第5話 撃退『小田原城包囲網』

永禄4(1561)年3月 伊豆国下田城

風間小太郎


 2月に関東へ進出した越後の上杉政虎は、北条側の松山城、鎌倉を攻略。10万余もの関東勢を従えた軍を率い、氏康の本国・相模にまで押し寄せて来た。

 そして上杉勢の先陣は、3月上旬に当麻に着陣。中旬には中郡大槻にて北条方・大藤氏と交戦。上杉政虎本隊も3月下旬ころまでに酒匂川付近に迫り、小田原城を包囲した。

 

 北条家では、同盟を結ぶ武田家、今川家に支援を要請していたが、さらに我が風間家にも支援の懇願があった。

 曰く『北条家は大軍に包囲され身動きならず、領内は上杉勢の無法な乱取りにさらされ昨年秋に貴家から購入した備蓄米も民に渡すことができずにいる。

 ついては、貴家の旧領地の誼をもって、後詰めを賜りたい。』


 俺は、各地に放った忍びから、この状況をつぶさに掴んでいたが、最初から籠城と決め込み小田原城に引き籠もるだけの無策な北条家に呆れて放置していた。

 しかし、包囲が長引けば乱取りで罪のない民達に累が及ぶのが必定なので、家臣一同を下田城に集めて、臨時の大評定を開いた。

 家老の新田角兵衛から、各地の状況説明がされた。


「 · · · という状況でござる。」


「皆の衆、この場は軍議じゃ、忌憚なく発言してくれ。」


「大殿、我が領は昨年秋に改革を始めたばかり、兵力とて2千余り、とてもまともには上杉の10万の軍勢には向かえませぬ。」


 その場を沈黙が包む中、皆の視線が一点に集まって来る。さもありなん、俺にだ。


「若っ、若は、どう考えているのですか。

俺はいずれであろうと若の命に従います。」


「若殿、孝三郎の申すとおりです。情けなくも我らには、上杉軍が北条領にいる限り、男達は籠城に加わり、女子供は寺や山に隠れてそしてひもじい思いをしております。そして上杉軍の周囲では乱取りもされるでしょう。

 一刻も早く上杉軍を追い払わねば、民達が持ちませぬ。

 ですが、某には民達を救う手立てが思い浮びませぬ。しかし民達を救いとうございます。」


「ははっ、この場は皆の意見を聞く評定の場であるのじゃがなあ。」


「大殿、我が風間家は他家とは違いまする。 

 弥勒菩薩様から託された使命を果たさねばなりませぬ。そして、我が若殿には弥勒菩薩様から授かった智慧がお有りになりまする。

 若殿は当家の頭、我らは手足にございます。」


「分かった。俺の策を話すよ。聞いてくれ。

 まず、水軍で制海権を取る。上杉勢の目の前で里見水軍を蹴散らし、背後を脅かす。

 そしてその隙に、騎馬隊で上杉勢の兵糧を焼き、大群を維持できなくする。以上だ。」


「ははっ、まさに風間の戦ではありませぬか。騎馬隊の初陣だあっ。」


「水軍とて同じ。我らの操船を見せつけてやりますぞっ。」


「だが、この戦い、風間の手の内全てを見せてはならない。

 金太郎、騎馬隊は大規模な交戦をしてはならぬ。鉄砲騎馬隊の威力、できるだけ隠せ。

 高明、水軍は大砲を使ってはならぬ。焙烙玉と投擲機、鉄砲で戦うのだ。良いか。」


 北条家に返事をした。

『風間家は北条家に恩義などなく、その民達を護る義理もない。助けた民達を風間の民として移住させるならば、上杉軍を追い払って見せよう。』


 北条家からの返事は、『上杉軍を追い払うことができたならば、移住を認める。』とのものだった。そんなことができる訳がないと笑って、了承したに違いない。

 


 風間家の戦力は、ガレオン船1隻とキャラック船10隻、小早が200隻余り。

 鉄砲は、400丁を超え、月に50丁を作れるまでになっている。

 戦闘に使える大型馬は300 頭に達し、来年には、500頭になるだろう。




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 朝陽が昇った小田原沖の洋上に、11隻の船団を組んだ風間水軍が姿を現した。

 白い多数の帆を張って、堂々と進んて来る船団は、中央に巨大な1隻がいて、周囲を10隻の船が囲んでいる円陣形だ。

 岸辺にいた里見水軍の関船と小早200隻余りが、慌てて陣形もなく向って行く。

 

 そして、近づて火矢を撃ち掛けようとした小早は『ダッダッダッダッ』をいう音が聞こえ、人影が消えた。

 また関船は、火矢の届かない距離から焙烙玉を浴びせられ、『ドカーン』という音と共に燃え上がっていた。

 ものの半刻も経たずに、里見水軍は逃げた数隻の小早以外、全て海の藻屑と消えた。

 岸辺で、この光景を呆然と見ていた上杉勢にも鉄砲の嵐が吹き荒れ、あっという間に600人余が倒されたり負傷して逃げ去った。


 その後、船団は小田原沖の洋上に上杉の包囲軍を睨むように居座った。


 小田原沖に来る前に、大型のガレオン船と10隻のキャラベル船は、里見水軍から見えない遥か沖合を通って、酒匂川を越えた辺りで、騎馬隊200騎を上陸させていた。



 上杉軍の背後に上陸した騎馬隊は、20騎ずつ10隊に分かれて散って行った。

 そして、水軍が小田原沖で里見水軍を壊滅し、上杉軍が海上ばかりを警戒しているその日の夜、上杉軍の背後から一斉に兵糧を襲い、手投げ焙烙玉で焼いて行った。

 その夜は夜明けまでに30ヶ所以上の兵糧保管場所が襲われた。そして、それは数日間に渡り継続され、警護を厳重にしても機械弓で撃たれ、あっという間に騎馬で保管場所に火を放たれるので、防ぎようがなかった。




