第4話 伊豆転地『汗馬移動大作戦』

永禄3(1560 )年10月 伊豆国下田

風間小太郎



 伊豆国を領地とした風間一族は、伊豆下田を本拠地にすることにした。

 北条家の譜代重臣で北条氏康の守役も務め北条水軍を統括していた清水康英が、下田の隣の加納矢崎城にいたが国替えで退去した。

 それで、加納矢崎城を仮の本拠地にして、下田に城を築き国造りを始めることにした。

 移転が決まると同時に、下田の北西にある婆娑羅山の山麓に、鉄条網の柵で囲った牧場を建設し、夜間密かに下田から上陸、300頭余りの馬を達を運んでいた。


 この一大移動の陰には、二度目の弥勒菩薩様のお告げと加護があった。

 昨年6月、冷夏の始まる予兆が見え始めた中、俺はこの大飢饉で、多くの民に餓死者が出ることを憂いて、民達をお救いくださいと願いながら、一心不乱に弥勒菩薩様の小さな木彫りの像を彫っていた。

 不細工だが、優しい慈悲の微笑みを浮かべたような弥勒菩薩像ができて、枕元に置いて寝た夜、弥勒菩薩様が夢に現れた。

 そして、買い集めた米で伊豆を手に入れること。船で馬達を婆娑羅山の山麓に移動させること。

 その船は、ことし9月の満月の夜に、山王川の河口に用意して置くと、告げられたのだった。

 

 俺は、金太郎と銀次郎の兄弟に密かに伊豆に行き、婆娑羅山の山麓を調べて来るように命じた。その結果、人里から離れており、広大な草原があると確かめられた。

 その上で、源爺に丸太で柵を作るための鋸と鉄条網を準備させた。



 そして先月の満月の夜、山王川の河口に行くと沖合に大きな船が浮かんでおり、岸辺で数人の男達が俺を待っていた。


「風間小太郎様でしょうか。某は三浦高明と申し、北条に滅ぼされた相模三浦家の傍系の一族の者にございます。

 此度、弥勒菩薩様のお告げにより、小太郎様にお仕えするため参りました。

なにとぞ、我らを家臣にお加えください。」


「うん、弥勒菩薩様のお告げは、俺も同じだよ。これからよろしく頼む。」


「はっ、身命をとして仕えまする。それから、一つお願いの儀がございます。

 我らと懇意にしている一族がございます。なにとぞ、その一族も臣下にお加えください。」


「高明が、勧めるのであれば構わぬぞ。一緒に伊豆に連れて来い。」


 三浦高明の一族は三浦家滅亡後、老若男女400名余で阿房に落ち延び、北条への復讐を果たす日を抱いて、漁師に身をやつしていたとのこと。

 そんなある夜、夢の中に弥勒菩薩様が現れ、8月の満月の夜に船を授けるから操船を訓練して、次の月の満月の夜、ここへ来て俺に仕えなさいと、お告げがあったそうだ。

 半信半疑で、先月の満月の夜に入り江の沖を見ると、多数の帆を持つ大きな船が浮かんでおり、小舟で近づき乗り込むと、高明には操船方法が分かっていたそうだ。

 そうして、次の日から、一族の者達に操船を教えて訓練し、今日に至ったとのことだ。

 

 また、三浦一族が懇意にしている一族とは奥州藤原家の藤原国衡の末裔で鞍馬忍者に助けられ、その末裔と共に安房に潜み暮らしていた者達とのことだった。

 この藤原一族は、名を風魔に変えて風間の忍びとして後に活躍することになる。


 まずは、明日の夜から、馬を30頭ずつ下田へ運び、金太郎達が用意できた婆娑羅山の山麓の放牧場へ連れて行くこととした。

 そうして、日昼は三浦一族の者達を順次、伊豆の下田へ移転させることにした。



 南伊豆の加納矢崎城には、母上が女衆を率いて先発し、家臣達の住居を割り当てたり、在住の民達との調整をした。

 下田の差配は俺がして、城の築城は角兵衛が差配して地元民を集め、炊き出しと米や蕎野菜の手当支給で行った。飢饉の最中だったから、周辺の民達はこぞって参加した。

 

