第二章 駿河相模領有編

第11話 三河一向一揆『風魔砲兵隊出陣』

永禄5(1562)年4月中旬 伊豆国下田城

風間小太郎



 ガレオン船が帰って来た。それも二隻になって、80人余りの救出した奴隷を連れて。

 今回の航海に参加した船員達には、3週間の休みを与えた。

 とは言え、三浦高明や隊長達は報告や事後処理で休む暇もない。他の乗組員達も仲間の水軍衆に質問攻めに合い、似たような状況らしい。


 今回の奴隷救出に伴う戦利品は、ガレオン船の他、大砲40門とマスカット銃が112丁、多数の銀塊などである。

 救出した奴隷達は、男が52人、女が26人子供が8人いた。そのうち家族が3家族で、孤児が3人。皆、栄養状況がよくない。

 家族と大人は、当分の間は下田城下で保護し普請に参加させ、孤児は孤児院へ入れた。


 ポルトガルもスペインも、日本へは年に1隻の定期交易船程度だから、奴隷の国外への連れ出しは、当分少ないだろう。

 けれど、雑兵の報酬としての乱取りはなくならず、奴隷売買を阻止する手立てがない。



 フィリピンから来た嫁達5人は、各々夫と新婚生活を楽しんでいるようだ。

 日本の家や畳の部屋に驚き、米の和食を堪能しているそうだ。ただ衣服は、自分達で縫製してフィリピンの衣服を着ている。


 高明達が持ち帰ったゴムとサトウキビは、伊豆大島を除く、伊豆諸島で栽培を開始させた。その他は、伊豆で栽培する。

 椰子、ココナツ、パイナップルなどは、地熱の高い場所に倉庫を建て、屋根を開閉式にして、冬は日照時間だけ、夏は昼夜開放するようにした。




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永禄5(1562)年5月上旬 三河国岡崎城

風間小太郎



 俺は、ポルトガルのガレオン船と共に手に入れた後装式のフランキ砲5門を差し入れに岡崎城を訪れた。

 フランキの多くは青銅鋳造で、後装填式の滑腔砲で射程400m程であるが、装填筒を複数用意することで、速射が可能であった。

 ちなみに、弥勒菩薩様から授かったガレオン船には、フルカノン砲8門と半カノン砲32門のライフリング砲で、有効射程が2kmと490mが搭載されている。


「おお、小太郎殿、よう来られた。いつもいつも多大な支援、心より感謝致す。」


「元康殿。三河の周囲には敵が多い。頑張って、貰わねばなりませね故のことです。

 此度訪れたのは、三河の家臣の皆様に話して置かなけばならないことがありまして、罷り越しました。」


「ふむ、なんでござろうか。わざわざ小太郎殿が出向かれるとは。」


「近頃起きた、本證寺との軋轢についてです。戦になる前に家臣の皆様の存念を伺いたく思いまして。」


「戦になどならぬと思うが。」


「元康殿。仏と元康殿、家臣達がいずれを敬うと思いますか。捨置けば家臣のほとんどが一向衆に味方し、三河に騒乱が置きます。」


「まさかそんな馬鹿なっ。はははっ。」


「本多正信殿、そなた本證寺と戦になれば、如何する。」


「 · · · 真宗はご先祖様も同じなれば、戦うことできませぬ。主命とあれば致仕するしかなしと心得まする。」


「だそうだが、いかがする元康殿。」


「 · · · · · · 。」


 それから二日後、岡崎城の大広間に松平元康殿の重臣、城代、旗本達が集められた。


「本日は、松平家の皆様にお尋ねしたき儀があり、お呼び立てしました。

 ご一同にお尋ねします。皆様は、元康殿に忠義をお持ちですか。」


「 · · · 何事かと思えば戯けたことを、言うまでもなく、忠義を疑われるなどとは、心外でござる。」


「本證寺と戦えますかと、お尋ねしているのです。」


「 · · · · · 。」


「どなたも忠義を、お解りでないか。」


「そ、そんなことはありませぬが、しかし、御仏と争うなど、、。」


「俺にも御仏は、倒せませぬし斬れませぬ。だってお姿が見えませぬ。それよりも俺は、御仏を敬っておりますから、そのようなことは致しませぬ。

 ただ坊主は、御仏とは違います。

 御仏の教えは殺生を禁じております。人を殺すことも例外ではありませぬ。

 しかし、この国の坊主達は、本当の御仏の教えを自分達の都合の良いように歪め、地位と富を背占めております。

 何故なら、公家貴族と同じく帝が任命した者が上に立っているからです。

 坊主は御仏ではありませぬ。ご本尊の仏像も本堂も、ただの飾り、御仏が宿ってはおりませぬ。

 俺は、真の御仏の教えを破る坊主どもを、許しませぬ。そして、御仏の名を語り人殺しをする坊主どもの一向一揆に、加担する愚かな武士も根絶やしにします。

 それだけ、皆様にお伝えして置きます。」


 そう言って、その場を退席した。

 その後、元康殿とどんなやり取りがあったのか知らない。




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 永禄5(1562)年9月、この年4月に本證寺に侵入した無法者を、西尾城主の酒井正親が境内に入り捕縛したため、守護使不入の特権を侵害されたとして、本證寺を中心とした一向一揆が蜂起した。

 


