第六章 弥勒菩薩様の願い

第50話 『天正泰平文化』東国と北九州

天正3(1575)年1月 京都東山 八坂神社

風間小太郎



 今年も恙無く新年を迎えることができた。

 新政における不正を決して許さない俺を、いつの間にやら、今閻魔様いまえんまと呼び、悪意や私利私欲を抱く者達に、その罪の裁きを与える恐ろしき存在であると、噂する不埒な民衆が増えている。

 公家の奴等が皮肉って、そう呼んだに違いない。


 まあ、新政の下、身分制度を廃して職権の地位だけにした時点で、天皇陛下以外の農民から公家に至るまで、平等なのである。

 俺の立場と言うか地位は、甚だ不透明なものなのだが、陛下以外には、誰にでもタメ口をける畏れ多い存在。そんなところだ。


 俺は世を忍ぶことを信条とし、人前に顔を出すことは最小限しかしない。特定の関わりを必要とする場合にしか姿を現さないのだ。

 だから、街中に佳奈達と出歩いても、俺達が風間家の者と気付かれはしない。


 

 でだ、新年の元旦に初詣を兼ねて、八坂神社に佳奈と未来、侍女らを連れて来ている。

 初詣を兼ねてとは、八坂神社で元旦に開かれる『かるた始め式』を見物するためだ。


 この祭儀は、古に八坂神社の祭神である、素戔嗚尊スサノオのミコトの逸話から始まる。

 高天原を追放され八岐大蛇を退治し、櫛稲田姫命を娶る際に、我が国の最古と言われる和歌を詠んでいる。


『八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を』


(雲が湧き出る出雲の地に 無数の雲が昇り立ってる 俺は妻(を護るために)の棲家とする処に何重もの垣を作ったが、その八重垣のようだ。)


 『かるた始め式』の前半は、十二単やあこめ姿の『かるた姫』と狩衣姿の『童子』による初手合わせが行われる。

 後半は打って変わり、かるた女王クイーン特別女王ex-クイーン試技戦エキシビションマッチが行われる。

 前半では、かるたを押して取るが、後半は払い手で取り、まさにかるた乱舞となる。


 その迫力に見惚れている佳奈は、俺の左腕をしっかり抱え込んでいるし、未来は背伸びしながらそれでも見にくいのか、俺の右腕に縋りついて『ぴょんぴょん』跳ねている。

 で俺は、身動き出来ないのだが。その俺を気遣って、周囲を侍女達が囲む。隙間を開けないためか、密着し過ぎだよ〜っ。



 初詣では、祭神の素戔嗚尊スサノオのミコトの向こう側に、弥勒菩薩様がいるのだと思い、話し掛けた。

『弥勒菩薩様、どうか今年も平和でありますように、見守りください。』


 それから俺達は、人々で賑わう祇園の仲見世街を買食いをしながら、ぶらついた。


「兄上っ、あれあれっ、あそこで売っている千年飴を買ってぇ〜。」


「なんだ、千年飴って。」


「近頃評判なのよ、飴を作る時に引っ張って長く伸ばすので、長生きできる縁起のいい飴なんですって。」

 

「佳奈は良く知っているなぁ。」  


「えへへっ、私も小太郎さんの妻ですから、市中の噂話などは侍女達に集めさせているんですっ。」


「佳奈姉様のお洒落と甘味の情報は、どこよりも早いのですっ。」


「あら未来ちゃん、それは侍女達の興味が、そこに集中しているからだわ。私は旦那様の噂話しか気にしてないわ。(ポッ)」


 子供の生存率が低いこの時代「元気に育ってほしい」「長生きしてほしい」という親の想いが込められ、やがて千年飴は千歳飴と名を変えて、七五三のお祝いの縁起物となったとされている。


「未来、甘いものばかり食べちゃ、虫歯になるぞっ。帰ったら歯磨きしようなっ。」


「兄上の作ったハッカの磨き粉、スースーして気持ちいいから、未来、歯磨き好き〜。」




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天正3(1575)年5月 東国津軽弘前

津軽の民 利平



 最北の地、東国の津軽を治めていた津軽家が官軍に滅ぼされてから早7年。

 この地は水運の利便もあって、東海の伊豆から、あれよあれよと言う間に、鉄の農具や陶器の日用品、この地に適した作物の種などが拝領されて、見る見るうちに変貌を遂げてしまった。


 おらは農家の三男だで、親の土地を継ぐことなどできない立場だったが、四男の弟共々開拓地の土地を与えられて、食糧の配給をしていただき、3年目には独り立ちができた。

 そして去年には嫁を貰い、果樹と芋畑農家としてやっている。

 弟の津四郎は、苦労しながら秋蒔き小麦と餅米の栽培を成し遂げ、今では仲間の農民とパン工房と餅菓子の店まで開いている。

 どうやら、今年の秋には嫁を貰うようだ。


 とにかく、世の中変わった。特に新政が始まると、家は規格壁パネルで風を通さない暖かい家に変ったし、綿の入った防寒衣服や手袋、藁靴などが普及した。

 家々には明るい灯油燈ランプが灯り、石炭鉄釜ストーブで暖を取れる。

 

