第13話 三河武士団改革『上洛の目的』

永禄6(1563)年12月上旬 遠江国曳馬城

風間小太郎


 

「おお、よう来られた小太郎殿。かねてよりの度々のご助成、それに遠江の領民を慰撫するためのご支援。

 感謝してもしきれませんぞ。」


「家康殿、これは我が風間家のためのことにございます。真の同盟国が栄え、民が豊かになることが、何よりの我が風間の支えになります。」

 

「此度は、領地領民を接することになった故、三河の領主家臣の皆様に考えを新たにしていただきたく、参りました。

 その儀は、家臣ご一同の前で申し上げたく存じます。」


「話は変わるが武田家のこと、小太郎殿は、如何にお考えか。放置すれば、また攻め寄せて来るであろうか。」


「来るでしょうね、甲斐は貧しいですから。貧しいから、領地を攻め取っても苦労するばかりです。」


「さもありなん。攻めるだけ損じゃな。」 



 遠江国曳馬城の大広間に、遠江の家臣が増えた分だけ、人数が増え混雑している。


「此度伺いましたのは、皆様方に松平家の今後をどう考えておられるのか、お尋ねしたいからです。奇譚のない話をお伺いしたい。」


「小太郎様、お家のこれからのことと申されましても、漠然とし過ぎておるかと。」


「全てです。どんな些細なことても、皆様のお考えを伺いたい。」


「しからば、まず第一に防備ですな。駿河は問題ないにしても武田には早急に備えなければなりません。織田に対してもです。

 第二には、既に取り掛かっておりますが、検地ですな。石高を調べ年貢を定めねばなりませぬ。

 第三に、· · 第四に · · 第五として · · 。」


「他には。」

「それでは · · · 。」

「他には。」

「しからば · · · · · 。」

「他にはありませぬか。」

「 · · · · · · 。」


「皆様は、今川家が滅んだことをどう思われましたか。松平家が同じ轍を踏まぬ為には、どうすれば良いとお考えか。」


「今川家は、氏康殿が先代の義元公と違い、、、、。」


「では、家康殿のお子が同じであれば、松平家が滅びても仕方ないとお考えか。」


「 · · · · · · 。」



「何故滅びたか、家臣が離反したからだ。

 問題は、何故離反したかではない、何故、離反できたかだ。

 分かっていよう。家臣が自分の領地を持ち、独自の兵を持っているからだ。

 少ない兵力としても、家臣達が集まれば、主君に対抗できる。それが真実だ。」


「小太郎様は、我らから領地を取り上げると申されるか。」


「謀反人になりたくなければな。

それに、例えば松平家が尾張、美濃、信濃、甲斐、越前、越中を領有したとしよう。

 松平家は、安泰か。皆が、家康殿に成り代わり、当主として考えてみなされ。

 石川殿、酒井殿、如何ですか。」


「小太郎様の言われるとおり、危ういですな。しかし、どうすれば良いか。」


「皆、棒禄とすれば良いのです。郎党もできるだけ無くし、皆、棒禄の直臣とすれば良いのです。」


「しかし、それだけでは、、、。」


「少なくとも、謀反は少なくなりましょう。今川家が滅んだ訳の二つ目は、一揆です。

 飢餓。その理由は、重い年貢と飢饉です。家臣ごとに領地での年貢を取り、飢饉の備えや救済もばらばら。

 これでは領民に不公平が生じ、一揆が起きるのは自然の成り行きです。領地は公平に、同じに治めなければなりません。

 皆様は、松平家が滅びやすい家であることを望まれますか。」


「 · · · · · · 。」


「まだ、逆らいなさるか。不忠ですな。

 皆、全員、この場で腹を召しなされ。

 心配無用、家督はちゃんと継がせます。」


「 · · · · · · 。」


「よし、全員腹を召したようですね。

 それでは、御仏に代って、皆に新たな命を与えます。ただし、領地は与えませぬ。

 よろしいか。」


「小太郎殿、あまり儂の家臣達を虐めないでくださらぬか。肝が冷え申す。」


「家康殿、松平家には天下平定に助力して貰わねばなりませぬ。

 松平家の家臣の皆様には、帝の新たな家臣に生まれ変って貰わねばなりませぬ。」


「皆の者、聞いたであろう。儂は帝の家臣なるぞっ。ははははっ。」




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永禄8(1565)年5月中旬 摂津国堺湊

風間小太郎



 風間家が駿河伊豆を領有し、松平家が三河遠江を制圧したことは、畿内では新たな新興勢力の下剋上と、評判になっていた。

 それは、両家の領地に出回る産品を、羨望する商人達の口から、領民達の豊かな暮らしぶりが、誇大に伝えられたせいもあった。


