第33話 進撃の官軍『石山要塞』
永禄12(1569)年2月中旬 摂津国石山要塞
足利義輝
「義輝様、池田城の荒木村重に動きがあります。しきりに丹波の波多野秀治と連絡を交わしており、播磨の別所長治、但馬の山名軍とも通じているようにございます。」
「京の風間殿に報せよ。第一軍団が来るまで籠城するとな。急ぎ領民に触れを出せ、戦場から避難せよと。」
やれやれ、馬鹿な者どもが動き出したか。
儂が切り捨てた幕臣どもに煽られたか。
相変わらず、人の
今さら悔やんでも仕方ないが、儂は家臣らとの接し方を誤ったのだ。
わずか11才で、隠居した父上から家督を譲られ将軍となったため、補佐するという体の家臣らの言葉だけを材料に判断をするようになっていた。
家臣らが幕府のために、皆、善意の者らであると思うていた。しかし違った。自分を良く見せるために互いに競い、相手を貶める。
それも、近習の間だけでなく、管領、守護の間でもところ構わずにじゃ。
誰かを信じ重用すれば、その者は他の者らから妬み恨みを買う。儂は大人になるに従い誰も信じられなくなって行った。
小太郎から聞いたのだが、梟雄と言われる下剋上を成した上に立つ者らは、口数少なく已の考えを周りには悟らせなんだ者が道を切り開いたというておった。
そう、儂は小太郎と会うてから変わった。
自分に正直に本音を話して、信頼できる者と初めて出会った気がする。まさに一緒に育ち苦楽をともにした兄弟のようなのだ。
小太郎と出会い、儂は儂の人生をやり直せると、そう思えた。
しかしなんじゃこれは。遥か遠く淡路島の海岸にいる人まで見えるではないか。
潜望鏡と言うたか、この要塞の目だと言うていたが、要塞の上の一本杉に備え付けてあるとか。双眼鏡は知っておるがそれより数段遠くまで見えるではないか。
ここは司令室、円形の広い部屋で壁には、外の高所から見た風景の絵地図が、裏面からの明かりに照らされ浮き出ている。
壁に出入口はなく、部屋中央横の階段を昇って出入りする。
円形の天井には、まるで夜空のように豆電球が煌いて、30余の星座を形どっている。
儂が知っているのは、北斗七星だけだがな。
それに、室内は送風で夏涼しく冬暖かいという。
また室内には、機械仕掛けのオルゴールとかいう、なんとも、優しげで可憐な音楽が流れておる。
小太郎が以前、母上(慶寿院)に堺の土産として買って来てくれたものと同じだろう。
あれ以来、母上は小太郎を儂の弟扱いして兄の癖になんですかと、咎められるようになった気がする。小太郎は年上の女の扱いが上手過ぎるのだ。
司令室中央は一段高くなっており、360度回転する椅子が儂の司令官席になっている。
そこに潜望鏡があり4方には8名の監視員がおり、別な潜望鏡で8方を監視している。
また、その後ろには3名の通信兵がおり、電信で送られて来るモールス信号を儂に伝えて来る。
あと5名の侍女ではなかった、女補助兵が居て、皆に茶や弁当を配ったり、司令室内の掃除などの雑用をしてくれとる。
今、この石山要塞には風魔八の組の早田原八配下と、要塞守備4兵千名がおる。
大、中、24門の大砲と3千の鉄砲隊で、数年籠城できると言うから、儂らの知ってる城とは全く異なるものじゃ。
「義輝様、ご報告をよろしいでしょうか。」
「原八か、掛けろ。聞こう。」
司令席の階段と反対側には、15人も掛けられるソファの応接セットがある、
「義輝様、播磨の別所、但馬の山名が兵を招集しております。ただ、村々では招集を拒む動きがあるようで、あまり上手くいっておらぬ様子にございます。」
「ようやく、播磨辺りの民達にも、帝の詔が伝わったかな。」
「ふふっ、年明けから公家衆が入り込んでおりますからなぁ、そろそろかと。」
「しかし奴らめ、尻に火がついておることに気がついておらぬのか、第一軍が朝倉攻めに掛かっておるであろうに。」
「朝倉が簡単には落ちぬと思うておるのでしょう。それに風魔が伝令断ちを行っておりますから、第一軍に気づくのは進軍と同時くらいでありますよ。」
「そう言えば、第二軍の北畠殿から、水軍を雑賀攻めの後すぐに、こちらへ向かわせると言うて来たわ。過剰戦力になるから、別に良いのにな。」
「北畠様にしたら、第二軍の討伐対象が我らに倒されては、面目が立たぬのでしょう。
少々、焦っておいでかも知れませぬな。」
「まあ、向こうから攻めて来ると言うのだから、歓迎してやるだけだかな。ちょうどこの要塞のこけら落としにもなるし、良かったわい。」
「小太郎様が焼きもきしますぞ。義輝様を戦させぬために、この要塞に閉じ込めたつもりですからな。
なんですか、この要塞の玩具ならば、義輝様も夢中になるはずとか申しておりましたなぁ。あはははっ。」
「あやつめは、母上の言いなりなのじゃ。
儂を戦に出すなとか、先頭に立たせるなとか、全く過保護過ぎるのじゃわいっ。」
「それも、義輝様を兄と思い、家族を護ろとなさる小太郎様のお気持ちですぞ。無碍にはなされますな。」
「あ〜、分かった分かった。大人しくしとるわい。お主も儂より先に死んではならぬぞ。良いなっ。」
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永禄12(1569)年2月下旬 摂津国石山要塞
