第2話 機械人形の信念

名無ナナシが列車に乗り込んで30分、彼が子ども連れの乗客らから喫煙を文字通り煙たがられていること以外は、比較的平穏な時が流れていた。



「……お客様、大変申し訳ありませんが、当列車内は全室禁煙となっております」



 小柄な女性の乗務員が、いつの間にか名無の座席の傍に立っていた。


 おそらく、乗客の誰かが見兼ねてクレームをしたのだろう。


 営業上、柔らかな笑みを浮かべているが、その瞳は冷ややかなものだった。



「これはこれは、失礼しました」



 名無は呆気なくタバコの箱を乗務員に渡して席を立ち、客室車両から外に出ると、彼は剥き出しの連結器に足を掛け、走る車体の上に飛び乗った。



「……くそ、一本くらい持ち出しておけば良かったな……」



 急に口元が寂しくなったのか、先ほど乗務員に箱ごと全部渡したことを後悔して悪態をついた。


 車輪が線路に落ちていた石にぶつかったのか、ガタンと大きく揺れ、車内から悲鳴が聞こえる。


 そんな中、名無は気にもとめず車内で吸っていたタバコの吸い殻を遠くの川に投げ捨てた。



「――さて、どう動くかな」



  午前中は煩わしいほどに晴れ渡っていた空も、徐々に雲行きが怪しくなり始めていた。





――同日、ヘルシャフトにあるアインザムカイト邸にて。



「いいかお前ら! お前らの任務はただ一つ、俺を命懸けで守ることだ!! 失敗は許されんぞ!!」



 物凄い剣幕で捲し立てている小太りの男──アーテル・アインザムカイトは、焦りを感じずにはいられない状況であった。


 彼はこの地ヘルシャフトで政権を握っているのだが、今の地位に就くまでに、決して善行ばかりを行ってきた訳では無かった。


 賄賂わいろ、ライバルの情報漏洩、裏取引など――数多くの悪事を働いてきた彼の悪友や知り合いが次々と暗殺されており、「次は自分なのでは」という恐怖に駆られていたのだった。


 そこで、急遽きゅうきょ金と権力にものを言わせてSPをかき集めたのだが……。



「なぜ要請した人数の半数にも満たないのだ!! お前らSPは俺を舐めてるのか?! 次の知事選が終わったら覚悟しておけよ……!」



 彼が低く脅したことで、辺りの空気は鋭い電流が走ったかのようにピリつき、SP全員の顔が強ばる。


 そんな中、SPのうちの一人が突如として敬礼をし、非常に通る声で沈黙を乱暴に破った。



「旦那様、お怒りのところ申し訳ないですが――お嬢様の護衛に付いてもよろしいでしょうか?」


「なんだと……? 貴様はそれが許されるとでも……?!」



 アーテルはわなわなと震えながら、今しがた耳に入ってきた不快な情報を無理やり消化しようとしていた。


 まさに一触即発、これ以上彼を刺激すると面倒だ――もう怒鳴られるのはうんざりだと、他のSP達は無言ながらも敬礼し続けるSPを白い目で見ていた。


 しかし、そんな空気はお構い無しに敬礼の姿勢を崩さないSPは、どこか虚ろな目で口を開く。



「自分は、己の信念だけを信じます! 未来ある若い芽を摘ませてはなりません」



 その姿は、まるで心を持ち合わせていない機械人形が青臭い言葉を発しているようであった。



(おいおい、これ以上火に油を注ぐなんて勘弁してくれよ……)



 そんなSPらの心労は虚しく例のSPは勝手に部屋を出て行き、アーテルの余計な怒りを買うこととなった。


 部屋いっぱいに殺伐とした雰囲気が立ちこめる中、アーテルは青筋を立てながら感情のままに怒鳴り散らす。



「貴様らSPというのは、ここまで怠慢なものなのか?! いつ殺し屋がやって来るか分からぬというのに……お気楽だな!!」


 

 まだ怒鳴り足りないと、一呼吸置いて再度SPらに八つ当たりして発散しようとしたその刹那――



「本当にその通りですよねー……旦那様」


「……?! 貴様は……!!」



 その場に居合わせた全員が呆気に取られる。


――声の主は数分前、アーテルに啖呵を切って部屋を出て行ったあのSPだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る