 俺は家康殿と図り、官位の授与とある目的を持って、二人揃って上洛を行った。

 朝廷と将軍家に献上品を用意して、2隻のキャラック船で、堺湊から上陸し入京した。


 上洛にあたっては、今川家に下向していた中納言冷泉為益殿を保護し、その伝手を通じて根回をしてもらい、上洛にも同行してもらえた。

 冷泉為益殿は、今川家が滅んだのは武田家の駿河侵攻によるものであり、それを撃退した風間家になんら非はなく、むしろ駿河の民を戦乱から守ったと理解してくれていた。

 だから、去年から季節の贈り物と資金援助をして、年末には朝廷への献上も取り次いでもらっている。


 5月12日堺湊に入るが着岸できる岸壁がなく、小早での上陸となった。

 堺湊の人々は、南蛮船から俺達が現れたことに驚いていたが、堺の代官を務める会合衆の今井宗久殿の計らいで、宿を取ることができた。

 その日、冷泉為益殿と松平家康殿、俺の三人は今井宗久殿の屋敷に招かれていた。


「冷泉公には一度お目通りを賜ってございますが、お二方には初めてお目にかかります。

今井宗久にございます。お見知り置きを。」


「松平家康にござる。」

「風間小太郎にございます。」


「お噂を伺いましたが、三河も伊豆もたいそう栄えてるそうでんな。堺もあやかりたいもんですわ。はははっ。」


「民から絞り取る商いは、関心しませぬな。

 天につばを吐き、商いを狭めております。 

 商いの言葉にも、損して得取れと耳にしましたが。」


「これは参った。お侍様に商いを教わるとは、今井宗久一生の不覚にございます。

 不覚ついでに、なにが悪うありましょうか。」


「競争が足りませぬ。民を儲けさせ、より多くの品を買えるようにしなければ、国は栄えませぬ。商人が目先の儲けに拘っているようでは、外国にむしり取られるだけです。」


「私ら日の本の商人が損をしていると。」


「商人ではありません。商人が無知なためにこの国が大損しております。

 南蛮人は、この国から銀を得て、明で絹を仕入れ、それをこの国で売り、又銀を得る。 

 この国の商人が明で直接買う何倍もの値で買うているのですから。しかし、やがて銀が無くなる。」


「そんな簡単には、銀がなくなりませんでしょう。」


「10年後、100年後、1000年後のどれを言うておられるのか。宗久殿も、自分が生きている間だけ良ければ良ろしいのか。」


「 · · · · · 。」


「小太郎殿の話は、いつ聞いても途方もない話じゃのぅ。ほほほほっ。




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永禄8(1565)年5月中旬 京都二条御所

風間小太郎



「松平家康に風間小太郎か、よく参った。

 聴けば、領民を慰撫しづつがなく治めておるとか。祝着至極である。

 また、此度の献上、嬉しく思うぞ。なんぞ褒美を取らせようと思うが望みはあるか。」


「されば、我が父に伊豆守を、家康殿に三河守を名乗ることを、お許しいただきたく願いまする。」


「うむ、当然のことじゃ。許す。小太郎に望みはないか。」


「急な願いにはございますが、将軍家には、明日一日、お忍びで某と付き合ってはいただけませぬか。」


「どこへ行くのじゃ。重要なことか。」


「行先は言えませぬ。義輝様にとって生涯に数度しかない貴重な経験となりましょう。」


「お待ちください、将軍家。今日、初めて会った者の言を聞くなど、なさるべきではありませぬ。その方も控えよ。」


「お言葉を返すようですが、この儀、拒めば進士殿の命くらいでは償えませぬ。

 遥かに畏き辺りのお告げならば。」


「良かろう。参るぞ。」


「お忍びでございますれば、お出かけの時まで周囲の方々には、内密に願います。

 よろしいですね、進士殿。」


 俺の気迫に押されたのか、進士晴舎は何も言わなかった。



 翌日5月19日、前日の夜更けに小太郎の使いが来て、『明朝夜明け前に朝日を拝するために迎えに来ます。その際、慶寿院様と小侍従局 様をお連れください。』と伝言があり

 義輝は言われたままに、就寝直前の二人を訪れ出かける用意するよう、伴はお忍びゆえごく限られた者にするようにと話した。


 そうして、まだ暗い夜明け前に、義輝、慶寿院、小侍従局と二人の侍女の5人は、護衛の者20人と共に二条御所を出たのである。

 小侍従局は義輝の子を生み、産後2ヶ月だったが、赤子のと共に無理を押して連れ出した。

 静かに御所を出た輿は、東の祇園に向かい八坂神社に入った。護衛の者が離れた位置から輿を見守る中、輿に乗ったまま参詣しているように見えた。そうして参詣を終えると、輿はまた八坂神社を出て、今度は北に向かい吉田神社に行くという。

