第9話 新年の『祝の品と返礼品』

永禄5(1562)年1月元旦 伊豆国下田城

風間小太郎




 伊豆に来て初めての正月だ。まだ、瓦屋根と規格壁パネルで囲っただけの『城とは名ばかり』の下田城の天守閣の最上階に上がり、皆で初日の出に向って祈る。


「父上、母上、新年おめでとうございます。」


「うむ、おめでとう小太郎。今年は頑張ればならぬぞ。伊豆風間家の礎を築くのじゃ。」


「小太郎、おめでとう。母は、こんなふうに暮らす日が来るなんて、思っても見なかったわ。あなたを産んでとっても誇らしいわ。」


 それから1階に降りて、家臣達と新年の挨拶を交わす。家臣の多くは伊豆各地に散っていて、ここにいるのは20人ばかりだ。


「皆の衆、新年おめでとう。」


「「「「おめでとうございまする。」」」」


おさっでなくて大殿っ、大殿はもう大名なのですから、我らを皆の者って、呼ばなくてはなりませんぞ。」


「はははっ、分かっているがまだ慣れん。」


「若っ殿っ、人ごとではないのですぞっ。」


「分かっているよ、角兵衛殿。」


「殿は要りませぬっ。」


「「「あはははっ。」」」


「そうだ、皆の家禄だけど。千石ずつにするからね。

 あと、家老の角兵衛殿の役職加算禄は千石で、奉行の職禄は600石、副奉行は400石でその他の役職は一律200石。いいかな。」


「はぁ、· · それは主がお決めになられることにございますが、しかし、多すぎるのでは?」


「なんで、大名の重臣だからこのくらいだよ。少なかったら、他家に行っちゃうでしょっ。」


「若っ、棒禄がいくらでも他家に行くような者はおりませんっ。」


「あはっ、良かった。皆がいなくなったら、寂しくなっちゃうなって、泣くところだったよ。」


「はぁ、なんの心配をされているのやら。」



「おっと、若の冗談に付き合うている場合じゃなかった。

 大殿、若殿、妙な所から、新年の祝の品が届いております。こちらでございます。」


「祝の品は、そぎ切りの門松か。珍しいの。

文があるな。なにぃ松平元康じゃと。」


「小太郎『貴家の早速の智謀武勇見事なりと思い、誼を結びたく存念致す』そうじゃ。」


「ふ〜む。騎馬隊を見られたかな。北条の中に忍んでいた者がいたようですね。」


「油断ならんな。」


「父上、松平元康と言えば、桶狭間から今川を独立し今は四面楚歌のはず。織田との同盟に向ってますが、長年の因縁から家臣の敵対心が消えず、和解に手こずっているはず。」


「小太郎、如何する。」


「父上、織田信長とは絡みたくありませんが、三河を独立させる絶好の機会です。

 友誼を結びましょう。俺が三河に行きます。」




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永禄5(1562)年1月下旬 三河国岡崎城

風間小太郎



 キャラック船で遥か沖へ出て、他国の船と出会わないようにして、三河へやって来た。

 伴は、金太郎と銀次郎の二人だけだ。

 岡崎城の門で、正月に元康殿から祝の品をいただいたので、その返礼に参ったと言うと、大慌てで取次ぎ、客間に通された。

 ただ祝の品をもらった者としか名乗らないのに、丁重に案内されるとは、他に祝はしていないらしい。

 出された茶を飲み終らないうちに、元康と二名の家臣が現れた。こちらど人数を合せたようだ。ずいぶんと気をつかっている。


「先触れもなく失礼しました。風間小太郎と申します。後の二人は近習の金太郎と銀次郎です。」


「おお、風間家のご嫡男でござるか。遠路わざわざ来ていただき恐縮でござる。

 松平元康にござる。後に控えるのは、家臣大久保 忠員と酒井 忠次でござる。」


「元康殿は、ずいぶんと当家にお詳しいですね。いつから知っておられましたか。」


「当家所縁の者が上野で多くの難民を見かけましてな、聞けば伊豆へ向かうのだと。

 それで商人達に、伊豆のことを聞き及んだ次第。如何にして伊豆程の領地を得られたのかは知りませぬが。」


「 · · · して、当家に何をお望みか。」


「当家と今川の戦に助力いただきたい。と思うております。」


「見返りは、何でございますか。

 当家は戦で領地を得ることを望みません。敵の兵ばかりでなく、罪もない女子供老人を殺し、作物を育てて暮らす者達の家を焼き田畑を1年も2年も耕作できぬほど荒らし、それをなんとも思わぬ大名には、助力などしません。元康殿は如何なる大名ですか。」


「 · · · · 俺は武家、家と領地を守るために戦う者にござる。」


「それなら。早く滅んでください。この国を守らぬ武家など不要です。」


「この国と申されるか。まさか、唐や蒙古が攻めて来ると、、」


「もたもたしていると、南蛮の数多の国がこの国を奪うことでしょう。だから、勝ったり負けたりなどしないで、当主の一騎討ちでもして、さっさと戦国の世など、終わらせねばなりません。」


