第17話 6度目の正月と『南の海賊島』

永禄9(1566)年1月 伊豆国下田城

風間小太郎



 伊豆に移ってから6度目、駿河をを領有してから3度目の正月を迎えた。

 去年は相模の北条家が臣従したし、3ヶ国併せ22万石だった石高も米だけで30万石を超え、三領の産品の販売と租税収入で90万石相当。併せて120 万石以上の国力になっている。これに金鉱の採掘は含まれていない。

 同盟者である家康殿の三河、遠江で54万石だったところ、70万石相当になっている。うちと違い直接自前で作る産品が少ないので商いからは租税収入がほとんどなのだ。


 ただこの数年で、この5ヶ国領内は、関所がなくなり橋や街道が舗装直線道路になって乗り合い馬車や荷馬車の運行がされ、水運と相まって商業の流通規模は日本一である。


 三河、遠江の綿花。伊豆、駿河の茶。5ヶ国に共通する麦、蕎麦などの二毛作、各種野菜の栽培、漁法の改良などまだまだ発展途上である。

 加えて、伊豆及び伊豆諸島では、綿織物や工業製品、砂糖黍、さつまいも、ゴムなどの南洋植物栽培を行っており、数年後には市場に出回るはずだ。



 元旦には、恒例となった初日の出に向かって皆で参拝する。それから、城内に祀ってある弥勒菩薩様の部屋の社に、お雑煮を供えてお参りしてから、皆でお雑煮をいただく。

 これが、我が風間家の元旦の朝だ。


 妹の未來が今日で5才、義輝様のお子幢丸君が2才になり這い這いをするようになって未來が弟のように世話を焼いている。


「皆の衆っ!、新年おめでとう。」


「「「おめでとうございます。」」」


「伊豆守、小太郎、そして皆の衆、今年もよろしく頼むぞ。」


「去年みたいに、あまり無茶をなされなければ、頼まれますよっ。」


「まあ、まるで殿は年の離れた弟に叱られているようですわ。ほほほ。」


「義輝殿、そなたは伊豆守殿と小太郎殿に甘え過ぎじゃぞ。無茶に我儘に勝手が過ぎるぞよ。今年はもそっと大人になってたもれ。」


「新年早々母上の小言ですか。しかし儂には今まで甘えたくても、甘えられる者などおらなんだ。

 伊豆へ来てからなのです。伊豆守殿は優しい叔父貴のようであり、小太郎は慕ってくれる弟のようで、つい心を許してしまうのです。」


「まあ、それでは私は叔母ですのね。慶寿院様、外へ出ても嫁に土産の一つも買って来ない、甥にお説教をしてもよろしいかしら。」


「おお、そうしてたもれ。妾の言うことなぞただの小言と、聞き流しておる不届きな甥にそなたから、教えてやってたもれ。」


「ぬぬぬぬっ。」


「「「ほほほっ。(はははっ。)」」」


「(義輝殿、女子が三人揃えば無敵ですぞ。ここは逆らわず、従う一手にござる。)」


「(義輝様、土産を絶対忘れてはなりませぬ。一生言われます。なにせ下田の大奥には、鬼姫様方がお揃いなのですから。)」


「父様、兄様、聞こえてるよ。母様っ、父様と兄様が、母様方を鬼姫って言ってるよっ。」

 

 あちゃ、俺の膝の上には、未來が居るんだった。こいつも大奥の一員だったよ。未來も恐いっ。




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永禄9(1566)年1月 伊豆国下田城


 三河の松平家康殿は、織田家との休戦を継続し、遠江の経営に専念している。

 織田信長は、前年閏8月に美濃に攻め入ったが洪水で兵を損じて撤退している。


 越後の上杉輝虎殿は、上野の和田城の攻略以来、対武田信玄の上野を食い止める拠点として防備に徹している。

 一向一揆の侵攻を受け、苦戦している朝倉義景から救援要請にも応じていない。

 そして、北条家が風間家に臣従したために上杉北条両家の支援を得られなくなった関東の諸豪族は、しばらくは躊躇したがやがて大敵がいなくなったせいで、纏まることもなく互いに領地を奪い合う離合集散を繰り返した。