足利義輝
池田城の荒木村重が城を出たとの報せから数日後、淀川向こうの有岡城に続々と軍勢が集結して来た。
儂は、集まって来る軍勢の旗指し物を見て楽しんでいる。
「ふ〜む、今着いたのは但馬の山名軍か。
旗指し物の数ばかり多いな。潜望鏡の倍率がなくば本陣の旗が見つけられぬぞ。」
「義輝様が旗指し物を見る必要は、ございません。敵に動きがあれば報せます故、ゆっくりとしていてください。」
「いいのじゃ、見るのを楽しんでおるのだ。
素晴らしく良く見えるでな、はははっ。」
「程々になされてくださいよ。我らは交替がありますが、司令には交替がおりませんから。」
「おう、分かったわい。そう心配するな。」
この司令室には、10冊の家紋や旗指し物の図鑑がある。風魔が調べたものらしいが紋章の順に並び調べやすい。
それに主な大名と重臣の似顔絵まである。
写真と言って実物とうりふたつなのだ。
風魔が絵師揃いとは思えぬが、謎だ。
「司令、堺湊から通信です。第二軍の水軍は雑賀の任務を終え、堺湊に到着。指示があるまで堺湊で待機するとのことであります。」
「ちっ、間に合ってしまったか。しょうがない、明朝大阪湾沖から有岡城に砲撃をされたいと打電せよ。」
「了解。電文、明朝大阪湾沖から有岡城に砲撃をされたい。打電します。」
翌朝、まだ夜が明けぬ頃に、全員が朝餉を取り要塞の配置に着いていた。
朝もやが棚引く夜明けが来た。有岡城とその周辺の野営陣地から、朝餉の炊飯の煙が出始めている。
「よし、沖にいる水軍に、攻撃開始の合図をせよ。水軍の砲撃を合図に砲撃を開始。目標は有岡城、城を破壊せよ。」
『ドッガーン、ドッガーン。』
『ドドッガーン、ドッガーン、ドッガーン、
ドドッガーン、ドッガーン、ドッガーン。』
「おっ、3発目かな。天守に当たっぞっどこの隊だっ。」
「2番主砲の隊です。でも5発目です。はずれが城外にありますから。」
「なんじゃとう、しっかり撃たんか。各隊、城に当たるまで砲撃を中止してはならぬ。」
「それがっ、北面砲兵隊だけでなく、東西南の砲兵隊も交替で撃っておりまして、5発目から第二射になりますっ。」
「はぁ〜ん、訓練じゃないのだぞっ。まったくぅ、交替は一順だけにしろっ。」
「砲兵隊長から、城の非戦闘員が逃げ出す間を与えただけですとの返答がありました。」
「あ〜あ、そうか。と伝えて置けっ。第二艦隊に侮られるではないか。はずれはいらんのじゃっ。」
「司令が、はずれにお怒りと伝えますっ。」
「司令っ、城の形が無くなりましたが、まだ撃たせますか。」
「馬鹿もん、もうよいわい。砲撃中止、艦隊にも合図。待機している鉄馬車の鉄砲隊に淀川岸に移動して逃亡を阻止せよと伝えろ。」
「了解、淀川岸に前進、逃亡阻止せよ。電信します。」
潜望鏡から見える戦場は、既に立っている者が疎らで、戦の終焉を見せていた。
この戦いは、いわゆる根切りなのだ。帝に抗う者には容赦せぬと、西国の大名武士達に知らしめるためであり、戦乱を起こす武士を根絶やしにする必要があるのだ。
「よし、第一大隊の鉄砲隊1,000名は出陣。敵掃討に当たらせよ。」
「出陣命令、出陣命令。大一鉄砲大隊は出陣して敵を掃討せよ。繰り返す、大一鉄砲大隊は出陣して敵を掃討せよ。」
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永禄12(1569)年2月下旬 伊豆国下田城
慶寿院 (足利義輝の母)
伊豆下田に来て、もう4年近くにもなる。すっかりこちらの暮らしに慣れ、他ではもう暮らせぬかもしれない。
行き交う民達は善良で、笑顔で挨拶をしてくれる。私のことを慈母様と呼んでなっ。
小太郎殿の母の咲耶も、まるで私を実母のように慕うてくれる。早くに母を亡くしているから、親孝行の真似事だと言うてな。
私も実の娘がいたら、このように心強いものかと思うておる。
そして、小太郎も可愛いが幼い未来がまた可愛い。小太郎大好き妹じゃが、その次は私じゃ。甘えっ子がこのように可愛いとはな。
しかし、その未来達が一足早く、京の都に行ってしまうた。寂しくてならん。
こちらには、小侍従局の生んだ孫の幢丸がおるが母親べったりで、あまり私に甘えてくれぬし、それに女の子の方が何を着せても可愛いのだ。
私には長男の義輝の下に、覚慶と周暠の息子がいるが将軍家の家督争いを招かぬために幼い頃に仏門に入れてしまっている。
小太郎殿が世が落ち着けば、本人の希望を聞いて、還俗すればいいと言うてくれたが、今は下手に還俗すれば命を狙われると言うて止められた。
それでじゃ、長男の義輝なのじゃが。あ奴は粗忽者じゃ。武芸ばかり夢中になりおって人の機微を分かっておらぬ。
旅に出れば、嫁に土産の一つも買って来ぬ。娘達には買って来たがな。
戦に出れば、夢中になって先走り前に出たがる。まったく小太郎殿の方が大人じゃぞ。
じゃがなあ心配で堪らぬ。あの馬鹿息子は今ごろ、どうしているのであろうかなぁ。
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