第55話 弥勒憲法と『天正デモクラシー』
天正4(1576)年10月 京都内裏 紫宸殿
風間 小太郎
史実では、前年には長篠の戦いがあって、武田家が織田、徳川連合軍に敗退した。
本年には秘匿していた武田信玄公の葬儀が執り行われている。
翌年には、信長の雑賀攻めがあり。越後の上杉謙信公との手取川の戦いでの敗退する。
畿内では、松永久秀を攻め信貴山城の戦いで自害させる。
そして信長公は右大臣に就任した。
その信長公は、6年後には本能寺の変で討たれ、時代は豊臣から徳川へと流れていく。
この年に、琉球を日本に吸収したことで、新政の理念を明文化した憲法を公布することにし、草案を俺が起草し弥勒菩薩様のお告げを表したものだと説明すると『弥勒憲法』という名に決まった。
この憲法では天皇家も民も平等な人であり一緒に交わり力を合せ国造りをして行く。
天皇家は国の象徴として、万民の安寧を祈る祭事を担うとした。
また、他国との戦は防衛を第一とし、領土の占領、拡大をせず、我が国も他国も、その植民地支配を許容しない。などとした。
そうして、翌年には16才以上の日本国民による選挙を行い、県知事と県議員を選ぶこととした。いわゆる地方自治が主体だ。
また、国政はその県議員の代表と、新政の功労者からなる参議で運営するものとした。
史実で大正期に起こった大正デモクラシーは、政治・社会・文化の各方面における民本主義の発展、自由主義的な運動、風潮、思潮などであった。
天正期の新政も7年以上を経過し、子らの学舎での教育も、根付いて来たことにより、民本位の政を具現するに決したのだ。
付け加えるなら、子らの学舎での養育は、4才からで、幼児教育2年、初等教育4年、中等教育4年である。
もちろん、教育費は無償であり、学舎での生徒の給食も無償とした。
余談であるが、令和日本の教育は無償ではない。給食や教材費だけではなく、制服や体操着、ランドセルなど無駄な利権とも取れる専売が蔓延っている。
さらには、高校受験のための学習塾通いなどもある。
タイガーマスクの伊達直人の(善意の)偽者が話題となる所以である。
教育分野について、付け加えると、高校、大学は作らなかった。
代わりに、研究所と専門学舎を設けた。
研究所は無給の研修生を受け入れ、国費で各種研究を行う。また、専門学舎は、生徒が授業料を払い、看護、建築、各種製造などの技術を習得するところだ。
この時期、活版印刷が普及していて、新聞の発行も増えていたが、新聞法を定め新聞社にう課した義務がある。
記事の根拠を記載すること。意見記事には民の賛成、反対の代表的な意見を併せて載せることである。
デマ、風評被害を防ぐためと、新聞記事の公正を維持するためだ。
新聞紙面には、白黒の写真も掲載された。
写真は19世紀発明以前にも、光を平面に投影できることが知られていた。
その投影は中国春秋時代の墨子や、ギリシャアリストテレスの頃から知られたピンホール現象に始まる。
この現象を利用したカメラ・オブスクラの開発と、像を固定させる化学的処理の発見が組み合わされ、写真技術が誕生したのだ。
まあ、天正の写真技術出現は、300年の間ちっとも進歩しなかった画像定着の技術を、先取りしたものではある。
「小太郎、『弥勒憲法』は、なかなかのものじゃな。民と交われると主上もお喜びじゃ。
それに、日の本は他国の領土を攻め取らぬか。返り見れば、戦国の世は領地を争う戦いの時代であったの。
そして、多くの人の命が失われた。」
「関白様、弥勒菩薩様は、戦えぬ弱き女子や年寄が安心して暮らせる世をお望みでした。
それには、身分で差別されることのない、人が皆、平等な世でなければなりませぬ。」
「小太郎殿、しかし、新政でそれを成して、民や公家、そして武士や坊主までもが、力を合せて、これほどまでに国を豊かにするとは思いもよりませなんだぞ。」
「人は、一人一人、得意不得手、欠点長所があります。足らぬところを補い合えば、どんな困難も乗り越えることができましょう。」
「なるほどのぉ、時に先ごろ、五山の坊主達を多数集めて、清水の舞台で説法をしたと噂になっておるが誠かな。」
「説法などと、おこがましい。他国の宗教の話や宗教の教えの矛盾について、少々苦情を申し上げただけでございますよ。
神仏の教えを歪められては、敵いませぬ故に。お坊様にはお経を読み解くだけでなく、人々の心を慰撫して貰わねばなりませぬ。」
「ははっ、小太郎殿にかかっては、聖人尊者も顔負けじゃな。弥勒菩薩様が遣わした現世の弥勒閻魔様と言われる所以じゃっ。」
えっ、また変な呼び名が付いているのか。
きっとまた、暇人の公家達が広めたに違いない。よしっ、もっと公家衆をこき使ってやるからなっ。