 築城の場所は、下田の港から2km程北西にある敷根という平地だ。

 二重の水堀で囲み、東西南北の四方に橋を設け、橋は城側の4mだけを跳ね橋にして、防衛できるようにする。

 内堀に沿って、コンクリートで石を固めた高さ5mの石垣の壁を設ける。

 内部は、四隅に三階建ての兵舎郭を建て、最上階は物見櫓とする。また郭と郭の間には半地下のコンクリートの防空壕兼兵舎溜まりを設ける。

 さらに、それらの内側を頑丈な鉄扉が随所にある高さ3mの壁で囲み、内部は地下倉庫と地上5階建の天守閣の居城を作る計画だ。


 

 加納矢崎城下で母上は、地元の女達を城下と下田の普請場に集めると、炊出しや家屋敷の掃除点検に駆り出している。

 城には乳飲み子がいる女衆を中心に子らの託児所を設け、普請に出向く女衆から預かっていた。

 託児所で、幼少の子らは満足のいく食事とおやつまで与えられ、母上の侍女達が紙芝居や本を読み聞かせ、年長の子らには読み書きも教えている。

 また、さらに年長の成人前の子供達には、町中のごみ拾いが割り当てられ、竹かごを背負って町に繰り出している。

 

 一方、水之尾村の後始末に残った父上は、源爺らと共に、重要施設の焼却処分や蔵の中の資材物品、洞窟に隠した備蓄穀物の搬出を行っている。

 もちろん、茶畑の木も根を掘り起こして、伊豆へ移した。

 建物については、屋根瓦、畳、戸や窓、襖障子、使える木材なども運びだした。




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永禄3(1560)年11月 伊豆国西浦庄長浜

風間小太郎



 この日俺は、伊豆半島の西の付け根に位置する長浜城に、伊豆の国人、水軍衆を一同に集めて伊豆の統治のあり方を布告しに来た。

 伊豆が北条家から引渡されてすぐ、この城には、一族の長老で俺の大叔父である、大木から姓を改めた風間惣右衛門に鉄砲隊150名を預けて領境の警備に当らせている。


 集まったのは、国人の領主本人達のみだが

123 名に上ぼる。


「皆、ご苦労です。父に政務を任されています、風間小太郎です。

 

 まず最初に、皆に承知してもらわなければならぬ秘事があります。

 なあに、漏らしても誰も信じぬから、大丈夫ですよ。はははっ。


 我が風間家は、戦乱で失われる罪も無き、女子供達をできる限り救うよう、弥勒菩薩様からお告げを受けています。」


「 · · · · · 。」


『疑ってはならぬ、私が命じた。』

 音もなく、一同の頭の中でそう聞こえた。

 

