第7話 糸の片方

「ねぇねぇ、また会えて嬉しい? それともびっくりしたかな??」


 

 穢れを知らない子供が無邪気にはしゃいでいるような声色に、名無は気が遠くなる。



(おいおい勘弁してくれよ……まさか俺を恨んで呪殺とか考えてるんじゃねぇだろうな? 流石に死んだ奴は殺せねぇぞ……)



「ちょっと、何か喋ってよー!……え、無視は普通に悲しいなぁ」


「…………お前、そんな性格だったのか」



 随分と軽快に一人で喋り続ける女の子――フラネーヴェ・アインザムカイトは名無が任務前に得た情報では、酷く孤立しており内気な性格だと聞いていた。


 調査書とあまりにも性格が違うため、流石の彼も面食らう。



「ふふん、私は生まれ変わったの! 正確には幽霊になっちゃったみたいだけど……もう、私は何にも縛られず自由に生きるって決めたの」



 フラネーヴェは自分の言葉を噛み締めるように、心底嬉しそうに答えた。


 相変わらず声しか聞こえないが、きっと今どこか誇らしげな、満ち足りた表情をしているのだろう。



「へぇ……そうかい。で、自由に過ごそうと思った結果がこれか?」


「ん……? これって、どれ??」


「はぁ……お前、殺すならさっさとしろよな。即死は対象ターゲットへの最低限の礼儀だろ」


「コロス……?! 礼儀……?? 何を勘違いしてるのか知らないけど、別に私アナタに殺意なんて無いわよ?!」



 名無の物騒な言葉の数々に明らかに動揺し、声が上ずる様子を見ると、どうやら本当に殺意は微塵も無いらしい。


 呪殺されずにすんだことへの安堵と早とちりした自分への恥ずかしさで、名無は思わずそっぽを向く。


 そんな彼の様子を見て面白かったのか、フラネーヴェは可笑しそうに笑った。



「…………何笑ってんだ」


「あはは、だって……ずーっとアナタ、変な方向を見て話してるんだもん! ふふっ……こんな面白い光景を長いこと見せられて、我慢出来るわけないじゃない」


「…………とっとと成仏しやがれ……クソ幽霊……!!」



 なんとか冷静さを掻き集めて、彼は悪態を最小限に抑えた。


 しかし、彼が理性を呼び戻すことに成功した瞬間に不吉な振動が彼のポケットで響く。


 ジャケットから取り出しても尚、手の上で震え続ける携帯を見て、名無は早くもこの端末の処理の仕方を思案し始めていた。



『急遽、新しいが入荷しました……一刻も早く来店願います マスター』



「……昨日の今日だぞ……馬鹿野郎……ふざけんじゃねぇクソじじい…………!!」



 わなわなと震えながら、彼は胸の内を余すこと無くさらけ出し携帯を地面に投げ捨てる。



「ちょっと、アナタ……荒れてるところ悪いんだけど、頭を冷やした方が身のためだと思う」


「あ゙?」


「もう……私に噛みつかないでよ、ダサいわね――あれ、死んだら物って掴めないのね」



 だいぶ苛立っている名無に平然と油を注ぐ声が、主人から投げ捨てられ哀愁を漂わす携帯端末の近くから聞こえた。



「ちゃんと周りくらい見なさいよね……村の農民達が夕方に向けて作業をしに、こっちへ来てるでしょ?!」


「げっ……」



 しっかりと癪に障りつつも言われた通り周囲を見渡すと、すぐそこまで老人が数十人まとまって歩いてきているのが見えた。



「あれぇ! どこのもんかいね、あんたぁ!」



 どうやら1人の老人が名無に気付いたようで、驚くほど声を張り上げて話しかけてきた。


 そのため連鎖的に他の村人達も名無に気付き、続々と集まってきてしまう。



「今日は冷えちょるだろう、うちに泊まってくか?」


「おめぇんは洒落にならんくらいいつも冷えとるじゃろが、阿呆あほ!」


「畑見てくか? おめぇさんも一緒に土いじりしたらええ」


「うちの双子の孫の写真見るかい? ほら、こっちがキミちゃんでこっちがメグミちゃん」


「それ、昨日は逆の名前で言っとったよな? 結局どっちなんでぇ」



(……なんの拷問だ……この状況…………)



 あっという間に老人達に取り囲まれ逃げ場を失った名無は、ひたすら愛想笑いで受け流す。


 しかし、ここで黙って流される彼ではない。



「いやぁ初めまして! わたくし、ツークフォーゲルにある新聞社に勤めておりまして――『今月の風景』の写真を撮影しに来たんですよー」



 非常に自然で滑らかな彼の話術に、疑う者は誰一人としていなかった。


 あれまぁーそうだったの、と村人達がお互いに顔を見合わせて頷き合う。


 このタイミングを逃すまいと名無は一気に畳み掛けた。



「では、そろそろ本社に戻らないといけませんので失礼致します――あ、お孫さん可愛いですネ!」



 思ってもいないお世辞を交えつつ、足早にその場を離れ立ち去ることに成功する。



「…………大嘘つきぃ」


「……うるせぇ、方便だ」



 名無の後ろから、呆れたフラネーヴェの声が聞こえた。


 確かに彼女の言う通り、彼が先ほど村人達に言ったことは全て真っ赤な嘘である。



「……ってか、お前いつまで付いてくるんだよ」


「んー? 期限なんて決めてないよー?」


「は……?」



 あっけらかんとした声で辺りを漂っている彼女の答えは、名無の耳奥でうるさく反響した。


 しかし、更に追い打ちをかけるようにフラネーヴェは信じ難い言葉を紡ぐ。



「私、アナタとずーっと一緒にいたい――私をお嫁さんにして?」

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