第35話 進撃の官軍『公家大名』

永禄12(1569)年2月中旬 伊勢国霧山城

北畠具房



『ふふふっ、帝の新政を成す為に、この俺が官軍の第二軍団を預かった。この役目を成せば、武名で名高い父上に並び、そして南朝のご先祖北畠顕家公の汚名も雪げる。』


「具房、何を呆けておるのだっ。さっさと、軍議を始めぬか。皆、待っておる。」


「ゴホンッ、それではこれより、第二軍団の軍議を始める。波瀬具祐、説明せよ。」


「はっ、まず雑賀五搦でございますが、中郷

南郷、宮郷の内陸の3搦は、朝廷に従うとの

返答を得ておりますが、雑賀荘と十ヶ郷は、独自の水運の利権保持を条件に、難色を示しております。

 まず、この扱いを如何致しましょうか。」


「何を言っとるのだか呆れるな。他の地域と扱いが違えば、商売などできぬぞ。

 勝手な条件など付けるのであれば、滅ぼすのみじゃ。」


「大御所様、雑賀荘と十ヶ郷とて、皆がこの条件を望んだ訳ではないと聞いております。 

 強欲な者達に引きずられただけかと。」


「肝心の鉄砲傭兵の雑賀党はどうなのだ。」


「雑賀党を率いる鈴木孫市は、好んで戦いはしたくないようですが、戦乱が治まったら、傭兵の仕事が無くなるのではと、危惧しておるとか。」


「ふむ、分かっておらぬか。雑賀党には俺が文を書こう。南蛮との戦に備えて、日の本の軍を作るとな。望む者はその軍の兵となる。鉄砲に長けた雑賀党の者らが必要だとな。」


「殿、業突く腹の者共のことは、水軍にお任せください。ごねた罰に、船を全て燃やしてやりましょう。それでも目が覚めねば、家を吹き飛ばしまする。」


「うむ、そうするか。そう言えば摂津がきな臭いようだぞ。雑賀の船を始末したら、水軍は後始末を我らに任せ、摂津に向かえ。

 石山要塞に攻めて来るのは我らの獲物だ。義輝様の手を煩わせてはならぬ。」


「皆の者、これで良いな。」


「「「「ははっ。」」」」




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永禄12(1569 )年2月下旬 紀伊国紀之湊

北畠具房



 俺が陸奥大介鎮守府大将軍であった北畠顕家公にあやかって付けた戦艦『陸奥』に座乗し、駆逐艦10隻、支援艦20隻の大艦隊を率いて雑賀荘の紀之湊に乗り込んで来た。

 今は、湊に入った駆逐艦で停泊している船を砲撃して破壊しているところだ。このあとは、小型船で湊にある小早を焙烙玉で燃やし尽くすそうだ。なんだか気の毒になる。

 

「繁定、まだ使者は出て来ぬな。」


「はあ、船だけで町家は無事なので、舐めておるのでしょう。町家の砲撃を開始しますぞ。」


「大きな町家を狙わせよ。船主は小さな町家に住んではおるまいからな。」


「はっ。砲撃目標、町家の大きな家だっ。

逐次砲撃を開始しろっ。」


『ドッガーン、、ドッガーン、。』


「おおっ、町衆が逃げ出しましたな。間違うて当たるかも知れぬ上手く逃げなされよ。」


「酷いな、繁定。可哀そうではないか。」


「なんの、殿。某は亡くなった者は、手厚く葬りますぞ。」


「おっ、白旗を掲げて出て参りましたぞ。」


「砲撃中止だ、繁定、砲撃を止めさせろ。」


「砲撃中止っ、砲撃を中止せよっ。」


 

 結局、雑賀荘と十ヶ郷は無条件降伏というか、無条件臣従した。船が無くては商売ができぬと泣きついて来たので、高利で商船を貸し出すことにした。

 船は帝のものであるが、貸した儲けは帝に渡すのだから、何も問題あるまい。

 利息が高いのは俺の憂さ晴らしだ。




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永禄12(1569 )年2月下旬 摂津国堺湊

鈴木繁定



 某は伊豆の西浦江梨鈴木家の者で、伊豆が風間家になってからの家臣である。

 代々西浦江梨で水運をしていたこともあり、三浦殿の下で水軍衆に加えて貰えた。

 そして、小太郎様から伊豆下田に造船所を築き、キャラック船を造るように命じられ、さらには、今回官軍の創設により、第二軍の水軍を任されている。

 

