第15話 将軍ご出馬『北条家臣従』
永禄8(1565)年9月下旬 伊豆国下田城
風間小太郎
将軍足利義輝様と上野から帰って来た。 行きは北条領を駆け抜けたが、帰りは北条の警戒物々しく、物見が張り付いていた。
もっとも、全員騎乗しており早駆けするとついて来れなかったが。
下田城に帰城して父上達に報告すると共に今後のことを相談した。
「ふむ、すると上杉輝虎殿は味方となる訳じゃな。しかしそうなると、上杉家と争うておる北条家が問題じゃな。」
「儂が上杉と和睦させようぞ。」
「ですが義輝様、ご内書くらいでは言うことは聞きませぬぞ。会って言い聞かせねば。
しかし、当主の氏康は我が領へは出て来まい。臆病じゃからな。」
「父上、水軍で小田原へ行き、まずは幻庵殿を呼びましょう。その上で将軍家がいることを理解させて、船に氏康を呼びましょう。」
「ふむ、だがな小太郎。北条家の者は、幻庵も誰も将軍家の顔を知らぬのじゃ。小太郎は都で拝謁しておるから、疑いを持たぬがそうでない者は、将軍家とわからぬ。」
「父上、かえって今は分からぬ方が良いではありませんか。下手に将軍家を人質にしようなどと考えぬでしょうから。
なあに、小田原沖で大砲を撃ちかませば良いのです。すぐに話しに来ますよ。」
「相変わらず、若の考えはぶっ飛んでおりますなぁ。北条家を潰してしまった方が早いのでは。」
「駄目だよ、統治する代官が足りない。」
「そんな理由で北条家は滅ぼされておらぬのか。呆れたものじゃ。」
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さて、大奥へ帰還のご挨拶をしなければ。
母上の部屋へ入ると、さっそく未來がトコトコトコと駆けて来て俺の膝の上に座った。
母上の部屋には慶寿院様と小侍従局様が来ておられた。
「母上、皆様、先ほど帰城致しました。」
「お帰りなさい、小太郎。未來が待ち詫びていたわよ。ふふふ。」
「まあ、ご無事でなによりです。」
「小太郎殿、なにやら聞きましたぞ。我が息子の武勇伝とやらをな。どういうことか聞かせてたもれ。」
「それがそのう〜、義輝様が獲物を見つけた鷹のように飛び出してしまわれまして、でも金太郎と銀次郎が付き添っておりましたし、俺もすぐ追いつきましたし、、、ほんとに、困った将軍です。慶寿院様の息子様は。」
「くくくっ、小太郎殿には、ご迷惑を掛けまするなぁ。でも、あの子は、今が一番、いきいきとしているのですよ。全く将軍らしくはありませぬがな。」
「上様は時々子供になられるのです。お部屋にあるお船を私に自慢そうに見せては、私と
幢丸をいつか南の島々へ連れて行ってやるぞとか、地球儀を指差してここが天竺じゃとかそれはもう楽しそうで。ふふふ。」
「ほんに、伊豆に来られて良かったぞよ。
妾も身体の具合が良うなり、幢丸の成長を見られるのじゃからな。」
「それにこの城の料理人は日の本一ですわ。
義母上様と私の毎日のおかずに、毎回違う体に良い品を付けてくれますもの。」
「それに、皆と楽しくお茶もできるしの。」
「小太郎。あとは小太郎が嫁を貰うことと、可愛い孫の顔を見ることが、母の望みですからね。忘れないでね。」
「そうじゃ、妾が公卿の娘を世話しようかの。」
「義母上様、それがよろしいですわ。私のように気だての良い女子を。ほほほほっ。」
何気に俺の嫁探しの話になってるよ。自分で見つけるからね。恋愛結婚希望ですかから。
話題を外らすために、
たぶんこの時代初のもの。幢丸君には犬のぬいぐるみ、未來には菟のぬいぐるみだ。
出かける時に、城下の職人に頼んでおいたものなんだ。どちらも触り心地の良い毛皮製だよ。
幢丸君もきゃっきゃ喜んでいるし、未來は強く抱きしめている。二人とも喜んでくれたようだ。
「小太郎殿、妾達にはないのかえ。」
「え〜と、土産ではないのですが、皆様にはもう少ししたら、差し上げることができると思います。お待ちください。」
俺が母上を始め、大奥の皆に用意しているのは、羽毛のコート。女性は寒がりだし、冷えると体に悪いから。
この秋の渡り鳥を狩ってその羽毛で、作る用意をしているんだ。鴨鍋も食べたいしね。
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永禄8(1565)年10月中旬 相模小田原沖
