第14話 暴れん坊将軍来訪『騎馬将軍誕生』

永禄8(1565)年5月下旬 伊豆国下田城

風間小太郎



 ぎりぎり5月に伊豆に帰って来た。三河で別れた家康殿は、三河守の拝命と此度の救出の礼にと、足利将軍の脇差しを拝領してご機嫌だった。でも将軍家を預かってはくれなかった。

 今更ながら、後悔して来たのだ。

 何故って将軍家を連れて帰るなんて、誰にも言わなかったからだ。言えば言ったで騒ぎになったろうし。なにせ天下の謀反だもの。


 そんなこんなで、帰って来た。迎えに来てくれた父上と母上に、将軍足利義輝様だよって、さり気なく紹介したらば、絶句してた。


 下田城に皆様の部屋を用意して、慶寿院様と小侍従局様の部屋は、母上の部屋の並びで例の芝生花壇のある洋風庭園に面している。

 小侍従局様の産んだお子『幢丸』ぎみには、妹の未來に用意したものが役立った。


 義輝様の部屋は、天守閣の三階にある俺の部屋を使って貰うことにした(奪われた)。

 だって、地球儀や帆船の模型や新型鉄砲の見本や馬の鞍などなど、いっぱい飾ってあるものを見て離れようとしないのだ。

 俺は、ベッドだけ持って母上の控室に引っ越した。

 母上の部屋には、4才になったおしゃまな妹の未來みくがいる。未來は俺の膝の上が自分の席だと思っているらしく、俺が現れるとそこに座る。


 慶寿院、小侍従局が来られ、賑やかになった我が下田城の大奥。毎日三時に、中庭の東屋で男子禁制のお茶会が開かれてい。る。

 城の料理人達が俺の教えたカステラケーキ作りの研鑽に励んでいて、苺ショートや餡のモンブラン、シュークリーム、チョコや各種ジャムの新作が次々と試供に出されるのだ。

 毎日作る機会を得て料理人達の士気は高い。

 が、俺は虫歯と糖尿病が心配で、歯ブラシと歯磨き粉、糖尿病予防薬の研究をしている。


 このお茶会が男子禁制の訳なのは、将軍家の母がいて俺の母上がいて、話題が息子達の失敗談や恥ずかしい話が盛り沢山だからだ。

 その時間帯は、侍女達も加わって、笑い声と絶叫が絶えない『魔の空間』と化している。



 義輝様の護衛は、金太郎と銀次郎の二人が交代で務めている。ことに金太郎は、義輝様の剣術の稽古相手で負けず嫌いの性格が気に入られているらしい。二人には竹刀と防具を着けさせているから、怪我の心配は少ない。