 堺湊に着いた俺は、石山要塞と連絡を取るため、電信のある堺の駅舎まで来ている。 


「どうだ、返事は来たか。」


「お待ちください。よし、終了。返信です。

 明朝大阪湾沖から有岡城に砲撃をされたい。以上です。」


「そうか、わかった。この後電信があれば、船に信号で知らせてくれ。」


「了解です。」



「おおっ、沖の軍船でいらしたのは、繁定殿でしたか。久しゅうございます。」


「これは宗久様、偶然でございますなあ。」


「なんの、鉄馬車の駅舎は、今一番人が行き交う場所でございますよ。儂もこれから京の都へ行くところ。誠に便利になったもので、ございますよ。はははっ。」


「近頃の堺は如何がでございますか。」


「見て分かりませぬか。人は3倍、物は10倍、堺の町は、少し前がまるで田舎町に見えまするっ。はははっ。」


「それは、それは、宗久様も前以上の長者様にお成りですかな。はははっ。」


「この前、伊豆で慶寿院様にお会いして参りました。新しい商品の仕入れのついでに、珍しきオルゴールが手に入りましたで、献上させてもらいました。

 すっかりお元気になられて、安堵致しましたわ。」


「それはお喜びになったでしょう。宗久様は古い馴染みでございますれば。」


「繁定殿、戦が終わりましたら、お訪ねくだされ。茶でもゆっくり飲みましょう。」


「ええ、それでは、急いで戦など終わらせて来まする。」


「「はははっ。」」




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永禄12(1569)年2月下旬 摂津国大阪湾

鈴木繁定



 夜明け前の暗い海上を慎重に船を進める。 

 星の位置と羅針盤、海図を照らし合せて、岩礁地帯を大きく避けて行く。

 今夜は三日月、月あかりが無いに等しい。


 地平線が白み始め、陸地の輪郭を浮き立たせた。大阪湾の外観が分かると命じた。


「よし、ゆっくり近づけっ。先導の小型船の通った跡を外れるなっ。

 座礁などしたら第二水軍の大恥ぞっ。」


「長っ、所定の位置ですっ。」


「よし、全帆降ろせっ。碇を降ろして、砲撃準備を急げっ。」


 一列縦隊で進んで来た艦隊が、所定の陣形の位置に着いて行く。風は微風、まさに砲撃日和だ。

 明るくなった。朝もや棚引く夜明けだ。

 有岡城とその周辺の野営陣地から、朝餉の炊飯の煙が出始めている。


「石山要塞から旗信号ですっ。攻撃開始可の旗信号が立ちましたっ。」


「よし、目標、朝餉の炊飯の煙位置。各船は割当て区画を正しく砲撃せよ。各船試射開始だっ。」


『ドンッ、ヒューン、ドッガーン。』

『ドンドンッ、ヒュヒューン、ドドッガーン。』

『ドンッ、ヒューン、ドッガーン。』


「左翼に当たってない区画があるぞっ。左翼艦隊に修整を命じろっ。右翼は一旦砲撃中止っ。」

『ドンッ、ヒューン、ドッガーン。』


「よし、修整できたな。全砲門、一斉連射開始せよっ。」


「石山要塞の砲撃が、有岡城に当たり始めました。主砲らしき一撃は破壊力が段違いですっ、一面木っ端微塵ですっ。」


「ほう、なるほど。源吾殿(源爺)が自慢しただけはあるな。」


「あんなの当たったら、うちの戦艦でも一発で轟沈しますよっ。

 それにしても、なんで有岡城をそのままにしておいたのですかねぇ。」


「分からぬか、敵が現れた時の餌よ。敵が城に入ってくれると砲撃しやすいからなぁ。」




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永禄12(1569)年3月上旬 備中国西之浦沖

鈴木繁定


 