 近江では六角家が、3年前の観音寺騒動以来、浅井家側に寝返る家臣が出てを失っており、浅井家に防戦一方だという。

 畿内では永禄の変の直後に松永久秀がキリシタン宣教師を追放。これに端を発し、三好義継と三好三人衆と対立を深めている。


 東北、中国、四国、九州のことは不明だ。そこまで探るだけの忍びが足りない。

 知っているのは、弥勒菩薩様から授かった未来の記憶の歴史知識だけ。正確なところは分からないのだ。




 この日、新年会を抜け出して弥勒菩薩様からお告げを受けた者を集め、天守閣の最上階で会合を開いた。


「ジャンジャン〜。小太郎様と愉快な仲間達の懇親会を始めたいと思います〜。」


「銀次郎、まじめにやらぬか。なにが懇親会じゃ、我ら弥勒菩薩様のお告げを図るための話し合いじゃぞっ。」


「源爺、そう怒らんでくれよ。銀次郎は皆の気持ちを和らげようとしただけよ。」


「若。儂らはこれからどうしたものかの。」


「東は関東、同盟の三河の西は尾張と美濃。相変わらず、武田が暴れ回ってますがな。」


「私利私欲に長けた大名を、倒すのはいいんだがな。その領地の豪族を従え、我らのやり方を理解させるのは容易ではない。数年の時を要する。

 それに領地を広げると、敵対する勢力が纏まって対抗する可能性が高くなる。」


「若っ、将軍家の権威で従わせる訳には参りませぬか。」


「幕府の権威を使うとなれば、管領や幕臣といった旧内部勢力が身分や家柄といった意味のないもので、敵対してくるだろう。

 単純に武力だけの大名の方がましだな。

 それに、朝廷と公家勢力。その威を借る寺社勢力もいる。

 高明、俺達の敵は多種多様だ。船だけでは陸地で戦えぬ。」


「ならば小太郎様。相手を海に引き込むことはできませぬか。」


「高明殿、海とはなんでこざる。」


「今、海で横暴を振るっているのは、南蛮の国々でございます。南蛮が相手なれば身分も家柄も権威など役立ちませぬ。」


「高明、その策もらった。南蛮に攻めさせよう。」


「若っ、そのようなことになれば、若が懸念していたことになるのではありませぬか。」


「靖国、南蛮は南蛮でも、偽の南蛮だ。俺達が偽の南蛮になる。

 源爺、風魔の者達全員に鬼面を作ってくれ。それから派手な南蛮鎧と服装もだ。

 高明、船にポルトガルの旗と骸骨の海賊旗を掲げよ。まずは九州でな。

 靖国、家康殿に文を書く。遠江で溢れた武士を雇うのだ。そして鉄砲の戦いを教えろ。

 金太郎、風魔騎馬軍団から槍の得意な者達を選抜しろ。俺が南蛮の戦い方を教える。」



 この日、風魔の新たな戦いが始まった。

 鎧の下には袖口や襟にフリルのついた衣装を着て、西洋鎧兜を着けた偽の南蛮軍団。

 騎馬兵は、横一列に並び、三角旗を付けたランスを水平に構えて、突撃する。

 鉄砲兵も整列して、方陣形や二列並列陣形で整然と行進する。

 ポルトガルとその国の海賊を装った軍船。指揮官は、ナポレオンのような三角ハットを被り、船員はバンダナキャップを被っている。

 皆の腰に下げる剣は、両刃直刀の西洋剣。

装備にはお金がかかりました。

 それなのに、また、暴れん坊将軍義輝様が『儂のはないのか』とか言い、『もうお金が無いです』と言うと、ものすごくしょんぼりするので仕方なく、装備一式を作った。

 俺のへそくりをはたいてさ。今度のは金箔じゃないから、へそくりで足りたけど。

 そうしたら、さっそく身に着けて皆に見せびらかして歩いてる。40才の子どもかよっ。



 いいこともあった。鹿島新當流の免許皆伝の腕前は伊達じゃない。

 高明率いる水軍の兵士達が、城の練兵場で西洋剣の訓練をしている中に混じって、両刃の剣の戦い方をいち早く飲み込み、皆に指導してくれた。

 皆、まさか天下の将軍から指導を受けたとは知らないけどね。

 義輝様のことは、都から連れてきた身分のあるお公家様だと言ってある。

 

 金太郎は、遠江で集めた500人の浪人達を鉄砲隊にすべく訓練している。

 命令無視や不届きなことをやらかした者はその場で解雇。1年務めれば風間家の家臣に取り立てると言ってあるので、皆必死で訓練している。


 俺は、風魔騎馬隊から選抜した西洋騎馬隊を訓練している。和風と違いフルフェイスの兜だし、槍はランスと呼ばる槍で完全に突くことしかしない。鎧の脇にランスレスというランスを固定するための溝もある。