 一方で銀次郎は、遠目、遠耳の霊力があるから、京の都での噂話や遠い戦場での様子などを義輝様に聞かせているらしい。

 それで近頃、やけに情報通になってる。


 そして、俺から南蛮の国々や宗教の話、南蛮の東洋への進出、九州での奴隷売買などの話を聞いて、日夜考え込んでいる。

 俺は既存の幕府体制では、もはや統制できず、管領、守護達は私欲に幕府の権威を利用するだけの存在になっていると批判した。


 そんなある日、義輝様は俺に言った。


「小太郎。儂は尊氏公になるぞ。もう一度、足利幕府を打ち立てるのだ。互いに私利私欲で争う大名達を討ち倒し、民が安らかに暮らせる国を造る。

 小太郎、力を貸してくれぬか。」


「義輝様、貸したら返さねばなりませぬよ。

 まあ、救けた時から、義輝様に世直しをしてもらうつもりでしたから、貸すのではなく協力致しますよっ。 

 でも、義輝様が道を間違えましたら、敵になりますから、覚悟してくださいね。」


「「ふふふっ。(あはははっ。)」」




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永禄8(1565)年8月下旬 上野国和田城外

風間小太郎



 ここ上野では、前年末以来、上杉輝虎が信玄の上野侵攻を止めるべく、大軍を率いて武田軍の最前線基地和田城を、前年末から、断続的に攻めていた。

 城主和田業繁が護る和田城は、200名にも満たない兵力だったが、信玄の支援で武田家臣が常駐し、城郭の強化や武器食糧の充実が図られ堅固な城となっていたのだ。


 俺は、将軍義輝公が諱を与えた上杉輝虎を説得して、小太郎達に協力させると言われて仕方なく、風魔の鉄砲騎馬隊500騎を率いて義輝公を護りながら、上野へとやって来た。

 俺と同じ真っ白な白馬に跨り、全身黄金の甲冑に黄金の兜姿だ。目立ち輝き過ぎだよ。

 白馬は俺の愛馬『疾風』の仔『白虎』だ。


 義輝公には、未来から持参した防弾チョッキの外に竹簾に金箔の軽い鎧を着せた。

 兜はフルフェイスのヘルメットに、やはり金箔を施して、両耳のところに白鶴の羽根をあしらったものだ。

 この時代の標準的な鎧兜からしたら、超軽量だろう。武器は金箔の柄が伸縮自在で両端が刃の薙刀。



 俺達が和田城外に到着した、丁度その時、上杉方の一隊が、城から打って出た武田家の騎馬隊に追われて逃げているところだった。


「よし、小太郎。あ奴らを蹴散らして、輝虎に会いに行くぞっ。者ども、儂に続けっ。」


 あちゃ、天下の将軍が先頭を走ってるよ。 

 敵は200騎と足軽、こっちは500騎だから蹴散らせるけど。


「義輝様を前に出させるなっ。続けっ。」


 一瞬遅れて、俺も駆け出す。俺は全身が、銀箔の鎧だ。

 義輝様が騎馬武者に打ち掛る。馬の高さが違うから、上からの打突で敵の武者は落馬、その間、脇を金太郎と銀次郎が固めて敵勢を寄せ付けない。

 俺は用意のできた騎馬隊に、一斉射撃を命じた。 『ダダダーン、ダキューン。』

 たちまち、敵勢は阿鼻叫喚の叫びを上げて逃走して行った。



 近づきながら、遠方でこの様子を見ていた上杉軍から、数騎の騎馬武者が駆けて来た。


「援軍忝ない、どちらの軍勢でござるか。」


「(直江)景綱、儂の顔を見忘れたか。」


 そう言い、フルフェイスの兜を取られた。


「な、なんと、上様ではござらんか。誰か、

すぐに輝虎様にお伝えせよ。上様が、将軍家が見えられたとっ。」



 間もなく、上杉輝虎を先頭に上杉勢が駆けつけて来た。

 上杉輝虎は、馬を飛び降りると、義輝様の前に片膝を着いた。俺達も馬を降りている。


「おお、上様。よくぞご無事で。」


「輝虎も息災で何よりじゃ。」


「ともかく、我が陣へお越しください。」


 そう言って、輝虎自ら義輝様の馬の轡をとって歩き出した。俺のことは無視らしい。


 上杉軍の本陣は、和田城から離れた村主の屋敷だった。途中から『徒でははかがゆかぬ輝虎も騎乗せよ。』と義輝様が言って、皆で馬を駆った。



「上様。一瞥以来でございます。火急の時に参上できず、申し訳ありませぬ。」


「詮無きことじゃ。ここにおるのが、伊豆の風間小太郎じゃ。儂と母上、小侍従を救うてくれた。」


「おお、そなたが噂に聞く風魔小太郎か。

 いつぞやの鮮やかな手並み、感じ入っておったぞ。

 それより、上様をお救けいただいたこと。心より礼を申す。」


「輝虎。儂がここに参ったのは、その方に、頼みがあってのことじゃ。」


