第6話 大量移民と『ゴールドラッシュ』

永禄4(1561)年5月 伊豆国下田城

風間小太郎



 北条領から、5万人余りもの民達が伊豆に移住して来た。

 その民達は、下田と加納矢崎城下に住まわせた。伊豆に来て以来、用意を始めた住戸が下田城下に3万戸、加納矢崎城下に1万戸、出来上がっている。

 その多くは、工期短縮のためにプレハブの2階建の3DK長屋である。長屋には町名と東西南北、それに番号で名が付けられた。

 例えば『下田仲町 南二番長屋』である。


 各所に共同井戸を掘り、手押しポンプを備えたが、掘り過ぎて温泉が出た所もあったので、町内ごとに温泉場を造った。高温であり天然掛け流しの温泉である。

 男女別の脱衣所と共同の休憩所、塀で隠した露天岩風呂だが、無料の石鹸と冷たい麦茶を用意した。


 城下には、治安のために多数の番所を置き国人衆の郎党を1ヶ所に二人ずつ配した。

 下田郊外に移民達の賦役で農地を開墾し、

枡目の道路と用水路ができた順に、農地を引き渡した。

 農業以外にも、酒蔵や鍛冶場、木材加工場、陶磁器の窯場などの工場。

 宿屋、蕎きりやうどんの麺屋、一膳飯屋、八百屋、魚屋、小間物屋などの商店。

 それに兵士と、多種多様の職を斡旋した。


 移住から二年間、食料を与えるとはしたが、職に就き棒禄や自営で収入を得た者達は一定期間後に配給を打切って、自前で購入させた。そうしなければ、商売人を繁盛させられないからだ。

 長屋の住民からは、収入が得られるようになった者から、月々少額の納付金を納めさせた。長屋の住人が長屋を出る時の祝い金にするためだ。



 婆娑羅山山麓の牧場では、風間一族の年寄りや子供達が、放牧と調教にあたっていて、一族の大人達が騎馬隊の訓練をしている。

 弥勒菩薩様から医学知識を授かった平次は週に1日を牧場で、あとの6日を下田城で、医師と看護を志ざす者達に指導をしている。

 これら志望者達は、各地に散った風間の忍び達が、関東や畿内で勧誘した者達で、忍び達は他に各種職人達も勧誘している。


 孤児院の10才以上の年長の男の子は、牧場へ。女の子は三嶋大社に巫女の修行に行かせている。

 弥勒菩薩様のお告げがあったからだ。

 そう、歩き巫女を養成する目的からだが、巫女の修行をした者達のうち、希望する者達だけを歩き巫女とする。まだ先の話だが。

 三嶋大社の宮司殿にも、弥勒菩薩様のお告げがあり、俺達に助力して民を救いなさいと告げられたそうだ。


 水が豊富である山麓の草原地帯を選び、綿花の栽培を始めた。水が少なく綿花さに適さない山麓の斜面には、茶畑を作らせた。


 水軍衆には、港の岸壁造成と刺し網漁、操船の訓練を兼ねて、捕鯨をさせた。

 捕鯨と言っても鯨は少なく、カジキマグロなどだ。また、水軍の年寄り子供には、海老籠漁をさせ、女衆には海苔やひじきの養殖を、皆で地引き網漁もさせた。 

 移民の者達に水産加工場を任せ、魚貝の干物や佃煮、鰹節などを作らせた。




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 伊豆には、お宝が眠っている。多数の金鉱があるのを俺は弥勒菩薩様から授かった知識で知っている。

