既に新しい婚約者が居ます

 

「先ほども言いましたが、既にあなたは私の婚約者ではありません」

「そんな訳は!」


 少しでも可能性があるならと、そんな考えが見えるコーリーの表情を冷めた気分で眺めます。どうしてここまで醜態を晒すことが出来るのでしょう? 周囲には結構な数の人が居るというのに。もしかして、周りが見えていないのでしょうか?


 周囲に近付いて来た野次馬の方々も私と同じように、呆れたような表情をして事の顛末を見ているようですね。中には馬鹿にしたような言葉を発している人もいるようです。さすがに小声で、ですが。


 正直、このような目立ち方はしたくありませんでした。

 今後こういう痴情の縺れ的な話がお好きな方たちに、このやり取りの事で茶化されそうです。私の友人にもそう言う方が居るので、先に釘を指しておいた方が良いのかもしれませんね。


「事実です。それに私には既に新しい婚約者の方が居ますので」

「え!?」


 コーリーの実家がお取り潰しになってから数日しか経ってはいませんが、もう新しい婚約者の方が居るのです。しかも、この場に居るのですよね。

 なのでこの茶番のようなやり取りも先ほどから見られているわけです。

 本当に恥ずかしいです。


「嘘だろう?」

「いいえ。本当です」

「いや、婚約はそう簡単に出来る物ではない! やはり嘘だったのか!」


 その気持ちはわからなくはないですね。私もまだ同じように放蕩なのかどうか疑う時がありますから。


 コーリーの実家がある罪を犯して家の取り潰しが決定した翌日、私の実家にいきなり縁談の申し込みが来たのは本当に驚きました。ましてや家名が家名でしたから、私の両親を含め私は詐欺ではないかと疑ったくらいです。

 確認したところ、本当の事だったのでそれで余計に混乱したのですけれど。


「嘘ではありませんよ」

「そうだね。嘘ではないよ。それは私が保証する」


 私がコーリーへそう返事を返すと同時に周囲を取り囲んでいた野次馬の中から1人の男性が出てきてそう言いました。

 

「キレス様。出て来なくてもよかったのですけれど。変に注目が集まってしまいますよ?」

「構わないよ。婚約者である君のためならどんなことだってするさ」


 あまり迷惑はかけたくない。そう思っての発言だったのですがキレス様は良い笑顔でそう言い放ちました。


「いえ、そんな……」


 この方、最初に会った時からこのような感じなんですよね。何て言いますか私に対して甘いのです。無いかにつけて手を貸してくれる感じなのです。今回の件についてはすぐに出て来ることはありませんでしたが、効果的な状況で出て行く瞬間を測っていたのかもしれません。


「遠慮はしなくていい。私がそうしてあげたいだけなんだ」

「そ、そうですか」


 キレス様は身分的にも私には勿体ない方なのですが、如何せんこのような方なのでどのように対応すべきかとても悩みます。


「何だよお前は!」


 コーリーがキレス様に声を荒げて問います。

 これ以上、コーリーが不敬な態度をする前に護衛の方たちはさっさとこの場から連れ出して行って欲しい所ですね。何故、まだここに居るのでしょう?


「私は先日からノエル・ラテシアの婚約者になったものだよ。そうさっきから聞こえるように言っているつもりだったのだけどね、元婚約者君」


 キレス様からあからさまに馬鹿にしている言葉を掛けられてコーリーは怒りで顔を赤くしました。


「ふざけんなよ! 何でお前みたいないきなり出てきたやつがノエルの婚約者になってんだよ!」

「コーリー。黙ってください。それにこのような場であまり声を荒げるようなものではありませんよ」

「はぁ!? お前もこいつの味方になるのか!?」


 味方も何も、私がキレス様の婚約者なのですから、キレス様の側に立つのは当然ですし、コーリーを庇ったり、味方をしたりする意味もありません。


「それにキレス様は私の婚約者ですが、立場はより上の方です。下手な発言は避けた方が良いのではないでしょうか」

「ノエルは本当に優しい女性だね。こんな奴の事なんて適当にあしらってしまえばいいのに」


 キレス様の言う通りなのですが、この様子からしてこのまま放り出しても、また突っかかってくるような気がするのですよね。


「ノエルは後の事を考えているようだが、そのような事は気にしなくていいよ。私の実家であるダリア家が対処するからね」


 逸れでしたら安心……して良いのでしょうか? 何やら過剰な結果になりそうな気配がしますが。


「ダ、ダリア……家だと?」


 さすがにこの家名の事は知っていた様で、コーリーの表情が怒りから絶望へ一気に変化していました。

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