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天正4(1576)年10月 京都下京区祇園
新聞売り 虎二
「さあさ、新政の
この新聞は、号外だから
皆で読んで、新政の目指すものをもっと知ろうじゃないかっ。さあ、持ってきなっ。」
「おい新聞屋っ、なにが書いてあるんだよ。もったいぶらずに、説明しろよっ。」
「まあ、だいたいは今の新政でなされていることさねぇ。だけんど、来年からは、16才以上の男も女も選挙に参加して、政の代官である県知事を選ぶようになるんだっ。
すげぇだろう、それに天皇のご家族も民に混じって、務めをなさるってんだから、驚きだぜいっ。」
「ばぁか、永高女王様は、とっくに救護院で民と一緒に働いておいでだぜっ。
お綺麗でお優しくて、お顔を見に行くために怪我する馬鹿が増えたって評判だぜっ。」
「だからさ、永高女王様だけじゃなく、皇族の方々も務めをなさるってことなんだよ。
え〜い、面倒くせぇ。読めよっ新聞っ。」
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天正4(1576)年10月 蝦夷地 函館取引所
アイヌ シュムクル族の若者達
「おいナクルシム、新聞見たか。」
「ああ見た、和人は凄いなっ。公布した憲法で、南の琉球を吸収したが他国の領地を奪わないと決めるなんて、俺達はどうするんだ。
俺達の住む土地が他国から攻め込まれたらフィリピンのように奴隷扱いされるぞっ。」
「ああ、酋長達は何もわかっちゃいねぇ。
昔ながらの狩猟生活を変えようとしないし俺達の生活を良くしようとも思ってねぇ。
俺達は、この函館の学舎で学ばせて貰ったから、わかるけどな。
アイヌも琉球のように、和人の国に入らにゃだめだ。このままじゃ、未開のままだ。」
「ほんとだよ、弓で鉄砲や大砲と戦うつもりか。船だって小舟しかねぇ。戦いに負ければ女は犯され、子供は飢えるぞっ。」
「こうなりゃ、メナシクル族の者達も函館の学舎に連れて来て、和人や他国のことを知ってもらうしかねぇ。
アイヌの未来は、俺達で守らなきゃっ。」
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天正4(1576)年10月 琉球国中山 首里
琉球の民達
「おいっ、新聞を貰って来たぞっ。中を読んだが、琉球は全く差別されてないぞ。」
「そりゃ、当たり前だろ。今の琉球の新政を見てりゃ差別なんてないのが分かるだろっ。
若人や子らは学舎で共通語を学んで、本土にも行ってるし、本土と何も変わらないって
見て来てるじゃないか。
この街の賑わいは、本土そのものさね。」
「今帰ったぞっ。波が出て来たでな、今日の仕事は終いじゃ。」
「おぅ爺さま、観光舟の客の入りはどうじゃ。」
「ええよ、本土の客がぎょうさん来とる。
ご新造さんから、隠居夫婦までな。儂らは当てられてばかりよ。はははっ。」
足が少し不自由で、働き口がなかった爺さんだが、新政になり、代官所の職の斡旋を受けて硝子張りで海中が見られる観光舟の船頭を始めた。小型蒸気船じゃから、座って舵を取るだけの仕事じゃ。
「爺さまも聞いたかや、憲法の話だ。」
「ああ、聞いたぞ。本土の客や皆からな。
さすが弥勒菩薩様が願う世をお造りなさる『弥勒憲法』じゃと、皆、感心しとった。」
「スペインの琉球攻めがあって、一時はどうなることかと心配したが、今となっては琉球王朝が滅びて、琉球が日本になって良かったとしか思えん。琉球王家は威張るばかりで、琉球の民には、何もせなんだからな。」
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天正4(1576)年10月 四国土佐国中村
一条 内政
「
「はい母上、関ったと言うか、小太郎
「まあ、それでは嫌がって聞いたみたいではないですか。小太郎殿から直にお話を伺えるのは、稀な幸運なのですよ。
小太郎殿は、あなたに期待してくれているのです。」
「えっ、分かっていますよ。聞いたことは、みな書き記していますから。」
「あらあら、書き記しても理解しなくては。あなたも来年には、嫁を迎えるのですから、もっと大人になってくださいね。」
そう、僕は来年16才になり、2才年上の天皇家のご三女の永尊女王を嫁に迎える。
伊豆諸島へ行って、仲良く遊んだら、陛下と母上が決めてしまった。嫌じゃないけど。
小太郎兄の不文律で、体の成長から女子は18才になるまで閨事は禁止だ。
しかし、僕は男で16才だぞ。まだ幼くて悩み多き思春期なんだっ。
こうして、戦国時代の名残りを引く大名家の一条内政くんは、抵抗虚しく大人の階段を登って行く仕儀になったのである。
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