 かと言っても、地名で場所を知っているだけで、採掘場所を知っている訳ではない。

 それで、銀次郎と山師の信兵衛、石松を連れて探索と試掘の旅に出た。

 伊豆は各所に金鉱があるが、迂闊な場所を掘れば他領の大名達から狙われるため、最初は下田に近い内陸の蓮台寺鉱山で金鉱の試掘を行うことにした。


 初夏の草木が匂う山中を採掘と野宿の道具を背負って、下田を流れる稲生沢川の上流の蓮台寺から西に向かい、蓮台寺川に入る。

 蓮台川の川底の砂金をざるで採取しながら取れなくなる場所を探し当てるのだ。そこに金鉱がある。

 蓮台寺川の上流500m付近で砂金が見付からなくなった。周囲を見渡すと左手に切立った崖がある。


「信兵衛、あそこの崖が怪しいな。」


「ええ、川へ砂金が流れ込むとしたら、崖が一番可能性があります。」


「銀次郎、あの崖にどこか入り組んだ場所はないか。」


「木々で隠れてるけど、崖の上のあの木の下に、崖の窪地があるみたいだよ。」


「さすが遠見の力だな、よし行こう。」


 川に接している崖の壁で金鉱を確認した。

そして、少し掘って地層の向きを調べ、窪地から遠くないことを確認して、窪地の奥に入り、金鉱に向って穴を掘った。

 皆で二日掛かって、岩盤を5mほど掘ったところで金鉱を発見。これで調査完了だ。


「次は土肥鉱山だな。信兵衛、ここの採掘は任せた。石松は土肥の探索を頼む。土肥には金ばかりでなく、銀と銅もある。」


「へいっ、任してくだせぇ。」


「それにしても、小太郎様の物知りには驚きましたな。あっしらより詳しいんじゃねぇですかい。」


「そんなことないさ。知識はあっても実際にしたことはないからな。餅は餅屋、お前達が頼りだぞっ。」


「あっしは毎日、温泉に入れて、旨い酒を飲めるだけで満足でさぁ。ところで、土肥にも温泉がありますんで。」


「ああ、今各村や町に造っている。土肥はもうあるはず。だけど石松、酒は程々にな。」


「へへへっ、精進しやす。」


 本格的な採掘は、武田領から引き抜いた、

信兵衛達山師に率いてもらい、領民を募って行う。手当てが通常の普請の2倍だから競って集まるだろう。

 今、源爺の下でツルハシや蒸気ドリルなどの採掘機材を揃えている。

 伊豆には他に、硫黄、石灰石、石鹸石、マンガン、鉄鉱石などもある。

 欲を言えば、駿河中央には、太平洋側唯一の相良油田があり、なんとか手に入れたいものだ。



 

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永禄4(1561)年9月 伊豆国下田城

風間小太郎


 

 やっと2年続きの冷夏が終わり、今年秋はまずまずの収穫を得た。

 既存農地の区画整理は、できなかったが、籾の塩水選別、苗植えや正条植えのおかげで平年の2倍近い収穫に増えている。

 半信半疑で従った既存の地元民は、大喜びだ。これで、この冬場に行う農地の区画整理も巧く行くだろう。


 農業だけでなく、漁業や林業の炭焼きや、椎茸や平茸、なめこの茸栽培も軌道に乗り、

 さらには、移民達に割り当てて稼働した、加工食品、陶工、鉄製道具、木工品が、船で畿内に運ばれ、莫大な利益を上げている。

 そして今、お茶と綿花の初収穫を終えた。 

 既に蒸気機関による製糸、織機、染物の準備はできている。稼働したら着物はもちろん、綿や羽の布団や座布団、帆船の帆を作る予定だ。



 本日は、下田城で毎月の定期評定の日だ。

 椅子とテーブルの評定の間で、200人余も集まり、各奉行が大声で報告をしている。


「 · · · ·であり、今年の我が領地の収入総額は、30万石に匹敵する見込みだ。」


「「「「おおっ、なんとっ。」」」」


「そうなると、来年はどうなるんじゃ。」


「そんなの誰にもわからんよ。増えても減ることはないって、ことだけは分かるがな。」


「一つよろしいか。」


「よいぞ、勘定奉行殿。」


「銭蔵のことでござる。今でさえ銭蔵は銭でいっぱいにござる。銭の重みで、底が抜ける蔵も後をたたず、勘定方の者は銭勘定より、蔵の修理に走り回っているあり様。このままでは、銭を野ざらしにしてしまいまする。

 なんとかしてもらわねば、某の手には負えませぬ。」


 唖然とする一同だが、次第に一点に視線が集まる。俺に、困った時の若殿頼みとばかりに視線が向いているのである。

 仕方ない、俺の出番だ。皆に紙を回す。


「これは、風間家が出す証文の見本だ。

 但し、裏に20人まで署名ができるようにしてある。証文にある額面金額を金子の代わりに使い、最後に受け取った者が新しい証文か、銭と交換するのだ。これを為替という。

 使う際は、為替を超える金額を銭で賄う。

 

 それから、金と銀の貨幣を作る準備をしている。予定としては銀貨が20文、金貨を200 文とする。

 今、畿内の堺や甲州金との比率を調べているところだ。それによって金銀貨の含有量を決め、貨幣の大きさを決めることになる。」


「「「おおっ、さすが若っ。(若殿)。」」」

「「「これで今日も旨い酒が飲める。」」」

「「「ははははっ。(わっはっはっ。)」」」



 定期評定には、一つ決まりがある。それは家族同伴で来ること。

 女衆と元服前の子らは、評定の間、温泉に浸かって寛いでいる。元服した若者は評定の間で見学をしている。

 そして、親睦の宴は家族ごとに着席して、一同揃って食事をするのだ。

 席順はくじ引き、席には土産の菓子も置いてあるが、幼少の子らには、侍女達が玩具や絵本、ぬいぐるみなどから選ばせている。

 きっと、幼子達は評定って楽しいお食事会だと思っていることだろう。


 評定の機会に、順に健康診断もしている。

 これは、平次が指導している医師、看護婦見習いの者達の実習でもある。

 総勢600人を超えるから、症状がある者を除き、4ヶ月に一度ではあるが。


 伊豆に限らないが、草原や畑仕事ではダニその他の害虫による病気の発生が多い。

 病害対策としては、温泉風呂入浴と石鹸での衛生管理、農作業に使う布の袖や足首カバーや軍手の普及。衣類の消毒洗剤の普及を行なったが、さらに、源爺に頼んで革靴を蜜蝋塗りで防水にし、靴底は大鋸屑を固めた擬似コルク材の長靴を大量に生産して領民に配給した。

 蜜蝋は耐久性に欠けるため、一定期間での補修が必要だが、これを専業する靴磨き老人達が各地に誕生した。

 これは、もちろん軍靴としても有益だ。


 この靴の評判は次第に他領に伝わり、売ってほしいとの要望が相次いだが、領外への売値は米1俵の値とした。領民の分の生産で、手一杯だから。

 後年、模造品が相次いだが、普及することは良いことだし、それまで源爺の工場の良い資金源となった。

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