「なんなりと、お申し付けくだされ。」


「戦の乱取りを止めてはくれぬか。その方にとって敵方の民とは言え、儂にとってはその民達も我が国の民じゃ。殺め、捕縛して奴隷とするのは、耐えられぬ。」


「 · · · これは、気がつきませず申し訳ございませんでした。確かに上様の民達にございますな。」


「できるか、輝虎。」


「乱取りは戦の習いにて、戦する兵の褒美でもありますれば、なかなか難しきことにございまする。」


「輝虎殿。このまま、戦乱の世が続けば多くの民が殺められ、国が滅びます。その戦いに

輝虎殿も加担している自覚はありますか。

 今、南蛮の国々が攻め寄せたら、この国を護ることできましょうか。」


「 · · · · · 。」


「輝虎殿の戦いは、大名達の奪われた領地を取り戻すだけの戦にて、正義の戦いではありませぬ。民は領主を選べませぬし、戦の度に

疲弊して行くばかり。

 正義の戦いとは、民を守り豊かな暮らしを与えるための戦いです。その民は越後の民だけではありませぬ。」


「輝虎。儂は新しき幕府を作るぞ。そして新しき国造りを成す。かつて、尊氏公がなしたことを再び成すのじゃ。

 新しき戦いに、儂に従うて参らぬか。」


「上様。この輝虎、上様に従うのは吝かではありませぬが、名だけの新しき戦いであれば、今と変わりませぬぞ。」


「輝虎。ならば明日、我が新しき戦いを見せようぞ。小太郎、任せたぞ。はははっ。」


「ええ、分かりましたけど、明日は絶対に先駆けしたりしないと約束してくださいね。

 あとで、うちの大奥の皆様から、お叱りを受けるのは、俺なんですからね。」


「心配ないわっ、儂の鎧は鉄砲さえ通さぬのだからな。ふふふ。」




✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣



 翌日午前、和田城の大手門の前には風魔の部隊が集結していた。


「若っ、用意が整いました。」


「よし、砲撃開始っ。」


 和田城正面に並んだ5門の野砲が、順に大手門に砲撃を加える。1番砲は門を飛び越え城内へ入った。2番砲が大手門の下部に当たり門扉が拉げた。そして3番砲4番砲ですっかり門扉は吹き飛び、5番砲は扉のない門を通り抜けて三の郭の壁を破壊した。


「次弾装填いいか、目標三の郭。撃てっ。」


 今度は5門の一斉射撃だ。弾は榴弾に変っている。たちまち、三の郭は崩れ落ち火の手が上がる。構わず、二の郭、3階建の天守閣へと砲撃を放つ。

 たまらず、城兵が討って出て来たが、城の外へ出た途端に、鉄砲隊の銃撃を受け、死体の山を築いた。

 そして、上杉勢が城へと侵入した。しかし城は火の手が上がっていて、砲撃で崩れ落ちているので、間もなく引き返して来た。


「申し上げます。城内は生き残りの者、見当たらず陥落にございます。」


「よし、全軍を集めよ。勝鬨を上げる。」



 上杉軍が半円に集まり、輝虎殿の言葉を待った。


「皆、見たか。これが将軍家の新しき戦ぞ。そして我らは将軍家の新しき軍勢となる。

 これから、乱取りは許さぬ。民は敵味方関係なく護らねばならぬ。その代わり、戦した者には皆等しく褒美の銭を与える。

 手柄首はいらぬ。首は討ち捨て、誰が討ち死にかだけを報せるだけで良い。

 これから我らは、新しきこの国の民を救けるための戦いを始める。

 今日の戦はその初戦ぞ。勝鬨を上げい。」


「えいえい、おぅ。」

「「「「「えいえい、うおぅ。」」」」」



 上杉輝虎殿及び上杉家の家臣一同と、新生幕府軍の掟を交した。

一、乱取りの禁止。報償の銭を与える。

二、戦後の降伏は許さず、一族郎党打首。

  女子供は寺に預け、寺には寄進をする。

三、占領した領地は召し上げ代官を置く。

四、戦において、首は討ち捨て。

五、罪、恥は生きてそそぐこと。


 上杉領の家臣達の領地を召し上げるのは、家臣達が駿河などの領地の発展を理解して、納得するまでお預けだ、

 次は北条家と和議を結ぶことだ。小豪族の争いには加担しない。纏まってから潰す。

 それから、一向衆本願寺の弱体化を図る。

 他の寺社勢力も同じだが、守護使不入をなくさねば寺社勢力は新生幕府の妨げになる。

 とりあえずは、我らの領地を豊かにして、他の領民に格差を知らしめることだ。

 そうすれば、占領後の統治もうまく行く。

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