葉月

MiMizuku

葉月

もう20年以上前の話になる。

高校のクラスメートに葉月という女子生徒がいた。


彼女は金髪に化粧も濃いめの見るからにギャルっぽい見た目だったが、話すと気さくで明るく、優しさも持ち合わせた子だった。

ただどこか影があるような、不思議な雰囲気を感じていた。


とはいえ、私の高校は進学校でもなんでもない、極めて平凡な校則も緩い学校だったので、髪が派手だったり、化粧が濃かったりといったことは男女ともに特別なことではなかった。

だから葉月もクラスに溶け込む、ごく一般的な生徒のひとりだった。


高校2年になった頃、葉月は学校に来なくなった。

それまでも休んだり、遅刻や早退はよくあったし、高校全体が緩い雰囲気だったから、無遅刻無欠席という生徒の方が少ないくらいだったかもしれない。


それでも、1週間も来ないことはこれまでなく、LINEもSNSもない時代、私はどうした?という内容のメールをガラケーで送った。


返事は割とすぐきて「体調が悪くて入院した」とのことだった。

「大丈夫か?見舞いにいくよ」と送ると、

「元気だから来なくていい」という。


これが1回目の入院。

葉月はしばらくして退院し、また登校するようになったが、数ヶ月して再び入院する。

それが長期入院で、季節が夏から秋に変わっても一向に退院しなかった。


そんなある日、クラスの担任から学校の配布物を葉月に渡してもらえないかと頼まれた。

だから同じクラスで仲が良かった奴を連れて、放課後に見舞いがてら病院まで行くことにした。


入院先はかなり大きな総合病院で、受付で聞いた病室へ行くと、ベッドの周りにご両親と見たことのない若い男が1人座っていて、葉月が楽しそうに喋っているのが見えた。

ご両親と会うのも初めてだったが、葉月はすぐ気づいて手を振っている。


「すいません、同じクラスの者です。配布物を持ってきました」


と軽く挨拶すると、お母さんが笑顔で、


「あぁわざわざすいませんね、ほらお父さん」


と、気をつかってくれたのかお父さんを促して、病室の外へ出て行った。


「悪いね、持ってきてもらっちゃって」


申し訳なさそうにする葉月に配布物を渡しながら、体調についてや学校のこと等、他愛もない話をしたが、これまでと何ら変わりないように感じた。


横に座っている細身で色白の男は彼氏とのことだった。

葉月と一言二言話したと思ったら、こちらを見るでもなく、静かに座っている。


「そろそろ帰るよ。退院決まったら教えて」

「OKー、今日はありがとう。またね」


しばらく雑談して私たちは病院を後にした。

葉月は元気そうに見えたけれど、それから冬になり、年が明けても一向に退院の知らせはなかった。


正直、これまでに何度か本人や担任にどういう病気で入院しているのか聞いたが、体調がなかなか良くならない、ちょっと厄介な病気、程度のことしか聞き出せなかった。


気づけば高校3年になっていて、葉月の話題もほとんどしなくなっていたある日、事態は急変した。


「葉月が死んだ」


という連絡がクラスメートの間で駆け巡った。

信じられない気持ちだったが、少しして状況が分かってきた。


葉月は彼氏の車の中で、亡くなった状態で発見されたと。

そしてどうやら違法薬物の過剰摂取による急死らしいということも。


もしかしたら、これまでの入院も薬物が関係していたのかもなと何となく思ったが、それ以上は詮索せず、通夜に行った。

遺影の葉月は笑顔だった。


その後、何とも言えない気持ちで過ごしていたが、しばらく経つと学校もクラスも落ち着いていった。


季節は夏だったか秋だったか覚えていないが、私は何かの用事で放課後にひとりで校内に残っていた。

夕暮れになって、校内が薄暗くなり始めた頃、誰も残っていない廊下を歩いていると、T字になっている右の通路から誰かが飛び出してきた。


それは葉月だった。


制服を着て、学校に来ていた頃のよく知る姿で、走って通路から飛び出してきた。

あまりのことに呆気に取られ、状況を理解できず、私はなぜか咄嗟に


「あれ葉月、もう学校来れるようになったの?」


と聞いてしまった。

なぜそんなことを口走ったのかわからない。

あまりに普通に、ずっと登校していたかのように目の前に現れたのでそう言ってしまったのかもしれない。


すると葉月は一瞬止まり、ニコっと笑って


「うん!」


と返事して、また走って行ってしまった。


そのまま私はぼーっと葉月の姿が見えなくなるまで見つめていた。

彼女は走って突き当たりの廊下の角を曲がっていった。


あれ、退院していたんだっけ?と思い、すぐにいやいや通夜に出たじゃないかと思い直し、後を追いかけて走った。


しかし、彼女の姿はもうどこにもなかった。


私はこのことを当時の誰にも話していない。

たぶん、信じてもらえないだろうし、時が経つにつれて、自分自身でも本当に起きたことだったのか?と思えてくるからだ。

でもあの瞬間の私は、確かに実在する人間として飛び出してきた葉月を感じていたし、夢や幻とも思えない気持ちもある。


葉月はきっと、学校に戻りたかったのかな、これまでのように何でもない高校生活を送りたかったのかなと今では思う。


いつかまた会えたら、あの時のことを聞いてみよう。



※「葉月」は仮名です。

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葉月 MiMizuku @dawnblue

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