「「「なんだ。どうした。誰の声だ。」」」

「「「まさか。そんな。信じられん。」」」


 一同が一斉にざわめき、しだいに静かになった。


「明年閏3月に越後の上杉謙信が小田原に攻め寄せます。5月に美濃の斎藤義龍が病死。

9月には川中島で武田信玄と上杉謙信が過去最大の戦いをして、信玄は本陣まで攻め込まれます。

 戯言と思って、聞いて置いていい。だが、全てそのとおりになれば、以後俺を疑うな。よいな。

 今すぐ俺を信じる者は、左に、まだ信じる訳にはゆかぬという者は、右手に寄れ。

 罰などあたえぬ、俺は正直な家臣がほしいのだ。」


 そう言うと、水軍衆はすぐさま立ち上がり左側に座り直した。

 あとの者は、おそるおそる立ち上がると、周りと顔を見合せながら、6割が右手に。4割の者が左に据わった。

 以外と信じた者が多いのは、弥勒菩薩様の声を聞いたからだろう。

 もっとも水軍衆の者達は、先月早々に下田に呼び、三浦高明の全長60m もあるガレオン船に乗船させた。 

 その際、一同の目の前で10隻のキャラベル船が出現して皆に授けられたことがあったので、誰も疑わないのだ。そこにいた者達は操船の知識も授けられていた。



「既に信じてくれた者達の領地は、風間家の直轄地として召し上げる。そして当分の間は直臣の代官として領地の差配をしてもらう。

 また、国境の警備に兵を出してもらう。

領地はすぐにも、開拓に取り掛かるから、心しておくように。

 まだ、信じられぬ者は、ゆっくりで良い。信じることができてから、我らに従うが良い。」


「我らは、小太郎様に従わぬとは申しておりませぬ。」


「無理だな、信じてもらえねば命を出せぬ。

 例えば、高い崖の上から、俺がお前は飛び降りることができるようになっているから、飛び降りよと命じたらどうする。

 それがほんとうと信じられないと、できまい。俺がこれから命じることはそう言うことなのだ。」


「死ぬ覚悟なら、ありまする。」


「馬鹿者っ、死んではならぬぞ。風間の家臣になったからには、どんなに恥を晒そうと、這ってもずっても死んではならぬ。

 死なずに生きて、生き残って恥をそそげ。

 それにまだ分からぬようだから、言っておくが死ぬかも知れぬと思うてやるのと、死ぬ訳がないと思うてやるのと、紙一重の差で生き死にが別れるとすれば、俺が命じられぬ。 

 大事な家臣を、失いたくはないからな。」


「 · · · 小太郎様のお気持ち、しかと分かりました。弥勒菩薩様のお告げを、心から信じてからお仕え致しまする。」


「うおぅ〜ん。わしゃ、こんな殿に巡り会えて、嬉しゅうて、嬉しゅ、、。」


「武蔵、我らももう一働きせねばなぁ。」


『二人の願い聞き届けました。』


 なんか感動してくれているらしい二人が、そう言うと再び一同の頭の中に声が響いた。


 そして、二人の周りの者が騒ぎ出した。


「えっ、おい、武蔵の足がっ。」


「あっ、海老三郎の手がっ。」


 どうしたのかと聞くと、二人は歴戦の武者だったが、戦さで怪我を負って武蔵は右足の膝下を失い、海老三郎は右手首を失ったのだと言う。

 だが、それが今いつの間にか、正常に復元していたのだ。

 しばし、一同が驚きと沈黙に包まれたが、俺は気を取り直し、その場を締めると、家臣顔合せの祝宴へと切り替えた。



「この飢饉の最中に、なんと贅沢との批判もあろうが、風間の家臣や領民にはひもじい思いはさせない。そして俺はいつか国中の民をひもじさから救うつもりだ。」

 

 そうと話して祝宴を始めたら、いきなり、一人が立ち上がって叫んだ。


「小太郎様っ、もうここには、弥勒菩薩様のお告げを疑う者など一人もおりませぬぞっ。

 弥勒菩薩様の奇跡のお力を、しかとこの目で見ましたからな。どうか我ら一同に、遠慮なく如何様にも、ご下命くださいっ。」


 そう言うと、広間の全員と共に平伏した。


「分かった。そうしよう。皆で一丸となって弥勒菩薩様の使命を果たそう。」


「「「「「ははっ。」」」」」




 風間の女衆達が作ってくれた料理は、魚介料理が中心だったが、鯛や平目、海老の刺身平目の煮付、鯛かぶら、大根下し、アサリの味噌汁、白米、小豆の赤飯、ほうれん草のお浸し、蕪の漬物だった。

 お酒は少ないけど澄酒と焼酎があった。


「旨いでごさるなぁ、じつに旨い。」


「酒でごさるか、それとも料理で。」


「両方でござるよ。自分の右手で飲む酒の味は、また格別でこざるよ。」


「いきなりで驚き申したが、なくす前と変りござらんか。」


「今は少しぎこち無いが、そのうち慣れるでござろう。嫁が驚く顔が目に浮かぶわい。」


「はははっ、泣かれますぞっ。覚悟した方がよろしいですな。」


「武蔵っ、良かったの。これでまた、お主の勇姿が見れるの〜。はははっ。」


「吉兵衛殿、それよりな、息子を悲しませることになるのよ。最近やっと俺が動けぬから奴めが一本取れそうになっておったが、これでまた、当分一本取るのはお預けになる。」



「若殿っ、さ、さっ、一献っ。」


「富永殿、若殿は止めてくれっ。呼ばれたことがないから恥ずかしい。」


「何を言われるか、伊豆を治める大名家のご嫡男ではありませぬか。あっ、もう当主もされておりますなっ。はははっ。

 それに、若殿こそ、俺を殿呼ばわりするのはおかしいですぞ。」


「じゃ、土肥守だ。そのうちちゃんと官位を貰ってやるから。」


「こりゃ大変、長生きせねばなりませぬ。」


「うん、頼むよ。三浦高明はまだ実戦経験がない。高明を補佐して水軍を鍛えてくれ。」


「お任せください。しかしあの船は戦力過剰ですぞ。戦う前に敵が逃げてしまいます。」


「まあ、そうかもな。しかし、下田と土肥、そしてここ長浜の港作りを急がないとな。」

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