 それより何より、去年春に開通した鉄馬車の効果が凄い。ここ津軽の青森で、北回線と東海回線が繋がったのだ。

 それまで水運で運んでいた産品が、鉄馬車の運送で何倍にもなった。しかも速い。

 なにせ、人も乗せて京の都まで二日で行けてしまうのだ。

 おらも秋の収穫を終えたら、嫁と都見物をするつもりだ。




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天正3(1575)年6月 北九州平戸代官所

松平家.北九州海事奉行 榊原政鞆



 儂で北九州の海事奉行は4代目になるが、前任の奉行の頃から、朝鮮の倭寇、すなわち強力を持って交易をしようとする者達の往来が後を立たぬ。

 もちろん、商人も民達も相手にはせぬが、奴等は新政で潤う豊かな品々を欲して止まぬのだ。

 海上の警戒は多数の小型船でしておるが、夜間に紛れて上陸を果たす者達もいる。

 上陸をした倭寇は、全員討伐。生かして帰すなというのが、新政の命だ。


 春秋の2回ある代官の評議会で、中国朝鮮の様子も聞いているが、朝鮮は我が国の戦国前期同様の貧困に喘いでいるそうな。

 そして、倭寇の者達と交易を交わしても、その者達に某利を与えるだけで、貧困の民になんら寄与しないばかりか、我が国の豊かさが知れ渡ると強欲に駆られて、攻め寄せて来ることになりかねないと言う。


 また、朝鮮の者達は虐げられて来た歴史から、その民達に善悪の区別、正義、信義を失わせて、嘘を悪いことと承知せず、憐れみを誇大に乞い、悪事を当然のことと言い張るので、話など通じないと言う。

 それは、前任者も捕えた倭寇の者達を取り調べして思い知らされたと聞いている。


 そんなこともあり、民達には再三に渡り、『倭寇、或いは朝鮮からの逃亡者であっても人攫い、強盗殺人、詐欺など行う者達であるから、決して関わらぬようにせよ。』

 と布告している。



「海事奉行様、また対馬から朝鮮の逃亡者を捕えたと報せが参っております。」


「なにっ、すぐに処罰しなかったのか。」


「朝鮮からの逃亡者は、今年に入り50人余にも上っており、対馬の者達も皆殺すには、忍びないと。」


「そうか、そこまでになったか。仕方ない、新政の評議に報告をして、対処を仰ぐ。」


「逃亡を許し受け入れるのでございますか。それなら対馬の者達も安心致しましょう。」


「お主、我が国を滅ぼすつもりか。逃亡者を一人許せば、次から次へと終いには、朝鮮の民が全てやって来かねぬぞ。

 そんなことも理解せずに海事奉行所に務めておったのか。戦国が終り平和呆けしおったのか、他国ではまだ戦国の最中ぞっ。

 お主、朝鮮に行って来い。朝鮮の実態を見て参れ。生きては戻れぬかも知れぬがな。」


「えっ、えっ、ご冗談では、· · 。」


「皆の者にも言うて置く、ここは明と朝鮮との前線ぞ。のんびり茶などを飲んでいるようじゃが、今から隙きあらば背中から斬りかかるものと覚悟せよ。儂の刀の錆にしてくれるわっ。間違えるなっ、ここは戦場じゃぞ。」



 新政の評議に電信で報せたところ、直ちに甲指令を実行せよとの勅命が来た。

 甲指令とは、儂が前任者と引き継ぎをした際に、小太郎様から直に申し渡さた内容で、『日本を護るために諸外国の民との関わりを禁じ、もし関わる者達があれば、その者達を移民させるというものである。』


 その指令を受けた半刻後、儂は200人余の兵を率いて、駆逐艦3隻で壱岐に向かった。

 壱岐に着いてみると、案の定、朝鮮からの逃亡者は40人余で、4才にも満たない幼い子らが7名混じっており、島民の同情を買っていた。


 親だという者と子らを引離し、詮議をすると親を名乗る者達の実子ではないことが判明した。

 奴等は自分達の日本移民を企み、幼い子らを拐かしてまで成そうとしていたのだ。

 儂は、それらの事実を壱岐の島民の目の前で明らかにし、島民全員を集め命じた。


「その方らは日本の民じゃ。神や仏の教えを守り、清く生きておる。

 しかし、外国そとつくにでは、そんな教えを知らず、生きることに必死なのじゃ。

 そのような者に交われば、騙され利用され日本を滅ぼす手助けをしてしまうであろう。 

 乱取り蔓延る朝鮮からは、これからも逃亡者が絶えぬ。その中には本当の親子もいるであろうな。


 その方らに、国を護らせることは酷じゃ。よって、その方らには、この地から離れてもらう。

 明後日の正午までに移民の準備を済ませ、駆逐艦に乗船せよ。拒むことは許されぬ。

 それから、今回の子らを助けたくば、その方らが親となって育てよ。ただ命を助ければいいなどという、無責任は許さぬ。」


 壱岐の島民600人余は、一同に唖然としている。自分達のしたことがこれ程に重大な顛末に繋がるとは、夢にも思わなかったのだろう。しかし、もう後戻りはさせない。


 この後、壱岐には、新政の軍勢100人余が交代で駐留することになる。

 壱岐の島民達は、台湾へ移住させ、外国人を学んでもらう。それが処罰だ。


 それにしても、小太郎様の『深謀遠慮』は図り知れないものだと痛感致した。

 儂も朝鮮からの逃亡者など、助けて日本のどこかに住まわせれば良いと思っていたが、逃亡者が後を立たなければ、やがて一大勢力となって、戦乱を招くに違いない。

 彼らには、日本の良識が理解できないのだから。

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