 大阪湾での掃討を終えた我らは、再び雑賀に戻り、北畠具房様以下の第二軍団の将兵を乗せ、備中に攻め入るべく瀬戸内の海を西進している。

 旗艦『陸奥』の艦橋では具房様らが寛いでおられる。


「殿、またお痩せになりましたな。見違えましたよ。」


「そうか繁定、毎日、甲冑を着けて走っておるからな。」


「殿、何もご先祖伝来の甲冑とは言え、重い鎧兜を着けなくても、軽い第二軍の新式甲冑があるではないですか。」


「直藤、儂も戦場に出る時は、新式を着けるぞ。だがな、小太郎殿に言われたのだ。

 戦場で已の身を護るには、動ける身体にして置けとな。でなければ、第二軍は他の者に率いさせるとな。大将が討ち取られては戦が終わりじゃからなぁ。はははっ。」


 俺は知っている。父親に武威で敵わずに悶々としていた具房様を。

 小太郎様が『第二の北畠顕家公になりませんか。お父上には悪いと思いますが。』なんて焚き付けるもんだから、すっかり乗せられてしまったようだ。

 小太郎様って、天然の騙しの天才かと疑っちまうよ。確かに嘘は言ってないけどな。

 俺も騙された。臣従したら石高を倍にしてやると言われて、てっきり領地が増えるものだと思っていたら、領地はそのまま。

 確かにそのままの領地で、収穫は1.5倍、水産加工やなんやかやで、石高は倍どころか5倍になった。それを今棒禄で貰っている。


「小太郎殿に教えられた調理人が作るものを食べて、毎日1里走れと言われただけだがな。身体が軽くなると走るのが楽しくてな。飯も旨い。この前、父上に剣術の稽古を頼んだら、腰を抜かしておったわ。

 だが、稽古で全然敵わなかったが、根性は親譲りじゃわいと笑ってたぞ。」



「殿、船長っ、敵水軍が現れたと先行艦から信号が届きましたっ。」


「西風、向かい風か。よし、旗艦と4隻の駆逐艦を残し、他の艦は近くの入江に隠れるように指示しろ。

 先行艦は、反転し低速で退却。敵船団を連れて来いと伝えろ。」


「はっ。」


「敵と会合したら、反転して味方艦隊がいる場所を通過するまで下がるぞ。それから、反撃だ。挟み撃ちにして殲滅する。」


「「「おうっ。」」」


「船長、きやしたぜっ。蛆虫どもが、うじゃうじゃいるぜっ。」


「繁定、権六は戦いになると、人格が変ってないか。言葉使いが別人じゃ。」


「具房様、こっちが本物の権六ですよ。普段は猫被っていやがるんですよっ。」


「そう言う船長だって、言葉がぞんざいになってますぜ。具房様、伊豆の浜言葉だど、気にせんでおくんなさい。」




 会合して反転した我らを、弱腰と見たか、敵船団大小400隻余が、傘に掛かって追って来る。

 味方の潜む海域を過ぎて反転すると、先行艦を含む6隻で、一斉に砲撃の火蓋を切る。

 側舷総数80 門余の砲火に、直撃だけでなく、砲撃の起こす荒波に沈む小早も多数ある。そうして、入江に潜んでいた味方艦が次々と参戦して来るに及び、勝敗は決した。

 波間に転覆した舟や材木に捕まる敵勢を残し、備中へ上陸すべく西之浦へと向かった。




「具房様、どうやら西之浦湊には、毛利の軍勢が潜んでいる様子、上陸前に砲撃で駆逐致します。」


「分かった、頼むぞ。」


「砲撃用意っ、目標、海岸の家屋、林、全て灰燼にせよっ。砲撃開始っ。」


『ドンッ、ヒューン、ドッガーン。』

『ドンドンッ、ヒュヒューン、ドドッガーン。』

『ドンッ、ヒューン、ドッガーン。』


「うわぁ〜、逃げろっ。殺されるぅ〜。」 

「退却だ、退却だぁ〜。」


 海岸一帯の硝煙が晴れると、変わり果てた西之浦湊の姿があった。


「よ〜し、鉄砲隊から上陸開始っ。

 最後尾の騎馬隊は上陸したら、真っ直ぐ、高松城に向かえっ。

 繁定、しばらく別れだ。予定どおり補給の方を頼むぞ。」


「はい、お任せください。具房様の武勇のほど、期待申しておりまする。」


「ふふっ、新式鎧。似合うておるか。」

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