風間小太郎
北条軍が関東攻略から引き上げて来た頃合いを見計らって、小田原城を訪れることにして、本日、参上した次第だ。
とりあえず、城へ使いをやった。
『此度、北条家と風間家の未来について、当主どうしで話し合いを致したく参上。
場所は、北条領の船上にてお待ち致す。』
使者が城に着いて、氏康殿が文を読んだ頃を見計らい、大砲30門で空砲を撃った。『ドドドドカーン。』凄まじい轟音が響く。
しばらくすると、城から使者が出て来た。
氏康殿からの返事には『脅しには屈せぬ、出直して参れ。』だった。
宣戦布告と受取り、城へ向けてカノン砲8門の砲撃を開始する。
『ドッカーン、バリバリ。』『ドドドドッカーン、バリバリバリ。』『ドッカーン、ボァボァ。』
始めは徹甲弾だったが、次第に榴弾に変わったようだ。城を破壊するには十分な砲弾がある。
城から、白旗を掲げた者達が出て来たが、砲撃は止めない。止める理由がない。
なおも砲撃を続けると、城が半壊していた。白旗を掲げた者らが海岸に着いて、小早で船までやって来た。
「お止めください、風間殿。話し合いに応じるとの殿の仰せです。」
「そこで待て。もうじき城の破壊が終わる。只今は、風間家と今川家の戦中にて、降伏か全滅か選ばれよと当主に伝えろっ。」
小田原城は、広い城内の敷地を持っているので、城内の者達は天守閣の本丸を出て、離れた場所に避難して、この様子を見ているのだろう。本丸が灰燼に帰すまで砲撃を止めなかった。
本丸天守閣が灰燼に帰し、一先ず砲撃を止めたタイミングで、城から幻庵殿がやって来た。
「小太郎殿、いくらなんでも無謀ではござらんか。北条家は風間家に敵対してはおりませぬぞ。」
「ほう、幻庵殿。北条家はいつ風間家と休戦や同盟の盟約をしましたかな。俺には記憶がないのだが。」
「小太郎殿は、箱根大権現様のお告げを授かっているではありませぬか。儂らは箱根大権現様の社を護る者にありますぞ。」
「箱根大権現様は、社を護るだけの者などいらぬと申されているが、わからぬのか。」
「何故、何故に北条家を攻撃するのでござるか。」
「戦を止めぬからだ。領地を奪い乱取りを止めぬ。北条は盗賊人殺しの集団だ。」
「それは、敵地にてのことにござる。」
「そこにいるのも、大権現様の民だ。違うか幻庵殿。大権現様は我が風間家にこの国の民を護るようにお告げなされた。
だから、北条家が戦を止めぬ限り、我らの敵だ。」
「無体でござる。我が領地を護らねばなりませぬ。」
「領地を護るのは構わぬ。他の領民に攻め入って奪うな。乱取りを止めよ。」
「しかし、関東の領地は上杉に略奪されたのを奪い返す戦いにござる。」
「幻庵殿。敵に奪われた領地というが、奪われた領地の民は、北条の民だったのではないか。何故その民から乱取りをするのだ。」
「それは領主が裏切っているからでごさる。それを討伐しただけ。」
「幾度となく、奪われ裏切る領主などを従えて、どうするのだ。そこは真の北条の臣下で領地と言えるのか。
民達にとって、領主は誰でも良いのだ。争う領主がいるなら、どちらかが早く滅んで平和になることを望んでいるのだ。
先ごろ俺は、上野に参った。家臣から報せを受けておろう。
上杉謙信に会い、乱取りを致さねと約束させた。そして、他領の助け戦もしないと。
それで、北条家にも他領を攻め取る戦を止めさせるために、今日ここに参ったのだ。
相変わらず、氏康殿は人の話を聞かぬ無精者よ。それでよく当主が務まっているな。
しかし、此度はもう許せぬ。幻庵殿、降伏か全滅か選ばれよ。」
「 · · · · · 、それを選ぶのは当主の役目、しばし時をくだされ。」
北条家は、降伏を選んだ。ただ降伏の条件を決めるため、俺は小田原城に残った楼閣郭に、鉄砲隊500人を引き連れて入った。
まず、城に入って家臣達が帯刀しているのを見て、刀を捨てるように言い、躊躇している者の手足を射撃させた。降伏した兵にあるまじき態度だからである。
そして、居並ぶ北条家家臣達を捕縛して縄を掛け、郭の外に集めた。
当主北条氏政と氏康を除き、幻庵殿も例外ではなかった。
「氏政殿、降伏の条件に望みはあるか。」
