第12話 『遠州忿劇』駿河奪還。
永禄6(1563)年7月中旬 伊豆国下田城
風間小太郎
永禄6(1563)年6月に遠州忿劇と呼ばれる国衆の大規模反乱が起きると、信玄は秘かに反乱が駿河にまで広がるようであれば上野に出陣している軍勢を急遽帰国させて侵攻させようと情勢を見ている時、それは起きた。
駿河の富士郡で反乱が起きたのである。
それは農民の反乱から始まった。
遠江の戦費を賄うために臨時の賦課がされた領民が8公2民にもなる賦課に耐えかねて、一揆を起こしたのだ。農民達は徴収された米倉を襲い、土豪達を包囲した。
土豪達は見せしめに何人かを殺せば治まると思っていたが、多勢に無勢で逆に家臣を失うばかりだった。
さらに、かねてより風間家に臣従の機会を狙っていた隣地の北条家駿東群の土豪がこの一揆に加勢した。理由は、一揆でなければ、賦課に耐えかねた富士郡の民達が、北条家の駿東群に乱取りに入るからである。
「報告します。上野に侵攻していた穴山梅雪率いる武田軍は甲斐へ引き返し、甲府にて武田信玄に合流、駿河に向っております。」
「今川氏真はどうしておる。」
「はっ、まだ気づいておりませんが、1両日中には知れるかと。」
「北条家は、どう出るのかの。」
「大殿、北条家は様子見でございましょう。
甲相駿同盟の手前、武田家が遠江の反乱を制して治めたとすれば、今川家も強くは出られませんでしょう。そして北条も。」
「靖国、今川家の家臣達の武田の調略の様子はどうなんだ。」
「はい、遠江で騒乱が起きる前までは、内応を拒んでおりましたが、ここへ来て武田家の対応次第ではどうなるか分かりません。」
「「「 · · · · · · 。」」」
「父上、武田信玄は駿河を取るつもりです。遠江で騒乱が起き、駿河でも一揆が起きた。今川氏真の家臣達からの信頼は、地に落ちている。信玄が見逃すはずがありません。」
「信玄は遠江ではなく駿河を取りに来るか。
小太郎、如何するかの。このままでは伊豆にも欲を出してこよう。」
「今川氏真では、支えきれません。今川軍が崩壊したら、今川領が乱取りに会います。
我らが出陣して今川領を押さえましょう。」
「うむ、いよいよの時が来たな。
皆の者、万難を排して出陣の用意を致せ。」
それから俺は、北条水軍に駿府城の攻略を指示して、風間鉄砲騎馬隊1千と足軽鉄砲隊
2千、槍隊2千名、砲兵隊100名を率いて、駿東群から出陣した。
そして武田家の軍勢1万2千が富士川沿いに駿河に侵攻した。武田軍の侵攻を知った今川氏真は、自ら今川軍1万5千を率いて、迎撃に向かい富士郡が戦場となった。
ところが、今川軍では今川氏真に見切りをつけた21人もの武将が武田家に内通して、今川軍は崩壊し、戦わずして敗走した。
なおも侵攻しようとする武田軍勢の前に、伊豆の軍勢が立ちはだかって、2万にも膨れ上がった武田軍を5千余で迎撃した。
俺は富士川を背に、半円の野戦陣地を構築し、二重の空堀と兵達に運ばせたバラ線を巻いた柵を配した陣地で武田軍を迎え撃った。
2千の鉄砲隊のうち、600を3人1組の指揮官狙撃兵に。残りを二段の防御に宛てた。
うちの鉄砲は、後填式ライフル弾丸で薬莢に紙包の雷酸塩が仕込まれていて、弾丸を詰め替えるだけで、すぐに射撃できる。
このため、前列後列の区別なく、一列に交互に並ばせた2組みに交互に発砲させることで、十分な連写ができる。
また、砲兵100名は、うちで製造した20門の青銅製半カノン砲の榴弾で援護させる。
【 風間吉右衛門】
「
「まだだ、良いか。武田の後続が攻め掛かって、我が砲兵隊の砲撃が始まってから、200名ずつ5隊に分かれて、包囲して突撃する。
左門と徳三郎は、東西から敵本陣の前に割り込み、敵を分断しろ。後の三隊で敵本陣を襲撃する。孝介は西から、嘉兵衛は北から、俺は最後に東から行く。
敵勢は多数だ、無闇に戦うな。ただ、踏みにじり、通過すればよい。」
「長、信玄の首は取らなくても良いので。」
「退却の命を下す者がいなくなるから、取るなとの若の仰せだ。信玄の首はいずれ取る。
この風魔の風間吉右衛門がな。」
少数ではあるが、強力な鉄砲隊の連撃の前に、武田軍は大打撃を受けていた。
武田も勇猛な騎馬隊で名を馳せるが、馬が小さい。さらに全員が騎乗している訳でなく
一騎に2〜3人の徒の郎党が従っている。
そんな騎馬隊など、突撃力も速さも知れている。
ましてや、大砲の砲撃を受け馬達はその音に驚き、暴れ出して騎乗している武士を振り落としていたりする。戦いにならない。
【 堂元寺左門 】
俺は小太郎の母の弟、叔父に当たる。
小太郎とは年が近く、幼少の頃はつるんで数多のいたずらもした。しかし、二人で村のために狩りの罠や鯉の稚魚を捕まえて、養殖などもした。
その小太郎から、弥勒菩薩様から授かった白馬の最初の子馬を与えて貰った。
俺は嬉しくて嬉しくて、夜も馬小屋で一緒に寝たりした。名を疾風と付けた。
白と栗毛のまだらで、一際大きく逞しい。
「疾風、行くぞっ。武田兵を蹴散らせっ。
皆続け、突撃っ。」
