第2話「理容室が怖い」

 『理容室が怖い』と思ったのは、高校生になってからだった・・・と思う。


 多分それは、知らない人に命運を軽く委ねたのが初めてだったから。


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 今日は日曜日。

 休日よろしく、お昼過ぎに起きる。


 天気は雨。

 なんだか出掛けたい気分だった。


 とりあえず、洗濯機を回しながら考える。


 1回。2回。3回。

 

 2時間ぐらい経って、理容室で髪を切ることにした。


 前髪が邪魔だった。


 くちばしクリップで誤魔化すのも、無理がある。


 何より、明日は出勤日。

 職場で、くちばしクリップを使う勇気は無かった。


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 雨の中、安物の傘を差しながら考える。


『髪を切ろう』

 先週も、同じ事を思った気がする。

 なんで先週は、髪を切りに行かなかったのだろうか。


 お気に入りの美容室や理容室が、見つからないからだろうか。

 単に出不精か。


 引っ越す度に、お気に入りを探してる。


 男性の担当で、腕が良くて、人入りの少ない所。

 つまり、落ち着いて行ける所。


 女性は、社会的に怖い。(もちろん女性の方からすると、身体的に怖いかもしれないけれど。)

 腕が悪いと、鏡を見たときに気分が落ち込む。(僕は、髪が伸びた時に綺麗かどうかで腕が良いかを判断してる節がある。)

 人入りの少ないのは、とても大事だ。特に、自分の容姿が劣ってると思ってる僕なんかには。


 まぁ、全部を満たすお気に入りの所は、時々ある。(だいたい、努力家で雰囲気イケメン以上で性格の良い方が自営してて、美人の奥さんがいらっしゃる。世界は公平だ。)


 お気に入りの店は時々あるんだけど、今は近くにない。

 そこで出てくるのが、千円カットとかの安い所。切れれば良い人向け。

 (今は段々と、千円より高いところが増えてる気がする。)

 『お気に入りの所で切れないなら、もう何でも良い』ぐらいの破滅的な思考の私向け。おしゃれしたい人は、まず来ないと思ってる。

 安さと早さと男性店員さんなのが、おすすめポイント。


 店に入って、ロッカーに荷物をぶち込んで、指定された席に座る。

 小市民には、気楽なフローだ。


 髪を切ってもらい、顔を剃るか聞かれる。

 (美容室は、顔を剃ってはくれない。)


 自分では一生使わないであろう、保護クリームを塗られ、ナイフで剃られる。

 刃渡り10cmぐらいはありそうなナイフで。しかも、こちらは非常に無防備だ。目を閉じて、首筋を晒し、人によっては寝てる。

 この男性がその気になれば、もうちょっと力を入れるだけで僕は死んでしまう。理容室に来る日本人は、だいたい頭がおかしいに違いない。『この首筋の血管・・・綺麗だな、ちょっと切ってみようかな』とか『何かムカつくから、切っちゃおうかな』とか思われてない事を祈ってる。

 なんで数ヶ月に1度、こんな思いをして生きているんだろうか。


 昔は・・・そう。

 昔は、怖く無かった。


 父の友人とか、祖父の友人とか、信頼出来る人の所に行っていたから怖くは無かった。それは多分、父や祖父を信じていたからだと思う。


 言ってしまえば・・・

 信頼できない人に命運を委ねてる、僕の方が狂ってるんだろう。


 顔を剃り終わると、髪を洗ってもらい終了。整髪料は無しでお願いしてる。


 1,850円だった。お客さんが殆ど居なかったので、所要時間は20分ほど。

 値上がりしてるなぁ。2,000円に到達したら、もう来ることはないと思う。

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