第18話 偽装海賊『奄美沖海戦』

永禄9(1566)年5月 薩摩国黒島

三浦高明


 

 小太郎様が帰られた。黒島の全島民に情けの名残りを残されて。

 敵わない。あの方は民に愛されるお人だ。

 それはまるで、弥勒菩薩様のような慈愛の心で、民達に接し慈しまれるからだろう。


 今回、俺の役目は、民達に被害を与えず、九州の大名達の目を南蛮に向けさせて、南蛮の国が敵対する可能性を知らしめることだ。

 南蛮が貿易で日本から手に入れているのは銀だ。そのため九州諸大名は、主に石見銀山から銀を手に入れている。

 だから我らは、中国と九州の境である響灘で九州に向かう船を襲い、銀を略奪する。

 また、九州諸大名の湊から出る南蛮船を、拿捕して奴隷を開放し、伊豆へ送る。

 襲撃は2隻1組で行う。1隻が襲撃を実行し、もう1隻は沖合いで待機、援護を行う。



「小頭、獲物が来やしたぜっ。のろまなむしろ帆の関船でさぁ、近づいて来やすぜ。」


「馬鹿野郎っ、カピタンだ、カピタン。間違えるんじゃねぇ。それから余計に喋るな。

バレちまうぞ阿呆め、指差しゃわかるっ。」


「スィー厶(はい)、カピタン(船長)。」



 近づて関船の進路に回り、空砲を轟せて帆を下ろし停船させるように言う。もちろんカタコトの日本語でだ。

 銃を構えて関船に乗り込み荷を改めると、やはり銀塊を積んでいた。配下に顎で指示し、銀塊を略奪する。そして、関船の舵を壊して立ち去った。帆のむしろに火を掛ければ火災で全滅だが、舵を壊したぐらいなら、どこかに漂着できるだろう。

 そして、南蛮に襲われたと噂を広めてくれるだろう。



 5月〜7月、響灘で5隻を襲撃した。豊後や日向、薩摩、肥前南部沖で暴れ回った。

 銀塊を積んでいないものは、代わりに高価なものを頂戴した。間諜のしらせでは、この3ヶ月で九州各地に知れ渡ったそうだ。


 肥前の松浦半島には、九州最大の水軍勢力松浦党が平戸を拠点にしていて、南蛮貿易、倭寇の拠点ともなっている。

 7月末、平戸にポルトガル船が入ったとの報せがあった。各地の間諜とは日時を決め、夜間に沖のキャラック船と、サーチライトによるモールス信号で情報を集めているのだ。


 平戸の沖合いで待機する俺達に、明日朝の出港らしいとの報せが来ていた。

 

「来たようだ。全帆最大全速っ、僚船に後方へ回り込めと伝えろ。」


 ポルトガル船は、俺達を海賊と気が付き、砲撃して来た。揺れる船の砲撃は、よほど接近しなければ当たらない。

 俺の船はポルトガル船の側面から、僚船は後方から、一斉に砲撃を開始しポルトガル船の帆を破壊した。帆走できなくなったポルトガル船は、まもなく白旗を上げて停船した。


 ポルトガル人の乗組員を小早に移乗させて放逐すると、僚船がポルトガル船を曳航して黒島まで帰島し、ドックで帆柱と帆を修理して、伊豆へ向かわせた。

 今回拿捕したポルトガル船には、138人の日本人奴隷がいた。満足な食事も与えられず皆、痩せ細っていたが、黒島でポルトガル船の修理の間に島民の介護を受け、元気を取り戻していた。一人ずつ身の上を聴取したが、親族は一緒に奴隷とされたか殺されており、

皆、伊豆に行くことを望んだ。


 月に一度の定期船で、島民と俺達に藁を芯にした綿の敷布団と羽毛と綿の掛け布団が届いた。俺達はそれまで綿のシュラフを使っていたので、奴隷に捕まっていた者達に使わせた。数が足りず二人一組だったが寝心地が良いと驚いていたようだ。体力の回復した者は島民の畑や漁を手伝い、その結果、嫁や婿で島に残ることになった者もいた。


