第3話 職務の価値観-1
「酷いなぁ、そんなに警戒しなくたって良いじゃない」
虚ろな目で不気味なほどに青い発言をしていたSPは、先程と打って変わり随分と余裕のある笑みをたたえている。
口調もどこか砕けた様子で、より一層彼の不気味さを引き立てていた。
「――そこで止まれ」
何らかの異常を察したSP達は、護衛対象のアーテルを
「旦那様、奥の部屋へ参りましょう」
最もアーテルに近い二人のSPが、ひとまず不審なSPからアーテルを離すために安全であろう奥の部屋への移動を促す。
後方でドアが閉まる音を確認した後、アーテルが避難した扉を護るようにして 各々が拳銃を構えた。
――ここまでの時間、約2分。
「流石、有名な政治家にお呼ばれするほどのSPだね。君たち、よく優秀って言われない?」
まるで自分はアーテルを護衛するSPの仲間でないような物言いに、SPらの警戒はおおよそ確信を得ていた。
十数個の銃口を向けられていても、彼は依然として微笑みを崩さない。
「この花瓶、良い趣味してるね」
命の危険に脅かされているはずの彼は、部屋の壁沿いにいくつも飾られていた花瓶の一つを手に取った。
「……与えられた職務を全うせず、勝手なことをするのなら――迷わず射撃させてもらうぞ」
そんな彼の軽薄な行動を見て、先頭に立っていたSPチームの中で最も屈強なSPが低い声で脅す。
屈強な彼はチームの司令塔を務めており、誰よりも責任感と情に溢れた男であった。
「心外だなぁ、これでも任務中だよ。僕の行動がお気に召さないのなら、これから全うさせてもらおうか――“職務”」
今までで最も軽薄で砕けた言葉遣い――それ以上に歪んだ笑みと怪しい声色に、SPらは反射的に引き金にしっかりと指を掛ける。
「一同、撃て――――!!」
司令塔の号令に合わせて、全員が一点の迷いもなく一斉に発砲した。
豹変した彼の黒い表情は、瞬く間に銃声と煙によって見えなくなる。
(――これで良かったんだ……人手が減ったのは痛いが、殺し屋がいつ来るか分からない以上は不安要素を一つも残しておきたくない)
司令塔は、静かにチームメンバーを一人失ったことについて責任を感じつつあった。
彼を生かすために他の最良な選択があったのでは、とも考えていたが、彼の異質さを思い出し思考を止めた。
もうじき、煙が晴れて視界が良くなるだろう……と司令塔は体勢を戻す。
――それはほんの僅かな時間であった。
濁った灰色の硝煙が晴れた時には既に、確実に殺したはずの彼がSPらの陣営を振り切って後ろ側に回り込んでいたとは、誰が予想できただろうか。
――ゴン!
重く鈍い音が響いた後、最後列で司令塔の指示を待っていたSPの一人が倒れ込んだ。
おそらく脳震盪を起こして意識を失ったSPの懐から拳銃を取り出すと、彼は容赦なく隣で驚愕していたSPを蹴り倒し、持っていた花瓶を扉に向かって投げつけた。
彼が花瓶をぶつけたその扉――それは、アーテルが二人のSPと共に待機している部屋のものであった。
「何事だ?!」
血相を変えたSPの一人が、拳銃を構えながら扉を勢いよく開ける。
扉を開けたSPは確かに迂闊であっただろう――しかし、扉の向こうで大量の銃声が聞こえた後、扉に何かがぶつかる音がしたのだ。
このSPは新米の未熟者であった。
そして、この界隈で『未熟』がどれほど身の危険に晒されるのか――それを知るには、相手が悪すぎた。
「――危ない!!」
ニヤリとほくそ笑む彼の意図を察したSPが、焦りと怒気を含んだ声で叫ぶが――
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