第3話 風魔流『大名になる方法』
弘治2(1556 )年 4月 相模国 水之尾村
風間小太郎
風間として、一族一丸となって活動を始めて半年。鉄砲の保有数は、200丁を超えた。
しかも、俺が作らせた鉄砲は、火縄銃ではなく燧石式というヤスリで鉄砲内部に備えた火打石で点火する、全天候対応型の銃だ。
馬は、昨春産まれた仔馬が47頭、今春が87頭で、3才馬になれば使えるだろう。
「若っ、北条の木っ端役人が年貢に文句を付けて来ましたぞ。いかがしますか。」
「前年と同じに納めたのに、なんと言って来たんだ?」
「それが勝手に開墾を行い、隠し田を持っていると。難癖を付けております。」
「構わぬ、坊主にして追い返せ。」
10人ばかりで来た北条の武士は、対応した角兵衛達5人に、柔道技で投げられ空手技で気を失い、全員、頭を丸坊主に剃られて、情けない顔で逃げ帰った。
小田原城及び城下には、手の者を潜ませており、奴らの反応や対応は知らせが来る。
今回の役人達は隠し田の証拠もないのに、ごり押しで賄賂でもせしめようと押しかけて来たもので、それを返り討ちにされたものだから、笑い者になっているとのことだ。
だが、それで済まなかった。北条幻庵公が視察をしたいと申し入れしてきたのだ。
それで、余計な兵を連れず、幻庵公が少人数で来られるなら構わないと返答した。
数日後、北条幻庵公が3人の護衛を伴い、水之尾村にやって来た。
館に案内して、父上と俺、重臣の角兵衛と金太郎で対面した。
「北条幻庵じゃ。先日は家臣が不届きな振舞いをして迷惑を掛けた。詫びを申す。
本日参ったのは、この水之尾村の田で変わった稲植えをしていると聞き及んでな。見れば実りも豊か、何をしておるのか聞きたいと思うて参った。」
「風間一族の長、風間出羽守にございます。
これなるは、一党を差配している息子の、小太郎にござる。」
「さようか、まだ幼子のようじゃが。」
「箱根大権現より。お告げを受けた者なれば。」
「 · · · 誠のことか。」
「幻庵殿、お告げの中味は明かせませぬが、三年後、関東は冷夏による大飢饉に見舞われます。それは次の年も続きます。
今月20日には、美濃の国主斎藤道三殿が息子の義龍に長良川で討ち取られます。」
「ふむ、今日は12日か。それが誠ならば、儂は、そなたを護らねばならぬな。」
北条幻庵は箱根大権現の別当なのである。だから、その祀り神のお告げを受けた者は、
彼にとっての貴人となる。
「田の実りが豊かなのは、稲の植える位置を揃えたからです。そうして、どの稲にも日が当たるように致しました。
植えるのに手間が掛かりますが、刈り入れは楽になります。」
「さようか、なるほどな。」
塩水選や苗植えは秘密にした。そこまで北条家に利を与える恩義はない。
「幻庵殿、我ら一族は箱根大権現で受けたお告げの使命を果たさねばなりません。
ですから、北条領の民であっても家臣となることできませぬ。決まっている年貢は納めましょう。なれど徴兵には応じられません。
対価を貰えるなら傭兵として手伝い働きは致しましょう。」
「ふむ、箱根大権現のお告げとあらば、それも致し方ないと思うが、真偽のほどは先程の予言が誠であってから、北条家として対応を決めることになるが如何か。」
「それで構いませぬ。」
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幻庵は帰城し、すぐに手の者を美濃に放った。そして、小太郎の言ったとおりになったと知る。
『大権現様のお告げか、、、。』
それからの幻庵の動きは早かった。
北条当主 氏康に会い、風間一党の扱いを箱根大権現の別領とし、領地に年貢を課さずに安堵することとする了承を得た。
また、飢饉の備えを今年と来年で、2年分とするように申し入れした。
だが氏康は家臣達の抵抗があり、その申し入れに反して1年分の備蓄しかしなかった。
それに幻庵も北条領のことしか頭になく、飢饉の備えのない他領の民が一揆を起こし、北条領へ攻め込むなど、予想もしなかった。
北条家からの独立を得た俺は、それからの2年間、米を各地で買い漁った。
村内の山間に洞窟を掘って、集めた米などを保管した。その量は8万石にも上がった。
そして、飢饉の年、永禄3(1559)年がやって来ると、村内の作付けは冷夏に備え、田には大麦と蕎、畑には蕪や葉もの野菜、一部の晩成種の米を植えた。
村民は、米の作付けをしないことに驚いていたが、大量の備蓄米があると知っていることから、半信半疑ながらも從った。
7月も末になると、冷害がはっきりして来た。それでも北条家には備蓄米があったし、領民達に不安はなかったが、11月になると他領の領民達が飢餓から食料を求めて、北条領を襲い出した。
北条家は領地を接する領主に援助をするなどして騒乱をなんとか治めたが、自領の備蓄米が半年分となってしまった。
そして関東全域での飢饉により、畿内や各地で米の値が高騰し、買い入れも困難になって行った。
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永禄3(1560)年7月 相模国 小田原城
風間小太郎
北条幻庵から手紙が来た。2年続きの冷夏で備蓄米が底をつき、北条領は反乱寸前だという。