 そろそろ、空が白み始めた中を輿は進んで行った。



 しかし、その輿には義輝達は乗っておらず大きな馬に引かれた馬車で、南にある清水寺に案内されていた。

 そして、小太郎、家康と一緒に本堂で読経を上げて朝餉を済ますと、京の都が見渡せる清水の舞台の上に案内された。

 

 そして、義輝は小太郎から渡された双眼鏡に見入る。やがて、そこで目にしたのは多数の兵士が動めき、火の手も上がっている二条御所の光景だった。


 未来の歴史では、その日、三好義重が三好三人衆や久通とともに、皮肉にも清水寺参詣を名目に集めた約1万の軍勢を率い、突如として二条御所に押し寄せ、将軍に訴訟ありと訴え、取次ぎを求めて御所に侵入したのだ。 

 世に言う『永禄の変』である。

  開戦は午前8時頃、午後11時頃には義輝も力尽きて、三好の兵に討たれたという。



「こ、これは、いかがしたのじゃ。」


「三好義重が図り、この清水寺に参詣するとの名目で兵を京に入れて、まんまと、御所を襲ったのでございます。

 今ごろ、進士晴舎殿は某の言葉を思い浮かべ苦笑いしていることでございましょう。」


「そちは、何者なのだ。どうして儂を助けたのだ。儂に何を求める。」


「将軍家は、好きに自由に生きていただきたいと思います。誰かに頼らねばならぬなら、我が領地にお出でになり、どういう世なれば公家も武士も、そして民も豊かに幸せに暮らせるか、一緒にお考えください。」


「義輝様、及ばずながら、この家康も一緒に考えさせていただきます。

 小太郎殿とは、裏切りが蔓延るこの戦国で、生涯裏切らぬと誓った仲にございます。」


「さようか、この世を変えるのはそなたらのような者かも知れぬな。

 今日、一度死んだ命。そなたに付き合うてみるのも一興じゃ。」


 

 そして3日後、二条御所の前に高札が掲げられた。

『三好義重、三好三人衆、松永久秀に告ぐ。

 此度の下剋上、見事なり。しばらく京を預け置く。都の民が一揆など起こさぬように、しっかりと統治せよ。 足利義輝。』



 事変から二日後、堺の今井宗久邸は、突然の将軍家の来訪に大騒ぎになっていた。

 宗久の報せに、慌てて会合衆達が献上品を持って謁見に来たり、宗久の屋敷の周りでは土下座する町民が居たりと。

 俺は家康殿は、将軍家の相手を宗久殿に任せ、慶寿院様、小侍従局様と二人の侍女を連れて堺見物と洒落込み、硝子細工やステンドグラス、西洋剣や鎧兜、調味料の苗、時計などを買い漁っていた。


「小太郎殿、伊豆はどんなところですのか。妾は都から遠く離れたことがないのです。」


「慶寿院様、心配ありませぬ。無頼の徒党が

溢れる都より、ずっと安全で温泉や海の幸も豊かで、慶寿院様のお体にも良いと思いますよ。」


 慶寿院様は、引き籠もりの生活が長いため体力が衰えている。で、彼女だけ金太郎と銀次郎が担ぐ駕籠に乗っての堺見物だ。


「まあ、この絵硝子の前に立つと、色が映るのですね。なんて綺麗なのかしら。」


「小侍従局様、硝子に色を塗っただけではこうはなりません。ステンドグラスは硝子に色を融かしてあるのですよ。

 あ、このステンドグラスが大きくて、色合いも良いですね。小侍従局様の部屋に飾りましょう。」


「いいのですか、とても高価な品ですよ。」


「はははっ、命より高い値のものなどありませぬよ。小侍従局様は特に高値ござる。」


「家康殿、小侍従の値は妾より高値であるのかえ。」


「いや、それはっ。」


「「「はははっ(ほほほっ)。」」」



 そして二日間の逗留の後、堺湊を離れた。

 将軍家の護衛20名は清水寺に行く途中でまいた。風魔の忍びが、将軍家と俺達に入れ替った。護衛達のその後の消息は不明だ。


「小太郎、自由とは良いものだな。毒味もなく、温かい食事を喰うことができるし、いろいろな者達を見れる。」


「将軍家、でもその分、自分で自分の身を護らねばなりませんよ。将軍家に毒など食べさせはしませんが。」


「小太郎、剣なら儂の方が上じゃぞ。そうだ今度指南して遣わそう。はははっ。」


「遠慮します。俺は将軍家みたいに狙われることは、ありませんから。」


 足利将軍とは、だんだん言葉がぞんざいになってる。親しくなっているのはいいねだがいつか幕臣や他の身分ある者に見られたら、不敬であり、やばいかも知れない。

 いずれにしても、そんなこんなで、上洛の二つ目の目的は達成できた。

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