第54話 足利義輝と『琉球王国大乱』

天正4(1576)年3月 琉球国中山 首里

足利 義輝



 新政も7年目の新年を迎え、民達は戦乱のない世を謳歌しておる。

 世の中は数多の商いが生まれ、驚くほどの便利な新しき道具や生活雑貨、平安の貴族も驚くであろう美食料理、新政が成す治療院、孤児院、不具者老人の活計たつき院、子らのための学舎などが広く普及した。


 戦国を溢れた武士達も、国防治安の職につき、日の本の平和を守っておる。

 だがしかしじゃっ。儂の師、塚原卜伝殿から学んだ鹿島新當流を振るう機会は失せた。

 奥義『一之太刀』を試す機会もないのじゃっ。

 不満、不満、欲求不満じゃあ。

 こうなれは、小太郎に八つ当たりしてくれようと、天草まで来てみたが、琉球に行って見よっと、体よく追い払われおった。

 だが悪くない、商人に扮して琉球を見聞するなど、儂の好奇心と冒険心をくすぐるのじゃ。



 とは言え、堺からの商船で琉球に、来たはいいが、言葉が通じん。言葉が分かる商人の喜兵衛に付いて歩くしかないわ。


『こんにちは』は、『はいさい』か。

『よく来た、よーこそ』が『めんそーれ』

『また会おう』は『またやーさい』か。


『おいしい』は『まーさん』で『とても』は『いっぺー』で『いっぺーまーさん』が、『とても美味しい』になるのか。なるほど。


『暑い、寒い』は『あちさん、ひーさん』か。これは、そんなに違わぬな。

『ありがとう』は『にふぇー』で、『ごめんなさい』は『わっさいびーん』なのか。


 むふふ、だいぶ覚えたぞっ。試してみねばなっ。


「お〜い、そこの子供っ。まーさんの店。」

 あとは、食うまねをして、あっちこっちを指差す。通じたようだ、一軒の店を指差してくれた。

「にふぇー」と言うと、笑顔が帰って来た。


 教えてくれた店に入ると、高台テーブルの椅子席で、壁に品書きがある。

 ほとんどわからぬが、そーめんちゃんぷると言うのは、麺の混ぜものと思ったので頼んでみた。

 伴の金太郎と宵桜は、仲良くソーキそばを頼んでおる。なにも夫婦だからと言って、同じ物を喰わなくてもいいだろうにっ。


よしさん、なかなか旨い蕎ですよ。」


「肉汁の味が良いですね。豚かしら。」


「このちゃんぷるも、行けるぞっ。琉球にもそーめんがあったのだなぁ。」


 調理場から覗く調理人に、『いっぺーまーさん』と言うと、特上の笑顔が返って来た。

 給仕の女や他の客達も、嬉しそうだっ。


 琉球の民は、日本の民と変らぬな。儂らになんの敵意も反感も抱いておらぬ。むしろ、親切で好意的だ。琉球王朝の者どもが、嘗ての公家みたいに、無能なのかも知れぬなぁ。


 給仕の女に『幾らだ、銭?』と言うと、「スウ、スウ、スウ、ケーイーリャンゲン」

と応えた。たぶん4元3つで、12元と言っているのだろうと思い、15元を出すと女は12元だけを取った。

 だが、儂はあと3元も『にふぇー、いっぺーまーさん』と言って渡した。

 女は、もの凄い笑顔で頭を下げながら、「にふぇー」と返してくれた。

 おまけに調理場に向かってなにか叫ぶと、調理人まで顔を出して、たぶん礼を言った。


 琉球は、中国語と独自の言語が混じっているようだ。古くから交易があるから、銭勘定は中国と同じなのであろう。



 店を出て、街を見ながら首里城のある方へ向った。街中で兵士は見かけないが、首里城の城門には衛兵がいる。

 少し離れたところから、城を眺めていると衛兵の一人が近づいて来て、話し掛けて来た。なんと、日本語だ。


「日本の方ですね。ようこそ琉球へ。」


「日本語が話せるのか。驚いたよ。」


「私は、水軍の訓練に日本に行きました。

 だから、日本語覚えました。」


 そうか、水軍の訓練に日本に来た一人か。笑顔で話し掛けて来たし、いろいろ聞いてみるか。


「琉球に南蛮人は、来ているのか?」


「来る。だけど湊だけ、入れない。」


「南蛮の船は、大砲を積んでいるだろう。

南蛮人は暴れたりしないか。」


「南蛮、琉球が武器を隠している思ってる。だから、乱暴しない。

 酒飲んで暴れる、どこでもある。」


「「はっはっはっ。」」


「南蛮、攻めて来る。日本、助けてくれるか。」


「琉球王朝が滅ぶのは、助けないが、琉球の民は助けるかも知れない。

 先の海戦後、琉球王朝は日本で一番怒らせてはならぬ者を、怒らせたからな。」


「小太郎様か、小太郎様は厳しく優しい。

 私達に、絶対死ぬな、生きて民を守れ、言った。」


「なら、きっとお前らを助けに来るだろう。南蛮は蛮族、仲間にはなれぬ。我らを猿と同じと見ておる。騙されてはならぬ。」


