カノン様は神童ですが、それが何か?

緋春

【Prologue】


「ふんぎゅぅぅ〜!」


 自身の背丈よりも大きなゴミ箱に手足をかけ、危なげによじ登ろうとしている幼い少女がここに一人。


 自前の金髪にゴミを付着させながらも、懸命な姿で額に汗を浮かべているその少女は……。

 現在──『あるもの』を探している最中なのである。


「あ、……あったぁ〜!」


 時間をかけ、ようやくゴミ箱の中から彼女が天へ掲げるように取り出した物。

 それは、廃棄されたであろう『くたびれかた食パン』であったようだ。


 そう、ここは。

 パン屋の裏手に存在する街の路地裏。


 少女は毎日、廃棄処分となったパンを狙ってここへ足を運び、何とか飢えを凌いでいたのである。


 すると、お目当てのパンを発見した少女は、宝物のようにそれを大事に抱きかかえ。

 そのまま、とてとてと何処かへ走り去ってしまった。


 彼女が次に向かった場所は。

 川を跨ぐように架けられる一本の橋。


 その橋の下には『乱雑に建てられた廃材製の小屋』がポツンと存在しており……。

 彼女が足を止めたのもまさに。

 その小屋の前である。


 バサバサと音を鳴らしているブルーシート製の扉。

 雨水で湿気を帯びた木材の壁。


 その通り。

 これこそが正真正銘。

 この幼き少女の自宅なのだ。


 ……おそらく。

 どこかの浮浪者が放棄した住処に。

 そのまま、後から棲みついているのだろう。 


 帰宅した少女は誰からの返事も返ってこないことを承知で、玄関の役割を果たしている一枚のブルーシートをゆっくりと捲る。


「ただいま〜……」


 小屋の中の様子。

 それは、とてもと言って良い程に。

 寂れた景色が広がっていた。


 当然である。

 彼女の家は、誰かの手によって不法投棄されたモノのみで構成されているのだから。


 誰かが捨てにきた、綿の溢れる一人掛けのソファ。

 誰かが捨てにきた、水平にならないガタガタの机。

 誰かが捨てにきた、ヒビ入りの小さな花柄のハンドミラー。


 全てが不完全な品であるが。

 全てが少女のお気に入りである。


 ……お気に入りであるのだ。


 しかし、そんなお気に入りの品達に囲まれているにも関わらず──



「……ぐすっ」



 ──彼女の眼からは。

 涙が止まらないのである。


 そう、彼女には何も無いのだ。


 頼れる父も、愛情をくれる母も。

 雨風を凌げるマトモな家さえも。


 そんな彼女が持ち合わせている所持品の中で唯一、マトモだと言い張れる品を挙げるとするならば……。


 おそらく、自身が身に纏っている高級ブランドのロゴが入ったボロ洋服のポケット。


 そこからほんの少しだけ外に顔を覗かせる、一通の『光り輝く金色の招待状』だけなのだろう。


          ✳︎

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