 また、馬にも馬鎧やチャンフロンという馬用の兜を付けさせている。

 これで、ポルトガルの宣教師達に見られても中世の亡霊を見たとでも錯覚するだろう。

 唯一のミスは義輝様に見つかってしまったことだ。『儂の愛馬にも欲しいのじゃあ。』と言われて、父上のへそくりを借りた。金箔塗りは高かったけど。




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永禄9(1566)年4月 薩摩国黒島

風魔小太郎



 そして、4月に九州薩摩国沖の黒島に拠点を築くべく、ガレオン船とキャラック船12隻で下田を出港した。

 7隻のキャラック船は小型新造船であり、船体をポルトガル船に似せて、帆も薄汚れた色にしてある。

 ガレオン船と5隻のキャラック船は、資材運搬のために同行した。


 黒島は、薩摩国大隅諸島の屋久島の西にある小島で島の西南に小さな入江がありそこに拠点となる港を築くことにした。

 島には、4家族15人が住んでいたが、住人を集めて、

『我らは南の島に逃れていた平家の子孫で、失った領地を取り戻しにこの地へ来た。これから、我らの本領から定期的に船が物資を運んで来る。

 我らに協力するなら、食料物資を分け与える。』

 そう話すと、1も2もなく皆揃って協力すると申し出た。


 話を聞くと島では粟と稗、きび、葉野菜を栽培して魚貝の採取で生活しているらしい。

 俺は、拠点の建設を!他の者に任せ、嫁さん達を集めて、料理の講習を始めた。

 分け与える米は週の三日分だけだから、小麦や蕎麦を栽培させ、うどん、切り蕎麦にした食べ方を教える。次に酵母によるパン作り。大豆を栽培させ、いずれ味噌、醤油、豆腐、油揚げなども教えると言っておいた。

 当面、それらは支給した。男たちは拠点作りに協力してくれて、石灰や粘土の採掘できる場所や地図作りの案内をしてくれて、大いに助かった。


 拠点作りに伴って、畑の開墾をして小麦、蕎麦、大豆、かぼちゃ、大根、ほうれん草、白菜、長ネギを植えた。

 さらに、びわ、蜜柑、梨、葡萄の木も。

数年後には食卓を豊かにしてくれるだろう。


 1ヶ月後には、拠点が完成した。地下一階地上二階建てのコの字型要塞。建物中央は船のドックだ。

 建物は、高い木々で覆われて見つけ難い。

 拠点が完成して、俺やガレオン船の者達が帰還する前の日、島民達が皆で送別の宴を開いてくれた。


 俺が教えた海老籠漁で採れた大ぶりの伊勢海老を主品に、鯖や平目の刺身、天ぷら、山菜の煮しめなど豪華メニューだ。

 俺達も酒やジュースを出した。子どもらには煎餅や米菓子と水飴。


「小太郎様、お世話になりました。我らの島の暮らしも信じられぬくらい豊かになり、なんとお礼を言えば良いのか。」


「気にするな、長兵衛。我らの秘密、守ってくれる対価だ。次の船で皆の着物と布を送るからな。佳奈、裁縫道具も送るから好きな物を縫ってみろっ。」


「良かったわね、佳奈ちゃん。佳奈ちゃんの嫁入衣装も作れるわね。うふふ。」


「権蔵、大工道具と釘が足りなけるば言って寄越せ。いくらでも送ってやる。」


「十分でさぁ、拠点作りで余った板材や石灰練りもいただきやした。順に島の皆の家も立て直しやす。」


「うえ〜ん。小太郎様が居なくなると寂しいよ〜。」


「寛太、またそのうち来るから泣くな。そうだ寛太にこれをやろう。」


 寛太には少し大きいが俺の西洋鎧と小さめな西洋刀を渡した。


「えっ、これを俺にっ。」


「ああ、これで部落の皆を寛太が護れ。だが無理はするな。お前一人で敵わぬ時は、すぐに拠点の者達に報せるんだぞ。はははっ。」


「「「「小太郎様〜。」」」」


 こうして黒島の拠点作りは終わった。

 あとは、高明達、南蛮海賊の活躍を頼むばかりだ。しばらくは伊豆から後方支援に徹しよう。黒島の島民の支援もだ。

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