200mの距離を一気に詰める。敵の雑兵は驚愕して逃げ惑う。向って来た騎馬武者とは大人と子供ほども違う高さで、上から槍をぶちかますと呆気なく落馬した。
あっという間に、徳三郎の隊とすれ違う。
徳三郎の隊が来た跡には、兵が逃げ去って誰もいない。
「左門殿、どうしますか。こっちには敵がいませんぞ。」
見渡せば、敵本陣は味方の騎馬隊に蹂躙され、散り散りになり、なおも銃撃の追討ちを掛けている。
我が陣地の方はというと、正面は敵が逃げ去って空白地帯になっており、東西に逃げて行く敵の雑兵の後ろ姿が見えるだけだ。
「吉右衛門殿の下へ戻る。隊列を取れ。」
武田軍は、鉄砲騎馬隊による本陣強襲を受けて、本陣は壊滅。
信玄はほうほうの体で甲斐へ逃げ帰った。
風間家が武田信玄を打ち破ったことを知った今川氏真は、使者を寄越して『援軍を感謝する。』などと言って来たが『風間家に臣従するか戦するか選ばれよ。』と応え、また、既に駿府城も攻め込んでいると伝え、使者を追い返した。
今川氏真の周りには、30人にも満たない兵しかおらず、氏真は遠江に向ったそうだ。
【 鈴木繁定 】
俺は今、駿府城の岸辺に最接近したキャラック船『浄蓮丸』の船上にいる。
沖にいるガレオン船の三浦殿に、小田原城の攻略を任されたからだ。
「
「よし、出発だ。火薬を濡らすなっ。」
船から降ろした小早4隻にカノン砲を積んで安倍川を遡る。鉄砲隊600名と槍足軽隊の400名が川岸を進んでいる。
駿府城前に着陣した俺達は、今川氏真敗戦の報せに来る伝令を待った。そして、伝令が来ると捕縛して、駿府城へ降伏勧告の書状を持たせて解き放った。
その上で、まず城門を砲撃で破壊。次に天守閣に煙玉を撃ち込んだ。城のどこにでも、砲撃できることを知らしめるためだ。
間もなく、城から使者が現れ、降伏開城を申し出て来た。
俺は三浦殿に報せるとともに、北条家から嫁いでいる早川殿の輿を用意するなど、城内の者達の出立を丁寧に見送り、遠江の国境までは護衛も付けた。
小太郎様からは、戦に関係のない女衆の身の安全を図るように、きつく言われている。
伊豆水軍の手によって降伏した駿府城の者達は、今川氏真の後を追って、遠江掛川城に行くらしい。
これにより、駿河は風間家の領土となり、伊豆の代官達が統治することになった。
北条家からは、遅ればせながら非難と抗議が来たが、同盟者でありながら今川家の危機に後詰めの兵も出さず、駿河が武田家のものになろうかとするのを見逃しておいて、駿河に隣接する伊豆の風間家を重大な危機に晒した北条家の罪は、重大だと切り捨てた。
また、家中から裏切り者が続出した今川家には駿河を統治する力がなく、風間家が占領すべきと判断した。北条家にその力があるならば、武田家を倒して見せよと伝えた。
北条家は風間家と敵対するのであれば、今すぐ攻め込むがよろしいか。
また、友誼を求めるのであれば、その誠意を示し飛び地となる北条家の駿東郡を風間に譲渡せよと申し入れた。
結局、敵対しないとのことで、駿東郡の民は1万人程、石高は7,000石と推計され、5年分35,000石を、2.5石1貫換算した14,000貫で購入譲渡する決着を見た。
この時節、北条家の領地は奪ったり奪われたりで安定してないし、石高7,000石と言っても、北条家は5公5民で実質の年貢は半分だ。つまり、10年分を先取りしたことになる。ぼろ儲けと思ったことだろう。
風間家と敵対すれば、なにせ、小田原城は海岸から1kmしか離れていない。ガレオン船の主砲なら沖からでも射程距離内なのだ。
一方、遠江の反乱勢は家康への臣従が相次ぎ、掛川城へ落ち延びた今川氏真は数カ月の後降伏して城を開城し、朝比奈泰朝とともに北条家へと庇護を求めて去った。
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永禄6(1563)年11月中旬 駿河国駿府城
風間小太郎
駿河を風間家の領地としてから、3ヶ月に渡り代官を配置したり、戦乱で荒れた村や田畑の復興と領民達の救済をして来た。
概ね落ち着いたが、農地の改良や河川の改修はこの秋からになる。今はまず、直線的な新街道作りや大小多数の橋を掛けて、交通の便宜を図っているところだ。
まあ、駿河の領民にしたら、各村々に伊豆商店という大型店舗ができて、なんでも揃っていて、安価で手に入るようになったのが、一番の変化だろう。
伊豆商店を設けるにあたっては、地元商店を吸収して従業員とした。小売の店では勝負にならないしね。元々、伊豆商店は領民に安価に品物を提供する店だ。他国者には売ってない。
男達に人気なのは、鉄製の農具や大工道具。女衆の人気は、衣服や靴。もちろん多彩な食品調味料は売れている。子らも水田に放流する鯉の稚魚集めや街中のゴミ拾いなどの小遣い稼ぎが与えられ、菓子や玩具を手に入れている。
総じて、これまでと違い多くの普請で銭を手に入れることができるようになり、領民達は豊かさを実感しているようだ。
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