「父は隠居の身なれば出家し寺へ、某の命を持って、父と家臣をお救い致したく願います。」
「潔いことですね。その儀については、忠誠心の高い北条家臣に免じて、もう一つ選択肢を与えます。
奉行職以上の家臣全員の命と引き換えに当主氏政殿と氏康殿の命を助けましょう。
いかがです、いずれかを選びなされ。」
「老い先短い儂の命と引き換えなら、この上ない幸せにござる。」
「幻庵殿は、賛成なされたが、皆様はどうなさる。半数以上の方に決めまするが。」
「 · · 多くの家臣の命を守るのが、主君の望みなれば、それに従いたく存じます。」
「そうですか、では皆様の判断を計ります。主君の代わりになるというお考えの方々は右足に、そうでない方々は左利きに移ってください。」
ぽつり、ぽつりと家臣達が立ち上がって、左右に別れて行く。そして、最後の一人が左に行った。左は100人を越え、右は30人に満たない。
「よろしいですか、これにて決しますよ。」
「いいようですね、殺れっ。」
『ズダダダ、ダーン。』
銃声が轟き、左にいた多くの家臣達が次々と銃殺された。
「こ、これは、如何なることか。」
「北条家に巣食う蛆虫達は退治しました。
北条家は滅ぼしませぬ。ただし、風間家と同盟を結んでいただきます。
同盟の条件は、相模本領を護り、他国に攻め入らぬこと。たとえ戦になっても乱取りをせぬことなどです。詳細は後で伝えます。」
右列にいた幻庵始め、30名弱の家臣達は縄を解かれて、北条家に庇護されていた今川氏真も連れて来られた。
「皆様に引合せたきお方がおります。義輝様こちらへどうぞ。」
「足利義輝である。氏真、難儀をしたの。」
「「「「「うわっ、将軍家。」」」」」
「京の都で襲われたところを、小太郎に救けられた。今は伊豆におる。先日、上野に行き上杉輝虎に会って来たがの。はははっ。」
「風間家、松平家、上杉家は、足利義輝様の作られる新生幕府を打ち立て、民を護る新しき国造りを行う。そのために、北条家の力を借りたい。
氏政殿、氏康殿、そして家臣のご一同。
皆様は今日で討ち死になされたのです。
明日からは、違った人生をお歩きください。
義輝様と共に。」
「儂も一度死んだ人生じゃ。この国の民のためにできる限りのことをするつもりじゃ。
その方らの力を貸してくれぃ。」
「将軍家。この氏政、若輩ではございますが、お力にならせていただきまする。」
「小太郎殿、儂はつくづく当主の器ではないと悟ったわい。出家して寺で亡くなった者達の供養を致そうと思う。」
「なりませぬ氏康殿。それはまだ先のこととご承知ください。氏康殿には駿河を預けます。駿河の統括副代官を務め、広い視野と知識を学んでください。ちなみに、統括代官は俺ですから厳しく指導します。
北条家の領地は召し上げ、氏政殿と家臣の皆様は代官として、今度は相模全体の農地、普請、訴訟、商い、寺社、軍事などを専門に行なってもらいます。
それから、今川氏真殿。統治はこりごりでしょうか。氏真殿には、京の都に行ってもらいます。屋敷、護衛は用意致します。
京で伊豆のために外交を行ってください。公家の催し集まりに土産を持参して参加し、
堺などの商人に伊豆や駿河、相模の産品を斡旋して、代わりに商売先の情報を収集してください。」
「どうじゃ、氏真。引き受けてくれぬか。」
「今川家を潰してしまったこの身には、過ぎたる役目。誠心誠意務めまする。」
「氏真殿。家臣や小者、侍女などはお好きなようにお選びください。護衛の者は忍びの手練が常時20人、何かあればすぐに軍勢を送ります。」
「氏真。小太郎はな、水軍は3千を超えるし、無敵の鉄砲騎馬隊の他に万を超える軍勢を用意できるのだ。三好の軍勢などすぐにも追い払うことができるが、今はせぬ。
三好が自滅するのが分かっているからじゃ。その方の役目、やりがいがあるぞ。」
「義輝様。過信は禁物です。東には東北の出羽、陸奥。西には中国、四国、九州と敵ばかりなのです。我らの戦いは、敵の大名を倒すことだけではなく、敵兵となる民達も救うことなのですから、容易ではありませぬ。」
「わかったわかった、小太郎は若いくせに、年寄りの守役のように口うるさいのぉ。
ははははっ。」
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