値があるというのだ?


 ……国外に住む人間ならば。

 真っ先に、そんな感想を抱いてしまうかもしれない。


 無論、只の【使用人】ではない。


 彼らが口を揃えて発言した──【超級使用人】という職業は普通の使用人とは異なり。

 少々、特別な存在なのだ。


 ……では、その【超級使用人】とは。

 普通の使用人と比べて、具体的にどの様な違いがあるのだろうか?


 その謎を知りたいならば。

 彼らの目の前に存在している、この玄関ホールに聳える巨大な扉の先……。

 『聖堂の外に広がる景色』を見るといい。


 その光景を一目見れば。

 自ずと誰でも理解できるだろう。


「うむ、君達は未来に生きるべき人間だ! 卒業おめでとう!」


 校長は再び拍手で卒業生達を祝福すると。

 すぐに駆け足で、近くの非常用扉へと向かい始める。


「それでは、私はゲスト達の案内役を務めなければならないので先に失礼する! 二人は合図があるまで、もうしばらくこの場で待機してるのだぞ!」


 そんな言葉を言い残し。

 玄関ホールの裏口から、そそくさと姿を消した校長。


 そして。

 それを静かに見送ったルーヴェインとアメリアは、自身らも準備を済ませるかのように。


 玄関ホールに聳える巨大な扉の前で。

 二人揃って肩を並べつつ、無言で待機するのであった。


 すると、少し間を置いた青年の隣側……。


「ねぇ、ルーヴェイン」


 すなわち、アメリア側の方から。

 ポツリと小さな呟き声が漏れ出した模様。


「私は違う学部の貴方と、いつか真剣に戦ってみたいと願っていましたわ。……ですが、残念ながらその様な機会など都合よく訪れる筈もなく、遂には卒業を迎えてしまいましたわね」


 それを聞いたルーヴェインは。

 目の前にある扉から視線を外さずに。


 そのまま、残念そうな顔だけを見せる。


「そうだね。隣の学部から轟いてくる君の評判を毎日のように聞かされていた僕自身も、それは同じ考えかな。……一度でいいから、君とは本気で競い合ってみたかったよ」


 素直に同意を示す、青年の言葉。


 アメリアはそんな彼の返答を受け取ると。

 その場で、名残惜しそうに瞳を閉ざす。


「この扉を潜り抜けてしまえば、多忙な毎日を主だけに捧げる日々が待ち受けているのでしょうね……。そうなれば、もう再開する事すら叶わなくなるかもしれません」


 そして、何かを決心した表情を見せた彼女は。

 その場で一つ、深呼吸。


「ですから、ルーヴェイン──」


 ……加えて、隣に並んでいた青年の裾を。

 隣からキュッと摘みつつ。


 真っ直ぐな瞳と。

 試すかのような笑みで。


 こんな言葉を。

 青年にぶつけるのであった。




『──ここで、私と勝負をしなさい』




 唐突すぎる、彼女からの提案。


 無論、そんな提案を耳にしたルーヴェインも。

 思わず、少し困惑を見せてしまう。


「しょ、勝負? ……まさか、今から……!?」


「勿論ですわ。今日という日が過ぎてしまえば、私達が気軽に再開する機会など、もう二度と訪れないかもしれないでしょう?」


 突然の戦線布告に対し。

 顎に手を添えながら。

 その場で静かに考えを見せるルーヴェイン。


 すると、そんな彼は。

 次第に一つの呆れた様な溜息を吐き出した。


「……全く、『勝ちに貪欲なメイドがいる』とは噂で聞いていたが、まさか僕以上だったとはね」


 しかし。

 それもほんの一瞬……──



『……具体的なルールを聞こうか?』

 

 

 ──すぐに彼も。

 彼女を挑発し返すような笑みを返す。


 ……どうやら、彼自身も。

 同じ学舎で切磋琢磨する彼女との真剣勝負を。

 心から所望していたらしい。


 そんな彼の表情を同意と見做したアメリアは。

 早速、予め考えていたであろう『勝負内容』を彼にも共有し始めた。


 そう、目の前の巨大な門が開くと同時に。

 彼にそっと、耳打ちを仕掛けたのだ。

 


「ルールは……──」


〈〈〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!〉〉


「──……で、よろしいですわね?」



 ……ただ。

 扉の先から押し寄せる無数の声援に対して。

 彼女の声はあまりにも小さすぎてしまったのか。


「ははっ。……いいね、それでいこうか」


 彼女の言葉は。

 近くにいたルーヴェインだけが、聞き取れたらしい。


「決まりですわね。では、また後ほど」


 門の外に広がる景色へと飛び込むように。

 凛とした足取りで歩き出すアメリア。


 そして、そんな彼女の背中を。

 背後から、静かに見つめ続けるルーヴェイン。


 現在、彼が浮かべているその表情は––––



「……参ったな、これは勝てない」



 ––––不思議と。

 少し浮かないようにも見えた。



           ✳︎


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