 俺達の拠点には、弥勒菩薩様の小さな祠を作ってあったが、その祠の前で、皆でささやかな婚儀を取り行った。

 その夜は宴会だ。会場は砂浜で石で作ったカマドで魚貝のバーベキュー。酒を飲み、悲惨な体験を語り合い、満天の星の下で3組の夫婦が誕生した。

 俺達は、家を建て祝い品の代わりとした。



 定期船と一緒に、捕獲したポルトガル船と伊豆に行く者達が旅立った。

 その余韻が去った頃、琉球の通訳に雇った中国人からポルトガルの軍船が派遣されて来るようだとの報せがあった。

 ついに俺達の海賊行為を放置できなくなったようだ。伊豆の小太郎様に報せを送った。



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永禄9(1566)年10月上旬 薩摩国黒島

風魔小太郎



 高明からポルトガル軍船来航の報せを受けて、ガレオン船とキャラック船5隻を率いて黒島へ再びやって来た。台風シーズンが終わるこの時期に来ると予想したからだ。

 今回、島民の皆には、正月用の餅米や小豆砂糖、麦焼酎、葡萄酒を土産に持ってきた。

 佳奈や島の女衆には、母上から正月用のきらびやかな晴れ着を預かった。

 父上からは、山羊を10頭と牛を2頭。

小遣いしかない義輝様からは、あまりできはよくないが手作りのぐい呑を多数預かった。


「小太郎様〜。はあ、はあ。」


「なんだ寛太、慌てなくても俺はいなくならないぞっ。ははは、元気だったか。」


「元気、元気、剣術の稽古もしてますよ。」


「長兵衛、権蔵も元気だったか。」


「へぇ(へいっ)。元気いっぱいでさぁ。」


「皆の衆、またしばらく厄介になるぞっ。」


「あらやだ、あたしらの方がお世話になりっ放しだってのに。あははっ。」


「お初さん、少し太ったか。」


「もう〜、小太郎様のせいですからね。米が美味くて食べ過ぎちまうんですよ〜。」



 そんなこんなで、拠点の広間で俺達の歓迎の宴会だ。


「長兵衛、秋のうちに冬の間の山羊の餌にする草を刈っておくのだ。牛の分もいるから結構な量になるぞ。」


「大丈夫でございます。畑の収穫が終われば皆でやりますから。それにしても、小太郎様、畑はどの作物もよう実ってますぞ。

 拠点の皆様と分けても食べ切れぬほどです。」


「うん、漬物にするのだな。漬物の作り方の書き物を渡すから、女衆にやらせるといい。」


「権蔵、この酒の味はどうだ。」


「へぇ、独特の味でが、悪くはねぇです。これなら女衆も飲みやすいかも知れません。」


「ところで、葡萄は実っているのか。」


「へぇ、葡萄が一番実りやした。梨は小さな実がほんの数個、他は今年は成りません。」


「この酒はなぁ、葡萄の酒なんだ。作ってみるか、権蔵にもできるぞ。」


「ふぇ〜、この酒作れるんでごぜぇますか。是非、是非、作り方を教えてくだせぇ。」


「小太郎様っ、素敵なお着物ありがとうございます。」


「佳奈、それは母上からだ。佳奈のことを話したらな、お前に晴れ着を着せると言い出したんだ。」


「えっ、お方様には、なんておっしゃったのですか。」


「うん、島に俺と同い年の可愛い娘がいたぞって言っただけだが。」


「まあっ、可愛いだなんて。うふうふ。」


「あら佳奈ちゃん、なんか顔が赤いようだけど、お酒のんだのかい?」


「きゃっ。お滝さん、なんでもないのっ。」


「変な佳奈だね全く。逃げることないじゃないか。さては小太郎様、何か言ったかね。」


「 · · · · · 。」




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永禄9(1566 )年10月下旬 薩摩国黒島

風魔小太郎



 琉球と奄美大島に、交代でキャラック船の偵察を出していたのだが、到頭ポルトガルの艦隊がやって来た。

 ポルトガル艦隊はガレオン船5隻で来た。

 奄美大島沖で迎え撃つ。奄美大島の離れ小島、喜界島の島陰にキャラック船10隻を隠し、俺のガレオン船『天城』で遭遇する。

 

 風下から現れて、反転して逃げる天城を、好機と捉え、ポルトガル艦隊が追って来る。

 喜界島を過ぎた地点で停船して砲撃を開始した。ポルトガルのガレオン船にあるフランキ砲は射程400m程。それに対し、天城の主砲8門は、カノン砲で射程が2kmある。


 敵船が1kmに近づいたところで、砲撃を開始した。停船したのは船の揺れを最小にして命中率を高めるためだ。

 砲撃は、船舷4門になる。距離800mで先頭艦の帆に命中したが、帆を破ったに過ぎなかった。だが600mで先頭艦の船舷に命中、先頭艦は浸水して離脱した。

 さらに、500mで二番艦にも二発が命中し、たちまち沈没した。


 距離400mからは、敵艦も砲撃を開始した。天城の副砲16 門も砲撃に参加したが、この砲撃戦に夢中の最中に、敵船の後方から猛スピードで急襲した10隻のキャラック船が一斉に砲撃を浴びせ、その凄まじい砲弾の数で、残る三隻を撃沈させた。

 まさにハリネズミになっての轟沈だった。

 俺の天城にも、3発の命中弾を受け、船員多数に怪我人がでたが、船舷及び甲板の鉄甲のおかげでへこむ程度の被害だった。

 俺は、浸水しながらも浮いているポルトガル艦隊の先頭にいたガレオン船を残して黒島へと帰還した。

 後日、奄美大島の島民から聞いたが、そのガレオン船は数日後に沈没。乗組員の生き残りは、ボートで脱出し奄美大島に漂着して、その後琉球に向かう船で去ったそうだ。

 これできっと、日本近海にいる海賊の驚異に恐れ慄くことだろう。

 また、奄美大島や琉球の民達から、このポルトガル艦隊の敗戦が九州各地にも伝わり、大戦力持つ南蛮と、南蛮海賊に対する不審と警戒を抱く結果になった。 


 そしてそんな中、俺は次なる襲撃作戦を、実行することにした。

 

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