MISSION:2

第8話 影のサンタクロース

――都会の喧騒から離れた森の深部にある学び舎、聖オリンポス学園にて。



 独りモニター室で退屈そうに欠伸をした用務員の男は、噛み続けたガムのように味気ない日常を嘆き、全てを焼き尽くすような刺激を欲していた。


 だからこそ、彼はモニターの隅に映り込む不審な人物を見逃したのだ。


 解雇されることを覚悟した上で、一人の見知らぬ不審者に己の未来を託し、人生最後のゲームに興じようとしていた刹那──


 彼の意識は、コードを切られた電子機器のように為す術なく静かにシャットダウンした。


――

――――


(......いつの間に眠ってたんだ?)



 絶えず揺らぐ視界、そして朧げな記憶。


 はまった沼から這い出るように目を覚ました用務員の男は、ぼんやりと瞬きを繰り返した。

 徐々に意識が覚醒してくると同時に、首の付け根に僅かな痛みを感じる。



(くそ......寝違えたか?)



 心の中で悪態をつきながら首を回した瞬間──目が合った。



「やぁ、少し強く殴りすぎたみたいでごめんね。君に話があるんだ」


「──?! あ、あんたは......」



 殺風景なモニター室の入口に佇む一人の長身な男は、容姿からして紛れもなく先程わざと見逃した不審人物だった。



(もう襲われてゲームオーバーか......ちょっと早すぎやしねぇか)



 失望にも近い彼の落胆は激しく、目の前の不審者に対する不満が膨れ上がる。



(いや、待てよ......? 奴にはどうやら話があるらしい......。という事は、まだ交渉の余地があ──)


「──交渉の余地ありまくりだから、安心して? これにてコンティニュー......次のゲームをプレイするかどうかは君次第だけどね」



 用務員の男はまるで自分の思考を読んだかのような不審者の発言に驚くも、彼の刺激に対する飢えは凄まじく、異常にもコンティニューへの喜びが勝っていた。



子供ガキに何でも運んでくるサンタだって、こんな過激なプレゼントは寄越さないぜ」



 久し振りの興奮で好奇心を隠せぬ男に、不審者は影をまとった微笑を浮かべる。



「サンタだって汚い物の一つや二つ運ぶさ──サンタも例外なく人間だからね。......君にここまで喜んでもらえたのは想定外だったけど、これならサンタを演じるのも楽しいな」



 意味深な言葉を吐露しつつも、不審者は完璧に完成された笑顔を男に向けた。



「......それで、話というのは?」



 見るからに美味しそうなエサの目の前で「待て」をされた犬のようにそわそわとしながら、男は我慢出来ずに尋ねた。


 その様子を見た不審者の口元が歪んだように小さく緩み、彼はもったいぶった口調で話し始める。



「――君さ、俺の助手になる気はない?」


「……?! 僕が助手に……?!」


「あぁ……サンタにはトナカイが必要だろ? 君の力を、貸してはくれないだろうか」



  僅かな沈黙が流れるも、再びモニター室の空気が一人の狂気に染まりかけている人間の声によって振動するのに、時間はあまり要さなかった。



「――もちろん……YESに決まってる」



 気のせいだろうか、この男の中で何かが落ちる音がしたのは。


 それが男が待ち望んでいた好機の訪れの音か、あるいは彼の倫理観が死んだ音だったのかは、誰にも分かるまい。


 当の本人は既に考えることを放棄し、あまりにも現実離れした現状への愉悦に浸っている。


 このモニター室での絶対的な事実は、彼らにとって愉快で残酷なデスゲームがたった今正式にコンティニューを迎えたということのみであった――

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