「ならば、俺はどうすれば良いのだ。ただ、家臣を道連れに死なねばならぬのか。」


「 · · · · 当家を永遠に裏切らねと、誓えますか。当家と共に、南蛮と戦うと誓えますか。それならば、一心同体として歩みましょう。」


「忠員、忠次、そち達は如何が思う。」


「はっ、某はお国のことなど、これまで一度も考えたことがなく、恥入るばかりでございます。しかし、風間様の申されたこと。

 大名であるならば、知らぬではとおりませぬ。」


「忠次、そちはどうなのだ。」


「この戦国の世は、裏切り裏切られる醜い争いの世であります。けれど、決して裏切らず見捨てぬお味方があれば、それは大きな力になるに相違ございません。」


「小太郎殿、家中の者達が如何様に考えるかはわからぬが、俺は小太郎殿を生涯裏切らぬと誓おう。そして、我が兵には乱取りはさせぬと。」


「では、松平家と風間家ではなく、元康殿と俺の同盟としましょう。

 忠次殿、新年祝に頂いた返礼の品がある。少々運ぶのに人手がいるので、手を貸してくれないか。」


「幾人ほど、お入り用で。」


「どうだろ、金太郎。」


「はっ、千人ほどならばなんとかなると。」


「「「はあっ。」」」


 それから、砂浜に千名の三河兵を集めて、小早で、次々と運ばれて来る火縄銃500丁と火薬の樽500個を岡崎城に運び込んだ。


「忠次殿、元康殿に伝えてください。鉄砲も訓練しなければ当たりません。今回の火薬を使い切るまで訓練してください。それから、2週間後には、この倍の火薬を届けます。

 この書本に、火薬の保管方法、早合の作り方、鉄砲の構え方や撃ち方、鉄砲の運用方法などを書いておきました。

 鉄砲足軽の小頭になる者達に、書き写させてください。では、これにて。」




「殿っ、殿っ、たいへんですじゃ。鉄砲が、鉄砲が500丁もっ。いったいどこからっ。」


「たいへんな援軍だな。これでは、この城を落としに来る軍勢は、全滅を覚悟せねば。

 そんなことは、敵にはわからぬか。」


 

 この年、三河の松平元康は尾張の織田信長と臣従に近い同盟を結び、今川家と武田家に対抗するはずであった。

 しかし、元康が伊豆の存在を知り、今川家を牽制するつもりで、誼を通じようとしたことが、二家の当主の堅い絆の同盟となって、

戦国時代を切り裂いて行くことになるとは、誰も知り得なかった。

 後年、二人の同盟が明らかになった時に、『小康同盟』と呼ばれる。




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永禄5(1562)年2月下旬 伊豆国下田城

風間小太郎


「若殿、今川見張組の下坂より知らせです。

 昨日、三河牛久保の牛久保城傘下の一宮砦において、今川氏真率いる1万の軍勢と元康殿の三河勢4千が攻防を繰り広げ、今川軍が破れ退却したそうにございます。

 三河勢は砦に攻め掛かる今川の将達をことごとく鉄砲で討ち取り、それはもう軍の体をなさぬあり様にて、今川氏真もほうほうの体で引き上げたそうにございます。」


「うむ、ぎりぎり間に合ったか。鉄砲の訓練も2週間しかなかったろうに頑張ったな。」


 元康は小太郎が鉄砲を渡した次の日に鉄砲隊を編成し、指揮官とした15名に俺が渡した書本を読み上げて、書き取りさせたそうだ。

 その後、意味の解らないところを皆で話し合い、それでも不明なことは翌日始めた訓練の中で解決したらしい。

 一斉射撃が偏らないように、鉄砲を平行に並べたり、3人1組の狙い撃ちに絞って訓練したそうである。


 一宮砦は、400人余りが籠もる砦で、高さ3mの丸太の壁で囲い、空堀はあるが梯子を掛けられればなす術がない。

 俺は、敵勢に囲まれる前に金太郎と水軍の兵で兵糧と軽質油を運ばせた。

 軽質油は今川領の海老江の谷間で盗掘したもので、相良油田と呼ばれる場所である。

 軽質油は樽詰で細い手押しポンプの蛇口に水鉄砲のように5m放水できるようにしたものだ。50樽を塀の上に並べて金太郎達が敵が塀に取り付いたら、火攻めにするのだ。


 後日の報告では、戦いは、今川勢の先陣が現れたその日は、砦の戦力を探るための攻撃しかなく、弓矢で応戦して追い払ったそうだ。

 そして翌日午前に、今川氏真率いる本体が到着すると攻撃が始まったという。

 今川勢は、矢を盾で防ぎながら接近し、数十本の竹梯子を、一斉に塀に立て掛け攻め入ろうとしたが、既に金太郎達が軽質油の放水を始めていて、敵勢が梯子に群がったところで火矢を放ち、放火したそうだ。

 砦に群がった敵勢は火だるまになり、大混乱となった。その時を逃さず、今川勢の横合いに迫っていた元康殿率いる三河勢の鉄砲隊330人が三段撃ちで遅い掛かり、今川勢は4km後ろまで退却したそうだ。

 元康殿も深追いせず、一宮砦に入り防衛の体制を整えた。


 次の日、体制を立て直した今川勢は、砦に最攻撃を掛けて来て、激戦となったが鉄砲隊の3人1組の狙い撃ちによって指揮官を次々に失い、それでも攻撃を止めずにいたずらに指揮をする武将を失ってしまったという。

 おそらく、今川本陣にいる氏真達には、兵の損耗がないと見えるので、攻撃を続行したのだろう。主な武将が討ち死にしたと知った時には、時すでに遅しか。

 指揮官を失った今川勢は、ただの烏合の衆と化して、攻めるでもなく引くでもなく、ただ砦を囲んでいるだけだったそうだ。


 

 元康殿勝利との知らせが届いた時に、祝勝の酒を届けさせた。

 船で運ぶから速いのだが、あまりにも早過ぎると呆れられたようだ。

 そして後日、一宮砦への援軍に丁寧なお礼を言われたが、油の出所を聞かれ、何処とは詳しく言えないが、今川領から盗んだものだと言ったら『貴殿は人に裏切りをさせずとも物に裏切りをさせるのだな。』となんか変な感心のされ方をした。

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