水之尾村には年貢を課さずにいたし、酒造りのために多少の備蓄米があると思ったのか、多少なりとも食料を援助してほしいとのことだ。
それで小田原城に招かれて、領主の氏康と交渉することになって来ている。
広間に多勢の家臣達を入れ、上座に座る氏康に頭など下げずに、黙って話し出すのを待つ。
家臣の一人が無礼であろうと声を上げたが無視をした。しばらく沈黙が続いたが、氏康が口を開いた。
「その方が風間小太郎か。ずいぶんと若いのだな。ところで、、」
「氏康殿、無礼ですね。北条家ではは武田や今川の当主がきても上座で名乗らぬでいるのですか。」
「その方は、大名などではなかろう。無礼は働いておらぬぞ。」
「俺は来てくれと幻庵殿に頼まれたから来たまで。頼みがある北条家が頭を下げぬなら、帰る。」
「なにぃ、そのようなことを言って、生きて帰えれると思うているのか。」
俺は黙って、懐から2丁の拳銃を出し、
「氏康と他に10人ばかりの命と引き換えになるがよろしいか。
当主も無能なら、家臣も無能ばかりか。」
「なんだとっ。」
「よさぬか、氏秀。小太郎の申すこと。間違っておらぬ。それに招いておいて討ち取るなどすれば、北条の名は地に落ちるぞ。」
「無能であろう。飢饉があることをわざわざ教えてやったのに備えもせず、一揆を招いている。これが無能でなくて何なのだ。
氏康殿、何故二年分の備蓄をなさらなかった。例え一年の飢饉でも、次の備蓄米がなくなると分かるはずではないか。」
「確かに。儂が半信半疑であったが故に家臣達の負担を重くするのに躊躇したのだ。」
「北条の先代様と先々代様は、最悪の場合を想定なされて戦をしたと、聞き及んでいる。
氏康殿は、なぜそうなさらぬ。
家臣達は狭い領地のことしか考えませぬ。だから、領国全体のことを考える領主がいるのではありませぬか。家臣と同じ浅い考えしかできぬ領主などいりませぬ。」
そこへ、幻庵が駆けつけてきた。
「氏康、小太郎殿が着いたと何故知らせぬ。そしてなんだ、この馬鹿どもを並べおって。それが客人を迎える態度か、この戯け者めっ。」
「叔父上、しかし儂は北条家当主、、」
「ああそうじゃ、明日には一揆勢に討ち取られる運命の愚かな北条家最後の当主じゃ。」
「 · · · 誰も気が付いておらぬのか。
箱根大権現のお告げを授かった小太郎殿が無策でこの城に来たと思うてか。
小太郎殿を害せば、その方らもただでは済まぬぞ。襖を開けて見よっ。」
「なんだっ、こ、これは、」
襖を開くとそこには、屋根の上にずらりと並んだ、風間の鉄砲隊が銃を構えていた。
突然に姿を現したのだろう。周囲の警護の者達が右往左往して騒ぎ立てている。
「幻庵殿、俺は帰る。知恵者がおらぬ北条は当主も家臣も皆入れ替えねば長くはないぞ。
当主の氏康殿は自分で判断できず、家臣に頼りっぱなしだ。こんな大名がいるのに驚いた。これでは話すだけ無駄だ。
俺は帰る。二度と小田原には来ぬ。」
そう言って、城を後にした。俺の周囲に100人の鉄砲隊を従えて。
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永禄3(1560 )年8月 相模国 水之尾村
風間小太郎
少し前に武田信玄と今川 氏真に、領地と引き換えなら、米を融通すると手紙を出していた。
融通する米と石高が同じ領地と交換するとの悪辣な条件だ。
だが、それ以上に暴騰した米の値に、見切りをつけたのだろうし、後で取り返せばいいと思ったのか、取引に応じて来た。
それから、北条家も。おそらく幻庵殿がとりなしたのだろう。
武田は3万石で今川は2万石。北条家も2万石。
それで三家の使者を呼び、差し出す領地は飛び地では応じられぬから、7万石に見合う北条家の伊豆を領地とし、武田と今川は北条家に領地を渡すなら良いと言ってやった。
北条には豊かな水之尾村を手に入れられるのだから、文句はあるまいと言ってやった。
結果、三家の合意で伊豆を手に入れた。
「若っ、ずいぶんとまあ、阿漕なまねを遣りなさいましたな。」
「吉右衛門、それは俺が悪者みたいだぞっ。こんな機会を見逃す手はないだろう。俺は、売ってくれと頼まれて応じただけだ。」
「これで、風間家も大名ですよっ。
文殊菩薩様の智慧を授けられた小太郎様に敵う者などいないのですっ。」
「銀次郎は、小太郎様のなさることは、何でも褒めやがるっ。気楽でいいよなっ。」
「伊豆を手に入れたのは大成功じゃが、転地の引越しが大変じゃ。我らには隠し事があり過ぎからの。」
「大丈夫です父上。既に馬達は船で運び終えましたよ。
伊豆の水軍衆である土肥の富永家や、西浦江梨の江梨鈴木家、三津の松下家は皆揃って我が風間家への臣従を喜んでいますよ。」
「どうせ、小太郎がまたなにか、うまいこと言うたのじゃろう。」
「ええっ、俺はただ、石高を倍にしてやると言っただけですよっ。」
「若っ、それは詐欺ってもんです。きっと、向こうは領地が増えると思ってますぜっ。」
「俺は、嘘なんかついてないぞ。ほんとうに石高を倍にしてやるんだからなっ。」
永禄3(1560 )年9月、手段はどうあれ、風間家は伊豆7万石を領地とし、大名の仲間入りをしたのである。
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