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 上杉陣営では、糧秣に不安を抱える関東諸将から悲鳴の声が上がっていた。


「管領殿っ、最早、我らの兵糧は3日分しか残っておりませぬ。それも明日には幾ら残っているか。」


「これでは、どちらが籠城しているのか分かりませぬ。包囲している我らが、兵糧攻めに会うなど、たまりませぬ。」


「なぜに襲撃を防げぬのだっ。ほんの少人数に分かれていると言うではないか。」


「奴らの襲撃が速すぎるんじゃっ。もの凄く大きな騎馬で、前にはだかっても馬上からの弓で倒され、馬に蹴られて終わりじゃっ。」


「馬鹿申すな。そんな大きな馬など見たことがないぞっ。言い訳なら真実を申せっ。」


 そこへ、慌てた様子で伝令が掛け込んで来た。


「申し上げますっ。本陣の兵糧が襲われ、保管場所が火の海となっておりますっ。」


「なんと、この白昼に襲撃を受けたと申すか。ましてや、心配して旗本達が多数警護におったはずじゃっ。」


 二人目の伝令が掛け込んで来た。


「申し上げますっ。兵糧保管場所の守備隊が全滅にございますっ。」


「なんじゃと1千の兵がいたはずじゃぞ。」


「それが見たこともない大きな馬で、蹴られるだけで討たれましてございます。それに、鉄砲の威力凄まじく、旗本の方々も指揮をする間もなく、討ち死になされましたっ。」


「ほんの少人数にかっ。」


「いえ、200騎ほどの軍勢にございます。」


「 · · · · · 。」


「賢いな、敵に余程の智慧者がいると見える。北条ではあるまい、旗印は見なかったのか。」


「ははっ、旗印は付けていませんでした。」


「いずこの者であろうか。負けだな。たった200騎の軍勢で10万の軍勢に勝ちおった。」


「お館様、小田原近くの村で小耳に挟んだのですが、北条領にあって北条に臣従しておらぬ一族が、今は伊豆にあって『風間ふうま』と名乗っているそうにございます。」


風間ふうまか。まさに魔の者達だな。風魔とでも呼ぶべきか。

 明日、越後へ引き上げる。皆の者も領国へ引き上げよ。」



 上杉政虎は、4月の早々に軍勢を解散し、越後へと帰還した。




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永禄4(1561)年4月 伊豆国下田城

風間小太郎

 


「幻庵殿、移民の手はずは整うたのか。」


「小太郎殿、確かに上杉勢10万を退けていただいたが、助けられた領民の数が分からぬ。

 それで、困っておる。」


「幻庵殿、ずいぶん耄碌されたようだな。助けた領民の数など、北条領の全員ではないか。」


「なんと、全員を移民させよと言うのか。」


「そうは言わぬ。北条家の民がいなくなるからな。

 では、こうしよう。民達に選ばせるのだ。

 布告を出して、両家の者が村々を回り、伊豆に移民したい者達を確認するのだ。

 北条は、代々領民に善政を施しておろう。

ならば、村で田畑を継げぬ次男、三男などが移民を希望するだけではないか。」


「それならば、異存ござらぬ。」


「決まりだな。それと、氏康に言っておけ、下手な小細工すれば許さぬと。」


 

 北条領内に伊豆移民を募る立て札が立てられ布告がなされた。

『此度、伊豆に移民を希望する者を募る。

 移民をする者には、家と開墾地3反を与え、2年間食料を与え年貢を免除する。

 希望する者は、伊豆と北条家の役人が二人揃って村々を回った時に名乗りでること。』


 布告が出た数日後、二人の役人がとある村を訪れて、皆を集めて、移民を希望する者は名乗り出よと言った。

 ところが村人の一人が、『伊豆の水軍の大将のお名を言うてみてくれ。』と言い、役人は出たらめな名を告げたものだから、村人達に袋叩きにされて追い払われた。

 俺は、あらかじめ偽物の役人が現れることを予想して、北条の各村長に、風間家でしか知られていない人名や物の名を使えていたのである。


 次の日その報告を受けていた氏康の後で、突然、床の間の壷が爆発した。

 大騒ぎになってそれを聞いた幻庵は、氏康に『辞世の句は用意してあるのか。』と尋ねたそうである。

 この時の壷に仕掛けた爆薬には、ごく単純なゼンマイ仕掛けの発火タイマーがついていたもので、正午に合せていたところが、偶然に氏康がいる時に、爆発したものである。

 そして、ただの脅しであり、壷が割れて飛び散る程度のものだった。

  



 そして、移民を希望する民の数は、北条領民の3割、5万人にも及んだ。

 その多くが若い男女や子供であった。

 俺は、親から頼まれれば赤子から皆連れて来いと言っておいた。受け入れのための孤児院も用意した。

 これで、人も増えたし本格的に伊豆の開拓を始められる。



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