「私、平和な日本を見た。日本の王が戦乱を鎮めたと聞いた。日本と仲良くしたい。」


「うむ、仲間に伝えよ。小太郎を信じてやれとな。奴は民を見捨てぬ。琉球の民もな。」




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天正4(1576)年5月 琉球国中山 首里

足利 義輝



 琉球に逗留して、2ヶ月程が過ぎた頃、湊で南蛮人と小競り合いが起きたと聞いた。

 南蛮の水夫達が、琉球の娘を船に拐かそうとし、居合せた琉球の若者達が水夫達と斬り合いになったそうだ。水夫が二人死に、琉球の若者も一人死んだそうだ。

 この事件に、琉球王朝は全く動かず、王朝を非難する民衆が王宮に詰め掛け、大騒ぎとなった。

 ましてや、台湾にいたスペインの総督代理から、琉球王朝に、損害賠償を求める使者が来たのだ。


 琉球王朝としては、武力で南蛮とは戦えない。戦争は避けねばならない。だから、相手に非があろうと、折れるしかないとの結論に達し、スペインに賠償をすると返答した。

 しかし、これは悪手だった。琉球が下手に出たのを武力がないためと、察知したスペインは、わずか3隻の艦隊で琉球征服に踏み切った。


 首里の湊に入ったスペイン艦隊は、大砲を撃ちまくり講和の使者も皆殺しにして、500人の兵士で上陸。首里城に攻め掛かった。

 この時、首里城の防衛には、日本で水軍の訓練を受けていた500名の第二軍の兵士達がいたが、彼らは大砲と鉄砲の数で全く勝ち目がないと、王城の守備兵達を説得し、王城を見捨てて、民達を連れて北部へと避難したのだ。


 このため首里城には、近衛兵200人ばかりしか残らず、あっという間に落城してしまい、琉球王朝の一族は皆殺しにされた。

 ところが、その翌朝、湊に停泊していた3隻のスペイン艦隊は、日本水軍の襲撃を受けて壊滅の浮き目を見る。


 儂が呼び寄せた北九州配備の戦艦5隻と駆逐艦10隻の大艦隊がやって来たからだ。

 続いて、湊に上陸した兵2,000がスペインの首里城攻撃をなぞるように攻め上がり、スペイン軍を撃破した。

 白旗を上げて降伏しようとしたが、首里城諸とも灰燼にした。琉球の使者を皆殺しにしておいて、自分達は助かろうなんて、あり得ないだろう。


 儂は琉球の民衆を集め、琉球を日本の一部とすること。日本と琉球の代官により新政を行うことを布告し、地方への道路整備や乗合馬車の親切、産品取引所の設置から始めた。


 それから、第二水軍を再度編成し、戦艦2隻と駆逐艦8隻、魚雷艇40隻からなる琉球艦隊を訓練している。

 ちなみに、戦艦2隻は『琉球』と『首里』と言う名に改名された。

 その他、陸上には1,500名の警備兵を街々に配置し、予備兵として16才以上になった女子達に射撃訓練をさせている。琉球の女子は、か弱くはないのだ。



 小太郎に、報せと支援を要請したら、物資の支援は送ります。その他は万事任せるから初代琉球代官として、頑張ってくださいとの返事が来た。

 あ奴は、鬼か。おまけに、おいおい小侍従局が幢丸を連れてそちらへ行くそうですよ。と書いてある。

 あ奴は、自由な儂を妬み、不自由にしようと絶対に企んでおる。これで密かな現地妻の夢も潰えた。




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天正4(1576)年8月 琉球国中山 首里

足利 義輝



 日本から、小侍従局が幢丸を連れてやって来た。幢丸は12才になり、初の琉球に大興奮だ。


「父上っ、海の色が違うのです。透き通った空のような青なのですっ。おまけに綺麗な色の魚が泳いでいるのですよっ。」


「まあ、まあ、幢丸ったら、そんなに一辺に話したら、父上がお困りよ。ふふふっ。」


「別に良いが、船旅は困ったことはなかったか。船酔いとかせなんだか。」


「ええ、初めて戦艦とかの大きな船に乗り、揺れが少ないのに驚きました。それに、船の料理長がとっても美味しいお料理ばかりで、もしかしたら、太ってしまいましたわっ。」


「父上、父上っ。幢丸は釣りに行きたいのです。あの綺麗な魚を釣りたいのです。そして母上に食べさせたいのです。」


「幢丸、熱帯の魚は脂がなく川魚みたいな味であまり美味しくはないぞ。まあ、明日にでも連れて行ってやるがな。」


「わぁーぃ、釣りだぁ、釣りだぁ。」


「殿、幢丸も一人で寂しいのです。私も娘がほしいですわっ。」


 へっ、そんな話になるのか?

 儂の人生で一番と言っていいほど、昼間も激務だというのに、夜も忙しくなるとは。

 とほほほ。

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