 その二日後の早朝、三河湾の蒲郡港に2隻のキャラック船が接岸し、100名程の伊豆の兵達が10門の大砲を引きながら、本證寺へと向った。

 そしてさらにその翌朝、本證寺は夜明けと同時に伊豆軍の砲撃を浴びた。


『ヒューン、ドカーン。ドカーン。』

『バリバリ、ドスン。』


「な、なんだ。何事が起きた。」


「上人様〜、お逃げくだされっ。なにか分かりませぬが、寺の外から飛んで来て寺を破壊しております。ここに居ては危険でございます。」


「なんとっ、御仏に歯向かう悪鬼の所業か、

おのれっ。」


「三河の者の話だと、小太郎と申す者が一向衆は御仏の偽の教え広めていると申したそうにございます。あるいはその者らかと。」


『ドッカーン、バリバリ。』


「ひゃ、寺を出るぞっ。」


「御本尊様は、どうされるのですか。」


「御本尊様は、御仏の加護があるから心配ない。さあ、早く逃げるぞっ。」


 だが、裏門を見張っていた元康の家臣である本多正信に見咎められた。


「どちらへ行かれる空誓上人殿。」


「ええい、邪魔立て致すな。儂は御仏に仕える空誓上人なるぞ。」


「なるほど、その上人が御本尊も寺におる者達も置去りに、已だけ逃げるとは。やはり、偽の仏の教えを語る生臭坊主であったか。」


「何を申す下郎目、儂を殺めれば仏罰が当たるぞっ。」


「当てて見よっ。」『ズパッ。』

 本多正信が『この偽仏の坊主めっ』と叫んで上人の首を跳ねた。



 伊豆の砲兵隊と元康の家臣達は、翌日には勝鬘寺を。その三日後には上宮寺本宗寺を、同じく砲撃し、加担した三河家臣の一部の者諸とも滅ぼした。

 その後、離反していた有力家臣の酒井忠尚の上野城を大砲で攻略、忠尚は逃亡した。

 続いて、桜井松平氏、大草松平氏、吉良氏、荒川氏といった反元康勢力を個別撃破して追払い三河における覇権を明らかにした。

 この反元康勢力撃破には、伊勢から1千名の地元家臣団の鉄砲隊が出陣して、日頃の鍛錬の成果を、遺憾なく発揮して活躍した。



 三河一向衆壊滅の報に、本願寺顕如は激昂し、義兄弟の武田信玄に三河松平家への報復を依頼したが信玄は、城を一瞬にして滅ぼした大砲の威力を恐れ、手出しできなかった。

 また、松平家臣団の多くも一揆に加担するべきか迷っいるうちに、一揆の拠点の三寺が滅ぼされ、小太郎の言葉を思いだして、ため息をついていた。

 もちろん、元康の下に参じなかった家臣は隠居代替りをさせられた。


 東西三河を制し、三河統一を果たした元康は、今川家からの独立。を明らかにするために今川義元からの諱の元を捨て、家康と改名した。

 一説には実母の於大の方の再婚相手である久松俊勝が「長家」と名乗っていた時期があり、久松長家を父親代わりとみなしてその諱を用いたとも言われるが定かではない。


 この間、将軍足利義輝や北条氏康は松平家と今川両家の和睦を図ろうとするが家康は、これを拒否。また織田信長からの同盟打診については乱取りをして民を苦しめる軍勢とは同盟できないと拒否し、停戦のみ受け入れるとした。


 松平家康の三河統一は、遠江の国人衆の反旗を引き起こし今川家からの離反を糺した。 

 やがてそれは、小笠原家の三河臣従、吉良家の遠江からの追放へと繫がって行く。



 三河の家臣領民達は、本證寺を始めとする一向一揆を、瞬く間に滅ぼした風間一族を『風魔』と呼び畏怖した。

 そして、小太郎が三河の家臣達に話した、『真の御仏』の話が広まり、また北条家からは、箱根大権現の『お告げを受けた家』と、いうことが漏れ伝わり、伊豆の家臣が『弥勒菩薩様の奇跡』を漏らしたことから、風魔は弥勒菩薩様が真の御仏の教えを伝えるために地上に遣わした『阿修羅』の一族だと言われるようになった。


 その噂を聞いた数多の僧侶達は、ことごとく風間家に敵対するが、後年、禅問答において、ことごとく小太郎に論破され、真の釈迦尊の教えを知り、悔いることになる。 


 なお、一向衆の浄土真宗の門徒で穏健な者達は、同じ浄土真宗の高田派に、入ることを勧め、家臣達も門徒となった。

 家康殿は、破壊した一向衆の寺とは、別な場所に高田派の寺を建て、保護した。




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永禄5(1562)年10月下旬 伊豆国下田城

風間小太郎



 俺に妹ができた名前は未來みく、母上が名付けたのだが、夢の中でお告げがあったらしい。

 まだ美人かどうかは分からないが、目も鼻も口も、とても小さくて人形みたいだ。


 城の皆は、未來の誕生に沸き立っている。姫付きの侍女争奪戦も起きているらしい。


「ねぇ父上、俺が生まれた時も騒ぎになったの。」


「騒ぎなど起きとらん。ちょうど収穫の季節じゃから、皆忙しくてたいして気にしておらんかったのじゃろ。それに女の子はかわいいからの〜。」


「いつか嫁に行くよっ。」


「そう簡単に、嫁になどやらんわいっ。」


 もう早、父馬鹿になってる。先が思いやられるね。

 未來が産まれた日の夜、俺も夢を見た。

 大人になった未来が多勢の人々から拝まれていて、その姿がまるで弥勒菩薩様のようなのだ。未来はもしかして、弥勒菩薩様の化身ではなのだろうか。

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